05話:踏み入れた異世界
礼:ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございます。
拙い作品ですが今後ともあまり日は置かず、早いテンポで更新していく予定ですのでよろしくです。
少女の飛び込んできたドアを九条自身、後を付けるようにして入っていくと先ほどよりも更に暗い筒型の部屋へと通じていた。
「ええっと……あのチビッ子は何処に。壁が邪魔で……、!?」
一旦見失った少女を探すようにして視線を左右に振ると、白いバスローブを危なげに着こむ小さな塊が辛うじて視界の隅に入ってくる。見えた先が上方であったので、まさか空をっ? と九条は驚いた表情で少女を見やるも、それは間違いでると瞬時分かった。目の前に薄暗いために見えにくいものの、上へと続く階段がこちらに向け開けていたからである。
「うひゃー、なんで俺はこんな所に……。夢だったら要らないシーンだなぁ、これ」
その階段が円形の部屋を巻くように上へと伸びているのを見て螺旋階段か、と頭の中で意識付ける。九条は気が向かないといった足取りで階段へと足を向け、「仕方がない」と呟き、細く設けられた手摺へと手を伸ばしていった。
「あいつ……意外と体力あんのか? なんか早いぞ」
煽る様にして見上げた先には白いバススローブと白い肌。またやってしまったといった感じで目を逸らした九条は一段目の階段に足を下ろす。その際、自らの後をついて来ていた子猫をひょいと持ち上げ抱え込む。どうやらこの子猫とは運命が共にあるらしい。至って真面目な表情でそう思った九条は半ばやけくそといった感じで乱暴に足を上げ、階段を駆け上っていった。
一定間隔で設けられた燭台に灯る炎から淡い光を受け、伸びたり縮んだりと千変する影を地面に落とし、階段を駆け上がっていくと暫らくして出口らしきドアが視界に入ってきた。
(おっと、ここら辺で……ストップだな)
先をゆく少女がドアの元に辿り着いたために、九条はやや距離を保って歩みを止める。念のため気付かれないよう先ほどから数メートルの距離を置いて少女の後をつけていたのであった。
(おいおい……そんなにドア重いのか?)
九条の立つ場所まで必死にドアを押す少女の声が聞こえてくる。錆びているのか? と目を凝らし、そのドアを眺めてみるもそれは無いようだった。なにせ木製のドアである。錆びるのならば金具もろとも、見えるくらいにはボロボロになっているだろう。
しかし何の思惑があってか、暫く待とうもその少女は「う〜っ」という声を洩らすばかりでドアを開けてすらくれない。開けてくれないというよりかは開けられないといった方が正しいのであろうか。依然少女は唸りを上げてドアを押し続けていた。
暫くの間九条は溜息交じりにそれを見守っていたものの、やがて痺れを切らしたようにして残りの階段を上り始めた。空腹が頭の中での葛藤の末、全てのものに勝ってしまったのである。
以前にも増して腹の虫が響くようになった九条は子猫をそっと地面に下ろし、ドアに悪戦苦闘する少女の元へと歩み寄っていった。
「おい、……早く開けろよ。腹が空いてたまらんじゃないか」
と、驚いたようにしてこちらを見上げてくる少女を軽くスル―して自らもドアに向けて手を翳す。
「……あれっ?」
しかしどんなに押そうもそのドアはピクリともしない。ただ感じるのは木の肌触りだけ。他は何もといった感じだった。
一度考え込むようにして手を引いた九条は依然少女を無視したまま腕を組んで頭を捻る。そして「まさかな」と呟き、試すような感じでドアノブを勢いよく引いてみた。すると、
「どわっ……」
「むっ!」
勢いよく開けることなんのって。ドアノブを力一杯に引いた九条は勢い余って背後へと倒れ込む。その際、子猫を踏んでしまわなかったのはただ運がよかっただけである。もし運が悪ければ……と嫌な想像を頭の中で巡らせてしまった。
九条は安心したように子猫に向け手を差し伸ばすも、少女に対する言葉は大層荒々しいもので、
「バカだろお前っ。一回くらい引いてみろよ……って、」
