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第6話 苦い達成感 ①

 群狼魔討伐戦、決着です。




「っち…今ので殺り切れないか。相変わらず中途半端なエンチャント」


 月の光に照らし出された獣人の少女は、不満そうに自身の手のひらを見下ろしながら開いたり閉じたりしている。


「まあ良いや。じゃ、後はレイに任せるから」


「ちょ、あなたニー…」


 クリスはそれだけ言い残して立ち去ろうとする獣人の少女を呼び止めようとするが、


「あ、あたしのことは他言無用で。そこんとこよろしくニャ!」


振り返ってそれだけ念押しすると、気が済んだのかそのまま勢いよく夜の空へと跳躍し、姿を消してしまった。


「ーー今のは」


「ええ、間違いなくニーナだった。あの子、生きてたのね」


 ようやくクリスの元に辿り着いたレイに、クリスは感慨深げな息を吐く。とーー


『グルルルル……』


「「っ!!」」


 瓦礫が飛び散る音とともに、立ち込める土煙の中で黒い影が立ち上がる。見ると、先程派手に弾き飛ばされたウルフリータ・ロードが頭を振りながら身を起こすところだった。

 展開された結界内には狙い通りに全てのウルフリータが捕らえられていた。これで討ち漏らすこともないだろう。


「手早く終わらせたい。敵の注意を俺に」


「…分かったわ」


 クリスはそう言って頷くと、レイに向かって手を翳す。手のひらから生まれた紫色の淡い光が、緩やかな螺旋を描きながらレイの全身を包み込んでいく。

 それだけのことでも、効果は劇的だった。


『『『ッ!!?』』』


 廃村を中心に出現していた全てのウルフリータの注意がレイへと集まったのだ。


『オオォォォン!!!』


 さらに、悠然と立ち上がったロードが自身の健在を知らしめるように大きな吠声を上げる。


「行ってくる」


 そう言うと、レイは待ち構えるロードに向かってまっすぐ大地を蹴った。

 

 かつては村のメインストリートだったであろう道を疾走する。そんなレイに追い縋るように次々とウルフリータが襲いかかってくる。しかしそれを意に介することなく躱し、斬り伏せて勢いを緩めずに突き進んでいく。

 とうとうウルフリータたちの猛攻を突破したレイの目の前に、地面を踏み鳴らし、全身の毛をさかだて威嚇するロードが立ちはだかる。


金属操作(メタル・ベンディング)ーーー『ランス』!!」


 自身の持つ特殊金属オリハルコン・レプリカ全てを繋げ合わせて創り上げたのは、レイの身長を裕に超える騎兵槍だった。

 レイはロードが攻撃に移るよりも先に、それまでの加速で得た運動エネルギーを上半身へと移しながら、左足で大地を踏み締める。肩を振りかぶり、全霊で投擲された騎乗槍は猛然と飛翔し、鈍い衝撃音をたててロードの顎へと着弾した。


『〜〜〜!!?』


 放たれた槍はロードの下顎から頭頂部までを豪快に貫いたが、恐ろしいことに致命傷には至らなかったらしく悲鳴を上げながら激しく首を振っている。

 しかし、レイの攻撃は終わらない。


金属指定(ターゲットロック)、『ランス』ーー『破壊(ブレイク)』!!」


 掲げた拳を広げた瞬間、ロードに突き刺さっていた騎兵槍が派手に炸裂する。幾本もの金属の棘によって内側から引き裂かれたロードは、断末魔すら上げることもできずに音を立てて地面へと倒れこんだ。


 やがてその体に取り憑いていたウルフリータの残滓も宙へ還り、元の死体に戻ったことを確認する。正体を現した巨大な四足の体は、恐らくは熊か何かだったのだろう。

 レイは辺りを見回すと、あれだけいたウルフリータはいつの間にか全て消え去り、廃村には静けさが戻っていたる。

 ふと差し込んできた光に、レイは眩しそうに目を細めた。


「…朝か」


 こうして、数時間にも及んだウルフリータ討伐任務は完了した。


            

