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第7話 道中にて ②

 キリが悪くなったので7話はもう少し続きます。引き続きよろしくお願いしますm(_ _)m

 ついでに先週分も少し直しました。合わせて読んでもらったほうが流れは良いかもしれません。


「この辺だと思うんだけど…」


 クリスは片手に紙片を持ち、目深に被ったフードの下からキョロキョロとあたりを見回していた。


「もう、何なのよニーナったら。久しぶりに顔見せたと思ったらこんなとこに来いなんて」


「さあ」


 同様にフードを被って隣を歩いていたレイは心当たりの無い様子で肩をすくめる。とーーー


「おーーい! 2人とも、こっちー!」


「「!!」」


 通りの向こうから自分たちを呼ぶ声が聞こえそちらを見ると、見知った人物の姿が目に入った。


「げ…、あれってニーナと…メルじゃない?」


「これは、嵌められたかな」


 元気に手を振っているニーナの横では、どんな顔をすれば良いのか分からない、といった様子のメルがこちらもまた遠慮がちに手を振っている。


「…どうする?」


「え、それ私に聞くの? じゃあなんだか面倒そうだし帰る?」


 とりあえずクリスに尋ねると、心底嫌そうな顔でこちらを見てくる。


「俺は別にいいけど」


 そう言って速やかに踵を返そうとした2人だったがーーー


「ちょいちょいちょい!! なんで帰る感じになってんノ!?」


 激しい砂煙を巻き起こしながらニーナがレイたちの前に滑り込み、詰め寄ってくる。


「冗談だから」


「相変わらず涼しい顔で言うネ〜」


 無表情のままそう返すレイにニーナは唇を尖らせる。


「まあイイや。ここまで来たんだから、最後まで付き合ってもらうよ」


「最後までって。そもそも私たちは護衛の任務(クエスト)があるからって言われて来たんだけど?」


「それは本日の主役からちゃんとお話があるから。ネ、メルにゃん?」


「へっ!?」


 明るい呼びかけに促されるようにレイとクリスが背後を振り返ると、そこには小さな体をさらに縮こませたメルが緊張した面持ちで立っていた。


「えと…2人とも、3日ぶり…です」



             ☆


 それは昨日の深夜にまでさかのぼる。ギルド・シティに隣接する札付きたちの隔離エリア。その北西側に広がる森の中に、レイたちの住居である古い小屋が立っている。


「ほらモップ。もう寝るわよ。いつまでそんなとこにいるの?」


『クゥン』


「全く、誰を待ってるんだか…」


 レイの相棒であるこの小動物は、数日前に任務から帰ってきて、から、玄関の前でひたすら誰かがやって来るのを待っているようだった。

 ただそう言いつつも、クリスにはなんとなくこの毛玉が何を待っているのかを察していた。思い返せば、人見知りのするモップが彼女にはずいぶんと懐いていた。

 と、


『!! アンッ!アンッ!』


 玄関の扉を控えめに叩く音がして、モップが興奮気味に身を起こした。 

 既に寝る支度も済ませ、あとは明かりを消すだけとなっていたレイとクリスは、扉を叩く軽い音に眉を寄せながら立ち上がった。


「誰よ、こんな時間に…。レイ、お願い」


「ああ」


騒ぐモップをレイに任せ、クリスは扉の開く。


「はーい、本日はもう閉店で……って、ニーナ…」


「どもー、…こんばんは、クリス」


 入り口から漏れ出る部屋の明かりに照らし出されたのは、先日の任務で偶然にも再会したかつての仲間、ニーナだった。


「…入って、いいかな?」


「あ、うん…」


 遠慮がちに聞いてくるニーナに、クリスは戸惑いの混ざった声を上げながらも体を引いて出入り口を開けた。

 ニーナはそんなクリスに目線だけで礼をすると、無言のまま一歩室内へと踏み出す。魔石を用いたささやかな照明は、歴史を感じる居間を橙色に照らしていた。そんな室内をゆっくりと見回すニーナの視線は懐かしさをはらんで細められている。

