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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十四章 厄災の母体
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不明瞭な脅し文句

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 なんと次で記念すべき100部ということで、まだ完結していないところに驚きつつももう少しだけこのお話は続きます。完結せずにさようならということはないので、自分でもちょっと自信がついてきております!

 次回の更新は今週金曜日5月3日20時となっております! 令和でお会いしましょう!


・ミラー家 アルベルト居室



 ケイティとミラらが計画を企てた30分後、アルベルトの居室が不気味に音を立てて開かれる。アルベルトは、それがケイティの決意を決めた音であると勝手に解釈し、「どうやら覚悟を決めたんだな」と扉の方を向く。


 すると、そこに現れたミラの顔に目が留まり、驚愕の表情で緊迫した状況を咀嚼する。


「グルベルトの……ミラ院長、これはどういう冗談だ?」


 アルベルトの言葉は、状況を端的に表していた。

 それは、ケイティに銃を突きつけるミラと、それに手を引かれるルネだった。なかなかにカオスな状況であるが、急ごしらえにしてはまともに見えなくもない状況に、アルベルトはすっかり動揺していた。


 それを聞いた瞬間、ミラは笑いながら銃を天井に向けていう。


「ジョークですよ、アルベルト様。これはただのオモチャです」

「……私は公共の場でのジョークは好かないんだがな」

「私もです。それならば、方舟を起爆するなんて世迷い言……言えないのでは?」

 ミラは相変わらず冷たい笑みを浮かべながらアルベルトを睨みつける。

 一方、アルベルトはこの言葉を聞き、そこに込められた多くの情報を悟る。



 それは、かなりの直近の情報をミラが伝わっているということを示しているのだ。そして、ケイティがそれをミラに伝える理由はない。アルベルトはミラとケイティの関係については知らないため、その空白に十分な仮説を渡すことはできない。

 妥当なラインの仮説であれば「ミラがなんらかの疑念を持ち、ケイティを脅した」と取ってしまうだろう。そして、それはミラの考えるテンプレートにハマるものであった。


「……どうして、それを!?」

「オモチャの銃を見れば、答えは自ずと見えてくるでしょうね?」

 ミラの言葉の意図は、アルベルトにすぐに理解する。それは、「明確な敵意」であり、率直に脅しにつなげるニュアンスを持っていた。

 そして、それが十分に伝わったと踏んだミラは更に言及を強める。


「経営者としての判断は殊勝ですが……、グルベルト孤児院及び、“天獄”として見れば、その決断は見過ごすことはできませんね」

「その口ぶりだと、殆ど知っているんだな?」

「えぇ。魔天コミュニティがチョロチョロし始めた時点で想定はしていましたが、まさか25年前の残滓がここまで厄介な動きをするとは考えていませんでした。少なくとも、貴方の行動に合わせて動こうとは思っていましたが……、全くもって期待はずれです。ですから、“圧力”をかけに来たんですよ」

「圧力、だと? 思い上がりも甚だしい。今まで目にかけてきたのはこちらの利害関係もあってだ。大体、この街の経済を掌握しているのは私たちだ。いいか? コマは所詮貴様だ」


 アルベルトは怒りに身を任せるように吐き捨てる。

 確かに、今までの立場はアルベルトのほうがはるかに上である。しかし、これを聞いてミラは、口が裂けんほど笑い方で作り笑いをして、「思い上がっているのは貴方の方ですよ」と告げる。


「……確かに、この市場原理主義の社会において、市場そのものを管理する貴方の力は極めて大きい。加えて、ルイーザ政府にすら浸透したミラー家の力も、です。ですが、我々にはそれ以上に、理不尽なる力を持つ。それを、分かった上で“口答え”をするんですね?」

「どういうことだ……?」

「“エノクδ”、名前程度は聞いたことはあるのでは?」


 その名前を危機、アルベルトは露骨に顔を歪める。


「……だからどうした?」

「強がりは結構です。一つ、お聞きしたい。エノクδは現在、どこにいると思いますか?」

「ハッタリは聞かんぞ。エノクδはあの事件後、行方を完全にくらませたはずだ」

「話をたどればわかるはずです。エノクδはあの事件後、謎の力を持つ少年とともに、旧国境区に幽閉された……。その少年は、どうしてエノクδという強大な力をコントロールすることができたのか。この状況を少し考えればわかるはずですよ」


