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第28話 闘争界の女王

 クレーターから続く、塹壕(ざんごう)の底へ足を踏み入れると、湿気まじりの淀んだ空気が明人の全身にまとわりついた。


 まるで生きたまま埋葬されたかのようだ。

 大地をくりぬいただけの半地下の小道は、よく整備されたアスファルトの歩道とは大違いだ。どこも土がむき出しで、あちこちがぬかるんでいて、おかしな刺激臭と腐臭までただよっている。


 と思うと、横の土壁から白骨が突きでていた。つくづく三界は人骨に事欠かない。


「これはこれで雰囲気があるけど、散歩道としてはもうすこし風通しが欲しいね」


 と明人は軽口を叩いた。


「上を歩いてみる? 風は通るよ。すぐ弾が飛んできて、頭の中まで吹きっさらしさ」


 先に降りていた透良が殺伐ジョークで応えた。


「遠慮しとくよ」


 陰気な塹壕の中を、明人、透良、ベルの三名で歩き始めた。


女王(クイーン)と呼ばれてる巨大なモンスター(デカブツ)のことだけど」


 と足を止めないまま透良が話し始めた。


「あたしは見たことないんだけどさ。とにかくデカくて、とりまきのモンスターに守られてて、しかも黒い煙に覆われてるって話だ。見たらすぐわかると思う。ただし、この世界のモンスターを生みだしてるボスモンスターだけに、強いよ。もちろん今まで撃破されたこともない。あたしが知る限りね」


「そんなに強いの?」


「そこはまちがいないね。あいつと戦って生き残れた人はいないんだ。どうして強いのかはぜんぜんわかんないけど、たぶん、卑怯くさい切り札があるんだと思う。デカくてとりまきが多いってだけなら、逃げのびるくらいはできるはずだし」


「切り札、か」


 あり得る話である。

 この三界はおおむね物質界に近い物理法則で動いている。ところが世界の鍵が関わると別で、遠慮なく法則をゆがめてくるのだ。


「厄介だが、だからこそ狙う価値があるな。この世界を維持する鍵であればそれでよし。もし鍵でなかったとしても、次々モンスターを生み出されなくなれば探索がぐっと楽になる」


 ベルが勇ましく言ったが、透良は皮肉げに笑った。


()れればね」


「やるしかないのだ」


 ふむっ、と透良は風変わりな相づちをうった。


 会話が途切れた。

 曲がりくねった塹壕の湿った底土を、三人で黙々と踏みしめ続けた。

 遠くで銃の連射音がした。誰かが戦っているのだろう。モンスターか、あるいは人を相手にして。


「あたし、一昨日までジニーってクランに所属していてさ」


 ぽつりと透良が言った。

 クランは元々『氏族(しぞく)』の意であるが、この場合『チーム』ととれば良いだろう。よくゲームで使われる用語である。


「この世界じゃ良くも悪くも有名な、名うての強豪クランだった。でも、メインメンバーは一昨日が最終日でさ」


「……」


 最終日。手のひらの数字が【1】になった人たちのことだろう。その日を生き延びたとしても、タイムアップによる死が確定した人たちだ。


「その日、『最後に一発かまそうぜ』って、リーダーを含む何人かでクイーン討伐隊が組まれたんだ。最強の面子だった。だからみんな勝てると思ってたし、あたしも勝ってくると思ってた」


「……負けたのか?」


「誰も帰ってこなかったから、たぶんね。結局、クランとしてのジニーはその日で終わった。生き残ってるのも、今じゃあたし一人だ」


「お前の狙いは、戦友の仇討ちか」


「別に。殺すのも殺されるのも、この世界じゃ当たり前。けどまあ、因縁はあるね。あのデカブツを殺すのは、ジニーであるべきだと思う」


 低い声でそう言って、透良は己のベレー帽につけているバッジをそっと押さえた。くすんだ黄色と黒色で描かれた、ニヤリと笑う核マークは、きっとジニーのクランマークだったのだろう。


