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第10話 帷の内で ①


 緑が育ち始めた大地が初夏の太陽に照らされ、葉を潤す朝露を輝かせている。風を切って走る馬車の中、レイ、クリス、ユリウス、サウレの四人は定員に満たないまだ余裕のある荷台で身を潜めるように座っていた。その中でも、端に座り被せられたホロの隙間から外を眺めていたレイは、ふと朝の大気を伝って声が届いた気がして、少し前に自分たちが経った街の方へと視線を向けた。


「何かあった?」


「……いや」


 レイの視線に気づいたクリスは、返ってきた曖昧な答えに口の端を曲げる。


「たぶん首都の方の演説の音でも拾ったんじゃないですか? たぶんそろそろ始まってる頃だと思いますし」


 こちらのやり取りが耳に入ったのか、御者台の方から声が掛かる。レイたちが目を向けた先では、この地域では珍しい白髪の青年が手綱を握ったままこちらを振り返っていた。


「そういうことか。さすがホウジョウさん、耳が早いね」


「我々はそういう情報のあるなしで稼ぎが大きく変わりますからねぇ」


 感心する風なユリウスにホウジョウと呼ばれた青年は細い目をさらに狭めて人懐こそうな笑顔を浮かべる。


「なーに、こいつなんてまだまだだよ。褒めると調子乗るからあんま褒めるな。むしろ罵って…も喜ぶか、お前は」


「喜びませんよっ!! 私をいじめて喜んでるのは貴女の方でしょう!?」


 鼻から猛烈に息を吐いて不満を訴えるホウジョウにニヤニヤと視線だけを送っているのは、その隣で御者台の背にだらしなく体を預けいる彼の相棒のセイワだ。

 美しい黒髪を装飾が派手派手しい軍帽で飾り、それでもなお収まりきらなかった豊かな長い髪は、移りゆく景色に従って後方へと流れていく。ぶっきらぼうな口調に反して紡がれた瑞々しい声音が、この人物が女性であることを示していた。


「それにしても運がよかったな、あたしらが近くを通りかかってて。あのまま徒歩でギルド・シティ目指してたら、到着する前に首から上が吹っ飛んでただろう」


「さすがに吹っ飛びはしないけど…、まあ、面倒なことにはなってただろうね」


 ざっくばらんなセイワの言葉に、ユリウスは苦笑しながらも同意を示す。

 札付きが着けさせられている冒険者証(ドック・タグ)付きの首輪には、命令を受信すると発熱する術式が編み込まれている。その術式は時間経過と共に熱量を増していくようになっており、セントラルギルドに到着すれば自動的に解除されるようになってはいるが、逆に言えばギルドの招集に応じないで放置し続けると、最終的には頭と胴が首輪によって焼き切られることになる。…という説明を受けてはいるが、レイの長い札付き生活から言って、死ぬようなことはなくせいぜい酷い火傷で首輪が焼き付く程度のものだ。

 とはいえそれはそれで面倒なので、無駄なことはせず、速やかに従うのが一番である。 


「そういう意味ではずいぶん助かったってのも間違いじゃないわね」


「だろ? そもそもお前らを乗せる馬車なんて俺たちくらいしかいないし」


 にんまり、と言う表現がぴったりな表情のセイワ。これもまた彼女の言う通りで、普通、札付きが民間の馬車を利用することなどはありえない。罪状が何であれ、その称号を与えられている彼らは一様に犯罪者であり、それを乗せようとする業者は極めて少ないのだ。その上でレイとセイワ、ホウジョウの関係は、その出会いこそ偶然であったものの、その後も「借りがあるから」と、ことあるごとにレイたちの力になってくれる貴重な存在だった。    


「てか、この後すぐに任務で王国へトンボ返りするんだろ? 待っててやるから、またうちのに乗ってけよ」


「あ、それ良いですね。ぜひ乗って行ってください!」


 愛想よくこちらを振り返るホウジョウだったが、


「いや、悪いけど…たぶんギルドの方に乗せられるだろうから」


「…あァ、そうだった。あのクソ忌々しい箱詰め馬車か」


微かに申し訳なさそうな雰囲気を伴ったレイの言葉を聞いて、セイワは低い声を漏らした。


「まあ、こればかりは我々にはどうしようもないことですから。…それはそうとレイさん。少し雰囲気が変わった気がしますよ? なんだか以前に比べて柔らかくなったというか…」


