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第24話 デート気分

 明人(あきと)は洗面台の鏡にむけてキメ顔をした。


(うん。悪くない)


 しっかり髪を整えたからか、それとも小窓から差しこむ光の加減か、自分ではそう見えた。

 つづけて鏡の前で口をイーッと開いた。

 しっかり磨けていた。昼に食べたお好み焼きの青のりも歯についていない。


「カンペキ」


 鏡の前の自分にニッと笑いかけた。

 これから千星(ちほ)と世田谷公園で会う予定なのだ。これなら学園のトップアイドルと会うのも恥ずかしくないだろう。


(まあ、早池峰(はやちね)さんとくらべればぜんぜんだけど)


 とも思ったが、これはしかたない。相手が悪すぎる。

 千星と容姿で肩をならべられたら世界で通用するだろう。


「明人よ……。公園デートではないのだぞ? 今晩のための打ち合わせだ。三界攻略のためのな」


 明人のとなりに両足で立つネコ姿の古代神――ベルが呆れたように言った。


「わかってるよ」


 と言いつつ、明人はまた前髪をすこし調整した。


 これから千星と行う予定の打ち合わせは、三界の二つめ、闘争界の破壊について話し合うためのものだ。明人たちとしては、ひとあし早く闘争界へ乗りこんでいる千星に共闘を申しこむのが主な目的となる。

 言われるまでもなく大事な打ち合わせだ。

 もちろん明人もわかっている。

 わかっているのだが、そうは言っても早池峰千星はやはり特別な存在なのだ。


(公園デートが目的じゃないけど、もしかすると終わった後に『もうすこし一緒にいよう』とか……!)


 正直、彼女と休日に公園で会えると考えるだけで、今から胸が高鳴る。

 世田高の男子として、また健全な男として、この機に自分をアピールしなくてどうするのか。


「本当にわかっているのやら……」


 ベルは不服げに耳をイカミミにした。

 ちなみに千星にアポを取ってくれたのはベルである。彼の妹が千星と一緒にいるので、とりついでもらったのだ。

 本来なら明人が約束をもらうべきところなのだが、悲しいことに携帯の番号を教えてもらえなかった。チャットアプリのアカウントもだ。

 高嶺の花に手を届かせるのは、神の助けを得ていてもむずかしい。


「まあいい。そのままで良いから聞け。打ち合わせの前のおさらいだ」


「お願い」


「今晩から我らが挑むのは、私が闘争界と呼んでいる小世界だ。戦うためにあるような世界で、塹壕(ざんごう)や廃墟、密林などがある。どこもモンスターがウヨウヨしており、人間を見つけたらすぐさま襲ってくる。負けたら死ぬのはもちろんだ」


「三界らしい世界だね」


 動機は不明だが、三界は人を死に追いやろうとする。

 人を死なせるためには、戦闘はもっとも直接的かつ確実な方法だろう。


「三界の中でももっとも危険な世界だろうな。先に千星と一緒に入界した妹も、『勝ち続けて六日後の死を迎える者よりも、敗死する者のほうが多そう』と言っていた。戦うための銃器は最初に渡されるから、一方的に殺されることはないようだがな。あと参加者も総じて好戦的だそうだ。貪食界なり虚栄界なりに逃げこまず、その場で戦い続けることを選んだ者たちだから、相当なものだろうな」


「だろうね。闘争界に運営はいないの? 貪食界にいた、人食い(バエ)の群れとキキコーの鬼婆みたいな連中。あいつらが三界を創った黒幕なら、闘争界にもいるはずだけど」


「今のところ妹は見ていないらしい。だが闘争界でも姿を現す可能性は高い。注意が必要だろうな」


「だよね。世界を壊すための鍵はどんなものなの?」


 と鏡の前の自分をチェックしながら明人は聞いた。

 明人や千星が囚われている三界には、存在を維持するための鍵がある。この鍵をすべて見つけて壊し、もって三界を破壊するのが明人たちのミッションというわけだ。


「一切が不明だ。一から探していかねば仕方あるまいな」


「ノーヒントか……。時間がかかりそうだね」


 明人は三界の中であと4晩すごすと死ぬ。あそこはそういう世界なのだ。

 それまでに三界をすべて破壊し、脱出しなければならないというのに、ノーヒントではなんの見込みも立てられない。なかなか精神的に厳しいものがある。


「そうだな。正直、人が神に祈りたくなる気分が少しわかる。わかるだけで祈りはしないがな。神が人に願われるように全知全能でなく、人に祈られるほど人の世に関わってもいないことは、神である私自身がよく知っている」


