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第9話 そして、ここにすばらしいカップルが誕生しました。

翌日。上町先輩は一枚の写真を持ってきた。そこに写っているのは、イケメンと風紀委員長だった。

 

「…………これは、どういうこと?」

 

いきなり見知らぬイケメンとあの風紀委員長が写っている写真をみせられてもなんのことやらさっぱりわからない。見た感じ、このイケメンと彼女は付き合っているようにみえる。っていうとなにか? 上町先輩はこのイケメンを抹殺したとでもいうのだろうか。

 

「風紀委員長……庄子と撮った最後の写真でござるよ」

 

一瞬なにをいっているのか理解できなかった。

 

庄子というのは、風紀委員長の名前のことだ。フルネームは井上庄子。それは知っている。しかし、その言い方が妙にひっかかる。彼女と撮った最後の写真? そんな言い方をされたら、このイケメンがおまえのことみたいじゃあないか。

 

「……え、もしかして、これって上町先輩? 確かに面影はありますね」

 

佐奈がそういうと、

 

「その通りでござる」

 

先輩は照れくさそうに笑った。

 

「な、なんと……これは驚きだ」

 

いつもはひょうひょうとしている富士山蓮でさえも驚きを隠せないようだ。

 

「だから、せっしゃは富士山製薬の御曹司であるおぬしが、嫌いなのでござる」

 

「それは、どういう意味だ? ぼくが、なにか嫌われるようなことをしたか?」

 

「今日は、その話をする覚悟でやってきたでござる」

 

先輩が意を決したようにいうと、富士山蓮も表情を引き締めた。

 

「……ぼくも、昨日あんなことをいった手前、半端な覚悟でここにきたわけではないよ」

 

「それじゃあ、事の発端から話そうと思うでござる」

 

そう決意を滲ませていった彼だったが、ふと彼女のほうを自信なさげに見やる。その視線を受けると、彼女は、

 

「ちょっとごめんなさい。わたし、いったん席を外させてもらうわ」

 

そういって部室を後にした。

 

すると、すっと息を吸う音が聞こえた。


「せっしゃはもともと、この通り太っていたのでござるよ」

 

そういってお腹をぽんぽんと叩いてみせる。いや、ぽんぽんなんていう軽い音ではなかったが。それを表すのに適切な擬音はぴちゃぴちゃといったところだろう。それぐらいにみっちりと肉がついていた。

 

彼は写真を見つめながら、話を続ける。

 

「自分でも、痩せるまではどうしようもない醜男だと思ってたのでござる。こんな見てくれの自分に、彼女は優しかった。あまつさえ、自分のことを好きだといってくれた。


せっしゃも彼女に密かな恋心を抱いていたもので、それで付き合うことになったのでござる。しかし、こんな自分が隣にいては、彼女も恥ずかしいだろう、そうも思ったのでござる。


実際、自分が側にいるせいで彼女が笑い物にされる場面も何度かあったでござる。そこで、せっしゃはある決心をしたのでござる。ダイエットをして、ちょっとはかっこいい自分になろうと」

 

そこまでいうと先輩は、富士山蓮のほうをみやる。そして、

 

「そこで、富士山製薬が販売していた、サプリメントを使ったのでござるよ」

 

その言葉を受けた富士山蓮が、不思議そうな顔をする。

 

「サプリメント……ああ、今は薬品扱いになっているあれか。効果が強力過ぎるという理由で、薬品扱いにされたと聞いているが。でも、副作用なんかはないはずだが? ぼくの会社を恨む理由がわからない」

 

「話はここから続くのでござる。そのサプリの効果で、せっしゃはダイエットに成功したのでござるよ。彼女は、最初は喜んでくれたでござる。でも」

 

「ちょっとまった」

 

ナルシスト日本代表、富士山蓮がそういって、話を中断させた。

 

「なんでござるか、ここから大事な話になってくるっていうのに」

 

「その大事な話っていうのが読めてしまったんだが。ようするにこういうことではないのか? ダイエットに成功したことによってイケメンになったおまえは、数々の女の子から言い寄られるようになった。そして、浮気をしてしまった。これで、昨日彼女がいっていた、わたしを裏切ったという言葉とつながる」

 

なるほど。それは名推理だ。そう思ったが、先輩は静かに首を横に振る。

 

「せっしゃは、そんなことはしていないでござる。それに、ダイエットに成功したといっても、せっしゃはそんなにモテなかったでござる。むしろ、あんな残念なやつとは関わりたくもないと、直接的に暴言を吐かれるようにさえなったでござる」

 

「それは……なんというか」

 

富士山蓮が悲痛な表情を浮かべている。

 

