激突-4
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
今回で「激突」が終了となります! タイトルの付け方が若干コナンみたいになりましたが、戦闘描写から開放されて嬉しい(´;ω;`)
次回は来週の月曜日25日20時となっています! 次回もご覧いただければ幸せです!
一方で、床が落とされた上部で怪物となったビアーズは、セフィティナとともに本気の試合を行っていた。
勿論、床は完全に消えてしまっているので、2人は別の場所に移し、誰もいない会議室が第2ラウンドとなった。
「下は”プラン通り”だろう? なら、俺は満足だ。思う存分、遊ぼうぜぇ?」
すっかりやる気満々のビアーズは、会議室の半分を埋め尽くすほどのスポアを纏いながらそう叫ぶ。
もはやどちらが悪役かわからない状態であるが、ビアーズの攻撃はセフィティナの想定を遥かに上回るほど激しく、徹底的に隙がなかった。
それはまるで城砦である。
下半身を完全に覆い尽くすスポアはまるでタコなどの軟体動物のように不定形の体を成していて、そこから自在に触手を伸ばして移動している。
加えて、背部から鉤爪のような触手が大量に伸びていて、それは攻撃にも防御にも使えるほど靭やかかつ異常なほど素早い。
まるで千手観音のように背部から伸びるそれは、攻撃したと思えば甲殻状に変形し上半身を守り、下半身の触手で絶え間なく攻撃を行ってくる。
そのさまは、本当に動く砦と形容して差し支えないほどだった。
「この状態になったのは久しぶりだ……キャノンと戦ったとき以来だよ」
セフィティナの分析を振り切るように、ビアーズはその巨体を動かしながら何十本の触手を丁寧に動かして何重にもなる攻撃を行う。
それを寸前で捌き続けるのは骨が折れる。というより、これでは一方的に嬲り殺されるだけであろう。
「これが最上位の魔か。手合わせは初めてだな」
「お前も俺に気にすることなく本気でやれよ。このままおっ死ぬのは本意じゃないだろう?」
その言葉を体現するように、ビアーズの鉤爪の攻撃はセフィティナの肩甲骨部分を穿つ。
これを受けたセフィティナは流石に体勢を崩し、大きく蹌踉めいてしまう。
そして、それを確認した途端、背部の鉤爪はすべて、倒れ込んだセフィティナに射出される。
それは桁外れの轟音とともに強烈な粉塵が巻き上げ、完全にセフィティナの体は鉤爪の餌食になってしまう。
暫く、ビアーズはセフィティナを弄るように何度も攻撃を行うものの、全くと言っていいほど手応えが感じられない。
感覚はまるでゴムのそれであり、恐らくはこの攻撃の殆どは効いていない。それを悟ったビアーズは、一旦攻撃の手を止めて不気味に揺らぐ粉塵を一瞥する。
「なるほど……それがエノクの力……どうやら俺の力じゃ足りないようだな」
出現してきたセフィティナは、何事もなかったかのように大量の鉤爪を肉体に引っさげながら、冷静に笑った。
歪な笑みを浮かべるセフィティナの肉体は、異形の存在に変貌を遂げていた。
というのも、ビアーズのように体格まで変形しているのではない。変わっているのは彼の皮膚だった。剥き出しになった皮膚はまるで生物の如き蠢きを浮かべ、食い込んだ鉤爪に同化するような形で肉体が変形している。
そして、それに視線が向かっているビアーズに対して、セフィティナは言い放つ。
「ここまでの変形をする魔はなかなかいないな。これほどの量をコントロールするのはかなりの熟練が必要だろう。攻守ともに優れることから、貴様百戦錬磨の軍人だな?」
「そんなに人のこと分析してると楽しめないぞ?」
「挑発はそこそこに、俺も楽しく遊ばせてもらおうか」
セフィティナは嗤笑するように、手のひらをあわせ、次いで一気に離しそこから生じた無数の短刀をビアーズに見せつける。
それは短刀の柄に紐を通したようなもので、サーカスにでも使われていそうな代物であるが、短刀はビアーズの鉤爪のように変形している。
「雑技団にでも入ってんのかよテメェ」
なかなか的を射た発言に対して、ビアーズは少し顔を赤めながら、にこやかに言う。
「子どもの頃、デートで見に行ったことがある。そこでな、あの子は、自らのことを憂いた。本当に優しい子だった」
「テメェの惚気なんて聞いてねーんだよ」
冷静なツッコミを聞き、セフィティナは「確かに」と関心したと思えば、今度は凄まじい速さで距離を詰めてくる。
そして、セフィティナはビアーズの巨体の前で大きく跳躍し、そのままビアーズの上半身の前で紐を強く引っ張り、強く張り上げた線に巻き込まれるように短刀は一気にビアーズの方を向き、鉤爪状の刃は一斉に放たれる。
勿論、そこまでは簡単に想像がついたビアーズは、その攻撃を上半身の鉤爪で相殺しつつ、下半身の触手を伸ばす。
その触手は先程と同じようにセフィティナの大腿部や腹部を貫くが、一切動じることなく、貫かれたスポアを掴み、今度はそのままビアーズの巨体の体勢を崩させるほど強く引っ張り、2人して床に叩きつけられてしまう。
凄まじい腕力であるが、それ以上にビアーズが感じたのは攻撃そのものの手応えのなさである。
