調味料補完計画
調味料をめぐる、女と男の戦い。
*登場人物紹介*
一色(旧姓:小澤)実々【いっしき みみ】:本作の主人公。この時24歳。新婚。『根は優しくて真面目な良い子』を自負している。周りから『腹黒』と言われていることに納得していない。あだ名は『みーち』
一色 亮【いっしき りょう】: 実々の旦那。この時25歳。『自分は常識がある』と思っているが、周りはそうとは思っていない。真面目で教科書通りの反応を返す人。あだ名は『亮』、『いっさん』←あーちのみ。
小澤 麻来【おざわ あさき】:実々の双子の姉。後に神に拉致られる運命を背負っている人。サイコパスの疑い有り。高校・大学と部活とサークルに追われ、家事スキルの殆どを備えていない。あだ名は『あーち』
母:双子とその姉のお母さん。厳しいが茶目っ気もある。実々曰く、『本能がこの人に逆らっては行けないと言っている』らしい。
お姉さん:双子の姉。おっとりした性格。仕事で疲れ気味。
祖母:母方の祖母。双子とその姉のおばあちゃん。ちゃきちゃきした性格。孫可愛い。
*****
『調味料』それは、素材の味を引き出し、食材を料理へと昇華させるもの。そう、料理において無くてはならないものである。
時は新婚当初に遡る。元々、亮が一人暮らしをしている所に、結婚後直ぐに転勤すると分かっていたこともあって、狭いワンルームのアパートに引越しの手間を考慮して一緒に住むことになったのがそもそもの始まりである。
男の一人暮らしだったということもあり、調味料は全然無く、あるのは醤油と味ぽんとドレッシングくらいで、料理の基本の『さしすせそ』の初っ端を飾る『砂糖』と『塩』すらも、なんとこの家にはなかったのだ。
でも味噌汁は毎日飲んでいたと言う。…冷蔵庫に『味噌』がないのに。
そう、亮はインスタント味噌汁を毎日飲んでいたのだ。……Celebrity‼︎
私も家主の指示に従おうと、引越してからは一緒に晩ご飯にインスタント味噌汁を飲んでいたが、『これめっちゃお金かかるだろ‼︎』と思っていた。でも引越ししたら調味料もきっと買い揃えられると思い一月我慢した。
そして待ちに待った(?)引越しの時が来た。私達は福岡へ新しい住まいを移すことになった。初めての引越しだったということもあり、家具とかの一切もなく、初日はパソコン用の小さなテーブルに、買ってきたコンビニ飯を広げ、カーテン無しで過ごした。引越しシーズンというのもあり、予め注文しておいたテレビ、電子レンジは数日来ず、再加熱出来ないという不安からお米も炊けなかった。
日中は亮が仕事に出ている為、テレビもテーブルも椅子も何も無い部屋のすみっこでiPodから流れる曲だけを唯一の癒しに、近所の100均で生活に必要なお皿や雑貨、キッチングッズなどの細々としたものを買い揃えるという生活を一週間ほど繰り返していた。
以前にもどこかで語ったことがあるかもしれないが、私は『一日に一度はお米を食べたい病』なので、一週間炊き立てのご飯を食べられなかったのは本気で気が狂いそうだった。
そして引っ越しから一週間と少し経った時、遂に待ちに待ったテレビと電子レンジが届いたのだ。遂に…ッ!遂に文明の結晶が我が家に‼︎
あの時の感動を私は決して忘れることはないだろう。
その日からは電子レンジをフル活用する日々が始まった。ずっと冷たかったお茶を温めることも出来たし、ご飯も炊けるようになった。もし余っても大丈夫‼︎だって電子レンジがあるから‼︎
そう、全ての家電が揃った我が家は無敵だった。無敵だったハズなのに週末買い物に行くと亮はインスタント味噌汁を補充し出すのだ。私が、
