第26話 「……ぼくは別に、好きな人なんていないからね」
(とあるイケメン視点の話)
「やあやあ、よかったじゃあないか。君たちはついに付き合ったんだって?」
部室に入ってくるなり、彼はおちゃらけた風にそんなことをいってきた。毎回のようにためらいのない台詞だ。毎回考えてきているのだろうか。
「そもそも、佐奈に記憶を取り戻させたのは、おまえじゃないか」
「まあね」
「なんで、そんな協力してくれたんだ」
「ぼくがそうする必要があると感じたからさ。それ以外になにか理由が必要かい?」
「いや、ありがとう」
「礼には及ばないよ。さて、これでこの部活にカップルが二組誕生したというわけだ。目的は十分に達成することができたといえるね」
「……ああ」
目的を達成した今となっては、ただのんべんだらりと時間を費やす場となってしまっているが。まあ、学校の風紀を司る井上庄子先輩がそれを容認しているのだから、なにも問題はないだろう。
「そういや、おまえはどうなんだ?」
「ん? ぼく?」
「だって、おまえは誰かと付き合ったりしていないだろう?」
まあ彼のことだから、その気になったら彼女の一人や二人、すぐにできてしまうのだろうけど。てっきりそんな答えが返ってくるのだと思っていたのだが、予想に反して彼は困ったような微笑を浮かべる。そして、
「……ぼくは別に、好きな人なんていないからね」
遠い目をしながらそういった。
俺がなにかをいおうとすると彼は唐突に、
「あ、そうだ。今度修学旅行があるじゃあないか」
「それがどうした?」
「ぼくは彼女と一緒の班になろうと思うのだが、君も、そっちの班を抜け出して、一緒に行動することにしないか?」
「それって……先生にばれたりしたら、どうするんだ?」
「まあ、それぐらいのことは見逃してくれるだろう。って上町先輩がいっていた。だからきっと問題ない」
「あ、ああ」
「それじゃあ、ぼくは失礼するよ」
「……なにを隠してるんだろう」
思わずそんな言葉を漏らしてしまう。すると佐奈も同じことを思っていたみたいで、俺に同調する。
「なにか、まだ忘れているようなことがある気がするんだ」
「俺もそんな気がしている。ただ、俺の場合はなんで忘れているのかが、わからないんだ」
「記憶喪失の大半は心理的なストレスによるものだっていうけど……逆にわたしの場合は、ストレスから当時の記憶を麻痺させることで、守ることができていたのかもしれない」
「…………そういうふうに考えることもできるのか」
「あんまりネガティブに考えていてもしかたないし、肝心なのはこのあとどうするかっていうことだよ」
「そうだな」
「それと一つ、引っかかることがあるんだ。純って、あのころ一緒に遊んでいた女の子のことって、覚えている?」
「んー。いや、あんまり覚えてないな。そういえば、その子がいたから、あそこに秘密基地を作ることができたんだっけ」
「そう。彼女は、わたしが純にフラれたときに、女の子になりたいっていったら、なれるよって、そういったんだ」
「っていうことは、その子は富士山製薬に関係している子っていうこと?」
「わたしはもしかして、富士山蓮がその子だったんじゃないかって思うんだ」
「確かに、佐奈の件を考えれば、ありえない話ではないように思える。当時は女の子だと思っていたけど、実は男の子だったなんていうこともあるだろうけど……でも」
「それを隠しているようなそぶりをみせるのは、なんでなんだろう」




