人を幸せにする鳥の秘密
昨年1年間に、24本の短編を書き、別の投稿サイトで発表しましたが、この『人を幸せにする鳥の秘密』が一番いい評価をいただきました。個人的にも大好きな作品です。
今回、再投稿させていただきます。
自らハードルを上げてしまった感がありますが、気軽に読んでいただけると嬉しいです!
どうぞよろしくお願いします!!
1
とある家に、人気者のインコがいた。名前はキョウコ。人間の言葉を話す。
毛の色は灰色で、頬っぺた部分がオレンジ色。しっぽをあわせると、30センチくらいのごく普通のオカメインコ。
言葉を話すインコはたくさんいるのに、どうしてキョウコが人気を集めているかというと、それは話す言葉が特別だから。
キョウコは、人が前に来ると、「好き」「愛してる」「ありがとう」と、声をかける。
女性だろうが、男性だろうが、子供だろうが、大人だろうが、前に来た人に、「好き」「愛してる」「ありがとう」と声をかける。
そんなキョウコの動画が、SNSで評判になり、メディアでも取り上げられるようになった。
テレビの取材が来た時も、いつもと同じく、
レポーターに、「好き」「愛してる」「ありがとう」
ディレクターに、「好き」「愛してる」「ありがとう」
カメラマンに、音声さんに、「好き」「愛してる」「ありがとう」
キョウコは、彼らの心をしっかりつかみ、いろんなワイドショー番組、情報番組で取り上げられ、挙句の果てには携帯電話会社のCMにまで出演をしてしまった。
ここまで注目を浴びたのに、キョウコの飼い主、この家のおじいさんは一度も表舞台に出ることはなかった。メディアに対応するのは、一緒に暮らしているおじいさんの息子と、その妻だった。
それには、ある理由があった。
2
キョウコは、以前、別の家で飼われていた。おじいさんの家から15分ほど離れた所にある、一軒家だった。
ある冬の日。
おじいさんが日課の散歩をしていた時、何気なくいつもと違うコースを歩いてみた。とある一軒家の横の道を通りかかると、大きな窓の向こうに動くものが見えた。立ち止まって、目をこらすと、それは灰色のインコだった。
かごの中で、すっくと立つそのインコの姿に、おじいさんはしばし時間を忘れ、見惚れた。
その日から、おじいさんの散歩コースに、その家の横道が加わった。窓ガラスの向こうのインコを見るのが、楽しみだった。
おじいさんは密かに『キョウコ』と名前をつけ、通るたびに「キョウコ、元気か?」と小さな声を投げかけた。
冬が過ぎ、桜が散った頃、ずっと閉まっていたあの家の窓ガラスが開いていた。
おじいさんは初めて、窓越しじゃないキョウコを見ることができた。
おじいさんは嬉しくて、いつもより大きく、キョウコに声をかけた。
「おーい。元気か?」
すると、キョウコがくるっとおじいさんの顔を見た。
おじいさんは、おっ、と、喜んだ。ずっと通っていて、知らぬ間に心が通じ合ったのかも、と期待した。
すると、キョウコは、おじいさんに向かって、くちばしを動かし、こう言った。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
キョウコは、言葉を話せるインコだとこの時初めて知り、そしてその言葉に傷つけられ、おじいさんはその場を足早に立ち去った。
悲しかった。裏切られたような気持ちがした。
もうあの家の横道に行くのはやめよう……と決めたが、どうしても気になって、次の日もキョウコを見に行ってしまった。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
キョウコは、おじいさんの方を向いて、昨日と同じ言葉を繰り返した。
おじいさんは、悲しいと同時に、どうしてこんなこと言うんだろう? という疑問が浮かび、立ち去れず、キョウコを見続けた。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
と、何度も何度もくり返すキョウコ。おじいさんは、疑問の方が大きくなって、ずっとその場で見ていた。
すると、家の中から、
「うるせえ! 黙れ!」
という怒鳴り声がした。野太い男の声だった。それを合図にキョウコは、ぴたりと話すのをやめた。スイッチをオンからオフに切り替えたような正確さだった。
キョウコは、家の人から愛されていないのだと、おじいさんは気がついた。
キョウコが話す言葉はきっと、あの家で、日常的に出てくる言葉か、もしくはキョウコがいつも言われている言葉なのだ。
おじいさんは、キョウコがおじいさんだけでなく、別の通行人に対しても「死ね」「殺すぞ」「嫌い」と言っているのを見た。
キョウコは、人を見ると、この言葉を条件反射で口走ってしまうのだった。
そして、その度に嫌な目で見られたり、無視されている。キョウコに罪はないのに。それでも、自分が知っている言葉を繰り返すしか、キョウコにはできないのだった。
3
その日も、おじいさんはあの家の横道に来て、キョウコを見た。
が、キョウコはおじいさんの方を向き、口をパクパクするだけで、いつもの「死ね」「殺すぞ」「嫌い」を言わなかった。
弱ってる……のか?
