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C×T  作者: フィーバー
6/7

06話:それぞれの朝

注:朝といっても、真夜中です。

 九条がシュリアを追いかけている時と同時期に、クーリッジ城上階の一室にて一人の女性が目を覚ました。朝早く、というのにはあまりにも早過ぎる起床である。やや広めの一室に設けられた窓からも、一切光が差し込んでいない真夜中なのだから。


 しかしその女性は意識してその時刻に起きたらしく、目が覚めるなり「ん〜っ」と、上半身を起こし眠気を払うようにして伸びをした。そして未だ太陽の昇っていない外を窺うようにしてカーテンを開ける。もちろん外は暗かった。

 

 窓を開けた後、徐にベッドから降りると、すぐ横に設けられたタンスへと手を伸ばす。やや緩慢な手付きで下から二段目の引出しを手前に引くと綺麗に整頓された下着が出てきた。女性は少々迷う素振りを見せるも、余り柄などには興味がないらしく一番手前に並んだものを適当に取り、ベッドへと放った。


「今は私がしっかりしなきゃね。この城を任された身なのだから……誠心誠意尽くさなければ罰が当たっちゃうもの。早く視察遠征からみんなが帰って来てくれればこんな生活も……って!? これ、布が切れてるじゃない」


 身に纏う薄いネグリジェを脱ぎつつ、ベッドに放った下着を引き寄せて脱ぎ変えながらそう呟く。一度確かめるようにして目前にそれを持っていくも、やはり下着の紐の辺りが切れていた。女性は「はぁ」と溜息交じりにそれをゴミ箱に投げ捨てると、再びタンスの前へと座り込む。そして以前街で新調した下着を奥からごそごそと取り出し「これなら」と、立ち上がった。


 起床してから早々運のないその女性は『リンジェ・フリュース・アイマレス』という名の貴族である。しかし、貴族とはいっても財政が傾いているような没落貴族であり、幼い頃の生活は貧しいものであった。


 それに外見もスリフィナール貴族伝統の金髪などではなく、やや色の落ちたクリーム色の髪。少々癖のついたその髪は背の半ば辺りで切り揃えられており、少々分けられた髪が肩ら辺でくるりと巻いていた。

 額で分けられた髪から覗かせる瞳の色は少々伝統を引き継いでいるのか、空を思わすような薄い水色をしている。顔の中央にすうっと筋の通った鼻も、色っぽく艶やかな唇も全て完璧といった風に整っており、やや強気に見せるリンジェの美貌を象っていた。


 そんな美貌をややしかませながら下着を履き終えると、今度は反対側の壁に掛けられている鎧へと手を伸ばす。少々場違いな服装ではあるが、リンジェのスリフィナール内での役職を考えれば当たり前の服装なのであった。


 『騎士隊副隊長』――それが彼女の役職及び、役目である。平和を重んじ、他国との戦争を極端に忌み嫌うスリフィナール国内であっても、それはやはりお抱えの軍くらいは所持しているのであった。

 また、騎士隊副隊長という役職には生半可な実力でなる事など到底できない。というのも、どこぞの国では身分の高い者――即ち大貴族がそういった重要な役職につき軍を纏めているらいしいが、スリフィナール内では約一名を除き一切執り行われていない。実力重視の国なのであった。

 それにいくら小国とはいえど軍には数万人を動員している。その中の選りすぐりを選んで抜擢されたのだからリンジェの実力は折り紙つき。要するに本物なのであった。


 とはいえ鎧を直に着こもうとしているリンジェの姿体はかなり細い。まるで運動なんてできませんとでもいうように。

 体を描く曲線こそ無駄な起伏を表していないが、仄かに膨らむ胸元とすらっと伸びた肢体には、どこか女性らしいさを思わす魅力といったものを感じさせた。街の看板娘をやっていても一番目立ってしまうくらいの姿体、容貌の持ち主でなのである。


 リンジェは肌に地肌にひんやりと冷たい感触を感じつつ、鎧を体に通すと長い髪を外に払った。そして、ベッドの横に灯ったランプを消し、今から仕事へ行こうとした所でふと足が止まる。何やら外から衛兵の怒鳴り声がしたからである。


「外が喧しいわね……。夜遅くというのに、まさかもう遠征が?」

 

 ガシャガシャとベッドに四つん這いになって乗り込み、開けられた窓から顔を出す。すると何やら見慣れない服装をした少年が門の衛兵につかまり騒ぎ立てている。それを傍観するように門の内側で小さな少女が腕を組み、立ちはだかっていた。