「味噌を買って味噌汁作ろうよ。」
と言っても
「どうせ買っても使いきれないでしょ。」
と却下してくる。…解せん。
丁度その頃、大学時代の友人達と連休を利用して岐阜県の飛騨高山の方に旅行に行くことになっていた。もちろん亮はお留守番である。…だって女子旅だし。
そして旅行へ行った際、私は飛騨で味噌蔵を発見した。もう店構えから『ウチの味噌は格別だよ!』と語っていた。私は考えた。
お土産で味噌を買って帰っちゃえば良いんじゃないか?と。
もし、『なんで味噌なんて買ってきちゃったの?』と言われたとしても、『だってスッゴク美味しそうだったんだもん!』と、すっとぼけちゃえば万事解決だと。私は一番小さいサイズの味噌を購入することにした。500g450円也。
楽しかった旅行から私は帰り、いよいよ購入した味噌をお披露目する時が来た。しかし、ただ『ジャーン!味噌買っちゃいました☆』と言って袋に入った味噌を見せるだけだとあの男が変わらないのは分かっていた。だから夜ご飯に味噌汁を作って『この味噌汁、この間のお土産で買った味噌で作ったんだよ〜』と言って、味噌の有用性、且つお財布にも優しいよ♡というプレゼンをしようと思った。
ただ、ここで一つ問題があった。私は味噌汁を小学校5年生の調理実習で人生で初めて作って以来、一度も作ったことがないということだ。言い訳をさせて貰うと、小学校高学年くらいから晩ご飯のお手伝いをしたり、中学、そして高校生になってからは晩ご飯のおかずとかも割と良く作っていた。
ただ、味噌汁を作るのは母や祖母の役割だったので何十、何百と作っているのを横目では見ていたが自分で作るということはなかった。
そもそもなんで晩ご飯のおかずを良く作っていたのかと言われれば、母が『食べたいおかずがあるのなら自分で作りなさい。好きな食材は買ってあげるから。…なんて優しい親なんでしょう‼︎』と言う人だったからだ。我が家は三姉妹居るが、その内の一人はあーちだし、お姉さんは早くから働いているというのもあったが、よっぽど食べたいおかずが無い限りは包丁を握らなかった。当時は『えっ⁈作ってくれないんかい‼︎』と思う時が多々あったが、今となっては母のあの言葉のおかげ(?)で、『食べたいものがある時は自分で作る』という基本的なことが身に付いたんだと思う。
さて、そんなこんなで人生で二度目の『ドキドキ♡味噌汁作り』が始まるのだった。
先ずは片手鍋に水を入れる。そう、水を……どれくらい入れれば良いの?私は初っ端から躓いた。大体1人一杯150mlくらい飲む?んで具材が入って170mlくらいになる??そうすると…うーん…?
もう面倒くさいから500ml水を入れて二回に分けて飲もう!そもそも亮が味噌汁をお代わりする人かもしれないし…。よしよし、『水500ml入りまーす‼︎』と心の中で掛け声をかけながら片手鍋に計った水を入れた。さて、お次は具材だ。今日の味噌汁の為に昼間にワカメと豆腐を買っておいたのだ。先ずは乾燥ワカメを軽〜く一握り掴んで入れる。それで水が沸騰したら和風だしを投入。
…えっ?!鰹節や昆布から出汁を取れって?ふっ…人生二回目の人間に何言ってるの?出汁は業務委託で良いんです。
と、セルフツッコミを入れつつ、出汁のビンに書いてある表記の通りに計量して投入(ちゃんと私は初回には丁寧に計量する良い子です)。次に豆腐をカットしていく。この豆腐カットも人生でほぼお初と言っても良い経験だった。味噌汁を母や祖母が作る時に、手の平の上に豆腐を乗せてカットしていく様は鮮やかだった。あれが果たして私にも出来るのだろうか?