おじいさんは、背伸びしてかごの中のトレーを見てみた。エサも水も入っていないように見える。おじいさんの位置からでは、はっきりとはわからなかった。
確かめたい。でも、あの「うるせえ! 黙れ!」というあの野太い声を思い出すと、行動することに躊躇してしまった。
結局、おじいさんは、その場を離れることしかできなかった。
次の日も、キョウコはおじいさんを見て、口をパクパクさせるだけ。かごの中のトレーには、エサも水も入っていないように見えた。
鳥が飲まず食わずで、どれだけ生き延びるかわからなかったが、あまり猶予がないように思えた。
おじいさんは、勇気を出して、その家のインターホンを押した。
出て来たのは、顔色の悪い中年男だった。突然の訪問者に、怪訝な目を向ける。
おじいさんは、生唾を飲み込み、言った。
「おたくで飼ってるインコ、最近元気がないんですが、もしかしたら、ごはんとか水とかが足りてないんではないのでしょうか?」
本当はもっと気持ちのままに、怒りを込めてズバッと言いたかったが、自分より20才は若い男に見下げられ、萎縮した。が、伝えることは伝えた。
すると男は、怪訝な顔をさらに怪訝に曇らせ、
「あんた、人んちのぞき見してたのか? 警察呼ぶぞ」
おじいさんは言葉を失った。予想以上の悪い反応に、絶望感すら感じた。
これ以上どうすることもできず、すごすごと家を後にした。
次の日、キョウコのことが心配で、いつもより2時間も早い明け方に、その家へ向かった。
キョウコはかごの中で立っていた。
生きていたことにホッとして、おじいさんは、キョウコ、と小さな声で呼びかける。
聞こえないのか、キョウコはじっとしたままだった。
トレーはあったが、中は変わらずカラのように見えた。でも、とにかくキョウコが生きていたことにホッとした。
すると、キョウコは、ゆっくりとおじいさんの方を向き、パクパクと口を開いては閉じた。
おじいさんは、キョウコの声を聞こうと、必死に耳を傾けた。すると微かに聞こえた。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
おじいさんは、キョウコを見つめた。そして、理解した。
キョウコは、「助けて」と言っているんだと。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
でも、この3つの言葉しか知らないから、必死にその言葉を繰り返している。いや、言おうとしているが、もうほとんど聞こえず、ただ口をぱくぱくさせているだけだった。
おじいさんは、キョウコを助けたかったが、あの家主とまた対面するのは、恐ろしかった。おじいさんはキョウコの魂の叫びを聞いているのが堪らなくなり、キョウコの前から立ち去った。
4
家に着いたおじいさんは、息子の嫁から、朝ごはんどうぞ、と声をかけられた。その優しい声に促され、食卓につく。白いごはんに、卵焼き。とうふの味噌汁からは、ゆらゆらと湯気が立ち上がっている。
おじいさんは、箸を取り、それらを口に運んだ。味はしなかった。
テレビでは、きれいな女の人が天気予報をしている。今日はこれから雨になり、気温も低くなるらしい。息子の嫁が、春物のコートじゃ寒いかしら、と言っている。息子は新聞を眺めている。孫は卵焼きを口に運んでいる。
おじいさんは、この家とキョウコの家の違いを思った。今、キョウコがあの家で、どうしているのかを思った。「死ね」「殺すぞ」「嫌い」と必死に助けを求めているキョウコの声がおじいさんの耳に再び聞こえてきた。
箸を止めて、フリーズしているおじいさんに、息子の嫁が「お義父さん?」と声をかけた。
おじいさんは我に返って、嫁の顔を見た。おじいさんは、立ち上がり、そのまま玄関を出て行った。
「待ってろ。待ってろよ。キョウコ」
そう言いながら、あの家へもう一度、向かった。向かって、自分がどうするのか、何を訴えるのか、答えを持たないまま、歩き続けた。
おじいさんは、力いっぱい、インターホンを押した。
あの、顔色の悪い中年男が出てくる。
「あのインコを、譲ってほしい」
おじいさんの口から自然と出て来たのは、至極単純な言葉だった。これが本心だったと、おじいさん自身、言ってから納得した。
中年男は、眉間にしわを寄せたかと思うと、すぐにフンと鼻で笑った。