「っ……、いやそんなことは…」


 思いもかけないホウジョウの言葉にレイは二の句を継げなくなる。

 “雰囲気が変わった“と言う言葉。それを指摘されたところで実感が持てるようなことは無いが、それでも、自分を取り巻く環境が変わりつつあることには気がついていた。

 

 自然、昨夜の一幕にも意識が向く。



             ☆



 サン・スノーチェニスカ王国首都、キルスト。その中心に位置するレイたちが戦闘を繰り広げた広場は今、負傷した市民や冒険者たちで溢れ返っていた。

 四階騎士(しかいきし)の登場からのギルドの対応は素早く、多くの人々が収容できるこの広場を仮設の救護所に指定し、避難民の受け入れや負傷者の治療を始めていたのだ。


 誰もが戦いを終えた安堵から和気藹々と過ごしている中で、レイとサウレは所在なさげにその場に佇んでいた。行き場の無い視線は無意識に、メルを連れて行ってしまった“武優の剣(デュランダル)“の方に向いてしまった。


「……モップを、連れて来なくて良かった」


「え?」


 鮮やかな群青のマントを纏ったアーサーの後ろ姿を見ながらポツリと溢れてしまった言葉に、サウレが愛らしい瞳を瞬かせながら聞き返してくるが、それを首を振って「なんでもない」と流す。


 そうこうしていると、レイのすぐ背後で


「あの……そこのあなた!」


誰かを呼ぶ女性の声が耳に入った。


「聞いていますか? あなたのことです!」


その声が徐々に大きくなってきたため、鬱陶しいから早く探し人が見つかれば良い、と頭の片隅で考えながらも放っていると、


「ちょっと、無視しないでください! 貴方のことです!!」


「…?」


 耳元で響く声と、服の裾を遠慮がちに引く力に従って背後を振り返ったレイは、眼前に立つ薄紫色の髪を振り乱した魔術師の少女の姿を認めて無言で首を傾げた。


「君は…」


 一瞬、人違いではないか、という疑問が口を衝きかけたが、その少女が先の戦闘で大鎌持ちの骸骨(サイズ・スケルトン)から守った人物だと気づいた。


「もう、何度も呼び掛けているのになぜ無視するのですか?」


「…ごめん。俺たちのことだとは思わなかったから」


「っ!! それは、ただの言い訳ですっ!」


 普通に言葉を返されたのが意外だったのか、はたまた自分が相対しているのが札付きであったことに今さら思い至ったのか、魔術師の少女、確かメルは彼女のことをベラと呼んでいただろうか、は僅かに身を引いて声を荒げる。

 このままだとやぶ蛇になりそうなので、今度はレイの方から水を向けてみることにした。


「それで、何か用?」


 大衆の面前で騒がれるのも面倒だったため、ついでに威圧も込めて言葉を重ねる。


「いえ、あの…」


 案の定怯えたように身を固くするベルを見やり、引くなら今だろうと判断したレイがサウレに目線だけで促してその場を立ち去ろうとしたところで―― 


「――待ってください!」


「「……」」


 思いのほか迫力を伴った声に再度呼び止められ、立ち止まってしまった。


「話は…最後まで聞いてください。私はただ、貴方たちにお礼が言いたかっただけなんです」


 気を抜くと逸らしてしまいそうな恐れを宿した瞳で、必死に前を見据えるベラの様子に嘘はないように思えた。


「命を救ってくださって、ありがとうございました。皆さんの立場は理解していますし、正直、恐ろしくもあります。それでも、今私が生きていられるのは、貴方たちが助けてくれたお陰です」


