妹が出来ました
隆史と詩織の夜の営みは、どうやらマリオだけじゃなかったようだ。
我が須藤家のベビーベッドには翌年、妹の伊織が寝ていた。
「我が妹は、なかなか可愛い寝顔だ。食べちゃいたい」
俺は寝ている伊織を覗き込むと、ほっぺを指で突いて呟いた。
食べちゃいたいに性的な意味はなく、静かに寝ている伊織のほっぺはプニプニしてて、食べちゃいたいくらい可愛いらしいほっぺなのだ。
「カオくんは、またイオちゃんの顔を見ているのね」
焦ったっ!
背後に立っていた詩織に、今の独り言を聞かれていたら気不味い。
2歳児の俺が妹の寝顔を見ながら『食べちゃいたい』とか呟いているなんて、気味悪がられて、家を追い出されるかもしれないからだ。
俺が振り返ると、詩織は俺たち兄妹を見ながら微笑んでいた。
「まま、いお、ねてゆ?」
「イオちゃんは寝ているから、起こしちゃ駄目でちゅよ」
「はぁい」
「カオくんは、良い子でちゅねえ」
俺を抱き上げた詩織には、気付かれた様子がない。
俺は発話が出来るようになったが、人前では、年相応の話題に終始して、いわゆる赤ちゃん語で話している。
言葉を選びながらな会話は、意思疎通のもどかしさがあるものの、享年38歳+2歳の俺が地のままで会話したら、さすがの両親も気味が悪いだろう。
「ぱぱ、おしごと?」
「パパは法事で遅くなるから、今夜はママとイオちゃんの三人でちゅよ」
それだって2歳児の話す言葉にしては、かなり発育が早いのだが、隆史と詩織は初めての子育てなので、そこには気付いていない。
隆史はともかく、詩織は少しぬけたところがあるので、彼女だけなら気を抜ける。
「カオくん、ちょっと一人で良い子にしててね」
「はあい」
伊織が生まれたことで、変わったことがいくつかある。
詩織は、男児の俺を『カオくん』と呼ぶようになった。
あと妹が生まれて子供が増えたことで、監視の目が薄れている。
一人の時間が増えたのは、俺にとっては色々都合がよろしい。
「あれ、わたしテレビ消したよね?」
俺は詩織がいない間、居間のテレビで『夕焼けにゃんにゃん』を観てました。
インターネットのなかった時代のテレビ、とくにバラエティ番組は、むちゃくちゃやってて面白いんだ。
「カオくん、新聞で遊んじゃ駄目よ」
俺はテレビの傍ら、新聞の経済欄を読んでいた。
昭和60年と言えば、バブル景気である。
小学生だった元俺は、全く恩恵が得られなかったバブル経済だが、二巡目の俺は両親を利用して、このビッグウェーブに乗るつもりだ。
バブル経済のうちに土地やマンションを転売して、大蔵省の総量規制(不動産融資総量規制)までに売り抜ければ、利ざやで大金持ちってわけだ。
俺は新聞の折込みチラシを抜き取ると、上目遣いで詩織を見て手渡した。
「まま、これかって、これかって」
「カオくんは、どんな玩具が欲しいのかな……、投資型ワンルームマンション!!」
俺が詩織に渡したのは、オモチャ屋のチラシではなく、不動産屋のチラシだった。
2歳児の俺がマンションを購入することは不可能であり、俺が一度や二度ねだったところで、両親はマンションを買い与えてくれないだろう。
しかし赤子の俺が根気強くねだることで、信心深い隆史と詩織は、神のお告げと考えて不動産投資に興味を示すかもしれない。
「マンションを欲しがるなんて、カオくんは変わった子供よね」
「まま、かって、かって」
「困ったわね……。今は無理だけど、いつか買ってあげるわ」
これは俺が資産家の息子になるための第一歩、投資型ワンルームマンション購入への布石だ。
俺がこうした言動を繰り返していれば、いずれバブル景気に突入したとき、詩織はマンション転がしに興味を持つだろう。
これは、そのための布石なのだ。
オギャー!
「まま、いお、ないてゆよ」
「イオちゃんは、そろそろミルクの時間ね。カオくんもおいで」
妹が出来たことで大きく変化したことが、もう一つある。
それは実の娘を出産した詩織が、授乳可能になったことだ。
彼女は胸元をはだけると、俺と伊織を左右に抱えて床に座った。
つまり俺も、妹のご相伴にあずかれる。
「あっ……、カオくん、歯を立てないで」
詩織の左乳房に吸いつく妹を見ながら、俺は空いている乳首を咥えて弄んだ。
もちろん、2歳児の俺にとっては単なる食事であり、授乳は性的な意味をなさない。
念の為。
(つづく)
ギリセーフ