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第29話 グリーンハート

 陰気な塹壕(ざんごう)の端までたどり着くと、つきあたりに階段があるのを見つけた。

 大きな段差にとがった白砂利を敷きつめただけの乱暴な造りではあるが、この世界にしては上等なインフラだろう。後はむき出しの土をよじ登るしかないのだから。


「着いたのかな?」


 明人が聞くと、


「そそ。たぶんその辺に……あった。ほら、アレ見て」


 透良が階段近くの壁面を指さした。

 そこにはスプレー缶を使ったと思しき緑色のハートマークが描かれていた。その下に、白いぼろきれが銃剣で壁に()いつけられている。


「まちがいない。クラン『グリーンハート』のマークだ。ほら、これつけて」


 そう言って透良が銃剣を引き抜いた。白いぼろきれを3枚だけ取ると、元のように銃剣を残ったぼろ切れごと突き刺した。


「白旗か」


 とベルが渡されたぼろきれを己の鉾に結びつけた。


「そういうこと。『ちょっとタンマ』ってことね。モンスター相手だと意味ないけど、人間なら気にしてくれるよ。よっぽどキレてる奴以外はね。ウリ坊は武器ないし、リボンみたいに首に巻いとく?」


「手に結ぶよ」


「へいへい」


 にやにや笑いの透良が差し出したぼろきれをひったくり、明人は右の手首に巻いた。地下水の湿り気を含んでいたのか、しっとりと濡れていて気持ち悪かった。

 透良も己のAK-47の先にぼろきれを結びつけると、


「じゃ、ちょっと後ろにいてよ」


 そう言って階段を途中まで登り、銃身部分だけを地上に出して旗のように振った。


「さて。これで後はお行儀よく待っていればいいはずだ。あ、迎えが来る前から外に出ないようにね。いくらモンスター専門のクランでも警告なしに撃たれるよ」


 と戻ってきて言った。

 ここでも鉛玉が標準的なコミュニケーション手段であるらしい。


 しばらく待つと、足音が近づいてきた。


「入団希望者か?」


 そんな声が頭上から降ってきた。若い男の声だ。


「いんや。頼み事があって来たんだ」


「なんだ、そうか。今うちは忙しいんだよなあ。いちおう聞いとくけど、頼みって?」


 声が露骨に嫌そうなトーンに変わった。

 が、透良は気にした風もなく続けた、


「クイーンの居場所を知ってたら教えてくんない? あたしら、アイツを殺そうとしてんだけどさ。居場所がわからないんだわ」


「クイーンを殺す? おい、本当だろうな」


 声の調子が変わった。今度はすこし驚いている風だ。


「『実は冗談で、ここまで来たのはあんたらにホットミルクを注文するためなんだ』って言ったほうが信じれる?」


「ははっ。あー、いや、悪い悪い。あまりにタイミングが良かったんでな。オーケー、今うちは忙しいんだが、そういうことなら話は別だ。上がってきてくれ。中に案内するよ。あ、言うまでもないと思うが、銃口を俺やビルのほうに向けてくれるなよ。冗談でした、じゃすまないぜ」


「わかってるよ」


 透良が己のAK-47を肩付けし、


「行こ」


 とベルと明人に声をかけ、真っ先に外におどりでた。

 塹壕の外に出ると銃弾から身を守ってくれる土壁はもうない。万一相手がおかしな気をおこしたら、抵抗もできずに射殺されるだろう。それでも案内役として先頭を行こうというのだ。


颯爽(さっそう)としてるのはまちがいないよな)


 そう思った。透良がエキセントリックなのは否定できないが、勇敢でもある。


 明人がベルとともに階段を登りきると、地上で青年が待っていた。迷彩服に身を包み、ウージー短機関銃を手にしている。

 年はたぶん明人たちよりすこし年上。高校三年生か、あるいは大学生だろう。好きこのんで闘争界にとどまるだけの事はあり、いかにも精悍そうな顔つきをしている。

 奥に廃墟ビルがそびえていた。壁が崩れかけていて、ところどころ中が見えており、崩れてしまわないのが不思議なほどだ。だが、これがクランの本拠地なのだろう。


「ようこそ『グリーンハート』に。案内するよ」


 そう歓迎の辞をのべて、青年が三人に背を向けた。

 後ろから撃たれるかも知れないというのに剛毅なことである。


(こっちも恐れしらずだな)


