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第9話 ワルプルギスの夜 ④

唐突に宣伝です。連載開始から追いかけてくれている皆さんにはすいません。

本作は毎週木曜日の午前10時に更新しています。とは言えブックマークをしておくと更新のお知らせも届きますので、大変おススメです。筆者のモチベーション的にも。


以上、宣伝でした。それでは本編をどうぞ


 数多の冒険者を有するギルドには、その揺るぎない実力を持って頂点へと辿り着いた者たちが存在する。

 彼らは国一つを容易に焼き尽くす邪龍を屠り、死病に冒された小さな村さえも見捨てることはない。尋常ならざる力を持ちながらも人々の為に尽くす彼らは、世界中から称賛され、憧れを生んでいた。

 故にこそ、冒険者に与えられる中でも最上級の称号たる“K(キング)”と“Q(クイーン)”が送られているのだ。



             ☆



 「おらおらおらおらぁ! いいねぇ、狙い放題じゃねぇかよ」


 都市北部の中心を走る大通りを無数の矢が乱れ飛ぶ。エンチャント(対魔術式)を纏ったそれが、空を埋め尽くすゴーストの群れを片端から撃ち落としていく。

 ギルドランク第四位“白のK(キング)”キースは、両腕に装備した一対のボウガンで手当たり次第乱射していく。

 銀の装飾が派手派手しい牛革のベストに年季を感じさせるジーンズ。夜にも関わらず被ったカーボーイハットは、ギルド屈指の実力者であるとは思えない異端者(アウトロー)な雰囲気を醸し出している。

 

「ねぇ、あの人急に出てきて何なの? めちゃくちゃ危ないじゃない」


 つい先ほどまでその場で戦闘を繰り広げていた冒険者たちは、突然姿を現した男が無差別にばら撒き始めた矢に巻き込まれないよう建物の陰へと退避していた。

 その中の一人である剣闘士らしい女性が、隣の仲間に不満げに尋ねるが、話しかけられた男は笑って答えた。


「そうか、お前はこっち出てきたばっかで知らなかったんだった。大丈夫だよ、あの人は。“嵐の王”(ワイルド・ハント)のキース。俺もこれまでに何度も救われてる。あの人が来たならもう大丈夫だ」


 彼らの視線の先では、キースのボウガンが変わらず壮絶な弾幕を展開している。しかしそんな大規模な攻撃でも一つ一つの矢は的確にゴーストを撃ち抜き、その周囲の冒険者たちには一切の被害を出していない。それは、間違いなくキースの卓越した実力を持っていることを示していた。


 自信のこもった男の言葉を裏付けるように、都市北部の形勢は見る間に冒険者側へと傾いていく。



             ☆



 一方都市西部にあるサン・スノーチェニスカ王国最大の聖アウロラ東方大聖堂。その尖塔に杖を構えた白い人影があった。

 

 ギルドランク第三位“白のQ(クイーン)“、プリム。創世の女神、聖アウロラに仕える神官が身に着ける純白の司祭服は、彼女の持つ女性らしい豊かな曲線を控えめに示している。背中を覆うように伸ばされた艶のある金色の髪を、神官であれば身に付けないつばの広い優雅な尖り帽が飾り、彼女が神官ではなく、ギルドに所属する魔術師であることを主張していた。


 純白の魔女は眼下を静かに見下ろすと、桜色の唇を持ち上げて微かに微笑んだ。その視線の先には、不規則に展開されたいくつもの退魔結界がある。


「頑張った子がいるようですね。せっかくですから、お手伝いしてさしあげましょう」


 そう言って新たに取り出した小さな杖を自身の喉に当てると、眼下の冒険者たちに届くよう拡張した声で呼びかけた。


「勇敢なる冒険者の皆さん、我らが母たる聖アウロラに代わり、(わたくし)から祝福を授けます!」


 そう言って一度、その先端に聖アウロラの象徴である天秤の意匠が付けられた杖で足場を突いた。

 途端、その先端から眩い閃光が瞬くと、次の瞬間波紋が広がるように白銀の輝きが流れ出し、都市一つを覆い切る壮大な退魔結界を成したのだ。


「こんなに大きな結界が作れるなんて…さすがプリム様だわ!」


「しかもこれ、退魔だけじゃなく身体強化に…治癒術式まで組み込まれてるぞ」


 先頭に立って戦っていた冒険者たちは、結界に編み込まれた魔術の精巧さに驚きの声を上げる。

 その様子を見て深い笑みを浮かべたプリムは、神徒を導く聖女のように杖を高々と掲げた。


「さあ皆さん、共に街の危機を救いましょう!!」


 心強い助けを得た冒険者たちはその言葉に全霊の歓声でもって返し、雪崩を打つように進撃を開始した。

 

 

             ☆

 

 

「誰か、助けて…!」


 建物を破壊して入り込んできた剣士の骸骨(ソード・スケルトン)が、避難していたのであろう獣人の姉妹に無数の人骨を接ぎ合わせたような禍々しい蛮刀を振り下ろす。恐怖で体を縮こまらせた小さな体を無残に切り裂くはずだったそれは、その寸前でぴたりと動きを止めた。

 状況が呑み込めない魔物が剝き出しの頭骨を傾げる。そんな現実離れした光景にますます身を固くする子供たちだったが、不意に、魔物の背後に人影が現れたことに気づき、静かに目を見開く。


 夜の空に広がる白銀色の結界の光を鋭く反射する銀髪の少女の顔は、覆い被さるように装着された銀のマスクのために可憐な口元しか窺い知れない。しかしそのこの世のものとは思えない静謐な美しさに、幼い少女たちは知らず見惚れてしまっていた。