…うん…出来るはずだ‼︎
だってイメージはバッチリだもの‼︎豆腐のフィルムを剥がし、余計な水を捨てる。そして手の平の上にカップに入ったプリンの要領で優しくケースを握り、空気を入れてケースから豆腐を出す。…ちょっと端が欠けたがご愛嬌♡
いよいよ豆腐入刀です。先ずは豆腐の横半分の所に包丁を入れる。集中だ集中‼︎
………プスッ…シュッ。
………斜めった。
気を取り直して今度は縦に包丁を入れていく。どの位の大きさが良いんだろうか?…取り敢えず初回だから縦横4×4で行こう‼︎
先ず豆腐の真ん中半分の所に包丁を入れる。そしてそれぞれ半分になった所にまた包丁を入れ、縦が完成した。次は横だ。ここでしくじったら不揃いの豆腐ちゃんになってしまう。……いざ!
……トンッ…トンッ…トンッ。
………。(び、びみょー。)
まぁなんとか豆腐が切れたから良しとする。いよいよ片手鍋に豆腐を投入する時が来た。今まで包丁の上に切った豆腐を乗せて母や祖母が投入していたのを何十、何百と見てきたので私もそれに倣うことにする。(ドキドキ)
……スッ(豆腐を包丁の上に乗せた音)
……ボチャンッ(豆腐が崩れながら鍋の中に落下して行った音)
……………。(お腹に入れば同じだよね。)
…コホンっ!豆腐が温まったら満を持して味噌の登場です!(パチパチパチパチ)いつだったか母が言っていた『味噌汁は沸騰させたら駄目よ』と。
YES mom‼︎火を弱めてお玉に味噌を『こんなもんかなぁ?』という量を掬って菜箸でゆっくり溶かしていく。『あ、今なんかスッゴク主婦してる〜』と思いつつも手は休まない。豆腐がお玉とお箸で少し削れていってても…手は休まない。
お玉の上から味噌の塊が消失した。お鍋の中はちゃんと味噌汁色をしている。よし…味見だ。
お玉に一口分掬って口元に持っていく。
……フゥフゥ……ズズッ……コクン。
あれ?美味いんじゃない?うん、味噌汁ってこんな感じだったハズ‼︎後は亮が帰ってくるのを待つだけだ。あ、夜ご飯のおかずも作らなきゃだった(汗)
*****
同日 夕飯
「「いただきまーす」」
私のドキドキは最高潮に達していた。私は平静を装いながら味噌汁を一口飲んで向かいの人間を観察する。……サラダからかよ‼︎
………キタッ‼︎ターゲットが味噌汁腕に手を伸ばしたぞ‼︎
………ズズッ。(亮が飲んだ音)
……どうだ?
…どうなんだおい。
『美味いのか?美味くないのかどっちなーんだい⁇』と、頭の中で怒涛の勢いで質問を投げ掛けつつ相手の出方を待つこと数秒…その時が来た。
「…うん、美味しいんじゃん?でもどうして味噌汁があるの?」
ふっふっふ、『良くぞ聞いてくれました‼︎』と、心の中で悪役が名前を名乗るシーンのように不敵な笑顔を浮かべながら私は当初の予定通りのセリフを吐く、
「この間女子旅に行った時に美味しそうだったからお土産に味噌を買ってみたの!それでお味噌汁を作ってみたってわけ。」
「ふーん、…というか味噌汁作れたんだね?」
「……まぁね。(人生二度目の味噌汁とは言うまい。)」
「まぁ味噌買って味噌汁作った方が経済的だよね。」
………。
『お前が言うな!』と声を大にして言いたかった。あの時の私は良く耐えたと思う。こうして二重人格の亮は『味噌』を家に常備することを信じられないような掌返しで認め、我が家に『味噌』が無事迎えられたのである。
*****
後日談
『味噌』事件から数年が経った時、スーパーの買い出しで味噌を購入する時に、亮に味噌を買うまでの苦労話をしてみた。すると、有り得ないことに
「えっ⁈俺そんなこと言ってた⁇誰だその男、頭のおかしい奴も居たもんだな♪」
と言いつつ、笑顔で買い物カゴに味噌を入れてきた。だから、
「ホント、どこの誰かさんかわからないけど頭おかしかったよね〜、味噌塗りたくってやりたかったわ〜」
と、満面の笑顔で返してあげた。
end.
『小澤麻来のシュールな日常』と同様に、高校時代やらなんやらを書いていく予定です。