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第11話 「……なんとなく、気持ちがわかるような気がするんだ」

(とある美少女視点の話)

 

「っていうことで、近いうちに風紀委員がうちにやってくるらしい」

 

活動報告会議から部室に戻ってきた彼は、みんなにそう伝えた。

 

風紀委員と生徒会が主催している定期的な風紀チェックには、全校生徒がおびえている。学校内においての絶対的な支配者。彼の親衛隊である圧倒的同調圧力の罠と同等か、もしくはそれ以上の存在。

 

そんな組織に対するには、それなりの戦力が必要だろう。ということで彼がこの同好会の代表として挑むことになったのだが、どうやら風紀委員というのは予想以上に手強いらしい。

 

最近では、生徒会と風紀委員の一部が結託して、彼に近寄るハエをたたきつぶす組織を作り上げたときく。実際、彼に近づいたものには風紀を乱した理由を突きつけ、それなりの処分を下しているみたいだ。


圧倒的同調圧力の罠だけでも十分に恐ろしいというのに、そんな組織ができてしまっては、彼にアプローチをかけることができなくなってしまう。まあ、自治のためには致し方ないことなのかもしれない。個人の人権と、公共の福祉のバランスというのは、非常に難しい問題なのだなあー。そう改めて思った。

 

そもそも、今回風紀委員が目をつけた原因はなんなのだろうか。彼を筆頭とする同好会が登場したことで、彼が学校の専制君主となることを恐れているのだろうか。そんなこと、心配しなくてもいいのに。

 

なんていうことを考えていると、突如扉が開き、噂の風紀委員長がやってきてしまった。

 

「なんのご用件でしょうか?」

 

彼は毅然とした態度でそういうと、

 

「おまえが言い出したんじゃないか。近いうちに、査察を送ってくれと」

 

風紀委員長もまた、はきはきとそう言葉を返す。

 

「確かに……そうはいいましたけど」

 

彼の話を聞いている限りでは、その査察が送られてくるのは、後日ということだったが。

 

「風紀委員の行動力を甘く見たでござるな」

 

ござる先輩がそういうと、風紀委員長は驚いたような顔をする。ぱっと見険しそうな表情をしているが、よくよくみてみると、どことなく恥ずかしがっているような雰囲気がある。

 

「なんでおまえがここにいる」

 

「なんでもなにも、せっしゃはここの部員でござるよ」

 

その言葉を受け、風紀委員長ははっとしたような表情になる。そして彼女はここにいたるまでの経緯を説明した。

 

匿名での投稿により、不埒なことをしているという報告があったと。

 

なるほど。

 

それにしても匿名での投稿か。

 

彼に近づくわたしに対する嫌がらせだろうか。もし、わたしのせいでこんなことになっているというのなら、それはなんだか申し訳ない。

 

彼女はござるの先輩と口論を交わし、激高して部室を出て行ってしまった。

 

富士山蓮が彼を詰問すると、もう少し時間がほしいという上町先輩。そんな彼と、話した内容を絶対口外しないという約束と交わし、富士山蓮は部室を去る。

 

しばし訪れる無言の時間のあと、上町先輩もまた部室を後にした。

 

「……なんとなく、気持ちがわかるような気がするんだ」

 

ふっとつぶやくように、わたしはそういった。

 

いや、きっと気持ちがわかるなんていうことはないのだろう。それは、単にわたしの心情を、彼女に投影してしまっているだけのことなのだろう。

 

昔は、一緒に遊んだりしていることが当たり前だったのに、いまではそれができない。遠くに行ってしまった。それは、彼が裏切ったということではない。しかし、わたしとしては、裏切られたような気持ちになってしまう。

 

彼女の言葉に、わたしの隠れたそういう感情が、写し出されただけなのだろう。

 

彼は小首をかしげると、

「じゃあ、また明日」

 

そういった。わたしはそれに短く返事を返した。

「うん」

 

 

その日の夜。

 

メッセージアプリで先輩から連絡がきた。同好会というグループをすでに作っており、彼がわたしの連絡先を知っていることは、犯罪的ではない。

 

そこで、彼はわたしに明日、部室に早く来てほしいという旨を伝えた。いったい何の用事があるのだろう。わたしは了解、というクマさんのスタンプを送信した。

 

翌日いわれたとおり早めに部室へ向かうと、先輩の姿があった。


「どうしたんですか?」

 

「じつは……」

 

先輩はてきぱきと要領よく話し始める。

 

「なるほど。実は、風紀委員長は先輩の元カノで、できることなら復縁したいから、わたしにいいタイミングで彼女を連れてきてほしいと?」

 

先輩から聞いた話をまとめてみた。

 

「そういうことでござる」

 

彼の姿を見ていると、とても信憑性のある話とは思えないが、彼の持ってきた一枚の写真をまじまじとみていると、彼がいっていることも、あながち嘘ではないのかも、なんて思えてくる。

 

「それって、わたしになにかメリットありますか?」

 

思わずそんなことをいってしまう。そういうことは、直接いうべきなのではないだろうか。

 