 ミラは、そう言いながら、普段からしている革手袋を外しながら、自らの腕に刻まれた悍ましい模様をアルベルトに見せつけながら、ルネの肩を抱くように言う。


 勿論これは、ルネがエノクδであることを示唆する演出なのだが、ルネは手持ち無沙汰のように死んだ表情でミラに凭れる。


 一方、ミラの右腕にぎっしりと刻まれたその模様を見て、アルベルトとケイティは二人して驚愕する。

 それは今まで見たことがないほど禍々しいものだった。なんとも形容し難いその模様は、不気味に蠢いているようにも見え、今にも質感を帯びて浮かび上がってきそうだった。まるで、それを見ているだけで模様に食われてしまいそうだった。

 正体は不明であるが、その刻印が、エノクδとしての力を制御するに一役買っているのはほぼ確実である。しかし、これについてミラは言及することなく、途方もない調子で逡巡するアルベルトの顔を一瞥する。


「……まさか、貴様が、エノクδとともに隔離された少年だと!?」

「解釈は任せます。ですが、今私が貴方に投げた問いかけはそうではありません。私が、この力を使って、エノクδの力を自在に行使できる、という点でしょう」

「エノクδの力を使って、この街を滅ぼすというのか?」

「そんな馬鹿なことはしませんよ。アルベルト様、私の目的は唯一つです。私は、いえ私たちは“この街で商売をしたい”だけ……それだけです」


 ミラの意見は、アルベルトに対して一気にプレッシャーを与えるものだった。なぜなら、この言葉は「従わなければ殺す」と婉曲的に言っていることに等しいのである。そしてそれはアルベルトも理解しており、嘘とは到底思えぬミラの力にただただ畏怖するばかりだった。


 しかし、そこはある程度場数を踏んだ経営者である。ミラの言葉に惑わされることなく、冷静にカマをかけていく。


「つまり、俺たちを殺すのか? できるのか?」

「それは私にとっても不本意ではありません。最終的には、殺しても構わない、私はそう思っているのです。ですが、グルベルト孤児院にとっても、ミラー家はとても有益です。できることなら、貴方と友好的な関係でいたいのです」

「……ストレートに要求を言え」

「理解が早くて助かります。ストレートに言えば、魔天コミュニティ相手の交渉を私に任せてほしい」

「なんだと!?」

「言葉通りです。我々であれば、魔天コミュニティすらも跪かせる事ができる、そう言っているのですよ。アルベルト様?」


 この要求に、アルベルトは驚愕させられる。

 それは、アルベルトにとって沽券に関わる問題でもあり、グルベルト孤児院、ひいては天獄に完全服従したことを周知させることになる。それは、ミラー家にとってはマイナスの行動であり、たとえ生き残れたとしても、その後のトラブルにおいて厄介なものになることは間違いない。


 しかし、今この時点で、アルベルトはミラの一存で生存している。相手に逆らい、勝利することはまず不可能であろう。それほどに、ミラの腕の模様はおぞましいものだった。


「従わなければ?」

「……残念ですが、ステークホルダーとしての契約を打ち切らせてもらいます。意味はお分かりでしょう?」

「こちらに選択権はない、そう言いたいのか?」

「勿論です。方舟を爆発させるという選択肢は、万に一つもあってはいけません。それを止めていただければ、私は満足です」

「貴様……、最初から、この期を狙っていたのか?」

「残念ですが、そこまで器用ではないですよ。ただ、25年前の事件と絡んでコミュニティでも厄介事が起きたので、こちらも動こうという算段です。ただし、グルベルト孤児院は天獄とも密接な連携にありますから、その流れというのもあります。流石に、経済制裁まがいのことまでしてくるとは想定していませんでしたがね……。それでも、私はまだ良心的な方ですよ。天獄は、魔天の中でも厄介な連中の集まりと言っていい。貴方の首と胴体が離れていないだけ、マシな結果であると思いますね。さて……取引の時間です。魔天コミュニティとの取引に、私を使っていただけますか?」


 最終的に、そう訪ねてきたミラに対して、アルベルトの答えはほぼ一つしか許されない。

 アルベルトには、ミラの行動はまさしくそう映ったであろう。そして、アルベルトは状況をよく理解している。その前提を持って、アルベルトは首を縦に振る。


「……パールマン相手に、勝てると言うのか?」

「私が前線に出れば、心配はいりません」

「その根拠は? 何も知らずに戦地に赴くほど愚かではないだろう?」

「それはこちらで講じること……、貴方はただ、傀儡であればいいのですよ」

「貴様……それで納得できると……」


 アルベルトが更に言及を強めようとした時だった。

 それを遮るように、ミラの右腕の模様が不気味に動き始める。そして、ミラは凄まじい形相で高笑いをしながら、「どうやら立場がわかっていないようですね」と口火を切る。

 対して、横にいるルネは、妙に楽しげなミラに呆れた調子で瞳を閉じて狸寝入りを決め込む。



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