前編
前編と後編の二部編成です。よろしくお願いします
生きる理由を見失ったのは何時だっただろうか。
別段、家庭環境が荒んでいるのだとか、虐めを受けているという訳でもなかった。
ただ、彼にとって生きるということに意味を見いだせる程、世界は色鮮やかなものではなかったからだ。
友人との他愛もない会話も、家族との団らんも、どこか虚しいのだ。
まるで、彼と周りでは住んでいる世界が違うような、そんな違和感がした。
だから、彼――広瀬一成――は深夜の学校の屋上に立っている。
視界を遮るものは立ち入り禁止を告げるフェンスのみで、一成の他には誰もいない。
いつも窓から見えていた空はとっくに夜の帳を下ろしていた。冷たい夜風が頬を撫でる。
「よっこらしょっと……」
所々さび付いているフェンスをよじ登り、対岸の危険域へと足を踏み入れる。
目の前には一成の身を守ってくれる障害物は無く、視線を下へと向ければ、闇の奥まで続いてそうで、どこかそれに惹かれる。
「まぁ、もうどうでもいいや……」
一成の体は微塵も震えていなかった。
死への覚悟を決めている訳ではない。ただ恐怖を感じていないだけだ。
「……綺麗だな」
空を見上げてポツリと一成は呟く。
そこには、数えきれないほどの星と、一際大きく輝く満月が夜空のキャンパスを飾っていた。
「どれだけ頑張っても、星の輝きは月には勝てないんだ。それなのに星は輝いているんだろう……。俺には理解できないな」
星を眺めている内に、一成はいつか見た占いの本の一ページをふと思い出した。
「星の逆位置は失望、絶望、無気力、高望み、見損ないだっけか。笑えるくらい俺にピッタリだな」
星が内包する壮大な美しさが、儚さを孕んだ虚しさへと変換される。
色彩をぐちゃぐちゃに塗り固めた歪な絵画のように思えた。
余計なことを言うんじゃなかった……と、ぼやき、小さくため息を吐くと同時に重厚なクラシックが一成のポケットから響く。
曲名はベートーヴェンの「運命」。特に好きな曲もない一成が比較的気に入っている音楽の一つだ。
「もう、そんな時間か」
一成はポケットの中からスマホを取り出し、画面に表示されていたアラームのアイコンをオフにした。
そして、足を一歩虚空へと踏み出す。後三歩。それで全てが終わる。
――メだ!――
「ッ!?」
声が、聞こえた気がした。
しかし、周りを見渡してみても、声はあたりに響くだけで、声の主を特定するには至らない。
「気のせいか……」
一歩。今度はさっきよりもゆっくりと踏み出す。
――けない!――
今度こそ確信した。気のせいなんかじゃない。
「誰だ! どこに居る!」
一成は立ち止まり、大声を張り上げる。
今度は声の代わりに正面からからジェット機のような空気を裂くような音がする。
音源に向かって視線を送る一成。その目は驚愕に開かれた。
「早まるなああああああああああああああああ!!!」
目の前には何かを叫びながら、凄まじい早さでこちらに突撃してくる黒い物体。
「なっ……!」
当然一成は対応できず、黒い物体のタックルが直撃する。
肺にため込んでいた空気は強制的に口から漏れなく排出される。
勢いのついた一成の体はもろいフェンスを突き破り、その後数メートル転がり続けた。
「かはッ……!」
後頭部と背中がズキズキする。
「あちゃー、やっちゃった……」
一成は上下反転した視界で辛うじて突っ込んできた黒い影を確認する。
黒い影と思っていたのは、黒いローブを羽織った青年だった。
青年と呼ぶには若干幼い感じもするが、少年と呼ぶには少し違う感じだ。
「はろはろー生きてるー?」
「あぁ。おかげさまで」
心底嫌そうな顔を作って一成はゆっくり立ち上がる。
少しふらつくが、体の動きに支障は無い。
「それはよかった。いやーごめんね。いかにも君が自殺しそうな感じだったからつい突撃しちゃった☆」
「てへぺろして許される物でもないんだが……。というかアンタは何者だ? まさか空から降ってきた天使か悪魔とかか?」
「いやいや僕は彼らみたいな偉い役職じゃないから。そうだな……僕はリーパー。ただの新人死神とでも名乗っておこうか」
「死神……だと……?」
呆れ顔の一成は、目の前のうさんくさそうな自称死神を見つめる。
童顔低身長が相まってとてもじゃないが死神に見えなかった。
「死神ってデカい鎌を使って、生きている人間を理不尽に殺すんだろ? 悪いけど、アンタはそういう恐ろしい存在には見えないんだが」
こんな奴に自殺を阻止された己を自嘲気味に笑いながら一成はリーパーに問いかける。