             ☆



 長い夜が明け日が差し込み始めた森では、あちらこちらから目を覚ました生命たちが動き始める気配が感じられた。

 そんな中、つい先ほどどうにか受注した群狼魔討伐任務を成功させた冒険者たちは、休む間もなく戦いの後始末に追われていた。


「じゃあこの辺りで休みましょう。ゆっくりで良いから、はい、座りますよ」

「…っ!? どうもありがとう…」


「お、おい、本当にこれも運ぶのか? もう半部腐ってるしこのままで良いんじゃないか?」

「いけません。放っておいたらまたウルフリータが生まれることになりますから」


 任務の最中に偶然出会った2つのパーティは、動けない者は介抱され、動ける者は散乱した死体の片付けといった形で何となくの連携をしながら事に当たっていた。

 そんな中―――


「おい、あれは何だったんだ!!」


 唐突に響いた怒声にその場にいた全員が硬直する。


「何よ、こんな時に?」


 負傷した剣士の女性を診ていたメルは何事かと首を巡らせ、すぐにその発信源を突き止めた。


「何って、別に何でもないわよ…。良いじゃない任務はクリアしたんだから!」


「お前、それで済むと思ってんのか!? 敵のど真ん中で身体強化を解かれて、俺もメルも危うく死にかけたんだぞ!!」


 売り言葉に買い言葉。そんなやり取りをしていたのはエイリークとクリスだった。エイリークは上半身の鎧を外して素肌を晒し、クリスがその肩口に向き合うように杖を構えている姿を見るに、恐らく魔術による治療の最中だったのだろう。しかし二人ともそんなことは放り出して激しく罵り合い始めている。


「――そもそも私はちゃんと説明するつもりだったの! それが何? 男のくせに文句ばっかり!!」


「俺のせいだってのか!! お前本当に――」


「ちょっと二人ともやめて!!」


「――!?っ…」「つってもメル!!」


 二人の間に入って強引に割って入ったメルは、さらに言い募ろうとする二人を手で押し留める。「こんな時に言い争うのはやめて…! 気持ちは分かるけど、今は迷惑にしかならないよ…」


 メルの静かな訴えにクリスらは自分たちが周囲から非難の目で見られていたことに気が付いたらしい。


「ごめん…」


クリスは素直に謝罪の言葉を口にしたが、エイリークはまだ納得ができないらしく、「……つっても…」不満げに呟いていた。

 その様子にメルはさらなる説得の言葉を掛けようとするが―――


 「ちょっと良いかな?」


 それは唐突に割って入ってきた声によって遮られた。


「お取込み中すまないね。けど、僕たちもあまりのんびりしていられなくて」


声を掛けてきたのは、ブロンドの髪を横に撫で付けた青年だった。彼はウルフリータ・ロードを引き連れて逃げてきたパーティのリーダーであり、あの時メルたちに向かって助けを求めてきた人物だ。


「早急に今回の任務報酬に関する話がしたいんだ」

 

 

             ☆

 

 

 件の青年、ミケーナの提案に同意した一同は村の中央広場にて円を描くようにして集まっていた。比較的軽傷なメルたち4人とミケーネを含めた彼のパーティメンバー3人が円を成し、残った重症の1人にクリスが付き添う形で一歩離れたところに座っている。


「じゃあ早速だけど、始めさせてもらうよ。といっても大した話じゃないんだ。報酬の分け前は、頭数に合わせて7等分にしないか?って話だ」


「……へ?」


 開口一番の彼の言葉を飲み込むことができず、メルは間の抜けた声を出してしまった。


「何を驚いているんだい? 別段悪い話でもないだろ。『任務が被った時の報酬は平等に折半』。冒険者の鉄則に則った内容じゃないか」


 確かに、同じ任務を複数のパーティが別々で受けてしまい、現場でばったり、なんて話はよくあることだ。そしてその対応も彼の言う内容で間違いない。無いのだが…、


「7っておかしくないですか? ミケーナさんたちは4人で私たちは5人なんだから、分けるとしても人数で割って9でしょ?」


 何故か2人分の報酬が省かれているのだ。そもそも7等分では、パーティ単位での折半で考えたとしてもメルたちの分が少なくなってしまう。

 このことを指摘したメルだったが、それを聞いたミケーナは「いやいや」と言う風に手を振った。


「君たち、まさかとは思うけどそこの2人も数に入れてない?」


「2人、って…」


「………」


 彼の指差した先にいたのは、黙って事の成り行きを見守っていたレイとクリスだったのだ。


「どうやって潜り込んだのか知らないけどさ、お前ら“札付き”だろ」


「「「!?」」」


 ミケーナの思わぬカミングアウトに、彼の仲間たちは驚いた様子でレイたちを振り返る。


「そこの白髪(しらが)のお前は“死に損ない”のレイだろ? で、おいアリサ。お前の怪我を治してる女が“魂喰らい”のクリスだよ。どっちもギルド・シティでは有名な札付きさ」


