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第61話 明人の処刑

「のぼれ」


 兵士人形のAIじみた無感情な声とともに、明人は処刑場となる大岩の上へと登らされた。

 明人は両手を後ろ手にくくられ、また腰にもロープを巻き付けられている。その状態で乱暴に引っ張り上げられたものだから、危うく転びそうになった。


 岩はせいぜい2メートルにも満たない高さしかないが、それでも壇上に登ると周囲を遠くまで見渡せた。

 大勢の人間が処刑場の前を埋め尽くしていた。もしかすると町の人間をすべて集めたのかもしれない。


 最前列に並んでいる人々は、例によって奇妙な姿をしていた。珍妙なクジャクの羽をつけたヘルメット、時代を間違えた西洋風のフルフェイス、極端に幅広なとんがり帽子、などなど。だがその姿が、今は滑稽というより不気味なものと明人の目には映った。


 岩の下のオリを見ると、歯がみするベルとアナ、そして泣きはらした顔を伏せる千星の痛々しい姿が見えた。


「来たか」


 上で待っていたホフニが、登ってきた明人を見下ろした。

 その足下には大きな石がいくつも転がっている。あれが石打ち刑に用いる処刑用具なのだろう。刑吏らしき男の人形もその側に立っていた。


 ホフニが岩台の前方に進み、明人を右手で指しながら観衆に向かって宣言した。


「見よ! この者こそは異教の預言者。死ななければならない者である。よってしゅの名において、この者を石打ち刑に処す!」


 とたん、ステージ下で警護している兵士たちが一斉に叫んだ。


「ホフニ! ホフニ!」


 町の人間たちがそれに続いた。


「ホフニ! ホフニ!」


 兵士たちがまた叫んだ。


「偉大なるホフニ! 我らの大神官様しゅ!」


 町の人間もまた続いた。


「偉大なるホフニ! 我らの大神官様しゅ!」


 町の人々が本気でホフニを讃えているとは限らない。

 たとえ不本意でも、このような状況では讃えざるをえないだろう。黙っていようものなら、不届き者とばかりに殺されかねない。

 それにサクラの人形もおそらく多数いるに違いない。


 それはわかる。

 わかるが、処刑されようとする身には、その声援が残酷なものと思えた。


 ふと気がついた。

 ホフニが壇上から黙って観衆を見下ろし続けている。

 どういうわけか、歓声を上げる人々から目を離さずに。


 やがて、


「なるほど」


 とホフニがつぶやいた。

 シワがいくつもきざまれたその老いた顔からいつも貼りつけている笑顔が消え、感慨深げな表情が浮かんだ。


「……?」


 いぶかしむ明人をホフニはチラリと見た後、独り言のように小声で言った。


「かくも大勢の人々が、このしゅを賛美する。その本心は怪しくとも」


 それで気がついた。

 きっとこのような声援を受けるのは、ホフニも初めてなのだ。

 生前の彼は、十分な実力と血筋を持ちながら、傲慢な人となりによって大神官の後継者となる資格を失ったという。その際、名声も地に落ちたのだろう。


 町の人々の本心が怪しいのは仕方ない。

 ホフニの邪悪な本性に感づけば、お付き合いで崇めるだけにもなるだろう。

 それは彼もわかっているはずだ。

 だがその歓声が空しいものと知って尚、彼は満足そうに笑った。


「大神官とは、いいものだ」


 手を挙げて人々に応えてみせた。

 観衆から一層の歓声が上がった。

 冷たく不信を表明しながらも、しかし、そのシワだらけの顔には心底満足げな笑みを浮べていたと、彼自身は気づいていたであろうか。

 彼は、まさしく虚栄の都の大神官であった。


「さて……」


 観衆たちに背を向けて、ホフニは明人に濁りかけた目を向けた。


「ではとりかかろう。異教の預言者よ。悪魔を崇める者らしく、みじめに死ぬといい」


「ベルは悪魔じゃない。お前が悪魔と言っているだけだ」


「まだわからないようだな。しゅが悪魔と言えば、その者は悪魔なのだ」


 にらむ明人に傲然(ごうぜん)と言い放ち、ホフニは横を通り過ぎた。

 そのまま奥のイスに向かっていった。


(今しかない)


 明人はくじけそうになる己を叱咤した。

 すぐ側の処刑役はすでに石を持っている。イスに戻ったホフニが『やれ』と言えば、明人はひざまづかされ、すぐにあの石で頭を砕かれるだろう。

 ホフニがイスに戻るまでの、このわずかな間。

 明人がなにかできるとしたら、今しかない。


 祭司アルバのヒントを思いだす。

 『その言葉によって人々の目を開かせた場合』。

 人々が気づいていない物事を気づかせる、ということ。


(それは、ホフニに幻のお金や財産を追いかけさせられていること、だ。そこに気づいてもらうしかない!)


 あるいは、もしかすれば、それでいけるかもしれない。

 それで、人々がこの世界にいたくないと思えば。

 この世界は、崩れるかもしれない。


 ――本当に?


