第52話 象徴と呪い
死んだふとっちょが門番の一人に引きずられながら城門の外へと運ばれていく。
荒野のどこかに捨てられるのだろう。
その門のそばでは、黄金のタキシードを着た男が、いやらしい笑みを浮かべながら手元のメモ帳になにかを書いていた。『死亡者リストあります』と書いた腕章をつけているから、きっと情報販売業者だろう。もしかすると幸十が手に入れた死亡者リストの販売元かもしれない。
「あの人はどうして蠅にたかられただけで死んだんだろ。蠅が毒を持っていたのかな?」
ふと気になったことを明人は聞いた。
闘争界でもセネメレクの変化した蠅が人を襲おうとした。三界では蠅が人を殺すのは当然のことであるようだ。
だが、どうして蠅にたかられただけで死んだのだろうか。
「いやいや。前に透良も言っていただろう。たとえどのように見えても、三界は人の心の世界だ、と。いつでも直接的に考えればよい物質界とちがって、上位世界では時に象徴でものを考えないといけないのだ」
とベルが言った。
「象徴?」
「その形のうしろに本質を隠したものだ。闘争界のモンスターや武器も、その正体は『殺意や競争欲、殺された恨み』などの人の意思だっただろう? あれと同じだ。おぞましい蠅の姿のうしろに、形を持たない本質が隠れているわけだ」
「ああ、あれ」
言われて思いだした。
たしかに透良は『三界は人の心の世界』と言っていた。どのように見えても、聞こえても、触れられても、みんな後付けだ、とも。
物質界ではないから、物質界ほど形に意味や制約がないわけだ。
事実、クイーンとなった後の彼女は、殺意を煙やモンスター、銃などに変化させていた。
となると、『蠅の形をしているから、まちがいなく正体も蠅』とも言えないわけだ。形をある程度自由に変えられるなら、根拠を形に求めることは難しい。
物質界において、蠅の形をするのは蠅だけだ。
だがこの三界においてはそうではない。蠅の形をしていても、正体が別物である可能性は十分ありうるわけだ。
「うむ。おそらくあの蠅の正体は『悪意』だと思う。だから大量の蠅にたかられていたことを『気持ち悪い虫に体表でぞわぞわされていた』と解釈すべきでない。むしろ『猛烈な悪意を一身に受けていた』と読み解くべきだろう。そして、それが盗人が死んだ理由でもあるはずだ。つまり、あれは莫大な悪意に耐えかねて死んだのだと思う」
「そんなふうに考えるのか……」
たとえ小さな仮組みのちゃちな世界であっても、物質界とはルールが根本から違うわけだ。
やはり三界も上位世界に属する世界なのだ。
と、横で聞いていた千星が、
「人って本当に悪意で死ぬんだね」
とアナに聞いた。
彼女は手段のほうが気になっていたらしい。
「もちろん。人の心は伝わるものですから、悪意もまた伝わります。それが甚だしい場合には死に至ることがあるのです。呪殺と俗に言われる現象ですね。ですが、やりかたは教えませんよ?」
「いらないよ」
千星がかるい感じで苦笑した。
そのやりとりは女神と巫女というより、仲の良い姉妹のようだ。
「よろしい。呪いなどやるものではありません。強大な相手を呪おうものなら大変な目にあいますし、呪いを返されて己だけが災いにあうことも珍しくありません。人を呪えば穴二つ、です。人を殺害できるほど呪える者自体まれですが、できたとしてもまともな者は実践しないものなのですよ」
とアナはさきほどふとっちょが倒れていた場所を振り返って言った。
そこには男が吐いた汚物らしきものがまだ残っている。
それは、つい今、無造作に呪いを行った者がいた証でもある。
(つまり大神官ってのは、『まともな者』ではないわけだ)
口には出さなかったが、そう思った。
もっとも、この三界で大神官と呼ばれているなら言うまでもないことかも知れない。
◇ ◇ ◇
通りから抜けると、神殿に繋がる丘の麓にたどり着いた。
丘に登る階段のむこうに神像の頭の部分がすこし見えていた。あれが待ち合わせ場所の『趣味わりーオッサンのでかい石像』だろう。
麓の向かいは露店街のようだ。
さまざまな露店が、そびえ立つ城壁を背に、値札付きの雑多な品を汚れた布の上にならべていた。
「あまり良くない場所のようだな」
とベルが言った。
「だね」
明人も同感であった。
露店街はまだいいが、問題は露店街のさらに向こう、一番奥にある二階建ての建物である。
建物は窓がふさがれていて音が漏れないようになっている。
しかもその前には露出の高い格好をした女や男が立っていて、妖しい雰囲気をただよわせている。
ありていに言えば、風俗系のいかがわしい店と思われた。
「……」
千星が顔を赤らめて気まずそうにしていた。
なにも言わなかったが、言及したくないからだろう。
明人も眉をひそめた。
ただ、おそらく理由は千星と異なる。
(虚栄界のお金のためにあんな仕事を……)
と思ったのだ。
もちろん彼らは虚栄界のお金に価値があると確信しているのだろう。
だからこそ、ああしているのだろう。
だが虚栄界のお金は幻だ。
世界が崩れれば全て消える。お金も、買った装備品やアイテムも、全てだ。
骨折り損のくたびれ儲けどころではない。
「ね、ねえ。見て。レリーフがある。見てみよ」
空気を変えようとしてか、千星が丘から伸びる階段のそば、風変わりな石の壁を指さした。
「ん、いいよ」
手を引かれるようにして近づいてみると、たしかにそれはレリーフで、石の壁にはなにかが彫られていた。
神話の一節であろうか。
立派な服を着た一人の大男が、下僕と思しき二人の小男を従えて、蠅の姿をした化け物をひれ伏させる絵が描かれていた。
(調伏している、のかな?)