おじいさんは、断られるのを覚悟して、どう説得しようか、などと思いを巡らせていると、男は意外にも、いいですよ、とあっさり承諾した。
そして、拍子抜けしているおじいさんに、こう付け加えた。
「20万円で、いいですよ」
ノーマルな種類のオカメインコの相場は、高くても2万円で、しかもこの家主は、知人からタダでもらったインコに20万円という高値をつけたのだった。
おじいさんは、そんなことは知らなかったが、答えはもう決まっていた。
「わかった。すぐに持ってくる」
こうして、キョウコは、おじいさんの家に来ることになったのだった。
5
おじいさんは、キョウコのために新しいかごや、エサも水もきちんと用意し、ずっとそばにいて面倒を見た。
息子には、『そんな大金払って……』と叱られたが、聞き流し、キョウコの世話を続けた。
キョウコは元気を取り戻したが、あの言葉は変わらなかった。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
おじいさんを見ても、息子、嫁、孫、誰を見ても、あいも変わらず「死ね」「殺すぞ」「嫌い」と言い続けるキョウコ。
おじいさんは、根気よく新しい言葉を教えた。
「好き」「愛してる」「ありがとう」
すると、キョウコは「好き」「愛してる」「ありがとう」と言えるようになってきた。
でも、なぜかおじいさんに対してだけは、「死ね」「殺すぞ」「嫌い」と言い続けた。
キョウコにとって、「死ね」「殺すぞ」「嫌い」は、おじいさんと出会った言葉であり、命を助けられた大切な言葉だから、おじいさんにだけは、この言葉を投げかけ続けているのかもしれない。でも真実はわからない。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」と、キョウコがおじいさんに言うのを聞くたびに、心が苦しくなっていた息子は、
「父さん、つらくないか? あんな言葉、言われ続けて」
と、おじいさんに聞いてみた。
おじいさんは、そんなこと考えてもみなかったという顔になって、
「いいや。つらいどころか、楽しくてたまらんね」
と答えた。そして不思議そうな顔をしている息子に、こう続けた。
「この子は生きてる。この家に来て、元気に生きてる。それだけで十分なんだよ」
そう言って微笑んだおじいさんの顔を見て、息子は、なんだか泣きそうになった。『大金払って……』と責めたことを、後悔した。
その夜、息子は、キョウコの動画を撮り、動画投稿サイトにアップした。
そこから、キョウコは話題になり、メディアに出るようになった。
おじいさんがいると、「死ね」「殺すぞ」「嫌い」と言ってしまうので、対応は息子夫婦が受け持つことになったのだった。おじいさんは、テレビに映るキョウコを喜んで見ていた。
携帯電話会社のCMのギャランティーは、20万を、遥かに超えていた。
6
少しして、おじいさんが突然亡くなった。心臓発作だった。
キョウコは、おじいさんの姿が見えないので、人が通ると、「好き」「愛してる」「ありがとう」とこれまで以上に鳴き続けた。『おじいさんはどこ?』と聞いているようだった。
自宅で葬儀が行われることになった。おじいさんの遺影を見つけたキョウコは、腹の底から声を上げた。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」「死ね」「殺すぞ」「嫌い」「死ね」「殺すぞ」「嫌い」………
繰り返すキョウコに、参列者たちは驚き、不快な顔をしたけれど、家族だけは泣いていた。
仏壇に飾られたおじいさんの写真を見て、キョウコは今日も繰り返す。
「死ね」「殺すぞ」「嫌い」「死ね」「殺すぞ」「嫌い」「死ね」「殺すぞ」「嫌い」
キョウコは、今日も繰り返す。愛の言葉を。
おわり
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
この物語で込めたかったことの一つに、言葉を救いたい、という思いがありました。
一般的に汚いとか、悪いとされている言葉にだって、権利があるんではないか、と。
だから、この短い物語の中だけでも、いい意味の言葉として存在させてあげたいと思いました。
読んでいただいた皆様に、そういう印象を少しだけでも持っていただけたら、嬉しいです。




