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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十四章 厄災の母体
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弔いの折衷

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 今回もかなりの趣味回なのですが、これは偶数側で撒いてきたキャラクターの伏線を回収しています。長すぎて私もどんな伏線だったかを忘れ、確認作業がとても大変でした。

 次回の更新は12日金曜日20時となっています! 次回もよろしくおねがいします!


 ミラとルネは、その後、沢山の仏花を車に押し込んで舗装されているのかわからない山道を車で走っていた。

 勿論、山道は大きく車を軋ませ、後部座席いっぱいに広がる仏花の花びらを少しだけ散らしてしまう。それを見てルネは、少しだけ言葉を荒げてミラにいう。


「ちょっと、あんまり揺らさないでよ。花が散っちゃう」

「無茶言うな。このクソ道で散らさずに進めたらラリーで優勝だ。お前がしっかりと掴んどけ」

「えぇ~? 大体毎年この道走ってるんだから舗装しとけよ……」

「ならこの公共財をてめぇで買い占めろ」

「請求書はグルベルト孤児院にしとくね」

「損害賠償を天獄に突きつけてやるからな」


 相変わらずのやり取りをした後、ルネは若干草臥れた調子の仏花の一輪を手に取り、いつもよりも少し早い「墓参り」の話を口にする。


「……少し、早いよね。今年は」

「あぁ、しかしお前は律儀だな。毎年必ず欠かさずに、墓参りだなんてね」

「僕は君みたいに、心が強くないから。せめて、こうやってあげることしかできない」

「こんなことをしなくてもお前は忘れないさ。あの事件の犠牲者は、何人だっけ?」


 ミラの問いかけに対して、ルネは即座に「32人だよ」と答える。


「ステファン・ロビンソンさん、ジョン・デュルケムさん、他の人の名前も忘れられないさ」

「素晴らしい心がけだ。葬式っていうのはそういうもんだ。こういう死者への想いを語るものは、生者のために存在する。死ぬ者は一方的だ。戻ることはない。だからこそ、残る生者が死者との折衷をつける。そういうのが、こういうもんだ」

「……それは、僕にも適用するの?」

「あぁ、お前だって被害者だ。なぁルネ、俺はどんな奴よりも性格が悪い。だからな、お前が何をしようが、”何人殺していようが”、そんなことはどうでもいい。お前の犯した罪なんて、俺にとってそこら辺の石ころよりも軽い。だから、俺は常にお前のことを肯定し続ける。お前はその悩みを持ち続けていろ。それが、32人の無残な被害者を弔う唯一の仏花だと知っているからな」


 かなり賛否の分かれそうな発言をしながら、ミラは開けた広場の入り口に車を止め、後部座席に押し込まれた大きな仏花を抱え、ゆっくりと広場の最奥にある慰霊碑に向かい始める。

 それに続いて、ルネは浮かない顔をしながらも、ミラの抱えている仏花を補助するように支え、いち早くその慰霊碑の前に、花を飾り付ける。まるでそれは、何かを祝福するように可憐と、そして整然としていた。



 そして、慰霊碑に書かれた32人の名前を一人ひとり読み上げる。

 名前はすべて、慰霊碑に書かれているのだが、ルネはこれを目を瞑ったまま読み上げる。この慰霊碑に刻まれた被害者の名前をすべて覚えているのだ。

 名前だけではない。その人がなくなった年齢から、どのような人生があったのか、職業までもすべて記憶している。


 この慰霊碑は、過去この旧国境区周辺で起きた「大量殺害事件」の犠牲者を偲ぶ目的で作られたものである。


 この事件は、魔天コミュニティが投棄したエノクδを回収した、旧リラのリユニオンから起きた事件である。リユニオンは魔天研究の源泉とも言われる「サイライ」が解体された後、それを母体として作られた研究機関であり、旧リラと旧ザイフシェフトが共同して魔天の研究を行っていた場所である。


 リユニオンは、回収されたエノクδに様々な人体実験を施した。最初は「劇物を体内に投与する」、「四肢を切断し再生力を確認する」などの、エノクにとっては然程大きなことではない実験ばかりであったが、後半になるにつれ、遺伝子レベルでの人体実験が行われるようになり、この事件は引き起こされた。


 リユニオンはなんとかして莫大な力を保有するエノクδを支配下に置こうと、遺伝子レベルでの改変を試みる。それは、魔天エネルギーが細胞により出現するため、十分に発育したエノクの遺伝子に何らかの加工を施しても、影響は少ないのではないかというアプローチをもとに行われたものである。


 このとき、最初に行われたのは「脳に対しての器質的な解剖」である。しかしこれはすぐに頓挫することになる。なぜなら、通常の開頭手術の要領で脳が確認され、メスも入れられたのだが、脳の強烈な恒常性により、ほとんど手を加えることができなかった。

 その後、すぐに遺伝子そのものに働きかけるアプローチにシフトしていき、ついにそれが実行されてしまった。

 予定通り、エノクδの肉体には最も模範的なヒトゲノムが取り込まれ、その経過観察をしていた最中、この事件は始まった。


 ヒトゲノムを取り込んだエノクδは、大きく拒絶反応を起こして、その防衛として分身体の形成をし始める。このとき、エノクδは初めて人間に対して攻撃を始める。そこで誕生したのが、「ルベド」、「ニグレド」、「アルベド」という3つの分身だった。

 3体の分身は、話すことのできないエノクδ本体の代わりに、母体を守るために独立した行動をするようになった。


 だが、この3体の分身が曲者だった。というのも、本体の意思に逆らって行動してしまう節があり、本体が望まない殺人までも犯してしまうようになったのだ。それをコントロールするのに精一杯になった母体は、とりあえず人間と取引をするために「自らの身を保障すること」を条件としてこの紛争じみた虐殺をやめることを、分身経由で持ちかけたのだが、これがだめだった。


