幕間Ⅱ やっぱり異世界転生は自然現象なんだね
「世界は意識によって形作られている」
はるか昔から似たような話題は尽きなかった。
でもそれはあくまで哲学の範疇だった。
1世紀前、これが理論を伴った物理として議論されるようになり、反対派も出てはいたが今日では高校生でも習う一般的な常識となっている。
でも用語や数式で教えられたとしても実感できない。
そりゃそうだ。
いくら7次元以上を証明・観測できる時代だからと言っても俺が認識できるのは3次元までだ。
だがそれ、いや、違うな。
それ以上の世界を俺は今体感している。
本来はここは死後の世界に近い場所なんだろう。
俺は死んではいないが残念ながら元居た世界とは全く別の所にいることを受け入れざるを得ない。
だって、さっきまで俺がいた場所はどんどん歪んでいくから。
歪むというよりは混ざり合って溶けて混沌ってこんな色なんだろうな、という色彩を放つようになっている。
やがて、それらは一枚の無限に広がるような布に見えなくもない。
これがさっきまで俺が住んでいた宇宙だ。
それも直感的にわかる。
俺達のいた世界って言うのはいわば果てしなく大きい絨毯のようなものだ、というかそうらしい。偉い人が言っていた。
絨毯のもこもこしている場所ってあるだろ?
あれは輪っか状の糸を半分にしてその両端を絨毯につなぎとめることによってもこもこを生み出している。
遠くから見たらただの平面だがすっごく近づくか自分がその輪っかくらいまで小さくなれば平面ではなく立体に見える。
その半分の輪っかと繋ぎとめている広い布を合わせて絨毯とするなら俺が生きていた世界はまさにそれだった。
でも中には絨毯から離れるものもある。
埃をイメージしてくれればいい。
ただ、ちょっと違うのは半分の輪っかではなく完全な輪っか、つまりは絨毯につなぎとめられていない糸をここでは「埃」と言ってみる。
このような物質は現実世界でも観測された。
グラビトンを始め、8種類の絨毯(=世界)から離脱可能な亜原子粒子が見つかったのだ。
見つかったということはその世界から消えたということ。
だって、つなぎとめられていないんだから。
ま、消えたというよりは別次元に飛ばされたと言ってもいいんだけどな。
ただ、そのへんはよく分からん。
この辺りは高校で物理の好き嫌いが分かれる分野だった。
俺は残念ながらいくつかの方程式で躓いてしまったができるやつはとことんできていたな。
ところで最初に意識について話題を出したがこの亜原子粒子と似ているのが人間の持つ「意識」だ。
100年以上前に二重スリット実験が行われてからこの世界の不確定さはもはや当然の事だった。
じゃあ不確定を決定づける要素は何か、それは俺たち一人一人が持つ意識だ。
波か極小の粒かどっちつかずのものを「お前はこれだ!」と一つの状態に固定させるのは他でもない、自分の観察だった。そして、そこには意識が伴う。
要するに世界を形作っているのは「意識」なんだ。「魂」と言い換えても良い。
脳は高度な電気信号が駆け巡る神経系の集まりだという説が大昔には存在していた。
でもそれは間違いだったんだ。
ニンゲンではないがそれなりにIQが高いいくつかの動物の脳を完全コピーとして作り上げたがどれも意識らしきものはない。オリジナルには様々な性格的な要素・経験が蓄積されていたのだが。
空っぽだったんだ。
もちろん学習によって自我を持ち出しはしたが結局はオリジナルとは挙動がまるで違う。
この辺りは流石に学習範囲外だから詳しい事が分からないが要するにとてつもなく複雑だと思われていた脳の回路自体も入れ物に過ぎない。
生命というものは結局のところ物質と呼ばれるものの集まりだという説はもはや支持されなく、物質+何かしらの精神性を伴うものが合わさって生物は存在していることが様々な観点から示唆されたのだ。