 やがて、彷徨っていた視線がある一点、部屋の中央に置かれたテーブルのすぐ横で立っている人物で止まった。


「ニーナ…」


「レイ…久しぶり。元気だった?」


「どうかな…」


「…モップも、元気だったみたいネ」


『アンッ』


 レイに抱えられたまま頭を撫でられたモップは嬉しそうに下を出している。


 こうして、かつての仲間たちは夜の帷が降りた古い住処にて、数年ぶりの再会を果たした。




「ーーそれで、何しに来たのよ? こんな時間に」


「んにゃぁ、大した用はないんだけどネ」


 久しぶりに顔を合わせたレイ、クリス、ニーナはその余韻に浸ることもなく、比較的に落ち着いた様子で席についていた。


「びっくりしたんだから。まさかあなたたちがあんな普通の冒険者と連むなんて」


「色々あって断りきれなかっただけだよ。ああでもしないと生活できなかった」


「あんたと違って、私たちは誤魔化しが効かないからね。ま、その協力体制も崩壊寸前だけど」


「クリスがドジこいたからネ」


「っ!! ……違うから」


 ニーナの遠慮の無い指摘に、クリスは頬杖をついたままそっぽを向いた。


「まあ、ああ言うのはオイオイ改善してきなよ」


「改善? 流石にもう俺たちに関わろうなんて思わないと思うけど」


 取り成しすニーナにレイは眉を顰める。しかし、ニーナは意味深な微笑みを浮かべて、


「それはまだ、わかんないんじゃない?」


「……」「まさかぁ」


 メルが諦めずに自分たちと関わろうとしてくるのか。2人はニーナの言葉に半信半疑な様子で口籠った。


「まあいいや!」


 そのまま重苦しい空気が流れそうになるのを、ニーナが手を叩くことで払拭した。


「そう言うのはそっちのほうで勝手に進むでしょ。私が今日来たのは全然別の話でさ」


 そう言いながら折り畳まれた紙片を取り出してクリスに渡した。


「…何これ」


「うーん、なんだろ…。この前のお詫び…的な? 私のパーティが結構迷惑かけたでしょ? その分の補填」


 開いた紙には、待ち合わせ場所を示す簡単な地図と注意事項が書き込まれていた。


「あたし名義で受けた護衛任務(クエスト)。とりあえず、明日その場所まで来てほしいんだよネ。頭数揃ってるところ依頼主に見せなきゃならないから」


「ふうん…。なーんか乗せられてる感じはするけど」


「正直、そんなプライドにこだわってるいられる状況じゃないから」


 クリスから手渡された紙の内容に目を通しながら、レイは静かに口を開く。


「それは好都合だったニャ。さて――」


 その言葉を了承と取ったニーナが立ち上がる。


「んん~~…。もう遅いし今日はここに泊まることにするネ。まだあたしのベッド残ってる??」


「ちょ、ちょっと急に何言ってんのよ。そんないきなり言われても…」


 とっとと立ち上がって寝室の方へと歩いていくニーナに、クリスが腰を浮かせながら呼び止める。が、それに対するニーナの返事は、寝室の扉を閉じる音だった。


「もう…ほんと何なのよ」


「まあ、ニーナのああいう性格は今に始まったことじゃないから」


「むしろ前より酷くなってない?」


 立ち尽くすクリスの背中に声をかけると、脱力したように再び椅子に腰を下ろした。


「……でも、良かった。元気そうで」


「ああ」


 あの日、置き手紙だけを残して姿を消した彼女が帰ってきたという事実。それだけのことが、今の自分たちには不思議と安堵を感じさせた。



             ☆



「ーーというわけで、この子に一杯食わされた私たちはまんまと誘い出されたわけ」


「めちゃくちゃ強引だ…。でも私もそんな感じだったかも」


 半ば強引に引き合わされたメルたち4人は、互いの情報共有もほどほどにまずは目の前の任務を終わらせようという話になり、歩き始めていた。


「ニーナ、結局護衛任務っていうのは…」


「そう、手紙を運んでるあたしたちの護衛」


「それいる??」


 あっけらかんとネタをばらすニーナに、レイとクリスは頭を抱える。


「言ったじゃん。そもそもこの前のお詫びなんだから、お金を渡す口実さえ作れれば中身はなんでも良かったの。それに、これくらいしないと、あなたたちいつまで経っても会わないでしょ?」