「やっぱり現世の人って僕らにそんなイメージを持ってるんだね。まぁそれは置いといて、君の疑問だけど、半分正解で半分間違いかな。確かに僕達は鎌を使って人間の体から魂を引き剥がす仕事をしてる。こんな風にね」
そう言うと、リーパーの手にはいつの間にか白銀に光る鎌が握られていた。
明らかにリーパーの身長を上回る大きさの鎌は、魂をも切り裂けそうな雰囲気を纏っている。
「でも魂を引き剥がすのは死期が近い人間だけだよ。それ以外に使ったら重罪だからね。そうして、引き剥がした魂をあの世の裁判所に連れて行くのが僕達死神の役目なんだ」
「へぇ……それで、その死神が俺に何の用なんだ? 俺が死ぬ前に魂を取りに来たのか?」
「いや。君の自殺を止めたのは、そのなんて言うか……僕の自己満足的な感じかな」
そう呟いたリーパーの目はどこか哀愁が漂っていた。
無論、そんなことは一成には関係ない。
「アンタの自己満足ならほっといてくれよ。俺はもう生きるのに疲れたんだ」
「まぁまぁそう言わずにさ。命の恩人の頼みくらい聞いてくれよ。夜明けまでには終わるからさ」
手を合わせてリーパーは一成に頼み込む。
元よりこんな問答に一成は付き合う気など無かった。
「お断りだ」
そう言い切るか切らないかというところで一成はリーパーの横を駆け抜け、屋上からダイブしようとする。
「ちょっ! ストップ!」
かなり焦った様子でリーパーは一成に追いついてその体を羽交い締めにする。
「放せ! おとなしく死なせろよ!」
「それは……できない! だって僕の頼みを聞いてもらえないから!」
なんとか一成をフェンスの内側に引き戻したリーパーは荒い息を吐く。
一成も半ば呆れつつ、両手を挙げて腰を下ろした。抵抗の意思が無いことの現れだ。
「分かったよ。それで、頼みって何だ」
諦めてリーパーの頼みを了承する一成を見て、リーパーは嬉しそうに喋り始めた。
「えっとね、今夜僕と仕事をする人が急用で来れなくなっちゃったんだ。だから君に今夜だけ僕の仕事を手伝ってほしいんだよねー」
有無を言わせずにリーパーは一成の手を掴む。
そしてさっき穴が開いたフェンスを走り抜けて、一気に跳躍した。
飛び込んだ先には当然二本の足で踏みつける物は無い。
「は?」
もう呆れ声しか出なかった。
先ほど一成が実行しようとしていた行為をあっさりとやってのけたのだ。
空中に浮かぶ体は万有引力の法則に従い、落下……しなかった。
「う、浮いてる……?」
見下ろしている形の視線は、先ほど見ていた景色より高度が高い。
水中で息が出来るような浮遊感は一成に驚きを与えると同時に一種の恐怖を抱かせた。
「っていうか、なんで浮いてるんだ……?」
ふと、屋上の床に視線が移る。
「な、何だコレ……!」
白目をむいているが、見覚えのある人物が固い床の上に倒れていた。
「お、俺がもう一人居る!」
「厳密に言うとそこに倒れているのが君の肉体で、今喋っているのは君の魂なんだけどね。その証拠に君たちの腰には細い糸が繋がれているだろう?」
腰回りを触ったりしていると、確かに釣り糸の様な細い糸が二人の一成の体から伸びているのが分かる。
絹のような、ワイヤーのような不思議な感触が手のひらを撫でる。
「それが肉体と魂を繋ぐ精神の糸。さっきも言ったけど、僕たち死神はその糸を断ち切って魂をあの世に持って行くんだ」
「つまり、これが千切れれば死ねるんだな……!」
手に掴んだ糸を強引に引きちぎろうとする一成だが、頑丈というレベルを遙かに超えていた糸は一向に変化はない。
「だからコレが無いと切れないんだってば」
これ見よがしに鎌を取り出したリーパーと悔しそうな表情の一成は対照的だった。
「それは分かったけど、なんで幽体離脱してるんだ俺?」
一成がまっとうな質問を投げかける。
するとリーパーはばつが悪そうな顔をして小さな声で嘯く。
「そ、それはその……僕がさっき君にタックルして強く頭を打った衝撃でそうなったと言いますか……」
「アンタのせいかよ!?」
思わず一成はツッコミを入れてしまう。
さっきまで死のうと思っていた人間とは思えないほどのノリだった。
「と、とにかくもう行くからね! 時間だって割と押しているんだから!」
空中に留まり続けている二人は速度と音を少しずつ強めながら水平に移動する。
感覚としては、目に見えないスクリューで虚空の海を駆けているようなソレに近い。
一成はこの不思議な感覚に戸惑ったのだが、それよりも気になっていることがあった。
「…………」
踏切の前でセーラー服の少女がじっとこちらを見上げていたのだ。
見た感じ同い年ぐらいだろうか、セミロングの髪は風に靡いていて、どこか儚げな感じがした。
(見られてる……?)