「あれって……魔術部隊のシュリアじゃない。 身分だけで成り上がった隊長さんがどちらへ? まさか十五歳にして男を連れ込んで……、という訳ではなさそうね」


 いや、確実に。と、リンジェは窓の外に顔を出しながらそう自らの予想を否定する。何せ自分の言ったのが本当なのであるならば、彼女の思い人である男性にまさか足を飛ばさないだろう。しかも土足で。

 何か少年が言葉を発した後による事であったので、原因は少年にあるのかもしれないが、それにしてもやりすぎである。挙句の果てには「四回分だっ」と、叫んで平手を少年に食らわしていたものだから少年に同情したくなった。


「まぁ……いいでしょ。多分」


 呆れかえった表情で窓から顔を引っ込めたリンジェは溜息交じりにそう呟き、ベッドから降りた。そして今度こそは、と鎧越しに腕を組んで辺りを見回す。


「忘れものといっても、城内だからいいわよね」


 暗くなった一室に向けそう呟くと、ドアの方へと足を向ける。その際、ゴミ箱から外れて床に落ちていた下着を「新しいの買わなきゃね」と、摘み上げて再びゴミ箱へと捨てた。


「行ってきま〜す」


 誰もいない暗い一室にリンジェはそう明るく言い捨てると、ドアを開け、足早に仕事へと向かっていった。




*・*・*・*・*・*・


 


色んな意味でボロボロとなってしまった九条は、ふらふらと足取りを危うくしながらもシュリアの隣を歩いていた。


「城に入らないのか?」


 何故か目の前にそびえる城内へとは足を向けず、向って右側へと進んで行ったシュリアに「こっちが家なんじゃないのか?」と、期待を裏切られたような面持でそう尋ねる。しかし、シュリアは答える気など毛頭ないといった感じで、


「何故、先ほどから馴れ馴れしいのだ。私が……私が悔しさを堪え衛兵から貴様を放してやったのに、何故帰らん」


 と、自らの疑問を荒々しくぶつけてくる。しかし九条は反発することなく至って普通の口調で、


「いや……ちょっと分からないことだらけでシュリアに尋ねるしかないというか」

「分からない事とはなんだ。私がそれを解決してくれるとでも? ……ふぁ、ふ、クチュン」


 やはりバスローブ一枚という身形では寒さを覚えるのであろう。先ほどからシュリアはくしゃみを連発しているのである。仕方がない、と九条はまるで子供の世話をするようにポケットからティッシュを取り出し「ほれっ」シュリアに投げて渡した。しかし、シュリアは「女子に暴力とはっ」と、避けてしまう。


(無駄なところで反射神経いいのな……)


 それは心だけで呟き、九条は呆れかえった表情で落ちたティッシュを拾う。そして「だから、」と、一枚引き抜いてシュリアの手元にそれを渡した。


「食べ物……ではないのか? そのペラペラな容器に入っていたようだが」

「はぁ!? まだ天然を……痛っ! そんな下から叩かれると顎がっ……分かった分かった!」


 痛いからやめてくれっ。と、半ば本気の頼みをしてシュリアを落ち着かせた九条はホッと一息、頭をガクンと項垂れさせる。そして、もう一枚ティッシュを引き抜き「こうやるんだ」と、鼻のかみ方を実演する。するとシュリアは納得したように、


「なんだ……食べ物ではないのか。私が貴様にはお……幼子に見えるのかも知れんが年は今年で十五。きちんと大人だ。鼻もこうして……」


 かめるのだ、チーン。と、可愛らしく鼻をかむ。その際、かんだ後のティッシュを投げられたものだから扱いに困った。


(従者じゃないんだから……)


 後で捨てよう。そう思いながらポケットにそれを突っ込むとあるものが手に当たる。なんだ?とポケット内で漁ってみるとそれはまさに神様からの恵み物。携帯電話であった。


(意外と早く手がかりが……)


 と、それを徐に取り出し、九条はポチポチとボタンを押して数字を入力していく。それはなんだ? と腕を掴んで覗きこんでくるシュリアを無視してそれを耳元へと宛がえた。


「ちょっとだけ待ってくれ。シュリア」

「私にはそれが食べ物としか見えないのだが……分けてはくれぬか?」

「!?」


 ガチャっ耳元で音が鳴る。九条の心も同時に跳ね上がる。「私にも少し」と、ねだって身を寄せてくるシュリアを手で押さえつつ、九条はただ耳元の電子音に集中した。



 

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