第8話 「こんな同好会なぞ、潰れるがいいわ!」
(とあるイケメン視点の話)
今日は、部活の代表者が視聴覚室に集合し、生徒会や風紀委員のチェックのもと、予算を調整したりする日だ。
んで、この同好会の代表者は誰なのかというと、俺だ。
まあ当然、言い出しっぺの俺が代表ということになってしまった。
そして、今がその会議中だったりする。
「それでは、礼儀作法研究会の代表の方、活動内容の説明と、これからどういった活動を行っていくのかを述べた後、部費が必要であれば申請してください」
生徒会長がそういった。
生徒会は風紀委員とともに、二強と呼ばれる学校内自治組織の一つだ。といっても、校外で力を発揮できるなんていうこともなく、学校行事において強い影響力を持っているというだけのことである。
しかし、学校が絡んでいることであれば、その影響力は計り知れない。だから、その恩恵にあやかろうとするやつらが、毎日のようにこびへつらったりしている。
「はい。この同好会では、本校生徒にふさわしい礼儀作法を身に付けるために、日本古来からの伝統的な作法を学び実践しています。今後は、文化祭などの際に、そういった成果を発表していきたいと思っております。いまのところ、部費は必要ありませんが、備品の損壊が激しくなってきたら、そのときに対応をお願いしたいと思っております」
そう言い終えて、ほっと一息ついていると、
「活動内容について、もうちょっと具体的にお願いできませんか?」
風紀委員長がそういった。
「え、えっと具体的にというのは?」
「ですから具体的に。日本古来の伝統的な作法というのは?」
「えっと……」
言葉に詰まってしまう。部費を請求しない限りはあの説明でも押し切れると思っていたから、なにも考えていない。
もし、本当にそういった活動をしているのであれば、ここまで返事に窮するととうこともなかったのかもしれないが。残念なことにうちの同好会がやっているのは、モテるためにはどうしたらいいのかを研究するという、不健全極まりないものだ。
まあ、俺はそれを不健全だと思ったりはしないが。
しかし、客観的にみてどうといわれれば、さすがの俺も堂々とはしていられない。
「実は、あなたたちの活動に、疑問を呈す声が上がっているのです。そういった活動をしているとみせかけておいて、その内側ではなにかよからぬことをしているのではないかと」
さすがにそれは心外だ。
比較的まじめな生徒が集まっているのだから、そんなことが起こりえないことぐらいわかるようなものだが。
ま、ニュースなんかをみていると、そうもいっていられないんだろうっていう気持ちにはなるが。傍から見て取れるまじめさなんていうのは大して当てになるもんでもないしな。
ただ、部室で待機している彼らのことを思うとその発言は癇に障るものがあった。思わず語気が強くなる。
「そんなことはしていません」
「それでは、それを具体的に証明していただかないと」
「じゃあこうしましょう。近いうちにうちの部活に査察を送ってください。そこで、いつものように活動を行えば、なにも不健全なことをしていないということを証明できるでしょう」
「わかりました。そこまでおっしゃるのなら、近いうちに風紀委員から一人派遣することにしましょう」
風紀委員長がそう言い放ち、生徒会長が各代表に諸連絡がないかなどの確認をして、解散となった。
「っていうことで、近いうちに風紀委員がうちにやってくることになった」
活動報告会議を終えると俺は部室に戻ってきて、みんなにそう伝えた。
「なるほどな。さすがに、いつもやっていることをそのままやるっていうのはまずいかもしれないね。ぼくは別に、やましいことをしているとは思わないが」
「それは俺もだ」
創部申請をするときに、確実に事を進めるためにそういう嘘をついてしまったのがよくなかったのだが。ま、そんなことをいまさらいっていてもしょうがない。
「一度ついた嘘は、徹底的に突き通さないといけない」
「そうでござるな」
そんな話をしていると、突如扉が開き、
「なにが一度ついた嘘なんだ?」
鬼の風紀委員長がやってきてしまった。
「な、なんのご用件でしょうか?」
俺がへこへこ低姿勢でそういうと、
「おまえが言い出したんじゃないか。近いうちに、査察を送ってくれと」
「確かに……そうはいいましたけど」
いかんせん早すぎはしないだろうか。近いうちといったら、二、三日が経過したあとだと思っていたのだが。
「風紀委員の行動力を甘く見たでござるな」
ござる先輩がそんなことをいうと、
「げっ」
風紀委員長がいやそうな顔をする。なにかあったのだろうか。それとも単純に生理的な反応だろうか。後者だったらちょっとかわいそう過ぎる。
風紀委員長の反応を見ている限り、前者だったようだ。よかった、この学校にはいじめなんてないんだね!
