名付け親
知らない天井だった。
ここが、俺を引き取ってくれた吉田香織の姉夫婦の住まいなのは解る。
しかし俺は新生児室で寝ているとき、車で連れてこられたので、ここが何処なのか解らない。
まあ、暫くは食っちゃ寝するだけだし、慌てて調べる必要はない話だ。
「くうちゃん、ほらミルクの時間でちゅよ」
義母は『くうちゃん』と、俺を呼んだ。
生まれ変わった俺には、生前と違う名前が付けられる。
当たり前のことだが、新たな名前で心機一転、いよいよ第二の人生が始まるって気がしてきた。
「ちょっと詩織さん、この子の名前は『蔵人』で決まりなのかい?」
「男らしくて、かっこいい名前でしょう」
なにッ、俺の名前が『クラウド』だと!
剣と魔法の異世界転生には未練もあるが、なぜ名前だけファンタジーなんだ。
義母の容姿をよく見たら、ヤンキーみたいだった妹の香織と瓜二つ。
姉妹揃って鋭い目付きだし、そっち系の家系なのか。
「かっこよさだけで、名付けするのはどうかなあ。君たち姉妹に似て可愛らしい赤ちゃんだし、もっと子供らしい名前にしませんか」
「この子だって、いつか大人になるんだから、クラウドで良いでちゅよね?」
ミルクなんて飲んでる場合じゃねえ。
俺は首を横に振ろうとするが、首が座ってないので思うように動かない。
このままでは、クラウドに決定してしまう。
「名前の候補は、他にないんですか」
「あるけど聞きたい?」
「おおー! ぜひ聞かせてください」
「巨龍」
バハムートッ、名前だけ異世界転生している!
神様、鈴木様、異世界転生の未練を捨てるので、もっと平凡な名前にしてください。
「詩織さん、流石にバハムートは駄目だよ」
「どうして?」
「そんな仰々しい名前じゃなくてさ……、もっと日本人らしくて、可愛らしい名前はないのかい」
「可愛らしい名前ならあるわ」
「それにしよう」
よしッ、坊さんナイスアシスト!
「舞浜鼠」
「それは駄目だ! 日本人感がまったくないじゃないか!」
「舞浜鼠は可愛いでしょう!」
「詩織さん、せめて当て字は止めましょう!」
「わかったわよ」
そう言えば俺が生まれたのは、夢と魔法の某王国が誕生した年だった。
詩織のやつ、夢と魔法の世界に絶対感化されてんじゃん。
「ミッキー」
「ダイレクト過ぎる!」
「当て字は止めろって言ったじゃん!」
「詩織さん、そういう意味じゃないですよ」
「どういう意味? そんなに気に入らないなら、隆史くんもアイディアを出しなさいよ」
「え、僕が名付け親でも良いのかい」
詩織は『この子は、私たちの赤ちゃんよ』と、頬を赤らめて俺に顔を寄せた。
義父母が、そういう認識で俺を引き取ってくれたのならば有難い。
義母の詩織は、情に深く優しそうだし、義父の隆史が寺の住職ならば、家庭環境は安定してそうだ。
今のところ不安しかない二度目の人生だが、彼らとなら上手くやっていけるだろう。
「では蔵人にしよう」
「え、蔵人で良いの?」
「だって詩織さんが一生懸命考えた名前だし、良い名前だと思った」
俺も一周回って良く思えた。
クラウドは、バハムートやミッキーと比べたら、日本人の名前としてしっくりくる……わけがねえ!
オギャー!
「あら、蔵人は気に入らないのかしら」
「そのようだね」
いやいやいやいやいやッ、危うく騙されるところだった。
他の候補が駄目すぎて、クラウドで妥協するところだったが、クラウドも全然駄目だ。
「じゃあ香織の名前をもらって『香流』にしよう」
「赤ちゃんの名前は、須藤香流くん。うん。天国の香織ちゃんも、きっと喜ぶよ」
俺の名前は、カオルに決定かな。
女みたいな名前だけれど、俺を産んでくれた母親から一字もらった名前なら、これ以上は望むべくもない。
「君の名は、須藤香流だよ」
「僕と詩織さんが、香流くんの名付け親です」
俺は顔を覗き込む義父母に、満面の笑みで応えた。
(つづく)