「今まではアイツに手を出せなかったんだ。あたしは強い。けど、あの人たちを打ち負かした相手に、ぶっつけ本番で挑んだらたぶん負ける。あのデカブツの強さの秘密をあばくための(おとり)がどうしても必要だった。いや、助かったよ。まさかあんなところで見つかるとは思わなかった」


「なるほど。非情だが効果的……待て、囮とは我らか?」


「そだよ。どうせお前ら、あいつに挑まなきゃいけないんだから問題ないしょ?」


 いけしゃあしゃあと透良が言った。

 つまりこの修羅道一直線は、ベルと明人を囮にし、自分がクイーンの首を取ろうとしていたわけだ。いい根性である。


「まあ、いいけどさ」


 さすがに曇ったが、気分的な問題をのぞけば、それでも支障はない。

 明人たちとしては闘争界を壊せればそれでいいからだ。クイーンを誰が倒そうが問題はない。

 もし千星が狙っている『心当たり』がクイーンのことだった場合、こちらが先に討ち果たすと後でひと揉めする可能性もあるのだが、そのときはそのときだ。

 がんばって釈明するのみであろう。


「ってことは、今向かっている先はクイーンの巣?」


「いんや、クイーンの居場所を知ってそうな連中の巣。とあるクランの本拠地だ。モンスター専門のクランらしいから、あいつらならあのデカブツの居場所を知ってると思うんだわ」


「なるほどね」


「素直に教えてくれる手合いなのか?」


 と今度はベルが聞いた。

 いつの間にか、ずっと聞こえていた銃声が止んでいる。


「平気っしょ、たぶん。なんともお優しい連中でね。モンスターを駆除して、襲われる人間を減らそうとしてるって話だよ。そんなことをしても人間同士で戦うだけなのにね。でもま、そんな連中だったら、あのデカブツを殺したいと言えば情報くらいはくれると思う」


「それはありがたいな。――待て。止まれ」


 とつぜん足を止め、ベルが左手を挙げて制止した。右手には鉾を握りしめている。


「え?」


 ひとまず足を止めたものの、明人は意図がつかめずにキョトンとした。


「オッケー。いい耳してるね」


 透良が壁に背を貼りつけた。担いでいた突撃銃を両手で構え、銃口を空に向けた。

 銃身はピタリと静止して、わずかな震えもない。


「どうしたの?」


 と明人が聞いたその瞬間、大きな影が顔をおおった。


 とつぜん現れた、憤怒(ふんぬ)に満ちた赤い瞳が明人をにらむ。

 ベルの鉾が音もなく弧を描く。

 しゃがんだ明人の頭のすぐ上を、凶暴な爪が通り過ぎる。

 銃声が連続する。


 穴だらけになった巨大な肉の塊が、二つに分かたれて落ち、重い音とともに塹壕の底を震わせた。

 ボールのような丸い物が遅れて落ちた。


 真っ二つになった毛むくじゃらの獣の死体が、地面に膝をついた明人の目前に転がっていた。

 しかも穴だらけだ。

 闘争界をうろついているというモンスターに襲われたことと、ベルと透良が即座に迎撃したことは、なんとか理解できた。


 ひゅう、と透良が小さく口笛を吹いた。


「すっげ。私より先に反撃できた奴は初めて見た。ぬいぐるみ、ただ者でないね」


「だから神だと言っている」


「ああうん。これは神を名乗っていいわ」


 そして、明人をからかうような目で見た。


「ウリ坊も反応は悪くなかったよ。noobにしちゃ、ね。銃さえあればそこそこやれるんじゃない」


 noobはよくオンラインゲームで用いられる蔑称(べっしょう)である。素人、がだいたい意味としては近い。


「そりゃどうも」


「明人の名誉のために言うが、彼は勇敢だぞ。むしろイノシシ気味なほどだ。この世界とは相性が悪いようだが、それ自体は恥じることでもない。むしろ殺生を好まない点は人として好ましいとすら言える」