「なんでおまえがこんなところにいるんだ」
風紀委員長がそういうと、
「なんでもなにも、せっしゃはここの部員でござるよ」
ござるのお兄さんはそういいながら小首をかしげる。残念ながら萌えない。むしろ燃えろ(二度目)。
その言葉を受け、風紀委員長ははっとしたような表情になり、
「な、なんだって……まさか、はめられたのか、わたしは」
風紀委員長が、はめられた? なんだそのエロ同人にありそうな展開は!
なんてことを考えている場合ではない。いまは、部活の存続に関わる重大な時間なのだ。
気を引き締めて、風紀委員長に向き直る。
「この同好会は、富士山と茂手木、そして米上の三人で成り立っているという匿名での投稿があったのだ。それで、そのメンバーでいかがわしい行為をしているという噂をきいたものでな」
あのチャラい御曹司と学校きっての優等生である佐奈がそういうことをしているかもしれないというのは……ふむ。わからないでもない。しかし、なぜその頭数に俺が入っているのだろうか。
「まさか、おまえがいるとはな」
彼女は彼をにらみつける。
「いったいなにがあったんだ?」
俺はござる先輩にそう問いかけた。
「別に、たいしたことはないでござるよ。せっしゃがちょっと痛い目に遭ったというだけのことでござる」
そういってうつむいてしまった。
そうやってテンションを大きく下げた彼とは対照的に、彼女はその言葉を聞いて肩をふるわせていた。
「なに? たいしたことはないだと…………わたしを裏切っておきながら、そんなことを抜かすというのか。けしからん。こんな同好会なぞ、潰れるがいいわ!」
ちょっと理不尽過ぎやしないだろうか。とは思ったものの、ここを廃部にするということに関しては十分な理由がある。活動内容を偽って、部室を占領しているのだ。これは立派な犯罪行為にさえ当たることだ。
しかしそれは困る。俺はへこへこと頭を下げながら言葉を並べてゆく。
「そ、それはなんとかしていただけないでしょうかね」
「ならん。そもそも、この部室を使ってなにをしているというのだ。まさか、上町まで不純な行為に手を染めようとしているのか」
なんでそういう話になるのだろうか。そう思って先輩のほうをみやると、
「せっしゃは、もうおなごを悲しませるようなことはしないでござる。そのために、せっしゃはこの同好会に入ったのでござるよ」
なんかかっこいいことを言い出した。え、顔グラ間違えました? これがゲームの世界なら俺はそう思ったことだろう。現実世界でも同じことを思ってしまったが。
女の子を傷つけないためにこの同好会に入ったっていうのは、いったいどういうことだ? 過去になにがあったっていうのだろうか。こいつが女の子を傷つけるシチュエーションが思い浮かばない。二重の意味で。
俺はこの先輩のことを信用している。だから、女の子を傷物にしたとかいう意味ではないと思っている……のだが、じゃあどういうふうに傷つけてしまったのだろうと考えてみても、答えは出てこない。
「ふっ、この惨状をいますぐにでも報告してやる。次回の会議を楽しみにしておくことだな」
そういって彼女は部室を去って行った。
「……いったい、なにがあったんですか、先輩」
こういうことを聞くのはあまり性に合わないが、そうもいっていられない。彼女がこの同好会を潰そうとしているのは、およそ公共心などではなく、単なる私怨だ。だから、彼女とこの先輩の間になにがあったのかを知る必要がある。
こういうときは、あのナルシストが役に立つだろう。
俺は彼に視線を送った。
「話せ。こうなってしまった以上、おまえだけの問題ではないのだからな」
先輩に対して敬意を払おうともしないその心意気にロックを感じるね! やっぱりロックの神髄は反骨精神にあると思うんだよね! 軽音楽部を三ヶ月で退部したやつがなにをいっているのだという話だが。
「…………ちょっと話しにくいことだから、少し、時間がほしい。でござる」
「明日までに整理してこい。さもなければ即刻クビだ」
いや、まてよ、おまえにその権限はないだろ。この同好会の会長は俺だぞ。しかし先輩はそれを気にかける様子はなく、
「わかったでござるよ。しかし、絶対に他言は無用でござる」
「それはあたりまえのことだ。ふん、ぼくはもう帰らせてもらうよ」
彼はそう言い捨てるようにいうと、部室を後にする。
しばし訪れる無言の時間。上町先輩もまた、部室を後にした。
「いったい、なにがあったんだろうね」
残った佐奈に俺はそう問いかけた。
「……なんとなく、気持ちがわかるような気がするんだ」
ふっとつぶやくように、彼女はそういった。
「誰の気持ちがだ?」
「あの、風紀委員長さんの気持ち」
それはいったい、どういう気持ちなのだろうか。
少し気になったが、どうせ明日にはわかることだ。そう思って俺は、考えるのをやめた。
「じゃあ、また明日」
「ええ」




