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第16話 「簡単なことだよ」

はい。

 

メンタル的な問題でなく、部活に顔を出すことができなくなってしまいました。

 

翌日登校してみると、下足付近に設置されている掲示板に珍しく人だかりができていた。俺が部員を募集するときに使った掲示板だ。テストの順位発表があるというわけでもないのに、この人だかりはなにごとだ?

 

掲示板のほうに歩いて行くと、そこから離れようとする人物と目があった。

 

「あ、純」

 

「おう。なんか久しぶりだな、佐奈」

 

「そうだね。掲示板みた?」

 

「いや、これはいったいなんの騒ぎなんだ?」

 

「当事者だっていうのに、知らないの? テニス部、活動停止処分になっちゃったんだって。風紀を乱したとかいう理由で」

 

「な、なんだって?」

 

「詳しいことを聞いたりはしないけど……まさか、本当に潰すようなことをしちゃうなんて」

 

彼女も、富士山蓮から軽い説明ぐらいは受けているのだろう。

 

「…………ああ」

 

本来の目的は、彼女たちを潰すことによって、俺たちが文化祭でトップを取ることにあった。しかし、なにか間違えたような気がしてならない。

 

「今日は、そっちに顔を出すことにするよ」

 

「おっけー。じゃあ、また放課後に」


     *


「やるじゃあないか」

 

部室に入った瞬間、富士山蓮が俺にそういった。

 

「……ああ、なんというか、やっちまったっていう感触しかないけどな」

 

「ぼくも、もうちょっとでいけそうな気がするよ、もっとも、君みたいにすんなりいくかどうかはわからないけどね。さすが君っていったところか」

 

馬鹿にされているのだろうか。それとも、同情されているのだろうか。まあ、そんなことはどうでもいい。目的を達成することができたのだから。

 

いや、その目標を達成してなお、課題が残っている気がしてならない。

 

「それで、どうするの?」

 

佐奈がそういった。

 

「どう……とは?」

 

「このままでいいとは思ってないんでしょ?」

 

「まあ、な」

 

「なにをいっているんだ。このまま潰してしまうのが一番効率的じゃあないか。それに、風紀を乱して勝手に自滅したのはあいつらのほうじゃあないか」

 

「……確かにそうかもしれないけど、風紀を乱したっていっても、特に何をしたっていうわけじゃあない」

 

俺がそう言うと、佐奈が興味深そうな目をこちらに向けている。小動物チックな仕草が俺の心をいやしていく。

 

「え? なにもなかったの? 風紀を乱すようなことは」

 

「ああ。断言する」

 

「えっと……っていうことは、なに、その……エロ本みたいな展開にはならなかったの?」

 

「……はい?」

 

いったいなにをいっているのだろう。風紀を乱したというのは、俺に対するどっきり大作戦いじめのことではないのだろうか。

 

「あ、ああー。なんでもないよ? いやー、てっきり誤解をしていたというかなんというか……ごめん」

 

謝られてしまった。彼女は顔を伏せている。その表情を伺うことはできない。

 

「それでは、なぜ活動停止余分なんていうことになっているのでござるか?」

 

「それがわかったら苦労しないさ」

 

「……結局、活動を再開させる方向で進めるっていうのかい? ここまでいけたっていうのに。なんて非合理的なんだ」

 

「非合理的だろうとなんだろうと、自分が納得できないものを放っておけるか」

 

「やれやれ。ま、つきあうよ。潰すなんていう安直な手法で勝利しても、おもしろくないしね」

 

「結局問題は、どうやってあの処分を撤回させるのかっていうことになるが」

 

俺の台詞に反応して、教科書を眺めていた風紀委員長が顔を上げる。しかし、なにも言葉を発する様子はない。そんな彼女に、富士山蓮は視線を送った。

 

「…………無理よ」

 

彼女の返事は短かった。そしてそれは、絶望的な答えだった。

 

「な、なんでですか?」

 

風紀委員長クラスになれば、そういった学校内で起こった事態には簡単に対応できるはずではなかったのか?

 

「生徒会と並び二強といわれる風紀委員会だが、それでも発言力には雲泥の差がある。たとえていうなら讃岐うどんと稲庭うどんみたいなものだ」

 

後者の例えはあんまり意味がわからなかった。

 

「補足しておくと、讃岐うどんとは知っての通りの有名なうどんでござる。そして、稲庭うどんというのは最近頭角を現してきた秋田のうどんでござるよ。最近有名になってきたといっても、その歴史は三百年以上にもなるのでござるが」

 

「なるほど」

 

やっぱり太っていると、そういう方向に詳しくなるのだろうか(偏見)。

 

「じゃあ、どうしようもないっていうことか?」

 

「……茂手木くん。その生徒会役員の役職を、覚えているか?」

 

「ええ、覚えていますよ。確か、書記だったはずです」


「…………彼女個人に話しをつけるぐらいなら、わたしにもできるかもしれない」

 

「本当ですか?」

 

「しかし……風紀委員がもう一人いたときく。彼女の単独行動とはいえ、一応風紀委員全体として動いたというふうに見なされている。そこの委員長であるわたしがいきなり彼女たちの処分を撤回するというのは、あまり印象のいいものではない」

 

「……なるほど」

 

「という事情があるので、処分を撤回するには、それなりの理由が必要になってくる」

 

「それなりの理由って……そもそも、なにも校則に違反するようなことはなかったのですから、処分が下るというのはおかしいのでは?」

 

「あのとき、強制下校時間から一時間近く経過していた。部活動をやっている生徒には多少寛容なところはあるが、わざわざテニスコート場から校内に戻ってきて男女二人で屋上にいたというのだから……それは、処罰に値するといわざるを得ないだろう」

 

「……それにしても、彼女と俺の問題じゃあないですか」

 

「話を聞いている限りでは、テニス部はその事実を隠蔽しようとしていたとか。これは十分に部活としての問題だと考えることができると思うが」

 

「…………そういわれてしまうと、なにも反論することができないですね」

 

俺がそういいうなだれていると、 

 

「なにをいっているんだ。一つ、重大な見落としがあるじゃあないか」

 

富士山蓮がけろっといってみせる。

 

「それはなんだ?」

 

「テニス部全員が処罰されているっていうのに、彼はなんの罰も受けていないじゃあないか。そもそも彼があの部活にいたのは、この礼儀作法研究部の方針じゃないか。それによって問題が起こっているんだから、この部活も活動停止になってもいいんじゃないか? さすがにそれが極論だっていうなら、彼単体でも罰せられるべきだろう?」

 

「なる、ほど。でも、俺が処罰を受けることで、この問題が解決するっていうのか?」

 

俺がそういうと彼はにやりと笑う。

 

「簡単なことだよ」

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