01話:子猫を追いかけて
注:作品タイトル『C×T』というのは一応意味があります。
まぁ気にせず呼んでくださるのがベストかと(笑)
では、ほのぼの×シリアス異世界迷い込みファンタジーの始まりです。
今年で十七歳を迎える九条信哉は午後11時50分、街灯があまりない暗く細い道を全速力で駆け抜けていた。不自然な事に段ボールを頭に乗せて。
「はぁはぁ……っ。 早く〜青に〜なれっ。……遅いっ!」
どうせ車は来ないだろうと思い、九条は赤信号であるにも拘らず信号を無視して横断歩道を勢いよく渡る。この横断歩道の近くには交番があるのだが、視線だけをそこに送ったところ、青い制服を着こなした警官はぐっすり夢の中であるようので良しとしたのだ。
「……!? 急がないとっ……あの子猫がどっか行っちまう」
運が悪い事にあの交番にはもう一人警官がいたらいたらしい。パトロールを終え戻ってきた警官が「危ないじゃないかっ」と、年が年なだけに追いかけはせず、声だけを張り上げて注意を促すのだが、九条はそれを思いっきり無視してその場を立ち去る。
そう、たった今九条が全速力で夜道を駆け抜けている所以は、九条の呟くその子猫にあったのだった。
――時は二十分程前に遡る。至って普通の高校生活を送る九条信哉は大学受験に向け、勉強するために塾へ通っていた。通う公立高校では中間、期末テストでは共々、学年一位、二位を争う程の頭の良さを持っていたのだが、井の中の蛙になってはいけない。九条はそう思って家から近い塾へ自主的に通い始めたのであった。
週四回ほど受けている授業を今日も受けた九条は、午後11時30分ということもあって真っ暗になった夜の道を相変わらずゆったりとした足取りで自宅へと向かい帰路についていた。
家から塾までの距離は大体二キロ。この距離であればバスを使って通うことも可能であるのだが、九条はそれを敢えて使っていなかった。別段お金の事を気にしてだとか、バスに乗ると必ずしも酔ってしまう――という理由からではない。単に運動不足を嫌っての事だった。時折真面目なところを窺わせるのが九条信哉なのである。
塾が大通りにあるがために、所狭しに立ち並ぶ店々から発せられるネオンがやけに眩しい。それに季節が冬ということもあってこの開けた歩道では直接冷たい風が身に降り注いできた。
それを予め見越していた九条は塾を出た途端、いつもとは違うルートを選び大通りを左へと逸れた。
別に脇道へと逸れたからといって結局のところ、九条の入っていった道も大通りと並行して進むので帰宅時間には支障を来さない。そして何といっても風避け代わりとなる民家の塀が立ち並んでいるため寒さを凌ぐことができた。その二つの事柄を考慮した上でどちらの道を選ぶかというと、九条は一瞬たりとも迷わずにその寒さを凌げる脇道を選ぶのであった。
暫くの間、その大通りと並行して並ぶ細い道をゆったりとした歩みを刻み進んで行くと、何やら黒い塊が道先の中央に見えた。ゴミ袋かな、と思いつつ興味なさげに近寄ってみると黒い子猫のようであった。九条が近づくにつれ警戒しているのか、ぶるっと身を震わせ夜月のような瞳をこちらへ向けてきたのでそうとわかった。
「ふーん。こんな所にねぇ」
九条はあまり刺激しないように道の隅へとずれる。動物愛好家でも生命保護団体でもない九条は、至って普通に子猫を一瞥して通り過ぎようとした。しかし、ある事が頭の中で瞬時よぎる。
(冬……だし、な)
見たところ親もいなさそうだし、この寒さだ。このまま放っておけば……。九条は振り向きざまにそう思い、「はぁ」と、大きな溜息をついて子猫の元へ戻っていった。
「それにしても軽いなぁー。ちゃんと飯食ってるのか? ……っ! こらっ暴れるなっ、痛いじゃないか」
慣れない手付きで四苦八苦しながら子猫を持ち上げると、思いっきり引っかかれた。このようなシーンは漫画だけであると認識していた九条はやや驚いた様子で右手の傷跡を見る。傷が浅かったからいいものの、血が少々滲み出てきてしまった。九条は痛む右手を押さえつつ「仕方がない」そう呟いて子猫をゆっくり地面へと戻す。すると子猫は微かに温もりを感じられるのか、また再び地面に横たわり縮こまってしまった。
(どうするかなぁ、こいつ。家に持って帰っても……)