 とネコ姿の神は盛大にぶっちゃけた。信者が聞いたら卒倒したであろう。


「そんなこと言うけど、ベルは三界に囚われた人々を助けるために骨を折っているじゃない」


「あくまで特例だ。本来、神は超然としていなければならない」


「その特例、けっこう多そうだけどね」


 明人が混ぜっかえすと、ベルはヒゲをぴくんと動かした。だが否定しないところを見ると、やはりそうなのだろう。


 明人はくすりと笑って、己の身だしなみを再チェックした。

 ゆがんでいるわけでもない上着のボタンをなんとなく直した。

 ベルのおさらいも大事だがこちらも大事だ。クラスメートとはいえ絶世の美少女にお目通りをいただけるのだから、いささかの緩みも許されまい。


 と、ベルが洗面所の小窓から外を見て言った。


「ところで明人よ。どうも今日は晴れなさそうだ。曇り空では外も寒かろうし、打ち合わせは私か妹の創った世界で行ったほうがよいのではないか。そのほうが落ち着いて話せるだろう」


「えっ? う、うーん……」


 迷った。

 より正確に言えば困った。


 ベルの言うとおり、それでも打ち合わせ自体はできるだろう。だが現実世界で千星と会えるせっかくの機会を諦めるべきだろうか。しかもその場合、終わった後で公園デートにもちこめる可能性がなくなってしまう。


「いいんじゃないかな。ほら、直接会って話すのが大事って言うしさ?」


「なるほど。もっともらしく聞こえるな。顔がニヘニヘゆるんでいなければ」


「ま、まあまあ。それより、どう? おかしなとこはない」


 明人はたたみかけるように言って、両手をあげた。

 服装チェックだ。外に出るときはダッフルコートを着るから、上着はほとんど隠れてしまうが、見えないところにも()るのがオシャレというものだろう。


 ベルはしばらく黙って明人を見上げていたが、


「服はいいと思うが、ハンガーに改善の余地があるな」


 と肩をすくめた。



◇ ◇ ◇



 車内から世田谷公園の最寄りのバス停『自衛隊中央病院入口』が見えた。公園の入り口はすぐそこだ。

 プシューッ、とエアブレーキを鳴らしてバスが止まった。


 明人が開いたドアから降りると、冷たい風がいきなり吹きつけた。せっかく整えた髪がわしゃわしゃと乱れた。


 世田谷公園はいつになくものさびしかった。

 日曜日だというのに人がいない。曇天の下の、灰色の公園はものさびしくて、どことなく廃墟を思わせた。


「……(さむ)っ」


 ぼそりと明人はつぶやいた。肌寒いが、それ以上に雰囲気が寒い。

 夢見ていたような明るい公園デートの場とはだいぶ違っている。


「言わぬことではない」


 ベルがため息をついた。


(これはヤバい)


 明人もベルが危ぶんでいた理由がわかった。

 この暗く寒い世田谷公園を千星はどう思うだろうか。

 浮かれすぎた。

 千星に会えるという期待で頭がいっぱいになって、大事なことが抜け落ちた。相手に足を運ばせることの意味をもう少しよく考えるべきだったのだ。


 だが今さら後の祭りである。

 約束の時間はもうすぐだ。今さら会場を変えようとも言えない。

 今ごろは、とっくに千星もバスに乗って公園に向かっているだろう。


「ねえベル。せめて話す場所を変えるべきかな。どこかの店の中とか」


「やめておくべきだと思う。なにしろ打ち合わせのあいだは、神だのなんだのと怪しげな単語がみだれとぶわけでな。しかも、お前も千星も、私や妹と話す際は誰もいない空間にむけてブツブツ話しかけているように見えるのだ。普通の人間には神の姿が見えないからな」