そう逡巡しているうちに、いつの間にか見慣れた町並みは見えなくなり、知らない景色が広がってくる。
それでも、一成の頭には先ほどの少女の姿が目に焼き付いていた。
「そういえば君の名前を聞いていなかったね。なんて言うの?」
唐突にリーパーは一成に尋ねる。
あまりにも突発的な事態過ぎて名乗ることを一成自身も今の今まで忘れていたので改めて自己紹介した。
「言ってなかったな。俺は広瀬一成。よろしく」
「一成君ね、分かった。それで、なんで一成君は自殺しようと思ったの? イジメ?」
いきなり一成の核心をリーパーは突いてくる。
その一言だけで地面に墜落できそうな威力だ。
「すごく返答に困る質問をするな……。その、俺が死にたい理由は特に無い。ただ、死にたいだけだ」
「それだけ?」
「それだけ」
あっさりした声で一成は肯定する。
リーパーはうつむいて一成には聞こえないほどの小さな声でポツリと呟く。
「……そっか。君もそうなんだね」
その声は空を裂く轟音で一成には届かない。
「何か言ったか?」
「ううん。何も言ってないよ。ホラ、もうじき目的地だ」
体感時間としては十分ほどだろうか、着いた先はかなり大きめな総合病院だった。
看板を注視してみると、その総合病院は二つ隣の県の物だった。
「随分遠くまで来たな……」
「僕は君の居たあたりからこの辺までが担当だけど、もっとすごい人になると、一人の為に何千キロも往復するんだよねー。偉くなりたくない……」
「マジかよ……」
一成が死神業界って意外にブラックなんだな。いや、死神だからそうか。と考えている間に、リーパーは手に黒い物体を持ちながら、それに記載されている文章を頭にたたき込んでいた。
「えーと、ここにいるのは竹之下正三さん。おおすごい、百二歳の大往生か……」
というか、一成にはとても見覚えのある物だった。
「なぁ、それってスマホか?」
「そうだよ。二ヶ月前に買い換えたばっかりのアッポー社の最新モデル。写真が綺麗に撮れるから便利なんだ」
誇らしげにリーパーはスマホを見せてくる。裏面にはどこかで見たことのあるようなないようなマークが刻まれていた。
「いやそうじゃなくて! 何で死神がスマホ持ってるんだよ!?」
しかもリーパーが持っているのは、明らかに世界で出回っているスマホよりも薄くて、軽そうな品物だった。
「十六年ぐらい前だったかな……あの世で一人の死者が作った会社が出来て、急速に普及したんだ。あ、でもあの世というか、死神や死者に流れる時間は現世の時間と違うから、現世で言うと大体五年前かな?」
五年前と言うと、世界でも有名な企業家が亡くなったぐらいの年代だ。
「なるほど……大体察したよ。そうだ、連絡先とかって交換できる? 交換しとけば俺が死んでもリーパーを呼べるだろ?」
一成はポケットからスマホを取り出す。
しかし、リーパーは苦笑いで首を横に振る。
「多分出来ないし、出来たとしても死神が生きている人間と関わりを持つのはあんまり推奨されてないんだ。情が移って仕事しにくくなるって言う理由でね」
その発言に一成は少しだけムッとする。
「じゃあ話を蒸し返すようで悪いけど、なんで推奨されていないことをしてまで俺の自殺を止めたんだ? 自己満足でそんなことをしてもデメリットしかないだろ?」
その発言は明らかにリーパーの顔色を変えた。
明らかに動揺の色が浮かんでいる。
「……自己満足は自己満足さ。それよりも早く行くよ」
無理矢理話を打ち切ってリーパーは一成に背を向ける。
はぐらかされたような感じがした。
リーパーが言うには、今回の目的の竹之下正三が居る病室は八階の窓際だった。
窓が開いていたのでリーパーと一成はそこから竹之下の病室へと足を踏み入れる。
すでに消灯済みの一人用の病室は、広さの割に、テレビとベッドと心電図しか置かれていない簡素な作りだった。