九条の住む高層マンションはペット禁止である。その約束を破って子猫を飼う手もあることにはあるのだが、母親が猫アレルギ―であった事を思い出す。
ここ辺に公園なんてものは無いし、友達に頼むのもな……。街灯の照らす夜道の途中で暫くこの子猫の扱いに困っていると、ふと名案が浮かんできた。
(ないなら造れば……確かマンションのごみ捨て場に幾つか段ボールがあったはず)
九条は子猫を見ながらサイズを確認すると素早く辺りを窺い始めた。
「目印になるものは……。まぁあの赤い屋根でいいか」
戻ってくる際、目印になるような風景を探し、暗い夜道でも目立つ赤い屋根を見つけて「よしっ」、とバックを置いた。どうせここに戻ってくるんだし、人通りもないから取られる心配もない。九条は念のため邪魔にならないような所にそれを置き、
「ちょっと待ってろよ?」
縮こまる子猫にそう呼び掛けて、段ボールを持ってくるために走りだしたのであった。
*・*・*・*・*
「赤い屋根はーっと。……意外とあるな、もう少しマシな目印を立てるべき……おっ!」
街灯の下に置かれた自身のバックを発見し子猫と遭遇したのはここであったと確信する。しかし、問題の子猫がいない。夜闇に紛れこんでしまったのだろうか、九条は段ボールを置きながらそう思いきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「んーっ。もしかしたら親が来ちまったか? でも親がいるって様子でもなかったし……ん?」
大通りと並行している道だけあって真っ直ぐに伸びるこの細い道は、先を見渡しやすかった。何処だ? と、民家の塀を見渡していると視界の左隅で黒い点が動いたのだった。急いで左へと振り向くと、ここからかなり遠くにいる子猫が街灯に照らされて浮き彫りになっていた。最初は見つけられた安心感でいっぱいであったのだが、子猫の進む先を考えると、身が強張るのが感じられた。
「ちくしょうっ! あっちは大通りに繋がる道でっ……」
この道と大通りを繋ぐ道は街灯が設けられていないために、やや暗い道となっているのである。にも拘らず大通りへと出る車がやけに多いので、塾に行く生徒達はいつもここを注意して通るのである。その事を知っている九条であるからこそ子猫の行く先の危険をいち早く察する事が出来た。
焦ったようにそう思うと、九条は段ボールをその場に置いたまま勢いよく地面を蹴り上げた。スニーカーが地面を軽快に弾く音が自身の耳にも届いてくる。
「何処だっ……あいつはっ!」
子猫が道を左に曲がって行くのは見えたのだが、何分この道は民家に挟まれているために視界が悪い。風避けのために、なんて思っていた自分が馬鹿らしく思えた。
大通りへと繋ぐ道に出るとそこはやはりまだ薄暗く、子猫がその中に溶け込むのは容易いと思えた。
『キィーっ』
素人なのであろうか、九条の右手の方から下手に響くブレーキ音が聞こえた。もしやと思って瞬時右に目をやるが、子猫が左に曲がっていくのを見ていたためにあまり驚かなかった。だが、
「あそこはっ!」
九条の左斜め前に子猫が車線を跨ぎ、よたよたと歩いているのが見えた。再び右の方から下手なブレーキ音が妙に近づいて聞こえる。九条はダッ、と駆け始めた。このままでは子猫が引かれてしまう。これが九条の頭に浮かんだ最悪のシナリオであった。
視界の隅にあの警官の姿が一瞬映ったが、九条はお構いなく車道へと足を向け子猫だけを視線で捉え、駆け寄って行った。
「……っと。お前何やってるんだ。ここは危ないんだ……ぞ、」
子猫を無事抱えて九条はホッと一息つく。子猫は今度は嫌がることなく九条の腕の中に抱かれた。
――しかし気付くのが遅かった。自らに近づいて来ている下手なブレーキ音を鳴らすあの車の事を。
「……はっ!?」
気付いた時には車との距離は数メートル。避けるにも避けきれない距離であった。九条は咄嗟に腕の中の子猫を歩道へ向けて放りだす。
「まじかよ……」
呟いた直後に『ピピッピピッ』と、腕時計が0時0分を知らせる電子音を鳴らす。そしてそれに続くかのように鳴り響くブレーキ音と悲鳴、怒号。それに混じって聞こえたのが、「ニャー」という子猫の鳴き声。死ぬのか? と実感したのもその鳴き声によってのことだった。