「…………」


 明人はだまって頭をかかえた。

 ダメである。ダメすぎる。自分も嫌だが、なにより千星に電波系を演じさせることなどあってはならない。


「予定通りが一番マシか」


「そう思う」


 人の少なさはものさびしさを感じさせるが、逆に考えれば人目を気にしなくて済むようにもなる。メリットはある。

 と、考えるほかなさそうであった。



◇ ◇ ◇



 待ち合わせ場所は、世田谷公園の奥にある小高い丘の上である。

 タイムカプセルの丘と呼ばれているそこに、明人がある種の覚悟とともに登り、寒さに震えながら待つことしばし。


「こんにちは」


 千星が華やかな姿を見せた。

 その足取りはかろやかで、声までも美しかった。


 だが寒そうであった。


 千星はロングダウンコートに身を包む重装備であった。

 はいているブーツもかなり厚かった。


 だが寒そうであった。


「早池峰さん。うん、こんにちは」


 明人は冷えきった顔に血が通いだすのを感じた。

 灰色の丘が明るくなった。

 きっと佳人はみな魔法使いなのだ。ただそこにいるだけで不思議な魔法をはなち続ける。


 だが寒そうであった。


 千星に続いて、ピンク色のネコのぬいぐるみが二足歩行で登ってきた。ベルによく似ているから、ベルの妹に違いない。キュートな見た目だが、戦神(せんしん)だから侮ると死ねるらしい。


「兄様、ごきげんよう」


「ごきげんようアニー」


 登り終えた彼女がベルとそんな挨拶をかわした。

 つづけて明人に目を向けた。穏やかな瞳だったが、どこか鋭さも感じさせた。


「兄の預言者よ、はじめまして。(わたくし)は兄の妹で、アナと今は名乗っています。兄ともども、よろしくお願いいたしますね」


「初めまして。古宮明人です。こちらこそよろしくお願いします、アナ様」


 上品に会釈するアナに自分も頭をさげつつ、明人は失礼にならない程度に観察した。

 見た目はベルと同じくネコだ。どことなく女性らしさを感じるのは、ピンクの毛色のためもあるが、ネックレスをつけているためもあるだろう。毛糸製らしきヒモに、草で編んだ小さな輪をぶらさげた、素朴なものだ。

 アナと千星は、女神と巫女という関係だそうだが、明人には二人のたたずまいが姉妹のようにも見えた。


 アナは冬の冷気を気にした様子がない。彼女も物質界に肉体がないのだろう。ベルと同じだ。冷える体がないのだから、寒さがこたえるはずもない道理だ。


 だがとなりの千星は寒そうであった。


(やっちゃったな! 俺の馬鹿!)


 明人はあらためて欲に目がくらんだ己を恥じた。

 千星に直接会えるという誘惑に負け、それで彼女によけいな負担をかけていれば世話がない。

 この寒空の中、彼女が文句一つ言わず時間通りに来てくれたという事実がなおさら効いた。


「来てくれてありがとう。ごめんね、ちょっと寒かったね、ここ」


 がんばって切り替え、そう()びた。

 こうして来てもらったのは、他でもなく三界の対策会議のためなのだ。明人はもちろん、千星の命もかかる重大な事案である。彼女の手のひらにも、明人と同じくタイムリミットを示す【4】の数字があるのだ。ヘコんでばかりもいられない。


「だいじょうぶ。それより、今晩の打ち合わせだよね」


 と千星は言った。

 だいじょうぶと言ってはいるが、早く本題に入ってほしそうだ。

 明人はせめてベンチに座るよう(すす)められないかと思ったが、あいにく濡れていた。ぐだぐだである。

 これでは手早く済ませるのが一番マシなおもてなしになるだろう。公園デートどころの話ではない。


 弱気のなせるわざだろうか。

 となりで天を仰いでいるベルの顔が、『あちゃー』と言っているように見えた。

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