「どこか寂しい所だな」
一成は独り言を零す。
調度品も白一色で統一された部屋はどこか無機質だった。
そして、ベッドに横たわっているのは、柔和な印象を受ける一人の老人。
きっとこの人が竹之下正三なのだろうと一成は思った。
腕には何本もの点滴が繋がれており、『生きている』というよりは『生かされている』風に見える。
「虫の知らせというものかの? 近々お迎えが来るような気がしたが、当たっていたようだ」
なんと、竹之下はしっかりと二人を見つめ、穏やかに語り出したのだ。
「おいリーパー! こう言うのって霊感が強い人しか見えないとかそんな感じじゃないのか?」
「死期が近い人とか小さな子供には見える物なんだよ。だって見えないと仕事し辛いじゃない」
「た、確かに……」
「おやおや、そちらの人は新人さんかの?」
納得する一成を竹之下は微笑ましそうな視線を向ける。
「いえ、彼はいわば見学者ですよ。それよりも竹之下正三さんで間違いないですね?」
先ほどのリーパーからは似ても似つかないような事務的な口調でリーパーは竹之下に問いかける。
竹之下も無言で首を縦に振る。
「親族の方に遺書および遺言はもう伝えましたか?」
「遺書は書き終わりましてな。ほらここに」
竹之下は机の上に置いてあった封筒を指さす。
それが一成には不思議なように思えた。
(なんでこの人はこんなにあっさりしているんだ?)
「それでは今から魂を肉体から離します。目を閉じてください」
竹之下は言われるがまま静かに目を閉じる。
すると、竹之下の体上からもう一人の竹之下が浮かび上がる。
今の一成と同じように、腰には精神の糸が繋がれていた。
それを確認したリーパーは先ほど一成に見せた銀色に光る鎌を取り出し、精神の糸目がけて鎌を振るう。
音もなく精神の糸は切れ、心電図の異常音が病室に響き渡る。
じきに医者や看護師が駆けつけるのだろうが、きっと無意味なのだろう。
「終わりました。あと少ししたらに担当の者が来ると思うのでその人の指示に従ってください」
「ありがとうございます。これで儂も友の元へ旅立てるというものです……」
浮遊した状態で竹之下は二人にお辞儀をする。
その真下では必死に心臓マッサージや電気ショックを試みる医師達の姿があり、一成はなんとも言えない気分になる。
「一成君。僕は竹之下さんの担当の人との打ち合わせがあるから少し席を外すね」
そう言ってリーパーはスマホ片手に窓から外に飛び出す。
丁度、医師達が蘇生を諦め、死亡時刻を告げている時だった。
窓から吹き込んでくる風がひどく冷たい。
「お若いのよ。何か悩みがあるのかい?」
なんとも言えない気持ちが表情に表れていたのか、竹之下は一成にそう問いかける。
「いや、その……大した悩みって訳でもないんですけど……」
「構わんよ。文字通り冥土の土産にするからの!」
自分で言ったことがツボにはまったのだろうか大爆笑しながら竹之下は言った。
そこまで言われたら話さない訳にもいかない。
「その、竹之下さんは長い人生を、何のために生きてきたんですか? 俺にはそれが分からなくて……」
正直に気持ちを漏らした一成を見て、竹之下は真面目な面持ちに戻った。そして厳かに、懺悔するようにゆっくりと語り始める。
「儂は人を何十人と殺してきた」
「えっ?」
突然の告白に一成の目は大きく開く。
人の良さそうな老人が人殺しをするはずがないと思ったからだ。
「といっても、今から八十年も前、戦争の時でな。あの時は生きることに必死だった。何しろ生きることに意味など求めようものならたちまち弾丸に撃ち抜かれる、生き地獄じゃった。さっきまで隣にいた戦友が一秒後には死体となり果てる世界を儂は一人生き残った。いや、生き残ってしまったという方が正しいかもしれん」