先程もそうだが、セフィティナに対して攻撃を行っているにもかかわらず、殆ど攻撃が通っていない。
エノクだからと言って、完全に不死身であるはずはない。ましてや魔天からの攻撃であれば完全に殺害することはできずとも、攻撃が全く通らないということはありえない。そのカラクリが気になり、ビアーズは必死に頭を捻る。
しかし、セフィティナは全く表情を変えずに、着弾した鉤爪を引き抜き、今度はそれを槍状に変形させ、ビアーズに突き立てる。
「お前の”肉”、かなり仕上がってるぞ?」
「そいつはどーも」
セフィティナの言葉から、ビアーズはとある仮説に行き着く。
だが、この仮説が本当に正しいのならばかなり厄介な事態になる。ここまで厄介な相手を目にする機会はそうそうないものだ。そんなことを思いながら、突き立てられた槍そのものを飲み込まんほどの肉片を散らしながら、ビアーズは自らのスポアでセフィティナを飲み込んでしまう。
これには流石のセフィティナも驚きを隠せず、すぐさま両腕を変形させスポアの海を掻き分けようとするものの、既に遅く完全に下半身が固定されてしまい、身動きを取ることも力を十分に入れることができなくなっていた。
「圧死には、対応できないだろう?」
ビアーズは吐き捨てるようにそう言うと、セフィティナは睨みつけるように黒い瞳でビアーズを一瞥する。
ビアーズが出した答えは、圧迫による殺害である。
セフィティナは自らのエネルギーを瞬時に触れたものと同じ存在にすることができる力を持つ。これを利用し、攻撃を受けた瞬間に皮膚を攻撃されたものと同じものに変換し、攻撃を凌いでいた。
正直、そんなことが可能であるのか甚だ疑問であるが、一瞬感じた出ごたえが即座に消えていくこの不快感を説明するにはそれが最も適切であるように思えてならない。
それならば、幾ら内部へ致命傷を与えようとしても意味がない。この状況を打破するためには、極限まで硬質化させたスポアで押しつぶすしかない。
この手段は一種の賭けだった。押しつぶすほど硬質化させ続けるには、スポアを常に出し続けなければならない。自らのエネルギーも一瞬で底をつくのは目に見えている。確かな手応えを感じなければ敗北が決定する。
そのくらいの気概で攻撃を行ったビアーズは、そのまま全身全霊の力を込めてセフィティナを押しつぶしにかかる。
すると、数分程度その押し潰しが続いた後、何かが炸裂するような音が響き渡る。
その後、ビアーズの膨れ上がったスポアは死体が爆発するような破裂の仕方をし、その勢いで体の半分が消し飛んだセフィティナが吹き飛ばされる。
どうやら、この一撃でセフィティナは半身を失ったものの、なんとか無事なようだ。
「ゾンビかよ……てめぇはよぉ……」
一方のビアーズも、激しい攻撃により、スポアは完全に崩壊しズタボロの体を壁に凭れかけ、吐き捨てるようにそう告げる。
セフィティナは下半身と右腕が吹き飛びながらも、傷口からスポアで止血しつつ、あっという間に体を修正してしまう。
ビアーズの言葉通り、ゾンビレベルの生命力であることはまず間違いないが、セフィティナも体力をかなり消耗したらしく、疲れたようにため息をつく。
「ったく……こんなタイミングで戦闘狂の相手とは、悲惨なもんだよ」
「ばーか、エノクとヤる機会なんてねーだろーよボンクラ野郎」
「俺はな、戦闘なんてしたくねーんだよ。俺は自分の家族を守りたいだけだ。誰だってそうだろう? 家族は大切だ」
セフィティナの言葉に、ビアーズは珍しく強く肯定する。
「あぁ……そいつはわかる。俺も息子が家出してから良いことなしだぜ」
「それはお前が悪いだろ。子どもは正直だ。あ……うちの子も、正直だったわ……」
「お前の子どもだぁ? 怪物の間違えじゃねーの?」
「てめぇうちのカーティスをディスったら本当に血祭りにあげるからな」
「あぁ? カーティス? うちのイレースと一緒にいる子か?」
「そーだよ。こっちのプラン通りにな」
「はっ、アンタも息子に振り回され組ってわけか。お友達になれそうだな」
皮肉っぽくそういったビアーズは、辺りに飛び散っているスポアを器用に回収しながら、破損した肉体にスポアを繋げていき、立てるまで回復を行った。しかし、ダメージは甚大なのか、原型を留めていない会議室の壁を支えにして歩ける状態になるまで、ゆっくりと呼吸を整える。
それを見て、セフィティナは大きく鼻を鳴らす。
「ゾンビはどっちだ。体のほとんどが消し飛んで生きている方がおかしいだろ」
「てめぇが言ってんじゃねーよ。次こそはぶっ殺してやるからな」
「ふざけるな。もう二度とこんなとこ来るか。じゃあな、プラン通り、お前も進めてくれ。二家、なんだろう?」
セフィティナはそう言い残し、すたすたとどこかに去っていこうとする。
そんな彼に、ビアーズは笑いながら尋ねる。
「あぁ、”ルベド”にも、よろしく伝えてくれ」
その言葉を聞き、セフィティナは驚いたような調子で、「今はペリドットだ」と答え、振り向かずに消えてしまう。
たった一人取り残されたビアーズは、「デモンストレーションも終わりか」と呟きながら、同じように地点Mこと、管理塔-Mに向かい始める。