しかし、直接的に暴言を吐かれるようになったっていうのは、悪化したようにみえて、実は好転しているのかもしれない。いままでは話しかけるのさえ躊躇われるほどだったから、とかね。

 

そんなひどいことを考えつつ、それではなにがあったのだろうと考え込んでしまう。

 

「彼女は突然、せっしゃをフったのでござる。まったくもって、意味がわからなかったでござるよ。だから、彼女の裏切られたという言葉の意味がわからなかった。一瞬、激しい怒りを覚えたでござるよ。なんでいきなりそんなことを言い出すのだと。


でも、彼女のつらそうな顔をみていると、そんな気持ちも萎えていったでござる。彼女は、いったいなにを考えていたのだろうか。そう考える日々が続いたのでござる。でも、結局答えは出なかった。そんな中、この同好会を見つけたのでござる。ここでなら、彼女が傷ついてしまった理由を、理解できるのではないかと思い」

 

「イケメンになった途端に、おまえをふった……か」

 

蓮は神妙な面持ちで、なにかを考えるようにしてそういった。そのまま続けて口を開く。

 

「もしかすると、なにか、トラウマのようなものがあったのかもしれないな」

 

「トラウマ……でござるか?」

 

「そう。たとえば、以前に信じていたイケメンに裏切られたとかな。それと、重ねてしまったのかもしれない。ま、理不尽にフラれたおまえからしたら、納得できる話ではないのかもしれないが」

 

「いや、そういうことがあったのだとしたら、それに気がつけなかったせっしゃの責任でござるよ。……そんなことがあっただなんて」

 

「それで、フラれてからはどうしているんだ?」

 

「なにも……連絡を取ったりはしてないでござる」

 

「……おまえがもう一度太ったのは、なぜだ? あの薬品は、腸内環境を激変させる効果がある。あれを摂取したあとで、そこまで太るっていうのは、大変なことだっただろうに」

 

「せっしゃが痩せてしまったことで、彼女を傷つけてしまったのなら、もとに戻るべきだとおもったでござる。それに、やせても彼女が喜んでくれないのなら、何の意味もないでござるよ」

 

「そうか……」

 

「せっしゃは、何がいけなかったのかを、知る必要があるでござる。だから、この同好会を潰されるわけにはいかないのでござるよ」

 

彼はそういって、うつむきがちに顔を伏せる。その目には涙が浮かんでいるように見えた。

 

「……話は聞かせてもらった」

 

いつのまにか半開きになっていた扉から現れた風紀委員長、井上庄子はそういった。

 

思わず呆然としてしまう。

 

「なんでここにいるでござるか」

 

先輩がそう問うと、

 

「……わたしが連れてきたの」

 

佐奈がそういいながら部室に入ってくる。

 

「なるほど、そういうことか」

 

さきほど席を立ったのは、彼女を連れてくるため。

 

きっと彼女に関する話をするのだろうと察した佐奈は、彼女にその話を聞かせることにしたのだ。もし、話の内容がもっと悲惨なものだった場合、いったいなっていたことだろうか。しかし、事態は好転しそうな気配を見せ始めている。

 

「わたしのことを思って……この同好会に入ったのか」

 

「……そう、だよ?」

 

いつもの語尾はどこにいったのだろうか。そんなつっこみをするのも憚られるほどの雰囲気だ。

 

「わたしは、ただ、ふとっちょなあなたが好きだっただけなの」

 

「…………は?」

 

思わずそんな声が漏れてしまった。

 

「なるほどね」

蓮はそういった。

 

「何を納得してるんだよ」

 

「まだわからないのか? 要するに彼女は、デブ専だったっていうことだよ」

 

開いた口がふさがらないとはこのことだろうか。

 

「っていうことは、裏切られたっていうのも」

 

「ダイエットに成功したことそのものをさして、そういっているのだろうな」

 

「なんだ……それ」

 

「こんなせっしゃでよければ、もう一度付き合ってもらいたいでござる」

 

「……あんなひどいことをいったわたしに、もう一度チャンスをくれるっていうの?」

 

「もちろんでござるよ。なんのために太ったと思ってるでござるか。それに、小学校からの腐れ縁ではないでござるか」

 

「……ありがとう」

 

そして、ここにすばらしいカップルが誕生しました。

 

俺たち同好会の真の目的を考えるなら、これはとてもすばらしい結果だということができるだろう。しかし、

 

「いや、なんなんだこれは」

 

俺は納得できなかった。

 

ただまあ、一つよーくわかったことがある。

 

女子っていうのは、相変わらず意味がわからない生き物だっていうことさ!

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