「そう言われても銃なしじゃ戦力にならないっしょ。イノシシというよりウリ坊だ。……ま、今のを生き残れたのは評価するけどね。本当に駄目な奴だったらもう死んでたろうし。そこの奴みたく」


 透良が遠くの丸い物をあごでさした。

 それで明人も気がついた。

 先ほど落っこちた、ボールだと思っていたものは、本当は男の生首であった。


「……!?」


 ぎょっとして後じさった。

 この悪夢の世界で遺体を見るのは初めてではない。だが慣れるものでもなかった。


「先ほど地上で短機関銃を連射していた者かな」


「そうなんでない。さっきのテンパった感じの銃声、チキンイーターが飛びこんできた方角から聞こえてきてたし」


「チキンイーター?」


「今襲ってきた奴だよ。モンスターの中じゃ下位種(ザコ)なんだけど、鼻が効いてね。物陰や塹壕に隠れてやりすごそうとする臆病者(チキン)を見つけ出して食い殺すから、チキンイーターって呼ばれてんの」


「なるほどね」


 ちょうど、今飛びこんできたように、というわけだ。


 モンスターの大きな死体が、黒い煙と化して虚空に消えていく。

 それを明人がじっと見ていたのをどう受けとったのか、


「殺したり殺されたりは、嫌い?」


 そんなことを透良が問うた。


「そりゃそうだろ」


「ほんとノリが悪いなあ。ウリ坊とは戦ってもつまんなそう」


 本当に心底つまらなそうに透良がため息をついた。

 透良の中で明人のあだ名はウリ坊に確定した模様である。


「すげえ。仲間になったはずの俺の命をまだ狙ってるでしょ」


「別にすごくない。仲間でも殺し合うよ。いや、むしろ殺し合うからこそ仲間っしょ」


「……そう?」


 独特の透良理論について行きかねた。


「そだよ。もうここで何人とも殺し合ったけど、あいつらは例外なくみんな私の仲間だった。殺したいから、殺されるのも仕方ないと受け入れる、そんなあたしの同類。殺しが好きなのはお互い様って、恨みっこなしで殺し合えたあいつらが、あたしは今でも大好きだ」


「……」


「異常だって思うか? 怒らないから正直に言ってみ。ていうかごまかすほうが怒る」


「まあ、かなり珍しい感性とは思うよね」


「正直でよろしい。けどな? ここじゃ、そう感じるお前が異常なんだぞ。正常なのはあ・た・し。ふあほー」


 狭い半地下道の中で、透良が器用にくるりと回転してみせた。


「ふふっ。ここじゃ、世の中で異常者扱いされるあたしたちこそが正常で、普段健常者を気取ってるお前らが異常だ。多数派になったのは初めてだが、いいもんだな。数が多いってだけで偉そうにできるんだから楽なもんだ。わかったかウリ坊、こっちじゃお前みたいなのがイキれないんだぞー、うりうり」


 透良が人差し指を立てて、明人の鼻の先をツンツンつついた。


「やめろよ」


 明人が払いのけると、素直に透良は指を離した。


「それに、この世界にいるからって、みんながみんな殺し好きなんて決めつけられないだろ?」


「そんなことないさ。こんな世界に残ってるのが良い証拠。そりゃ口では色々言うかも知れないよ? けど本音は行動に出るんだ。結局、戦いが大好きで、殺しに飢えてるから、好き放題殺せるここに居続けるんだ。ま、そりゃ例外もいるけどね。銃なしのくせにこの世界に挑むなんてタワゴトはいてるウリ坊とか」


 また近づいてくる人差し指を、今度は手のひらで受け止めた。


「生意気な」


 にたりと透良が笑った。


少数派(マイノリティ)は大事にすべきじゃない?」


「粗末に扱われるから少数派(マイノリティ)なのさ」


 透良はどこか暗さを感じさせる声でそう言うと、指を離し、愛銃のAK-47を自分の肩に持たせかけた。

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