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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十三章 揺らぐ接触面
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美味しいケーキ

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 この部のサブタイトルは知る人ぞ知る洗剤ケーキを思い出しながらつけました。子供は残酷ですね(´・ω・`)

 次回の更新は来週月曜日18日20時となります! 次回もご覧いただければ幸いです!


・魔天コミュニティ 二家アーネスト邸 細胞分析室



 ビアーズに連れられて行動していたアゲートがたどり着いたのは、ビアーズの自宅であるアーネスト邸だった。それについては、アゲートも素直に従おうか悩んだが、ビアーズが持っている凄まじい潜在能力によってその選択肢を固定化させる。


 ビアーズ・アーネストは、常にこちら側を警戒し、こちらの動向を察知しているようだった。そのことから、アゲートは全てにおいて、全面的に彼に従うしかないと感じていた。戦闘というよりは、現時点でこちらが活発に動くことは有益ではないどころか、全てが無に帰してしまう可能性もある。

 勿論、だからといってすべての情報を彼に伝えることはしない。アゲートは自らの役割も十分に理解していて、至って冷静に行動しようとしていた。そのため、ひっそりとビアーズの行動に受け身でありつつ、彼の行動をコントロールしようとしていた。



 一方でビアーズは、とあることを確かめるべくアゲートのことを自宅へと招き入れていた。

 そのことを表明するように、ビアーズはアゲートの細胞片を解析装置にかけながら、アゲートが待機している隣の応接室に、ケーキを持って入ってくる。


「さ、早速君について聞こうか。俺の考えを話していいかな~?」

「構いませんよ。ま、私は絶対に目的について話しませんよ?」

「別に目的の話をしているんじゃないさ。君のことについて、知りたいんだ」

「……私のこと?」

「あ、そうそう、楽しいお菓子があるんだ。ちょっとまって~」


 そう言いながら、ビアーズは手に持っているケーキをアゲートの前に出しながら、つらつらと述べる。


「アゲート君、甘党?」

「どっちかというと、甘党ですね。頂きます」

「どうぞどうぞ」


 一応、アゲートはそのケーキを一瞥し、続いてそれを頬張るビアーズに目を向ける。

 すると、それに気がついたのかビアーズはくすりと笑い、「毒なんて入ってないよ」と続ける。

 それを聞いたアゲートは、一切の警戒心を緩めくことなく、サクサクのパイ生地にカトラリーを入れる。


 対して、それを見たビアーズは、アゲートの体から迸る凄まじい実力にため息をつきそうになる。

 彼はここまで一切警戒心を緩めることなく、いつでも攻撃態勢に入る事のできるように肉体を常に強張らせている。しかもそれをほとんど悟らせない程度にとどめていて、恐らくこれを気取られるのは、魔天コミュニティでも数人程度であろう。


 加えて、ビアーズは彼の肉体の秘密に気がついていた。


 アゲートはぱっと見る限りでは20代程度の魔であるが、全身のバランスの悪さ、もっと言えば臀部と大腿部のつながりが若干不自然である。これは、10代未満やそれに近い魔天が行う、スポアによる肉体操作の一つであろう。

 体が幼児体であるということは、そのままでは身体的な能力が乏しいことになる。これをカバーするために、体内の筋肉の部分にスポアを形成することで体格を自在にコントロールすることができるようになっている。


 だがこれは、体内の構造に影響がでない程に留めなければならないし、上位のエネルギーになるほど量が増えるためコントロールがかなり困難になる。更に、この肉体コントロールは均一に保ちつづけることが必要であるため、生半可な実力でこれをやろうものなら、途中で体格が変わるという不自然なことが起きる。


 一連のアゲートのことを見ると、彼はこの超精密なコントロールを行いながら、これまた超絶技巧のスポア捌きをしていたことになる。

 これほどの芸当ができる者は、魔天コミュニティの歴史の中でもほんの数名であろう。


 ぜひ、うちにほしい。

 ビアーズはふとそんなことを思っていた。元々アーネストは戦闘に関する高い才能を持つものが一つの家系を形成したものである。

 その中でもアゲートレベルの才覚と実力は1人か2人だろう。コントロール能力はストラスに匹敵し、しかも潜在的な力の量は恐らくストラスを上回る。アゲートはそれほどの逸材である。


 しかし、この時点でアゲートについて大きな疑問にぶち当たることになる。どうしてこの魔天コミュニティの中で、そんな多才な人物がこれまで国家レベルの情報網であっても発見することができなかったのだろうか。これについての仮説は幾つか考えられるが、その中でも最も考えられるものが一つ、ビアーズの中で固まっていた。