 そう思ったが、廃墟ビルの屋内で動く物が見えた。

 狙撃銃らしきものを持った人影が、銃口をしっかり明人たちにむけていた。



◇ ◇ ◇



 しばらく入り口で待たされた後、明人たちが案内された先は、廃墟ビルの2階の一室であった。


 どうやら会議室らしい。片隅が大きく欠けたホワイトボードがある。

 広さは高校の教室と同じくらい。電灯はないが、崩れかけの壁から光が差しこんでいるので、そこまで暗くはなかった。


「いらっしゃい。待ってたよ」


 中央の奥から、木箱に腰かけた妙齢の女性が明人たちにハスキーな声をかけた。その左右には迷彩服姿の男が3名づつ直立して控えている。

 女性は民間軍事会社(PMC)風のラフなスタイルだ。端正だが大胆不敵そうなその風貌からすると、現実にもその手の職についているのかもしれない。


「私はベレッタ。この『グリーンハート』のクランリーダーだよ。よろしくね」


 とベレッタと名乗った女性は自己紹介し、手にしていた己の銃を軽く持ち上げて見せた。

 銃はおそらくアサルトライフル『ベレッタAR70/90』であろう。持っている銃の名前をそのままあだ名として使っているわけだ。


「透良だよ。よろしく」


「古宮です。よろしくお願いします」


「ベルだ。よろしく頼む」


「はいはい、よろしく」


 明人たちのそれぞれの名乗りに、ベレッタは鷹揚(おうよう)に応対した。その仕草には、どこか危険な臭いを漂わせつつも、女性らしい(つや)やかさがあった。リーダーの風格十分だ。


 ベレッタが透良の持つアサルトライフルを指差した。


「ところでさっきから気になっていたんだけど、貴女のそれ。AK-47だよね? 口径が機関砲クラスに見えるけど」


「そだよ。20mmだ」


「やっぱり。それにその帽子のマーク……。もしかして貴女、ジニーの人肉挽き(ミートチョッパー)?」


 そう問われた透良が、にぃっと口の端をつり上げた。


「大正解。でもケンカを売りに来たわけじゃないから、かんちがいしないでよね」


 周囲の男たちが一斉にどよめいた。何人かは困惑した様子で顔を見合わせている。


「透良、ミートチョッパーって?」


 気になって、明人は小声で透良に聞いてみた。


「あたしの二つ名。目立つ参加者はその特徴で呼ばれることがあるんだ。なにせ私の銃は威力が大きいからさ。当たると相手がミンチみたいになるんだわ」


「ああ……撃ち殺された相手がひき肉みたいになるから、人肉挽き(ミートチョッパー)かあ……」


「そういうこと」


 と透良は答えたが、それだけでなく、もっぱら対人戦を好むことも原因の一つなのだろう。モンスター相手なら、射殺しても煙に変わるのだから。


「あのミートチョッパーがこんなかわいらしい女の子だったとは思わなかった。お会いできて光栄だね。けど、よそのクランの本拠地に顔を出していいの、あなた。命を狙ってる奴は一人や二人じゃ効かないでしょ?」


 とベレッタがからかうような笑みを浮かべて透良に言った。


「対モンスター専門のクランなら、あたしにメンバーを殺されてないだろうから、平気かなと思ってさ。まあ、もしかしたら大立ち回りになる可能性もなくはなかったけど、それはそれでアリかなって」


 とても無鉄砲なことを透良は言ってのけた。最悪、彼女はここで一戦交える可能性も視野に入れていたということだ。

 ベレッタの目が細められた。

 怒ったのかと思ったが、口元が笑っている。


「長生きできなそうだね、あなたも」


「それはこの世界に来た時点で元からっしょ」


 ふふふっ、と女コマンドー二人がうす暗く笑った。

 周囲の男たちもみな一様にニヤリと口のはしをゆがめた。

 透良の生き様自体は誰も否定していないようだ。というより、むしろ好ましいと評価しているふしさえある。


「モンスター専門と言うから争い事が嫌いなのかと思ってたけど、そうでもないのかな」


 と明人は小声でベルに聞いてみた。


「本質は同じなのだろう。名目が『殺すため』か『守るため』かの違いはあれど、戦いたいのは一緒、ということだな」


 ベルも小声で応えた。


「なるほどね」


 好みのシチュエーションが異なるだけ、というわけだ。

 業が深い。


「それでミートチョッパー、そっちの二人とはどういう関係? クランメンバーじゃないよね。銃ないし」


 とベレッタが明人たちに視線を移した。

 どうやら透良がリーダーで、ベルと明人はその取り巻きと思われたらしい。持っている銃火器の迫力順に並べるとたしかにそうなる。

 総合性能でいえばベルの鉾が最強だろうが、それは見た目ではわからないことだろう。


「臨時で組んでる二人組だよ。こっちの優男は、まぁ……マスコットのウリ坊かな。でもこっちのぬいぐるみはただ者じゃないよ。見た目はふざけたナリの原始人だけど、実はスーパー原始人だ」


 と透良が明人とベルをそれぞれ親指で指した。


(マスコットのウリ坊……)