 擦り切れた服と傷ついた体を庇いながらも気丈に立つベラに、レイとサウレは言葉もなく彼女の感謝を聞いていた。


「ですが、もう、次は必要ありません。…必要ないくらい、強くなります」


 緊張からか始めは小さかった声も、その決意を告げる頃には力強い響きとなっていた。


「だから当分はメルの力になってあげてください。経緯は知りませんが、貴方たちはパーティなのでしょう? 私だって、親友に同じ階級(ランク)まで上がってきて欲しいですから。ただーー」


 穏やかに言葉を紡いでいたベラの表情が、不意に冷える。


「万が一、あなたたち“札付き“がメルに危害を加えるようなことあれば、その時は、決して許しません」


「………分かった」

 

 敵意ではない言葉。最近はふとした時に掛けられることも増えていたが、未だにどう返せばいいのかの半弾はつかなかった。

 レイはどう返答すべきなのかと逡巡した末に、それだけ口にする。それを聞いたベラは即答でなかったことがいささか不満そうではあったが、一つ息を吐いて表情を緩めた。

 

「くれぐれもお願いします。私からの話は以上です。ちょうどあちらのお話も終わったみたいですね」


 そう言って視線を向けた先をレイも釣られて追いかけると、何やら機嫌の良さそうなメルがこちらにやってくるところだった。


「あれ、ベラ何してたの?」


「ううん、少しこの人たちとお話を。フォルテとミツキは?」


「アーサーさんが手当てしてくれたよ。もう大丈夫だって」


「そう。それじゃ、私もそろそろ二人の方に行くことにするわ。また任務でね」


「うん、またね」


 仲間たちの方へ去っていくベラを手を振って見送ったメルがこちらを振り返った。


「けっこう話し込んでたね。…何か、言われなかった?」


 どうやら向こうからこちらの様子は見ていたらしい。メルにしては珍しい沈み気味の声でこちらを窺ってきた。恐らくレイやサウレの立場を気にしての言葉だろう。

 こちらとしては誤魔化す必要もないので話した内容をそのまま伝えると、安堵した様子で息を吐いた。


「そっか。ベラ、ありがとう」


「それでメルの方は? 武優の剣(デュランダル)様と何か話したの?」


「ああ、うん。近いうちに行われる大規模な戦闘任務に参加しないかって」


「それは…」


 大したことだ。ギルドの冒険者にその実力を認められたということなのだから。

 しかし、それにしてはメルの声音から感じる喜びの色が小さい。


「そこら辺の話もしたいんだけど、レイはこの後……二人ともどうかした?」


 積もる話があるからと今後の予定を尋ねようとしたメルだったが、当の二人が同時に眉を潜めたことで言葉を止める。


「レイ…」


「ああ」


 首にかかる黒い札が不意に孕んだ魔力を感じとり、レイとサウレは深刻そうに顔を上げた。


「どうしたの?」

 

「ごめんメル。俺たちはちょっと、行かなきゃならない用事ができた」


「それって…」


「ギルドからの召集だ」


 そう言いながら、微かに熱を放つ黒い冒険者証をマントの上から示した。



             ☆


 「ほら、ついたぞお客さん」


 緩やかに速度を落とした馬車が石畳の路端で停止した。

 飛ばしてもらったとはいえ、丸2日ほど揺れる馬車の中で過ごした体はあちこちが凝り固まっていた。それを解しながら下車したレイは、御者台側で同じく地面に降り立ったセイワとホウジョウの方へと歩み寄る。


「これからギルドか?」


「ああ。寄り道してる時間は無さそうだ」


 セイワたちが乗り付けたギルド・シティ内の乗り合い所からは、人々が行き交う通りの向こうに立つセントラル・ギルドの威容がよく見えた。

 夕陽を受けて朱く染まる荘厳な正門から眩しそうに目を逸らしたレイは、改めて御者の二人を見る。


「助かった。また頼む」


 腰のポシェットから取り出した財布から、なけなしの銀貨を掴みホウジョウに渡す。


「ああ」「お待ちしてます」


 ギルドに向かって歩き始めたレイたちの背に、御者二人組の声がかかった。


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