一歳の誕生日
4月1日【エイプリールフール】
詩織と隆史が、一歳になる俺の誕生日ケーキを用意しているが、俺は、まだ食べられない。
切り分けられたケーキの一切れは、俺の前を通り過ぎて、香織の遺影が飾られる仏壇にお供えされた。
「カオちゃん、一歳の誕生日おめでとう!」
「詩織さん、カオルが大きな声に驚いちゃいます」
「カオちゃんは、ちょっとのことで驚かないわよ。この一年間で、ものすごく成長したんだからね」
「もう一年経ったのか。何事もなく、元気に育ってくれて良かったよ」
昭和58年4月1日。
俺は自分の生年月日を知ったとき、運命の悪戯を感じずにいられなかった。
元俺の生年月日は昭和58年4月2日なので、同じ昭和58年生まれ、たった一日違いの誕生日ではあるものの、この差は大きい。
なぜなら日本の法律では、生まれた前日の日付けが変わる瞬間に1つ年齢が繰り上がると規定しており、4月1日生まれの俺は、3月31日の日付け変更時点で既に1つ年齢が繰り上がっているからだ。
そして学校は、ご存知のとおり4月1日〜3月31日の年度で区切られている。
つまり4月1日生まれの俺は3月31日時点で1つ歳を取っているので、元俺より1学年繰り上がってしまい、同学年の子供とは、体力などの発育が月齢差で不利になる。
今日はエイプリールフールだが、本当の話だ。
元俺は月齢の低い連中と同学年だったが、今俺は月齢の高い連中と同学年になる。
たった出産が一日……、僅か数時間の差で、圧倒的に不利な条件になるのだから、香織には、あと半日くらい出産を堪えてほしかった。
「カオちゃんには、いつか香織のことを話してあげないとね」
「でも母親が命懸けで出産したと知ったら、カオルはショックじゃないかな。事実を受け入れられる歳までは、僕らの実子として育てよう」
そうだった。
香織は出産に堪えられる身体じゃなかったのに、この俺を産んでくれたんだ。
そんな香織に、もうちょい堪えろとか酷な話だった。
しかし言い訳になるが、この世界は俺が作った妄想かもしれないし、俺自身が生まれ変わったせいで、彼女だって何処かで生まれ変わった可能性を信じている。
もっとも香織との面識が死に別れる数十秒であれば、産んでくれたことに感謝こそしても、実の母親とは思えなかった。
「そろそろ、カオルもおねむじゃないかな」
「えっ、ああそうね」
義父の隆史は俺を抱くと、ベビーベッドで寝かしつける。
普段の夜ならば、俺を寝かしつけるのは詩織だし、ベビーベッドには布団で寝た後に運ばれていた。
俺は詩織の落ち着きがなくなり、隆史が寝かしつける意味に心当たりがある。
「詩織さん、そこは駄目だよ」
「隆史くん、いつも早いんだもん」
「じゃあ今夜は、詩織さんを気絶させちゃうぞ」
「や、やだ隆史くんたら」
「詩織さん」
「隆史くん」
ベビーベッドで天井を見上げている俺には、隆史と詩織が何をやっているのか、本当のところは解らない。
覗いてみたい好奇心はあるものの、身体が未成熟のせいで性的興奮が皆無なのだ。
お互いの名前を呼び合うのが、実の両親ではなく、赤の他人の義父母で良かった。
「す、すごいよ、詩織さん!」
「たかしっ、下から突き上げて!」
「しおり……駄目だよ、そんな、それは僕の亀なのに」
「は、はやくしてっ、あ、だめッ! 死んじゃう!」
「ぼ、ぼくも死んじゃうよ!」
「た、たかしッ、もっ、もっと突き上げて!」
たぶん俺の想像どおり夫婦生活、夜の営みなんだろう。
しかし、どんな激しいプレイなんだ。
詩織の激しい息遣い、隆史の逼迫した声が、今まさに絶頂を迎えようとしている。
好奇心に負けた俺は、ベビーベッドの柵を力強く握り締めた!
「隆史くんッ、カオちゃんが立ってる!」
「ほ、本当だっ、カオルが立った!」
「すごい立ってる!」
「一歳になったばかりなのに、ちゃんと立っている!」
もちろん立ったのは俺の股間ではなく、文字通りベビーベッドの上で立ち上がっただけだ。
義父母の紛らわしい台詞で申し訳ないが、もう一つ謝らねばならないことがある。
「起きちゃったなら、カオルも一緒にやるか」
「カオちゃんには、まだ早いわよ」
「詩織さん、いつか家族三人で楽しみたいね」
「3Pは無理じゃない? これ2Pだもん」
ばぶばぶ〜
ファミコンのコントローラーを握っている隆史と詩織は、俺を寝かしつけた後、マリオブラザーズで遊んでいるだけでした。
夢と魔法の国が開園した昭和58年は、大の大人も夢中にさせるファミコンが販売された年でもあった。
(つづく)