その目はなんだその目は、と何やら痛いようなものを見るようにしてこちらを見下ろす少女に言葉を投げる。何故ドアも開けられないこの少女に、見下すような視線を送られなければいけないのか、正直なところ意味不明であった。それに少女は「ドアを開けるのは得意ではない」と、偉そうに腕を組んで言ってくるものだから、
「天然狙ってんのか? そりゃ駄目だ。そんな奴、男からも女からも相手にされねーよ」
「……むっ」
「わかってるのか? チビッ子。こんな天然は今回だけにしておけ。……でも大丈夫だ。俺は許すから」
と、勢いよく嫌味を少女に向けて発してしまう。至って平然とした面持でそれを聞き流すようにしていた少女は、ピクリ。何かに反応するかのように体を強張らせた。
「……怒ったか? チビッ子」
「むっ……。二度か」
「はい?」
よく見れば少女のこめかみの辺りがひくひくと、溢れ出てくる感情を抑えるかのように引きつっていた。九条もそれには気付いているようで、「まぁそんなに怒るなよ」と、徐に立ち上がってそう言い掛ける。しかし、少女は怒りもせず泣きもせず、ただただ顔を引きつらせるだけ。恰も平然を保つかのように九条を見上げ突っ立っていた。
九条はこの場をどう切り抜けようかといった感じで、
「まぁ……チビッ子。お互いさまということでいいか?」
「三度だ……」
「ん? 許してくれないのか?」
「失笑だ。私がお前を許すとでも? 私はチビッ子ではない。シュリアという正式な名がきちんとある。チっ……チビッ子というのは何を見て出てくるのかは分からんが、きちんと名で呼んで欲しいものだ」
そりゃすまないな、と九条はやや軽く謝り「じゃあシュリア」と、仕切り直して声を掛けた。しかし、その少女――シュリアは声を掛けられたにも拘らず「むっ」と、ドアの開けた外を見て何やらぶつぶつと呟いている。
(あれ?)
返事がない事をやや不自然と感じた九条は「どうした?」と、腰を曲げシュリアの顔を覗き込むようにして声を掛ける。すると、外に視線を投げていたシュリアは素早く九条に向き直り、これ以上無いくらいにご立腹な様子で、
「夜が明けてしまうではないかっ! これでは夜食ではなく朝食だっ。いいかっ私は……私はっ、そう。お腹が減っているのだ。邪魔をしないでいただきたい。そちも、自らの場所に帰れ。そして『あやつ』に今後一切この国に近づくな、と申し伝えておけっ! 分かったか?」
分かったなら私の前から立ち去れっ、と見た目にそぐわぬ大人びた声をシュリアは一思いに張り上げ、外を指さしてそう言う。その恐ろしい剣幕にのみ込まれつつある九条は、やや困ったような面持で、
「いや……『あやつ』っていわれても、な。誰だか分からなしいし、それに」
といったところで言葉を切る。何故なら少女が外へと駆けだしてしまったからだ。九条はそれに続いて閉りつつあるドアを思いっきり開けて外へと出る。
「おいシュリアっ! 俺が飯作ってやっても……、」
瞬間、一陣の風が九条へとぶつかる様にして吹き荒れた。思わず目を瞑ってしまった九条は風が去った後、ゆっくりと翳していた手を下げて瞼を開ける。
「これは……」
瞳に映ったのは黒く大きなシルエット。そして、そちらへと駆けこんで行くシュリアの姿であった。釣られてといった感じで左右に視線を振ると広がる草原が目に入る。
全く知らない光景が当たり前の現実として目前に存在していた。
生暖かい風を頬に感じつつ、ゴクン。九条は息をのんだ。
――そう、これが初めて九条が目にした異世界の風景。また、たくさんの人との出会い、そして幾度となく身に降りかかる困難の始まりなのであった。
そして九条はそれを口にする。
「一体ここは何処なんだ?」
――と。
風は九条の背を押すかのようにしてもう一度吹き荒れた。それはまるで異世界へと九条を招いているように優しく、仄かな温かみを帯びていて何処かへと消えていく。
それに押された九条は地面を蹴りだし走り始める。全く見知らぬ土地へと。
しかし、不安はなかった。どうしてと言われても分からない。今はただただそんな気分。
そんな言葉にし難い不思議な感情が九条自身、理解はできなくも今は自然と心の中へと吹き込んでくるのであった。