この世の見納め
死んだ。
そう直感するのに、一秒もかからなかった気がする。
原付きバイクに跳ねられた後、白いセダンとワンボックスカーにたて続けに轢かれた俺の体は、衆目に晒されている。
こんな大事故で生きていられるのなら、人はどうやったら死ねるのか。
「うわ、まだ生きてるよ。インスタにアップしよ」
「やめなさいよ」
「配信しなきゃ!」
青信号に変わると、スクランブル交差点の四方から駆け寄った野次馬が、俺にスマホのカメラを向けている。
カシャ
ピロン
ピープー
こんなにカメラを向けられたのは、結婚式以来だと思う。
そういえば、結婚式のときには、既に妻と別れたいと思っていたけれど、皆が『マリッジブルーだよ』なんて言うから、我慢して結婚したんだ。
交際して十年目、あちらからプロポーズしてきたくせに、その後、予約した結婚式場を二度も直前キャンセルして、そのキャンセル料だけで百万は飛んだ。
「目が動いてる」
「こいつ、ゾンビじゃね」
「ちょうリアル〜」
交際中の十年間も、妻の言動は酷かった気がする。
俺たちが付き合い出したのは、大学生のとき、妻は国立大学の情報処理学部、まあ俺は……、名前が書ければ入れる大学の法学部だった。
偏差値の差に劣等感があった訳じゃない。
むしろ妻の偏差値の高さが、賢さに直結してないことに、苛つきを感じていた。
読解力に乏しく、それとなく別れ話を切り出しても、その意図が全く伝わらない。
だからってダイレクトに別れ話を切り出せば、自分に落ち度がなく、俺に問題があるから反省しろと反論してくる。
あいつの頭には、ロジックというものが存在しない。
俺が好きなのかと聞けば、死ねば良いと言うのだから、別れてくれれば良いのに、完全に嫌がらせじゃねえか。
「皆さん、ここ渋谷スクランブル交差点で大変な事故がおきました。僕は、たまたま通りがかったんですが、いきなりリーマンがバイク、車、車に次々に跳ねられて−−」
あ、ゆーちゅーぱーが生配信してやがる。
良いネタ提供しちゃったな。
でもご愁傷様、その動画は炎上するし、たぶん規約違反で垢BANされるぜ。
「何やってるんですか! 撮影なんか止めなさい!」
そろそろ天使のお迎えか。
この声は、巨乳店員の鈴木じゃないか。
騒ぎに気付いて、駆け付けてくれたのか。
「お客様、大丈夫ですか? いま救急車を呼びました」
仰向けに倒れていた俺は、最後の気力を振り絞って、屈み込んだ鈴木の方を向いた。
人生の最後なんだし、美しい風景で見納めしたいじゃないか。
「無理に動いちゃ駄目です!」
玩具コーナーの制服は、丸襟のワイシャツ、スカイブルーのエプロン、そして黒のタイトスカートである。
俺が目にした風景は、しゃがみ込んだ鈴木のタイトスカートから覗く、白い生脚だった。
(つづく)