これだけではなんとも言えない。
ただレリーフの頂と底に、見たことのない字で説明文らしきものが彫られてあった。それを読めばわかるかも知れない。
「ベル、また読んでもらっていい? これ」
「ああ。……ふざけた文言だ。『偉大なる主、大神官ホフニは、蠅の悪魔を崇める邪な祭司を打ちのめし、空しい偶像につく者たちを聖絶した。神官セネメレクと神官エルロアザルは大神官ホフニによく従った』だそうだ」
ベルは顔をしかめながら読み上げた。
「ありがと……?」
礼を言ったものの、明人も首をかしげた。
内容がおかしい。
セネメレクと言えばあの闘争界に出てきた蠅の男だ。別人ということはないだろう。ギョロ目の顔には見覚えがある。
それに大神官とやらも自らが蠅を使って制裁を行っていた。
蠅の悪魔を打ちのめしたもなにも、蠅の悪魔と神官たちは共犯かあるいは張本人である。
しかもどうやら偶像崇拝を快く思っていないようだが、それなら神像を建てるのもアウトだろう。
矛盾だらけだ。
「アナちゃん、聖絶ってなに?」
と千星がアナに聞いた。
「皆殺し、の意です」
無表情のアナが冷たい声で言った。
こちらも不愉快に感じているのはその様子から感じ取れた。
「うえっ……」
飛びだしたどぎついワードに、千星が絶句していた。
と、
「どうしました」
しゃがれた声が明人の後ろからかけられた。
見ると、近くの露店で店番していた禿頭の老人が近寄ってきていた。
「あ、いえ。どういうレリーフなのかなと思って見ているんです」
相手の狙いがわからないので、明人は当たり障りのない返答を返した。
「ああ。ははは、読めない文字で書かれるとちんぷんかんぷんですよねぇ。聞くところじゃ、なんでも昔に大神官様が敵の祭司とその崇拝する神……っとと、悪魔を打ち破ったときの武勇伝を描いているそうですよ」
「敵の祭司とその崇拝する神、ですか……」
「悪魔ね、悪魔。ま、それよりお兄さん。おヒマなら商品を見ていきませんか。大した物はないけども、駆け出しの方にはちょうどいい物がそろってますよ。もちろん騙したりしません」
と老人が明人に言った。
今の話は前置きで、目的は客引きだったらしい。
「あ、いえ。すみません、今は手持ちがなくて」
「おや、残念。本当に来たばかりでしたか。じゃあ、お金が出来たら来て下さいよ。私はいつもここにいますんでね」
なにげなく己の手のひらを向けて、老人が露店のひとつを指した。
だが描かれていた数字は【1】であった。
「……ええ。そうですね」
明人はなんとか笑顔を作って答えた。
引きつった感じがしていた。
(虚栄界を崩して、三界を破壊しないと)
元の位置に戻っていく曲がりかけた小さい背を見ながら、唇を噛んだ。
もうこんなことはたくさんだと思った。
「……神殿に行こう。ゆっきーも待ってるかもしれないし」
と言った。
ベルはレリーフをにらみつけていたが、それでも
「そうだな。神殿は大神官とやらの本拠地になっていようが、八神を放置するわけにもいかん」
と同意した。
「うん。……大神官ってのは何者だと思う?」
「今の段階で断言できることはないな。だが、少なくともただ者ではなかろう。おそらくはこの偽シャイロウの成り立ちにも関わっているのであろうし」
とベルは言った。
それは、ひいては虚栄界の成り立ちにも関与しているはず、ということだ。まず三界の運営サイドの人間と考えてまちがいない。
「ばったり出くわしたくはないね」
「まったくだ。気休めでしかなかろうが、祈っておくとしようか。――本当のシャイロウでかつて祀られていた、光の神にでも」
そう言って、ベルは神殿に続く石の階段を見上げた。
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