 評価にへこんだが、銃がないのは事実なのでしかたない。


「スーパー原始人……」


 ベルも鉾を持ったまま複雑な顔をしていた。


「マスコットと原始人? なんでそんなのと組んでるの」


 ベレッタが目を点にした。

 微妙な空気が漂った。

 取り巻きの男達が、白いぼろきれを巻いた明人の右手をちらちら盗み見た。ベルの鉾もだ。

 皆なんとも言えない顔をしていた。お世辞にも良い評価ではなさそうだ。もちろん男たちはそれぞれ自分の銃を手にしている。


「ちょっと事情があってね」


 透良が適当にごまかした。クイーン戦用の囮だ、とはさすがに言いづらかったらしい。


「ふーん? まあ、いいか。あのガチ勢クランのエースが一人いるだけでも、戦力としては十分すぎるくらいだし」


「なんの話?」


「あなたたち、クイーン討伐をしようとしてるんでしょ。実は私たちも同じでね。予定のメンツが集まり次第、出発するところだったのよ。急な話になるけど、よければ貴方たちも助っ人に入ってくれない? アイツ狙いなら戦力はいくらあってもいいでしょ」


「なんだ。あんたらもあのデカブツを殺ろうとしてたのか」


「ええ。これまではまだ早いって事で止めていたんだけどね。期待のホープが入ってくれたのと、あとはこれ」


 ベレッタは自分の手のひらを見せた。

 そこにある数字は、【2】。

 彼女の命は明日で最後、ということだ。


「ジニーの皆と同じか。あたしは文句ないよ。お前らは?」


 と透良が明人とベルにそれぞれ問うた。


「いいよ」


「もちろん異論はない」


「いいってさ」


「良かった。じゃあまずは……」


 とベレッタは透良から明人たちに視線を移した。


「銃、持とうか。貴方たち」


 とにっこり笑って言った。


 笑ってはいたが、その声にはうむをいわさぬ響きがあった。



◇ ◇ ◇



 廃ビル3階の武器庫で、機関銃が大きな音を立てて床に転がった。


「うわっ!? ごめんなさい!」


 落とした犯人こと明人はあわてて謝った。

 手をすべらせてしまったのだ。回転した際、一時的とはいえ、銃口が明人はおろかベレッタやベルのほうにも向いていた。あわや大事故である。


「ちょっとちょっと、なにしてるの。危ないなあ」


 つきそいに来ていたベレッタが呆れたように言った。


「すいません。銃を持ったとたん手がしびれてしまって」


「手がしびれる? そんなことがあるのか。どれ私も試してみよう」


 とベルが機関銃を持ち上げた。

 とたん、ぞわわわわっ、と全身のネコっ毛が一斉に毛羽立った。

 ベルは目を剥き、歯を食いしばっていた。明人と違って取りこぼす事はなかったけれども、ぎこちない様子で銃を床に置いた。

 ふーっ、と大きく息を吐いて、言った。


「なるほど。手強いな」


「なーに、二人して。来たときに銃が出てこないだけじゃなくて、持つのも無理なの? 連れのミートチョッパーはあんなに良い武器が出るくらいなのにねえ」


 とベレッタはこの場にいない透良をダシに明人たちをからかった。


 ちなみに透良は会議室に残されている。武器庫に近づかせるには危険人物すぎるから、という理由であった。もちろんクランメンバー数名の監視つきだ。


「面目ない」


 とベルがしっぽをダランとさせた。


「この世界との相性次第で、来たときに出てくる銃の性能が変わるんですか?」


 明人は気になって聞いた。

 もしそうだとすると、最初に銃が出なかったのは黒幕の妨害でもなんでもないということになる。


「そうよ。相性というかポテンシャルかな。あまりに低いとウリ坊くんみたいに銃が出ない。普通くらいなら普通の銃が出る。そして、高いとトンデモな武器をゲットしちゃうわけ」


 とベレッタは機関銃を片手で軽々とひろいあげ、元あった場所に戻した。彼女はなんの問題もなさそうだ。

 戻された機関銃の、銃身にある蠅のマークと、Born2Killと書いた勇ましいロゴがなんとも空しい。


「するとあのAK-47を持つ透良は相当高い才を持つわけだ」


 とベルが聞いた。


「それはまちがいないね。あれ、機関砲と狙撃銃のいいとこ取りみたいな突撃銃(アサルトライフル)らしいよ。対人戦に限定すれば、この世界の最高峰なんじゃないかな。総合性能で言えばお姫の兵器だって負けていないと思うけど、あの子のは大型モンスター用にとんがっているとこあるし。あ、お姫ってのはうちのメンバーね」


 とベレッタが話していると、


「お話中すんません。リーダー、今いいっスか」


 と先ほど塹壕まで出迎えに来てくれた青年が、入り口から顔をのぞかせた。


「なに?」


「お姫、来ましたよ」


「おっ、噂をすれば。ちょうどいいね。こっちは済んだから、今行くよ」


「うっす」


 ベレッタが明人たちのほうに向き直った。


「お二人さん。聞いての通り、いったん会議室に戻ってくれるかな。うちのホープを紹介するよ。色々すごい子だから、楽しみにしててよね」


 ベレッタが機嫌良さそうに笑った。見ると連絡に来たメンバーも似たような顔をしている。

 きっとお姫と呼ばれるメンバーは、クランの誇りなのだろう。

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