その何かしらの精神性を伴うものというのが「意識」だった。
そしてこれは特定の亜原子粒子がその際どいバランスを保ったまま存在し続けることによって形作られる。
自分はどうして自分なんだろう、あの人はどうして自分じゃないんだろう、なんてクオリアを彷彿とさせる不思議な考えにたまに無性に包まれてしまうことがあった。
それも高度に発達した科学によって近いうちに証明されるだろう。
ただ、残念ながら俺はその成果を見ることができないかもしれない。
さっきから漂っているこの場所。
光の中のような闇の中のような何とも言えない空間にいる。
見えている世界の様子が一気に様変わりしたと思ったら今はここだ。
先ほどから思考を張り巡らせているがどれだけ時間が経っただろうか。
一瞬にも思えるし永遠にも思える不思議な感覚だが身に着けていた時計は形を成していない。それどころか俺の体も今は曖昧な状況だった。
でも自分というものを知覚できる何かははっきりとある。
臨死体験の人が見た世界の話を聞いたことがあるが俺が今いる場所はそのイメージに非常に近い。
今までの話をまとめるとどうやら俺の魂は前にいた世界から分離して、でも意識としてはちゃんと形を保っているのが分かる。そして今いるこの場所は別次元の空間に思われる。
なぜなら見えていた宇宙が変な形になっていくのも分かってしまったからだ。
それが本来の宇宙の形なんだろう。
寝床から起きて、何かを食べて、出かける場所に行って~などという日常的な風景は全て絨毯の世界を意識によって解釈したもの、自分が作り出したものだったんだ。
でもそれは幻想だと思ってもいない。
俺が今まで生きてきた世界は確かに実在する。
そして、このだだっ広い布という正体も事実だ。
(なんだアレは?もしかして・・・)
なんてことを考えていると新しい布が見えてきた。
まるで俺が生きていた宇宙を離れる時の逆再生のようにそのデカい布の混ぜられた色と光は分離していき、星などを形成していった。
形勢というよりは変形だな。
そして、その中の一つの星の中に吸い込まれていきそうになる。
まるで地球のようだ。
そして、あいまいだった俺の体も形を取り戻していった。
腕も顔もはっきりしている。
瞑っていてもまぶたを通り抜けた光によって目で知覚できる色が分かる。
音が聞こえる。
匂い、なんだろう、草や水かな。
感触が分かる。
これは地面?芝生?原っぱ?
ようやく自分が寝転がっているのが分かった。
俺はさっき死んだんじゃ・・・
いや、死んでなどいない!!
変な渦に飲み込まれてそれから何もかも訳が分からなくなったんだ。
そして、ここは・・・?
目を開けてみる。
地球・・・と思いたかったが空ってこんなに赤みが強かったっけ?
気温は20度くらいか。
でも、マジか!?
月が二つある!!あれ、なんか小さいな。
色々混乱していると、
「ようやく目が覚めたの?」
知っている声がする。
俺のパートナーAIだった。
でもおかしい。
ホログラム上でしか確認できなかった彼女は確かに実体として存在している。
「何が起こっているかわからないみたいね。」
俺の混乱をよそに分かっていることを彼女なりに急に解説しだした。
「色んな物理定数はほぼ同じだけどちょっと違うわ。あ、前にいた世界と比べてって話ね。」
前にいた世界?なんのことだ?
「でも重力加速度が微妙に違う。それによって月も変な形成をしちゃったみたい。」
その話を聞きつつどうしても周りをきょろきょろと見まわしてしまった。
「あーもう!せっかく説明しているのにもう少し真剣に聞いたら?」
「私達は似た起源をもつ宇宙の中の地球に位置づけられる場所にいるようなの。」
まだ状況を理解できていない俺に続けて、
「つまりは異世界に来てしまったの!!」
意識はたとえその世界から離れても別の次元に向かい、また新たな世界にたどり着く。
そう、俺もその一人だったのだ。