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第9話 ワルプルギスの夜 ③


 その後も行く手を阻む魔物の群れを排除しながらメルたちは走る。

 行き過ぎる上空や街のあちこちでゴーストたちが巻き起こす火焔や破壊が散発し、また、それに応えるように冒険者たちの誓聖術の光が瞬いている。

 ゴーストの群れの出現から数十分ほどが経過した都市のあちこちでは、冒険者と魔物による本格的な戦闘が始まっていた。


「そういえば、今さらだけどメルたちはどうしてここに?」


 走りながら不意に、レイがメルに尋ねた。


「急だね!? ギルドが.『日ごろの頑張ってる私たちへのご褒美』ってことで冒険者皆を招待してくれたんだ。だから私たち以外の冒険者もいっぱい来てたんだよ。ていうか、前にレイも誘ったんだけど覚えてない?」


「……そういえば、そんな話もあったかもしれない」


 以前一緒に任務を行った際にそんな話があった気がする。メルの言うように、既に別の任務に出る予定があったため、その時は断ったのだが…。


「あらかじめ冒険者を呼び寄せて…。あの任務自体が前準備だった…?」


「レイ?」


 口に手を当てて考え込むレイだったが、メルに声を掛けられると、「何でもない」というようにかぶりを振った。


 と、疾走に従って後ろに流れていた街の景色が急に開けた。どうやら城塞都市の中央を縦横に走る大通りの交差点に達したようだ。そこでも戦闘は始まっていたらしく、広場を埋め尽くしていた屋台は無惨に破壊され、無骨な装飾で質実な威厳を示していた通り沿いの官庁舎にも倒壊や火災の跡が見える。そして何より、広場の中央では今まさにイビルゴーストと思われる魔物と幾人かの冒険者が対峙していた。

 鎌を振るうボロボロのローブに身を包んだ巨体とそれに相応しい大鎌を振るう姿は、さながら神話に登場する死神(タナトス)のようだ。しかし、服の裾から覗く白骨の手足に虚のように開いた双眸、カタカタと気色の悪い音を鳴らす顎は間違いなく、先ほど相対したイビルゴーストと同種の『スケルトン』であった。


 そんな化け物と戦う冒険者たちが、相棒と思われる純白の美しい毛並みにいくつもの痛々しい傷を負ったライオンを傍らに睨み合っている。というかあれは――


「フォルテ!!」


 メルの叫んだ先で、巨大な鎌の一振りが満身創痍の友人たちを紙のように吹き飛ばした。考えるよりも先に地面を蹴ったメルだったが、ダメ押しとばかりに距離を詰める死神の方が近い。  

 タナトス・スケルトンに最も近かった魔術師の少女、ベルは地面に叩きつけられたダメージから立ち上がることがままならず、薄紫色のマントに包まれた上半身を辛うじて起こしたところでーー


「ひっ!?」


ーー眼前に迫った暗い影に目を見開いた。

 大袈裟に振りかぶられた大鎌の切っ先が、ベルの首を刎ねんと容赦なく振り下ろされる。


『ーーーーーッ!!』


 しかしこの一撃は、先んじて投じられたサウレのブーメランによって軌道を逸らされ、その隙にベルと斬撃の間に割り込んだレイによってその鼻先を掠めるように受け流され彼のマントのみを大きく切り裂いた。


「………え? 何が…?」


 目の前に出現した翻る鼠色のマントと、それを纏った人物がで行った瞬間の出来事にベルは目を白黒させている。そんなことには構わず、レイは最小限の幅で腰を落として勢いを溜め、ほぼ時間差をつけずに跳躍した。


『ーーー!?』


 眼前に躍り出てきた人間に、それが手にする短剣(対魔の力)に反応して、タナトス・スケルトンが逃げるように仰反る。しかし、その無様な回避も虚しく漆黒の死神は頭から両断され、半透明の体を激しく震わせながら霧散した。