 これに対して猛反発したのは分身側であり、分身はかなり苛立ちを溜めた調子で人間にこの取引を持ちかけることになる。

 最悪だったのは、人間側も人間側で一歩も引かず、完全な戦争をするための軍事力を備えて攻撃してきたことだった。

 この人間側の対処により、エノクδの分身は本気で人間側を屠り始め、それにより多くの死人が出てしまった。


 その後、甚大な被害を出した人間側は渋々エノクδ側の意見に同意し、旧国境区にエノクδの衣食住を保障するログハウスが作成され、なんとかこの事件は収束することとなった。


 それが、エノクδの母体こと「ルネ」に起きたトラブルであり、未だにルネのことを蝕み続けている。

 ルネがリユニオンにされたことも極めて非人道的かつ残忍なものであるが、多くの人間の命を奪ったことは、ルネの心に大きな傷を残し、毎年この慰霊碑の前で祈りを捧げることは通例となっていた。


 ルネが、この事件のことを「自分の責任である」と考え、真摯に祈りを捧げる一方で、ミラはそのことに対して「責任を負いすぎている」と感じていた。


 正直なところ、ミラにとってこの事件は、「仕方がないこと」なのである。

 リユニオンがルネに行ったことは、劇物投与や脳への生理的な解剖行為など、明らかに人間的とは言えない行為である。そして、それらの行動がもし、過去のサイライ事件でもなされていたのならば、ルネの分身たちがしたことは必要悪だったと解釈しても、拡大解釈であるとは言えないだろう。

 こんなこと下らない、そこまでは言わないが、ルネが気を病むのは見ていてこっちが辛くなる。それを体現するように、一頻り祈りを捧げたルネに対して、先に進むことを提案する。


「祈りは終わったか?」

「……うん」

「それじゃあ、リユニオンの跡地に向かおうか。今は一刻を争うしな」

「そうだね、もう少しとは思ったけど、本来の目的を見失っちゃ意味がないもんね」


 ルネは名残惜しそうにそういうと、いち早く車の前にまで移動し、ゆっくりと頭を下げ、すぐに車に乗り込む。

 人として素晴らしい行動であるが、どうにもそれに対して不服な調子を崩さないミラは、キーを回し込みながらエンジンを鳴らし、少々強めの口調で言う。



「なぁ、もうそろそろ、これについて気に病むことはないんじゃないのか?」

「どうしたの? 久しぶりっていうか、随分と急だね」

「俺も見ていて苦しいさ。そしてお前も苦しんでいるのもわかる。だがな、俺からすれば、あの子たちの起こした事件は俺にとって、心に平穏を与えた事件だったことも確かだ。いいか? 俺が、リユニオンでお前がされてきたことを知ったとき、どんな気持ちだったかわかるか? それを理解したとき、俺は心底殺意が湧いた。お前にそんなことをした連中を、この手で殺したくなるほどのな」


 車を出したミラの言葉に、車内は一時の沈黙が訪れる。

 そして、ミラの意図を読み取ったルネは、もの言いたげにその真意を尋ねる。


「……何が言いたいの?」

「別に、俺は死人に鞭打つ行為も厭わないだけだ」

「僕は、ミラのそういうところが好きじゃない」

「俺はこういう性格だ。知っているはずだ。俺は手段を選ばず、優しくもない。何より重視するのは、結果と身内の絶対的な利益だ」


 ルネも、ミラのこういう性格は理解している。

 現に、ルネがリユニオンにされていたことは非人道的と言っても誇張表現ではない。そして、あの事件で死んだ人間の殆どは、ルネの人体実験に嬉々として関与したのもまた事実である。

 ミラはそれに対して強烈な憤りを感じていて、この事件が発覚したときには、ルネが人を殺してしまったという悲しみよりも、リユニオンが相応の報いを受けたことへの歓喜のほうが強かった。


 その気持を体現するように、ミラは更に続ける。


「勿論、お前の行動を咎めることなんてしない。お前が祈るのは、お前が優しいからだ。自らが教誨者となって、自分のことを諭すのは素晴らしいことだが、奴らがしたことも忘れるな。常に人は、自らの行動を迫られる。そしてその行動の責任を必ず支払うことになる。だから、お前が全ての責任を負う必要はない。俺はただ、そう言いたいだけだ」


 勿論、ミラの言っていることは、ルネにも痛いほどわかっている。


 ただ、ルネは当事者である。人を殺してしまったことの罪悪感や、自らが生きていることの恐怖を痛感し、こうやって仮初めとも言える祈りを捧げなければ気分が落ち込んでしまうこともミラは知っているはずだ。

 恐らくは、その精神的鬱屈を取り除こうとして言ってくれていることではあるのだが、ルネにとって、その気持ちが簡単に取り除かれ得ることはないと自覚している。だからこそ、ルネは毅然とした態度でミラの言葉を突っぱねる。


「わかってる。だけど、これが、生者が死者にできる唯一の弔いだと信じている。僕は、自分のしたことから絶対に逃げないから」

「実際にしたのはお前じゃないがな」

「僕から生まれたものなんだから、僕がしたも同然だよ。だから、絶対に僕は忘れない。ミラも、それはいいよね?」

「ま、これについては毎年こうなるしな、別にそれについてはもういいさ。だがな、あのことについては、俺も相当な怒りがあるのも忘れないでくれ」

「……うん」


 小さく頷いたルネのことを横目で確認したミラは、もうこれ以上の言及は止めにして黙ったまま車を走らせる。

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