 そう問いなおす時期は、とうに過ぎていた。


「聞いて下さい!」


 明人は腰のロープに引っ張られるのもかまわず、岩のステージの前に出た。

 城壁と丘に囲まれた広場に叫び声が響き渡った。

 観衆たちが何事かと明人を見上げた。ホフニも立ち止まって振り返り、けげんな顔をした。


「この世界は現実じゃないんです! 幻です! だから、ここのお金も財産も幻で、それをひたすら追いかけたってしかたないんです! いられる時間だって6日間しかない!」


 声が響いた。

 しかし、ホフニは止めなかった。

 血相変えて強引にやめさせに来るどころか、ただニヤニヤ笑っていた。


「だから……」


 明人はそこまで言ったとき、人々の顔に気がついた。

 気がついてしまった。

 眉根を寄せて困惑する顔、怒ったような顔、呆れたような顔。

 とうてい真剣に耳を傾けているとは思えない、そんな顔の数々に。


「……だから、この世界を維持するべきじゃなくて……」


 必死に声を挙げようとする。

 だが、最初の勢いがどうしても出なかった。

 最前列にいたフルフェイスと幅広なとんがり帽子が顔を見合わせた。

 そのとなりのクジャク羽の男が、明人を見た。


「おい、異教の預言者! がんばったな! 嘘つきはもう黙っとけ!?」


 そんな汚いヤジを飛ばした。

 それに呼応して、人々からブーイングが起きた。小石がいくつか投げつけられた。


「……嘘じゃない。本当なんだ」


 つぶやくように言うのがやっとだった。

 それ以上のことはできなかった。

 黙れ、と。

 そう意思表示する人々を前に、いったいなにをどう言えば良いというのか。


「ふっ」


 こらえかねたような含み笑いが聞こえた。

 ホフニだ。おかしくて仕方ない、という様子で肩を揺らしていた。


「小僧っ子がやりそうな失敗だ。空気を読んで黙っておけば、余計な恥をかかずに済んだものを」


 小声でつぶやいた。


 明人は腰に結わえられたロープを兵士に引っ張られ、ステージの後ろ側に戻された。無理やりひざまづかされた。

 頭骨を打ち砕くための石を、刑吏が振り上げる。

 だが明人に振り下ろされようとした石を、


「すこし待て」


 とホフニが止めた。

 意図がつかめず困惑する明人に、ホフニは笑みを浮かべたまま、ゆっくり近づいた。

 人々もどよめいた。

 それにかまわず、ホフニは明人のそばにかがみこんだ。

 明人にだけ口元が見えるよう人々に後ろを向け、明人にだけ聞こえるよう小さな声で、耳打ちした。


「やろうとしたことは正しかったぞ。言っていたことも真実だ。だが真実なら取りあわれると思ったのが誤りだ。人は己の信じたいことを信じる。己の財産が幻であるなどと、いったい誰が信じたいだろうか」


 邪悪な笑みが明人をのぞきこんだ。

 止めようとしなかったのは、こうなると読み切っていたからだったのだ。

 明人は、ぎり、と奥歯を噛んだ。


「悪魔だよ、あんたは。……誘惑する者だ」


 にらむ明人に、ホフニは愉快で仕方ないと言わんばかりの笑みで応えた。

 立ち上がって、


「よし。もういいぞ」


 そう刑吏に言い、ふたたび己のイスへと歩いて行った。


 明人はもう立ち上がらなかった。

 刑吏の振りかざす石を、じっと見つめた。


 人々もいつしかヤジを止めていた。

 いくらかのざわめきはあれども、固唾(かたず)をのんで、決定的な瞬間を見逃すまいと待ち受けていた。


 勢いよく石が明人の頭に振り下ろされた。


 しかし。

 べちっ、と刑吏の手が明人の頭をはたく、間の抜けた音が起きた。


 途中で石が消えたのだ。

 手で叩かれるのも、それはそれで痛かったわけだが、石で頭を殴られるよりは軽い。


「っ!?」


 ホフニと民衆が一斉に驚く。

 にっと明人は笑った。


「見たでしょう! 幻だから消せるんです! 本物の石なら消えるわけがありません!」


 膝をついたまま、明人は叫んだ。

 今度はちゃんと声が出た。

 石を消したのは、明人だ。

 初めてベルと出会った日、明人はベルの世界の小石を消して彼を驚かせたことがある。同じことができることに賭けたのだ。

 悪あがきとも言える賭けだったが、成功した。


 ふん、とホフニが鼻を鳴らした。


「悪魔頼みの小童(こわっぱ)にも、その程度のことはできたか。くだらぬ時間稼ぎをする」


 彼に慌てた様子はなかった。

 しかし、聴衆がどよめいた。


「今、石が消えたよな」


「幻……本当に? まさかだよね」


 人々の不安そうな声が耳に届いた。

 ホフニがいまいましげに舌打ちした。


「愚か者どもめ。ささいなことでいちいち動揺しおって」


 イスから立ち上がって言った。


「これ以上、町の者どもに動揺されても面倒だ。こうなればしゅ自ら手を下す」


 ホフニは明人の側に近づくと、言葉のとおり石を自ら手に取った。

 その石をかかげ、人々に向かって高らかに宣言した。


「見よ! しゅが言う。これは幻ではなく石であると! 故にこれで打たれ、この者は頭を砕かれて死ぬ――これが幻ではなく、石であるからだ!」


 ホフニの大音声(だいおんじょう)が響き渡り、ざわめいていた人々を一瞬で静まらせた。

 圧倒的な迫力であった。

 明人まで気圧されそうになった。

 偽りの大神官とはいえ、やはり実力は本物なのだ。


(消えろ、消えろ……っ!)


 必死に石を見た。

 歯を食いしばって、先ほど消した要領で、石の向こう側を見るように、その存在を否定するが、今度は一向に消えていかなかった。


「くそっ、なんでだよ!?」


しゅが石だと言った。貴様ごとき青二才に破ることなどできん」


 あせる明人に冷酷に言い放ち、ホフニが石を振り上げた。

 そして、振り下ろした。

 今度は、石が消えなかった。


(駄目だ……!!)


 当たる瞬間、明人は思わず目をつぶった。


 固い物同士が衝突する惨い音が、刑場に響く。

 処刑場が静まりかえった。

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