 膝をついて着地したレイだったが、纏っていたマントがいつの間にか失くなっていたことに今さら気がつき胸元を掻き寄せた手が虚しく空を切る。


「メル、マントを…」


 僅かに焦りを見せながらも努めて冷静に振り返ったレイは、しかし、それが僅かに遅きに逸したことを察する。


「そのタグ……君は、札付きか」


 半ば引きずるようにして怪我を負った体で駆け付けたフォルテは、自分たちの危機を救ったはずのレイを、正確にはその首にかかる黒い札(ドックタグ)を見つめながら険のこもった声を出した。


「貴方、その冒険者証は…」


 先んじたフォルテに続いて追いついたベルもまた、レイの首元を見て喉を鳴らす。


「フォルテ、ベル…。あの、これはーー」


 急激に冷えていく空気に危機感を抱いたメルが口を開こうとするが、


「ーーメル」


真っ直ぐとメルを見据えてきたレイの気迫に制されて断念する。

 メルが黙ったことを確認したレイは、今度は立ち竦むフォルテとベルに声を掛けた。 

            

「ここは危ない。倒れた仲間を連れてどこか安全な所へ」


「…悪いけど聞けないな。後ろから刺されるかも分からないのに」   


 敵意を剥き出しにして即座に突っぱねたフォルテの言葉にも、レイは感情を揺らすことなく冷静に彼女らを見返す。


「そんな状態で戦ったら、俺たちが手を出すまでもなく死ぬことになると思うけど?」


「っ……」


 レイの鋭い指摘に、気丈にも相対していたフォルテは酷く痛むのか、悔し気に顔を歪めながら肩を抑えた。どうにか立ち上がったフォルテとベルは、共に致命傷というほどの負傷は無いもののその場にいるのがやっとの様子で、もう一人の仲間であるアサシンのミツキに至っては意識が戻っておらず、こちらも傷だらけのフォルテの相棒、フラットに運んできてもらっているところだ。


「札付きなんかに心配されなくたって、この程度の敵に遅れはーー」


「フォルテ!!」


 感情的に言い返したフォルテの言葉は、イビルゴーストの一体が放った火矢から守るために割り込んだメルによって阻まれた。

 こうして揉めている間にも多数のゴーストが包囲の輪を狭めてきていたのだ。


「ちょっと皆んな、こんなことしてる場合じゃないよ!」


「っ……!!」


 フォルテは、いつもは多少のことで声を荒げることなどない友人(メル)の言葉に複雑そうな表情を浮かべるも、何も言わずに目を背けた。

 

「…とりあえず、3人を結界の中に」


 胸の内に生まれたわだかまりを無理やり抑え込みながら、努めて冷静に言い、それを受けたレイとサウレが黙って頷いた。辺りを見回すと、通りを挟んで西側の庁舎の中から退魔の力を伴う白銀色の魔力が漏れているのが目に入った。


「あそこ!」


 そう言いながら、メルは霊脈に魔力を生き渡らせて強化した身体で意識のないミツキを背負う。フォルテはそんなメルを未だ納得が行かなそうに見遣ったが、


「仕方ないか…」


すぐに今はそれしか無いと判断したのか、胸ポケットから愛用の指揮棒を取り出し相棒の白獅子フラットを見た。主人の視線を受けたフラットが微かに耳を動かしながらそちらを振り返り、小さく唸る。

ーーそれが契機となった。


「前へ!」


 フォルテが指揮棒を振り、フラットはそれに従って進路を阻むゴーストを縦横に動き回りながら強靭な顎で噛み砕き、鋭い爪で抉り飛ばしていく。レイとサウレはメルたちを挟み、周囲から際限なく襲ってくるゴーストらから守っていた。

 それでも次々と飛来してくるゴーストの数が減ることはなく、結界との距離はなかなか縮まらない。焦れたフォルテがフラットとベルに呼び掛ける。


「道を開く! フラット!」


『グルルル…、ーーーーー!!!』


 フォルテの指示とほとんど同時のタイミングで、フラットの口から強烈な吠え声(衝撃波)が放たれ、進路状にいたゴーストの群れが一度に吹き飛ばされた。


「ベル!」


「任せてください。霊脈、解放…。我が身に宿る業火よ、吹き荒れろ!!」


 傷ついた顔に強い意志を浮かべたベルは、詠唱を通して黒く焼き締められた松の杖を掲げありったけの魔力を通した。見る間にその先端から赤い魔力が迸ると、爆発的な勢いをもって広がった火焔の塊が舐めるようにして周囲の魔物たちを焼き尽くす。