 驚きで固まってしまった彼女らのことなど気にも止めず、表情の見えない少女は無言で手を胸元に引き寄せる。握られた指の隙間から無数のワイヤーが伸びており、それはまっすぐとスケルトンの持つ蛮刀が動かないよう幾重にも絡みついていた。スケルトンが魔物としての本能から抜け出そうともがくも、それよりも早くワイヤーが引かれ、文字通り骨を軋ませて抗っていたスケルトンは引かれたそれによって音もなく切断され、バラバラと頽れながら消滅した。


「…あの、ありがとうございます」


 獲物を失い重力に従って緩やかに垂れたワイヤーをマスク同様に滑らかな光を反射する籠手の中に巻き戻す少女に、命を救われた姉妹が今だ恍惚とした感動も冷めぬまま礼を言う。

 少女はそれに対し一度頷くと、小さく地面を蹴った。ふわりと宙に浮いた華奢な背中の鎧を四枚の羽根のように展開し、そのままさらに上昇していく。


「妖精さんみたい…うっ!?」


 どちらともなく呟かれた憧憬のはらんだ言葉を聞き終えることなく、少女は空中で身を捻りゴーストが渦巻く空に受けて急加速していった。

 ギルドランク第二位“黒のQ(クイーン)”エアリアル。神速の妖精は空を、街を、建物の中までもを流星のように縦横無尽に飛び回り、進路上のゴーストを次々と屠っていった。



             ☆



 四方からの圧倒的な攻撃によって掃討されていくゴーストは、空を埋め尽くすほどいた数を瞬く間に減らしていった。最後の浮遊霊がアーサーによって斬り伏せられるまでにかかったのは、時間にして半刻にも満たなかった。

 3年前、聖アウロラ皇国が中心となって行われた魔族討伐の戦い、『聖戦』。魔族(敵勢力)の支配圏である魔大陸で孤立し、窮地に立たされた連合軍を救い、あまつさえその勢いのまま魔族の首魁が棲まう首都まで攻め上り、人類を勝利に導いた英雄。


 彼らの強さは、余りにも圧倒的だった。


「ーーーあの、ありがとうございました。まさかデュランダル様に助けていただけるなんて」


「困っている人を助けることに立場や肩書きなんてものは関係ないよ」


 遠慮がちなメルのレイの言葉に、アーサーは自身の宝剣を背中の鞘に納めながら変わらぬ笑顔で応じる。


「それよりも君たち、ずいぶんと消耗しているようだし、良ければ手当てさせてはもらえないだろうか?」


「どっ、ちょっ!?、い、いえ! 大丈夫ですっ! これくらい」


 メルからすれば、出会うどころか直接話をする機会すら本来は無いはずの天上の人物。そんな憧れの存在から直接介抱を受けるなんて、という思いが反射的な反応として出てしまう。


「私はまだまだ元気なので! …それよりもフォルテたちを、お願いします」


 非礼にならないよう慌てて訂正したメルだったが、アーサーは気を悪くした様子もなく穏やかに頷いた。


「そうだね。確かに君の言う通り、彼女たちの方が治療が必要みたいだ。せっかくだから、元気だという君の言葉に甘えさせてもらって、少し手伝ってもらおうかな。…っと、失礼、君の名前を聞くのを忘れていた」


「あ、私の方こそ気が付かなくてごめんなさい。メルと言います。それで彼が…」


「ーーああ、彼のことは良いんだ」


「へ?」


「………」


 いつの間にかマントを回収し、隣で静かに立っていたレイのことも紹介しようとして、ごく自然にそれが流されたことにメルはほんの一瞬硬直する。


「それより、彼女たちの容態の方が心配だ。すぐに手当に取り掛かろう」


「えっと…?」


 急かすアーサーに戸惑いの声を上げながらレイを見ると、無言で小さく頷いてすぐに踵を返してしまった。恐らくは彼に従え、ということなのだろう。


「メル?」


「あ、はい! 今行きます!」


 もう一度名前を呼ばれ、メルは止むなくアーサーの元へと足を向けた。




 メルとアーサーが向かった先では、積み上がった瓦礫の比較的平らなところに腰を下ろして傷ついた体を休めているフォルテとフラット、そして変わらず意識の戻らないミツキがフォルテの膝に頭を預けて横になっていた。


「うん、見たところ命に関わるようなものでは無さそうだ。きちんと休めば、これまで通りに戦えるようになるはずだよ」


「ありがとうございます、武優の剣(デュランダル)。……それにメルも」


「ううん。二人が無事で良かったよ」


 フォルテの礼にメルはかぶりを振って答えるが、そのやり取りは普段に比べればいささかぎこちなかった。フォルテはそれ以上の言及を避けるように、アーサーの方に向き直る。


「それにしても、まさか貴方に直接診ていただけるなんて思っても見ませんでした」


「気にしないで構わない。というか、手当てくらいで大袈裟だよ。メルも君も、一体僕のことをどんな風に思ってたんだい?」


「それはもちろん、憧れとか目標とか…。とにかく光栄過ぎて、つい畏まってしまうんです」


 フォルテの率直な言葉に、アーサーは照れ臭そうに頰をかきながらはにかんだ。


「まあ、そうまで言ってもらえると正直悪い気はしないかな。…そうだ、せっかくだからその評価に乗せてもらって、一つ提案させてもらいたいんだけど」


 金色の秀眉をいたずらっぽく下げてまるで内緒話をするようにアーサーは声を落とした。


「近いうちに大規模な戦闘任務があるんだけど、君たち、参加してみないかい?」


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