「うそ…でしょ?」


 クリスが回復魔術で治療をしていた女剣士、アリサは顔に恐怖を浮かべながらその手から逃れようと(もが)き始めた。


「ちょ、ちょっとまだ動いちゃダメよ。まだ傷が塞がってーー」


「触らないで!!」


「っ!! わかったわよ…」


 クリスは、まだ満足に体を動かすこともできないアリサを慮るように引き留めようとしたが、その鬼気迫る態度に諦めたように引き下がった。

 アリサは助けに入った仲間の1人の掴まって立ち上がりながら、今度はミケーネに対して食って掛かる。


「だいたいあんたは何でもっと早く言わないのよ!? この女が私を殺してたらどうするの!?」


「ちょっと、それはいくら何でも言い過ぎじゃーー」


 感情のままに捲し立てるアリスの言葉に、さすがのメルも抗議の声を上げるが、


「まあまあ、2人とも! 気持ちは分かるけど今は報酬の話に戻ろう」


 さらに割って入ってきたミケーナに強引に中断させられてしまった。


「話を戻すけど、そこの2人は札付きだろ? だったら報酬の頭数に入れる必要なんて無いはずだ。君もそれくらいギルドで教わったよね? 『彼らは死刑囚であり、死ぬためだけにギルドに籍を置いている。よって任務達成の場にいたとしてもその報酬を受け取る立場にはない』。ギルドの言うことに従うなら、僕の提示した条件こそが正しいんだよ」


「でも、あなたたち何もしなかったじゃない! ウルフリータのボスを連れてきたり、そうかと思ったら悲鳴を上げて私たちの連携を崩して。ロードを倒したのだってレイなのに!!」


「見解の相違というやつだね。僕は最も効率の良い手段をとったまでだよ。それより君、良いのかい? まるでそこの札付きたちとパーティを組んでいるような言い様だけど」


「それが何だって言うの? 私とレイは同じーームグッ!?」


 余裕の表情を崩さないミケーナに苛立ち、勢いよくその問いに答えようとしたメルだったが、最後まで言うよりも先にレイの手が彼女の口を塞いだ。


「…俺が言えるような事じゃないけど、君たちの条件に全面的に従う。だから、これ以上は」


 そして、ミケーナの提示した内容に同意すると宣言してしまったのだ。

 これが少し意外だったのか、ミケーナは僅かに眉を上げた。


「君たちがそれで良いなら構わないさ。薄汚いドブねずみには僕も関わり合いになりたくないしね」


 そう言うと立ち上がった。


「じゃ、僕たちは帰るよ。そうだ、ギルドに帰ったら代表者を立てておいてくれよ? 報酬の支払いに双方の証書が必要だからね。もちろん、札付き以外の人でよろしく」


 嫌な笑みを浮かべてそう言うと、さっさと街道に向かって歩き出し始めた。その後に続くように、彼の仲間たちも足早やにそれを追った。

 その際、最後までフードを被りっぱなしだった1人の人物が一瞬だけ振り返り、申し訳なさそうにこちらに手を合わせた。何となくだが、その相手はメルではなく、レイやクリスに向けられたものであったように思えた。

 ほんの一瞬そんな姿を見せた人物だったが、すぐに前へ向き直ると走ってミケーナらの元へと行ってしまった。

 マントを着たその後ろ姿からは、獣人特有の長い尻尾が覗いていた。



             ☆ 



「ムウウゥゥ……ぷはぁ!! レイ! 何であんなこと言っちゃったの!?」


 ミケーナたちが立ち去ったのを確認すると、ようやく塞がれていたメルの口が解放された。


「あの場ではああ言う以外に選択肢が無かった。君たちが札付きに協力したなんてギルドに報告されてたら、下手をすると冒険者資格の剥奪もあり得たんだ」


 食って掛かってきたメルに対し、レイは冷静に言葉を返した。その話に、メルは冷水を浴びせかけられたように静まり、項垂れてしまう。


「そんなことって…」


「だから言っただろ。札付きと関わるっていうのはこういうことなんだよ」


 レイのあまりにも非常な言葉に、メルは何も言い返すことができなかった。


「……もう、せっかく任務クリアしたのに…」


 絞り出された言葉は無念な感情に溢れている。そして、誰に届くわけでもなく独り地面に吸い込まれていった。


 ちゃんと後味が悪い感じに書けていたでしょうか。不安です。

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