二重罠
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
今回のサブタイトルすごく遊戯王っぽいなぁと思いながらこれをつけたんですが、内容は結構重めです。8割は不真面目な雰囲気のこのお話の中ではかなりグレーな話だったり。
次回の更新は金曜日5日20時となっております! 次回もご覧いただければ幸いです!
「これは、どういうことですか?」
冷たく放たれたケイティの言葉を完全に聞き終わる頃、オフィリアは少しだけ瞳孔を震わせながら、ケイティが取り出した書類に視線を移す。
すると、そこにはオフィリア自身の経歴が書かれた書類があった。
「……どういうこと、とは?」
「貴方、随分と私のことを見くびっているようですね。”ザイフシェフト事件により救出された後、トゥール・ハクヨウにて軍事的訓練を積み、その後除隊”……私への取引道具に大嘘をぶち込むなんて、舐めたマネしてくれましたね」
ケイティは吐き捨てるようにそう言うと、残ったアイラを飲み干し、大きく鼻を鳴らす。
そして、恐ろしい形相でオフィリアを睨みつけながら笑う。
勿論、それに対してオフィリアは黙っていない。呆れた調子で首をかしげ、自らの体の一部をスポアに変形させ、短刀のように変形した指先でケイティの首元を掠める。
「貴様こそ、言葉に気をつけろ。所詮貴様は人間だ。生かされていることを忘れるな」
「貴方こそ、なにか勘違いしているようですね。ここで私の首と胴体を離れ離れにしては、貴方の負けなのですよ」
「……ハッタリは聞かんぞ」
「そうでしょうか? これを”ベヴァリッジ様”が見れば、どう思うでしょうかね?」
しかし、あくまでも毅然としたケイティは、そう言いながら、首元に迫っているオフィリアの指先に皮膚を食い込ませ、店主に対して「テキーラサンライズを」と注文を取り付け、滴り落ちる自らの血液を笑いながら舐める。
一方、それを聞いたオフィリアは、露骨に驚いたような顔で、「どうしてそれを……」と動揺を強める。
「オフィリア様、私の国には、”ペンは剣よりも強し”、という言葉があります。どういう意味かわかりますか?」
「……何が言いたい?」
「貴方が振り回す、その干からびた得物よりも、権力者が持つ”権限”のほうが遥かに強固である。ということですよ。宴さん?」
「貴様……!」
ケイティの言葉に対して、強烈な怒気を顕にしたオフィリアに対して、ケイティは更に毅然として続ける。
「25年前の事件後、貴方はメルディス後見人の元、彼女の施設で働きました。そこで秘密裏に軍事訓練を積み、ゲリラ組織である宴へ、メルディス側のスパイとして侵入した……。違いますか?」
「……さぁ? どうだろうな?」
「ここに来て言い逃れを宣うなんて、私は貴方を買いかぶっていましたね。では一つ質問です。どうして貴方は、最初に私の尾行をしなかったんですか?」
「なんのことを言っている?」
「最初、尾行をしましたよね? 天獄のストラス様を」
「……宴にとって、情報収集は生命線だ。貴様も知っているだろう?」
「貴方、今決定的な矛盾を言ってしまったことを理解していますか?」
ケイティの冷めた言葉を聞き、オフィリアは青ざめた調子で目を見開く。
宴は、天獄を機能停止にするために、ミラー家と協力して彼らの仕事を完全に消していた。そして、ある程度仕事が失せたタイミングで、天獄が何らかのアクションを起こすとともにケイティに、カーティス探しを依頼させる。
しかしケイティが渡した着手金は盗品であり、こちらがそれを通報することで、天獄を社会的に抹殺するプランだった。
そして、オフィリアはその監視の役割を担っていた。勿論、その対象はケイティであり、天獄のストラスやルネを対象としているわけではない。
それどころか、ストラスとルネを尾行していたことは、宴のメンバーとしては愚行である。ストラスは宴の中でも名のしれた実力者であり、恐らくは束になっても勝てるはずはない。
そんな人物を尾行し、尾行が容易かつ効率的なケイティの尾行をしなかったとなると、もはや反逆者として指摘されても言い逃れできない。
この事実に気がついたオフィリアは、ケイティの言葉を重く受け止め、ゆっくりと彼女の要求を尋ねる。
ケイティはミラー家の窓口的な部分であり、彼女にこのことが知られていることは、オフィリアにとってかなりまずいことである。それを認識するように、細心の注意を払い言葉を選ぶ。
「……なるほど。どうやら、全て筒抜け、か」
「えぇ。私は、別にそれを咎めようとしているのではありません。むしろ、貴方はこの事件収束の鍵だと思っています。すべてお話ください。貴方が、いやメルディスが企んでいることを」
それを聞き、オフィリアは少しだけ悩んだ後、臨戦態勢を解除して改めてケイティに向かって話し出す。
「それで、私が言うと思うのか?」
「言うわけ無いと思っています。正直、私がどんなことをしても、貴方が口を割ることはないでしょう」
「それは、”魔天の社会”を知っているからか?」
「いえ、メルディス派は、人間の私から見ても特殊です。そう、まるで、家族のように強固であり、そして軍隊のように規律的……貴方たちは一体、なんですか?」
ケイティは、常々感じていた疑問を尋ねながら、直後に店主から渡されたテキーラサンライズを受け取り、マドラーで最奥に沈殿しているシロップをかき混ぜる。