「メリットならあるでござるよ。庄子は、純氏に好意をよせているように感じるでござる。もし佐奈殿が庄子の気持ちがせっしゃに傾くように仕向けてくれれば、有力なライバルを一人消せるかもしれないでござる」

 

「その情報は、確かなの?」

 

「間違いないでござる。せっしゃの情報網によると、庄子は彼をなにか遠い目で見つめていたという証言が多数あるでござるよ」

 

もしそれが本当なら、相当に危ない。彼の周囲を見張っている圧倒的同調圧力の罠という民間組織に加え、いまでは生徒会と風紀委員会の提携組織もある。このまま風紀委員長が彼にアプローチをかけるなんていう展開になったら、政府との戦争が始まってしまう!まあ、そんなことはどうでもいいんだけど。

 

「……なる、ほど。そういうことなら、手伝いますよ」

 

「助かるでござる。おっと、二人も来たようでござるな」


 

「…………これは、どういうこと?」

 

写真を見せられた純がそういうと、

 

「風紀委員長……庄子と撮った最後の写真でござるよ」

 

先輩がそういう。なにをいっているのか理解できないという表情の彼。

 

「……え、もしかして、これって上町先輩? 確かに面影はある」

 

わたしがそういうと、彼らはまじまじと写真を見つめる。すると、本人であることを段々とに確信していったのか、表情はさらに驚きを見せる。

 

いつもは飄々としている富士山蓮でさえも驚きを隠せないようだ。その写真を眺めながら、

 

「へー、俊樹はやせたのか」

 

そんなことをぼそっとしゃべったような気がし、

 

「なにかいった?」

 

わたしはそう尋ねた。しかし、彼は小首をかしげてみせるだけ。

 

「それじゃあ、事の発端から話そうと思うでござる」

 

先輩はそういうと、ふとわたしのほうを伏し目がちに見やる。彼女を連れてこいという合図だ。

 

「ちょっとごめんなさい。わたし、いったん席を外させてもらうわ」

 

そういってわたしは部室を後にした。


わたしは彼女を探しに、風紀委員が放課後に活動している空き教室へと向かう。

 

「なんだ。なにかようか?」

 

「先輩、ちょっと来てもらってもいいですか?」

 

わたしがそういうと、

「……わかった」


あっさりとついてきてくれた。

 

部室の前で、しばらく話を立ち聞きするように促す。

 

「――イケメンになった途端に、おまえをふった……か」

 

「もしかすると、なにか、トラウマのようなものがあったのかもしれないな」

 

「トラウマ?」

 

「そう。たとえば、信じていたイケメンに裏切られたとかな。それと、重ねてしまったのかもしれない。ま、理不尽にフラれたおまえからしたら、納得できる話ではないのかもしれないが」

 

「いや、そういうことがあったのだとしたら、それに気がつけなかったせっしゃの責任でござるよ。……そんなことがあっただなんて」

 

「それで、フラれてからはどうしているんだ?」

 

「なにも……連絡を取ったりはしてないでござる」

 

「……おまえがもう一度太ったのは、なぜだ? あの薬品は、腸内の善玉菌を増殖させる効果がある。あれを摂取したあとで、そこまで太るっていうのは、大変なことだっただろうに」

 

「せっしゃがやせてしまったことで、彼女を傷つけてしまったのなら、もとに戻るべきだとおもったでござる。それに、やせても彼女が喜んでくれないのなら、何の意味もないでござるよ」

 

「そうか……」

 

「せっしゃは、何がいけなかったのかを、知る必要があるでござる。だから、この同好会を潰されるわけにはいかないのでござるよ」

 

そこまで話を聞くと、風紀委員長は扉を開けた。

 

「……話は聞かせてもらった」

 

「なんでここにいるでござるか」

 

「……わたしが連れてきたの」

 

佐奈がそういいながら部室に入ってくる。

 

「わたしのことを思って……この同好会に入ったのか」

 

庄子先輩はそういって、感慨深げにため息をつく。

 

「わたしは、ただ、ふとっちょなあなたが好きだっただけなの」

 

彼女がそういうと、思わずわたしは呆気に取られてしまった。

 

「なるほどね。要するに彼女は、デブ専だったっていうことだよ」

 

「っていうことは、裏切られたっていうのも」

 

「ダイエットに成功したことそのものをさして、そういっているのだろうな」

 

彼はそういうが、彼女のその言葉を心底信じているというふうではなかった。

 

なにか、彼女が抱いている本質的なものに気がついているかのような雰囲気を漂わせている。

 

わたしが思うに、彼女は、彼との距離感が変わってしまうことを恐れたのではないだろうか。それで、極端なことをしてしまった。消えてしまうならいっそ壊してしまった方がいいと、そういうふうに思ってしまったのではないだろうか。

 

なんていうことをそう思うのは、わたしが心の底でそういうふうに感じているからなのかもしれない。

 

純は愕然とした表情をうかべ、うなだれる。

 

「なんだ……それ」

 

その気持ちはよくわかる。


そんな彼を脇目に、二人の男女は語らい会う。そして、一つのカップルが再び誕生した。

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