 この連携によって、メルたちの周囲には一時的な空白が生まれた。


「今だ! 走って!!」


 一斉に駆け出すメルたち。走り出してしまえばそう長い距離ではない。自身を滅する力を放つ対魔結界を嫌って、その周囲だけゴーストの層が薄い庁舎の入り口が見る間に近くなる。

 しかしあと一歩というところで、すぐ横に建つ堅牢なはずの石造りの建物が凄まじい勢いで爆発、進行方向を派手な土煙と瓦礫で埋めた。そしてその煙の中から、周囲の建物の高さをゆうに越すほどの馬に乗った首無し騎士(デュラハン)が空気を震わせるほどの嗎を放ちながら姿を現したのだ。


「 ここに来て……っ!?」


 唯一の退路を断たれ息を呑む全員の背後を、さらに新たに現れた群狼魔王(ウルフリータ・ロード)騎兵槍持ちの騎士(ランス・スケルトン)が包囲する。

 そしてダメ押しのように、


「ベル!?」


 ここまでの戦闘に加え、先の高等魔術で力を使い果たしたベルが、とうとうその場に倒れ込んだ。


「ごめんな…さい…。私のことは、もう…」


「ダメだベル! 置いていくなんてできるわけないだろ!!」


 慌てて駆け寄ったフォルテは、腕の中で力なく微笑むベルに必死に呼びかけている。


「レイ…このままじゃ…!!」


「ああ、長くは持たない」


 じりじりと距離を詰めてくる魔物たちと対峙しながら、レイはあくまでも淡々とした声を返してくる。メルはそんな彼の平坦な様子に小さな違和感を覚えながらも、それを追求するほどの余談は許されていなかった。

 いよいよ間合いへと進み出てきたランス・スケルトンが、ウルフリータ・ロードが己の得物をまるで誇示するかの様に掲げる。

 最期の戦いが始まる。そう分かり、メルはただ、利き手に収まる金属製の冷えた柄を握り締めた。

ーーその時


「良かった、間に合ったみたいだ」


 不意に、天頂から心地の良い落ち着いた男性の声が降っていた。そして、


「ーー去れ」


 ただ一言。何の詠唱もなく、何の予兆も伴わない平坦な言葉に伴って、濃密な魔力の塊がメルたちを越えて通り抜ける。それが一振りの斬撃であったことに気づいたのは、聖性を纏った光刃がメルたちを取り囲んでいたイビルゴーストを、いやそれどころではなく広場に跋扈してい魔物たち諸とも全てを蒸発させたからだ。

 その圧倒的に過ぎる光景に、メルやフォルテは言葉もなく立ち尽くした。…ただ一人、碧眼の色を深めたレイを除いて。


 そんな小さな変化には気が付かない彼女らのもとに、広場を見下ろせる庁舎の屋上にいた先ほどの斬撃を放った人物が上質な群青のマントをはためかせながら飛び降りてきた。


「君たち、怪我は…あるみたいだね。ここまでよく戦ってくれた。すぐに手当てをしてもらおう」


 質量を感じさせない着地から立ち上がり、周りの様子を見渡した青年は気に掛けるように微笑んだ。

 明るいブロンドの髪を優雅に流し、長身の体躯をマントと同じ青のアンダーアーマーの上からシンプルながらも彫刻が美しい銀色の鎧で包んでいる。

その完成された容姿は、一国の皇太子と言われても通用しそうな気品に溢れていた。


「…貴方は、もしかして」


 無条件に安心感を覚えるその笑顔を見ながら、メルはどこか恍惚と尋ねていた。


「ああ。ギルドの冒険者ランク現トップを僭越ながら拝命させてもらってる。ギルドランク“Kキング“、『武優の剣(デュランダル)』のアーサーだ。安心してくれ。僕の仲間たちが応援に駆けつけている。この騒ぎもすぐに収まるよ」


 そう言いながら見据える視線の先では、色濃くなっていた敗色が塗るかえられるように街中から冒険者たちの鬨の声が上がり始めた。


ーーー形勢が変わったのだ。


すいません、もう一話続きます。

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