一方、それを横目で見ていたオフィリアは、近くにあったアーモンドをガリガリと噛み砕きながら、魔天社会の闇を語りだす。
「どうして、我々のような、戦闘的な魔天に孤児が多いかわかるか?」
「やっぱり、多いんですね?」
「あぁ、コクヨウの連中やハクヨウの上位の魔天はほとんどが孤児だ。そんで、メルディスやトゥールのような、より組織的人格を持つ者たちに入っていき、成長する。そして、民間人や科学者のような者は、基本的に孤児はいない。これが、魔天社会の闇だ」
「どういうことですか?」
具体的な言及を促したケイティに対して、オフィリアは言葉を濁すように、今度はカシューナッツに手を伸ばす。
そして、それを十分に堪能した後、ゆっくりとそれについて話し始める。
「魔天っていうのは、確かに外見年齢にエネルギーの量が反比例する性質がある。そしてこれは、遺伝と同じで合計から割るように遺伝するが、時折、私達のように20代くらいで成長が止まる個体が生まれる。それは、いわば突然変異だ。本来だったら、均等に割られるエネルギーがそのまま加算形式で遺伝され、それがそのまま生まれてくる。すると、その親はな、子どもが持っているエネルギーを恐れて、その子どもを棄てる。そういうシステムだ」
「……どうして?」
「エネルギーを持つ魔天は、確かに意識で力をコントロールできるものもいるが、皆が皆そうじゃない。大きすぎるエネルギーは簡単に暴走するし、感情によってその暴走が引き起こされる場合がある。現に、保護された”そういう子”の中には、親を殺してしまったものもいた。幼ければ幼いほど、自分の力も感情もコントロールできない。そういう理由で、強い力を持つ魔天はほとんどが親に捨てられるか、親を殺してしまう。だから、20代以下の戦闘に従事する魔天のほとんどが親がいない」
「預けるっていうシステムではないんですか?」
ケイティの提案を聞き、オフィリアは大きく鼻を鳴らす。
「なるほどな? 確かに妙案かもしれないな。その、親が会いに来るのならな」
「来ないのですか?」
「来ないな。一般人からすれば、こちらは怪物の集まりだ。近寄りたくもないっていうのが共通認識だ。そこで生まれる絶対的な確執は私達を常に蝕んでいる。だからこそ、我々は、メルディス様を筆頭に、一つの組織として、家族として成長する。上司であり、家族であり、親友であり、師でもある。我々は常にそう心得て行動する」
「随分と、イメージは変わるものですね」
「ま、私は別にそれでもいい。この限りではないのは、それこそ二家くらいのものだろう。だが、時折、異質な存在が現れる。それが、25年前の事件で出てきたゲリラ団体、宴だ。折角だから、あの大馬鹿者どもの目的を教えてやる。宴の目的は、表向きには”トゥールとの共闘”だ。トゥール派と一緒に仲良くルイーザの方舟で爆死してもらって、メルディス派にその責任をかぶせて、どちらも心中してもらうっていうことだ。それを防ぐために、私はアレクシアと一緒にスパイとして侵入している。だが、内側からリーダーであるエンディースは、恐らく別の目的を持って行動しているだろう」
それを聞いて、ケイティは大きく首を縦に振りながら「有用な情報ですね……」と口火を切る。
「オフィリア様は、どう思うんです? その目的について」
「サッパリだ。だが、恐らくは……ケルマータだろう。エンディースは前リーダーであるケルマータに尋常じゃない執着をしている。けれど、エンディースがケルマータを探している様子はない。それが強烈な違和感だった。そして今回の行動、これらの材料をもって、私は一つの推測をした」
「……なるほど」
ケイティはくすりと笑いながら、厄介な可能性について到達することになる。
それをオフィリアも感じ取ったのか、大きく首を縦に振りながら話し出す。
「そういうことだ。宴が吹き飛ばしたいのはルイーザでも魔天コミュニティでもない。”天獄”だ」
「大方、そうでしょうね。25年前の宴のプランが頓挫する原因となったのは天獄、ストラス様やミラ様の尽力があってこそ。ケルマータはそれにより行方不明になってしまったとするなら、下手な逆恨みをしても不思議ではない。ついでに、方舟が眠っているのはグルベルト孤児院の下、吹き飛べば確実にあの事件を頓挫させた張本人であるミラ様に復讐をすることできる」
「あぁ。今回、宴として便利屋・天獄を潰そうとしたプランは、第三者であるプランナーから購入したものらしい。そこまでしてやつは、天極を潰したかった。そしてそれが失敗した今、無理矢理にでも方舟を起爆させるだろう。そうなっては、こちらの本意ではない。秘密裏にそれを防ぐために、私はアンタの取引に承諾した。それが、こっちの経緯だ」
ある程度の経緯について語ったオフィリアだったが、ケイティはその行動に疑問符を浮かべながら尋ねる。
「素晴らしい情報ですが、どうしてここまでお話してくださったんです?」
「当然だ。タダとは言わん。調べてほしい事がある。ケルマータの所在や、25年前の真実、概要についてまとめて提出することだ」
「えぇ。それくらいの見返り当然ですわ」
「取引成立だ。それでは、一旦私は戻る」
「受け渡しはいかがしましょう?」
「こちらのタイミングで、訪ねるさ。それじゃ、気をつけて」
「そちらも、お気をつけて」
最後は簡素にそう言い残し、オフィリアは去っていってしまう。
一方、ケイティは、テキーラサンライズを飲み干すと、最後の一つ「グランデミルフィーユを」と注文を取り付ける。