「それは、確かにそうだったかも…」


「ちょっとメル。あなたまた丸め込まれてるわよ」


「へ!? ちょっとニーナさんっ!!」


 顔を合わせた当初こそ気まずい空気になりそうになっていたが、それも束の間。ポツポツと会話が始まると、気を利かせたニーナが茶々を入れるのも相まってすぐに以前の調子を取り戻した。

 現在はメル、クリス、ニーナの3人が並び、その後ろをレイが黙ったまま着いていくようにして比較的賑やかに通りを歩いていた。  

 ちなみにここに来るまでレイのフードの中に隠れていたモップも彼女たちの足元をうろうろしながら時おり構ってもらっている。

 と、何かに気付いた様子でニーナが立ち止まる。


「とっとと、最後の配達先はここだネ」


 彼女の視線の先には、危うく通り過ぎそうな素朴な佇まいの商店が立っていた。見たところ雑貨屋のようだが、冒険者向けの旅行用品なども扱っているらしい。


「あたし届けてくるから。皆んなはここで待ってて」


「え? だったら私もーー」


「大丈夫大丈夫、大した仕事じゃないし。それに、メルにもやらなきゃいけないこと、あるでしょ?」


「っ!? ……はい」


 ニーナに着いて行こうとしたメルはそう言われて動きを止める。しかし、すぐに顔を引き締めると躊躇いながらも頷いた。


「お願いします」


「オッケにゃ」


 メルの返事を聞いたニーナは八重歯を覗かせながら笑顔を浮かべて親指を立てると、店の扉に手を掛けて中へ入っていった。

 それを見送ったメルは、意を決して背後に立っているレイとクリスに向き直った。


「…せっかくニーナさんが背中を押してくれたから、私も私の仕事、仕事っていうか、やらなきゃいけないことをするね」


「なんか気合い入ってるじゃない。ま、大体察しはつくけどね」


 そんなメルを見て、クリスはやれやれという風に手を腰に当てる。


「うん。…この前に任務の話のを、しよう」



             ☆



 その日の終わりが迫った町には夕日が差し込み始めていた。場所を店の近くの空き地へと移した3人は、程々の距離感で向き合っている。

 そんな中、メルは懐から小さな革袋を取り出してレイに向かって差し出した。


「まずはこれ。この前の任務でもらった報酬だよ」


「…こちらとしては助かるけど、良いの?」


「いいも何も、約束でしょ? 受け取ってもらえない方が私は困るよ」


「良いじゃないレイ。私たちはハナからそういう契約だったんだから。流石に誰も文句は言わないわ」


「分かった」


 クリスが比較的乗り気であったこともあってか、レイもそれ以上何か言うことはなく素直に受け取った。

が、それが済むと、これ以上関わる理由も無いとばかりに踵を返そうとする。


「これで用事も済んだだうから、もう解散にーー」

 

「…待って」


「……?」


 短い挨拶だけを残して立ち去ろうとするレイの体が、半歩踏み出したところでそれ以上進めなくなった。首を巡らせて自身を縫い止める力の出どころ探ると、メルの伸ばした指先がレイの服の裾を掴んでいるのが目に入った。


「…なんでお前まで」


 そしてその足元ではモップまでもがレイの服を咥えて引き留めていた。


「まだ、話は終わってないからだよ、きっと」


 さらに降ってきた言葉に反射的に視線を上げる。


「次の任務の話、しようよ」


 そこで、強い意志を宿したメルの視線とぶつかった。


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