一呼吸置いて、竹之下は再び語る。
その目は先ほど大爆笑していた優しそうな老人の目ではなく、濁った血のような目だった。
「戦争が終わり、日本に帰った後、儂の人生はただただ償うためのものだった。あの時儂も一緒に死んでいれば……そう思わない日は一日もなかったよ。結婚して子供が生まれた時も、儂一人が幸せになっていいのかと何度も悩んだ。その果てに、生きることに疲れ果ててしまったんじゃよ」
「でも、竹之下さんはこうやって天寿を全うしたじゃないですか。生きることに疲れたのならどうして、その、自殺、しようと考えなかったんですか?」
「正直何度も考えたし、一度だけ実行しようとしたよ。でもの、その度に頭によぎるのは戦友の顔と殺してしまった相手国の兵士の顔だった。彼らは私に生きろと何度も言ってくるんだ。その時点で儂の人生は儂だけの物じゃないと思い知らされたよ」
「人生は自分だけの物じゃない……ですか?」
今まで考えてこなかった意見は一成にとって新鮮そのものだった。
「人生において選択するのは自分自身じゃ。だが、すべての選択が自分の為にある訳では無くての、誰かの為に苦しい選択するときもあるということじゃよ。儂の場合はそれが誰かの為に最期まで生きるという選択をした訳だが、お前さんはどうかの?」
「それは……まだ分かりません。俺が自分で何がしたいのか、何のために生きるのか答えが出なくて……」
事実、竹之下の話を真剣に受け止めても一成の心には、生きるということに意味があるのかということに結論が出なかった。
あくまで竹之下の言ったことは竹之下の経験上そうなっただけで、一度も人なんて殺したことなんて無い一成には、誰かの為に生きるということがいまいちピンとこなかった。
「まぁそこまで落ち込みなさんな。お前さんの人生はまだまだこれからじゃ。そんなお前さんの為に人生の先輩が一つ助言しておこう」
そう言った竹之下の目はもう濁ってなどいなかった。
「人生にはどちらを選んでも後悔する選択が必ず来る。そんな時はの、自分がしたいと思った選択をしなさい。それは必ずお前さんの為になるからの」
竹之下がその言葉を言い切ったと同時に、リーパーが窓から病室に入ってくる。
「すいません。思ったより打ち合わせがゴタゴタしてまして遅れてしまいました。では、ご冥福をお祈りします竹之下さん」
「こちらこそありがとうございました。また会う機会があれば……」
「はい。ではまたの機会があれば。ほら一成君行くよ」
手を振って見送ってくれた竹之下を尻目に二人は再び窓から跳躍する。
依然夜は更けたままだ。
「なぁ。戦争で人を殺した人ってどうなるんだ? 地獄へ落ちるのか?」
空を駆けながら、先ほどの竹之下の告白が気になった一成はリーパーに聞いてみる。
リーパーも少し考える仕草をして
「僕はそこんとこは専門外だけど、基本的には叙情酌量の余地ありでその後の人生次第で行き先が変わるって感じだったかな」
「そっか。それなら俺が死んでも大丈夫だな」
一成は一人安堵の息を漏らした。
リーパーはそんな一成を見て少し笑う。
だけど、その笑顔は無理をしているのか、ぎこちない。
「何かあった感じかな? でも、休んでいる暇はないよ。今夜は後二件残っているんだから巻いていくよ!」
その後は宣言通り二人の人物の魂を体から分離させた。
リーパーが打ち会わせの為に席を外す度に一成は竹之下に聞いた質問を聞き続けた。
そうして聞いた意見は自分なら考えもしないものばかりだった。
それでも、一成の中にある虚しさや生きることに対する疑問が解消されることはなかった。
むしろ、生きていてもいつかはこうやって終わるという虚しさが加速していった気さえしてくる。
そうして答えが出ないまま、夜明けが近づいていた。
後編は今日の20時頃に上げます