 それを確認するために、彼の細胞が必要だったのだ。そのため、この時点からビアーズは、アゲートを丸め込むために行動を始めていた。


「んー、アゲートくん、ケーキ類好き?」

「えぇ。好きですよ」

「特に何が好き? 俺はねー、”ミルフィーユ”かな。アゲートくんは?」

「私も、好きですよ」

「なるほどなるほど。生クリームかカスタードはどっち派?」

「……カスタードです」


 その言葉を聞き、ビアーズはにやりと笑う。

 そして、ほぼ同時期に、アゲートも気がついたようだった。



「なるほど。疑問だったんです。どうして、僕のスパイ疑惑が確証に変わったのかが」

「利発な子だねぇ……。どうしてだい?」

「……生クリーム、カスタード、ミルフィーユ、大方これらの言葉は、このコミュニティで使われていない言葉、そうですね?」


 ビアーズの意図を読み取るように、アゲートはそう吐き捨てる。

 その言葉を聞き、ビアーズは心の中で「合格だ」と笑い、つらつらと尋ねる。


「どうして?」

「この状況で、そんな質問をしたからですよ。貴方は恐ろしく合理的な人だ、その貴方がする行動には、今まで一貫的な、何かしらの意図がありましたから。そこからは簡単です。この状況で貴方がすることは、私が人間側で生きてきたのかを確認すること、そうでしょう?」

「君にしては曖昧だな。君の能力を判明させること、スパイであることを確定させること、どこの機関に所属しているのか、多くの可能性があるよ?」

「私の能力を判明させるのは、現状から不可能でしょう。DNAなどの定量的なデータから判別することはできませんし、せいぜいできて、魔か天か判別する程度。この状況でなにかを限定するものではありません。スパイであることはすでに確定事項、確認する必要はありません。どこの機関に所属しているのかも同様……、既に目処はついているのでしょう。消去法ですよ」


 ハキハキと言い切ったアゲートに対して、ビアーズは更に続ける。


「うーん、実に優秀だ。そんな優秀な君が、どうしてエノクやノアと手を組んで喧嘩をふっかけたの?」

「目的に関与することは言えません」

「いや、ふっかけたわけではない。こんな回りくどいことをする必要はないからね。だからこそ、聞きたいんだよね。ここからどう動くか、ということ。君に決めてほしいんだよ。おっけー!?」


 無駄にテンションを上げたビアーズに対して、アゲートは冷静に「不可能です」と答える。


「えー、なんで?」

「私が目的を決めるということは、不本意ながら、それが私達の目的に通じてしまう可能性を孕んでいます。無駄な誤解を生むのも嫌ですから」

「仕事熱心だねぇ」

「えぇ。私も報酬がかかってますから」

「否めないねぇ。君の能力は、確かに莫大な対価を支払って雇う価値のある。それなら、俺が買い取ってもいいのか?」


 ビアーズはテンションが更に上ったのか、背部から桁外れに大きなスポアを出現させながら歪に笑う。

 そのスポアは巨木のようであり、アゲートのあたりを取り囲むように空中に蠢いている。その一本一本、しなりのあるノコギリのような形状で、どのような状態からも対象を攻撃することができるようになっている。

 しかし、そんな状態にも関わらず、アゲートは残ったミルフィーユを口に運びながら、表情を一切変えずにかぶり振る。


「結構です。私も、命は惜しいので」


 全く状況と噛み合っていない一言に、ビアーズは更に辺りをスポアで埋めていき尋ねる。


「俺も、君の命が貪られるのは有意義ではないと思うよ。だからこそ、取引って言うわけにはいかないかしら?」

「答えは変わりません。ビアーズさん、”僕”にも、守りたい人はいるんです」


 その言葉が生じた瞬間、ビアーズのスポアは一斉にアゲートの座っている椅子に向かって放たれ、その背もたれをぶち壊してしまう。

 しかしそれでも、アゲートは瞬き一つせずに、お茶を啜っている。


「ビアーズさん、我々は戦争をしたくてここに来ているわけではありません。こちら側にも、こちらなりに大義を持って行動しているつもりです。そしてそれは、決して貴方が標榜する目的と矛盾しない、むしろ符合していると言っていいでしょう。いかがでしょうか?」

「全く、君のその度胸はどこから来るのかね?」

「人生、色々あれば動じなくなるものですよ」

「なるほどねぇ……ま、いいでしょう。優秀な君の言うことくらい、信じましょう」


 ビアーズは、そう言いながら大量のスポアを体内に戻して、大きく欠伸をした後、「少し待っててね」と言葉を残して、隣の細胞解析室へと向かう。



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