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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十三章 揺らぐ接触面
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異形なる監視者

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 曜日を完全に間違えていたため、一日ずれてしかも遅延しての更新となりますが、今回もよろしくおねがいします。

 この部分は完成版において全改稿予定です。なぜこれを更新したのかというと時間がなかったからです。内容は概ね変わらないのですが……。

 次回の更新は金曜日15日20時となっています。次回は遅滞なく公開されるようにがんばります(*´ω`*)


 一方、応接室に残ったフーに対して、フィリックスはスポアを起用に展開してまるで観覧車のような奇怪なオブジェクトを両腕に形成し、そのゴンドラ一つ一つにお菓子を吊るしてフーに質問する。


「ねーフー君、お仕事に進捗状況はどうなの?」


 まさかの質問が飛んできたフーは、少しだけ混乱したような面持ちで答える。


「そうですね……芳しいとは言えません。やはり研究職ですから、直接介入することができないことが多いですし、これからはコクヨウとの連携が重要ではないかと思っています」


 フーの無難すぎる回答に対してフィリックスは内心怪訝に思うものの、それを一切表現することなく、手のスポアをくるくると回しながら笑う。

 その真意はすぐにフーも知ることになる。


「なるほどねぇ。ま、今回のトラブルに関しては別にいいから、君のことも知りたいなぁって思って」

「俺のことを……ですか?」

「そうそ、なかなかいないものでね。トゥール派からメルディスに移って来るって結構珍しいからね。君自身に興味があると言っていいだろうか。あ、なんか食べる?」


 フィリックスはにこりとそう言いながら、観覧車状のスポアを更に回転させ、ゴンドラに乗っかっている沢山のお菓子の一つを、これまたスポアを器用に使ってフーの前に差し出した。

 サラリと不思議なことをしているフィリックスだったが、これはかなりの精度のスポア遣いである。そもそも天は、魔のように肉体を増やすものではなく、拡大させるイメージに近い。そのためコントロール能力は魔よりも遥かに高い制御が求められる。それについて、フーはさほどしっくり来ていないのか、ただ訝しげにフィリックスを観察している。


 そんな中出されたお菓子は、薄く焼いた生地を生クリームで重ねて作った、人間の世界では「ミルクレープ」と呼ばれるお菓子だった。このコミュニティでは「フラクタル」と呼ばれているものである。

 それを一瞥したフーは、少しだけ表情を潜めながら続ける。


「……どうして、俺なんかに興味があるんです?」

「いんや? 単純な興味さ。トゥール派っていうのは、軍隊みたいなものでね。基本的に流儀で生きている世界だ。それに比べてメルディス側は近代的国家……というよりは、近代的国家が持っている性質を考慮して対策を行った、国家的なポストモダンを標榜して作られているといえば直感的かな? そんな君が、軍人まがいの子たちから出て、学術を基盤とする世界に身を投じるなんて、愛らしいと思わない?」


 複雑な彼の思想の隙間に横たわる、若干恐怖を覚える意図に対して、フーは少しこわばった顔色で答える。

 少なくとも、フィリックスは明らかにこちら側に敵意、若しくは疑念を抱いて接している。フーはそのことをすぐさま悟り、突っぱねるように言う


「俺は元々、トゥール派とは別物みたいなものですから」

「そうなの? てっきり、ブース家とつながっていると思ってたけど、違ったのかしら?」

「どういうことですか?」

「では、よりストレートな言い方をしましょうか。フー・バークレイ、貴方は現トゥール秘書のパールマンの名前を”名乗っていますね”?」


 言葉を完全に聞き終わったフーは、苦虫を噛み潰したような表情で、フィリックスのことを睨みつける。そして、すぐに我に返ったように表情を戻し、すぐに尋ねる。


「どうして……そのことを?」

「ベルベット家はいわば、情報の収束地点ですから。トゥール派からメルディス派に行くような、派閥の変更はかなり厳格に管理される。そしてその調査は第三者機関である我々が行うというのが通例なのですよ」


 独特な語尾により展開される事実に、フーは大きなため息をつきながら、自分に行ったことをつらつらと話し始める。


「そうでしたか……それなら、適当にはぐらかすことはできないでしょう。すべてお話します」

「すべてをお話していただけると嬉しいわ」

「えぇ。俺は確かに、トゥール派の事実的首領であるパールマンの名前を名乗ったことはあります。それについては、メルディス派やトゥール派の多くのものがその名前を名乗り、業務を行う場合もあります」

「どういうことですか?」

「それについては我々もわかりません。俺を始めとする多くの者が、”名前を名乗らせるということ”を行わせ、金銭的な報酬を得るということを繰り返していました。実際のところ、パールマンという人物が何をしようとしているかはわかりません。ですが、恐らく数十人規模の人間が彼の名前を名乗っているのは事実でしょう」

「なるほどねぇ」


 ナチュラルな相づちの後、フィリックスは更に尋ねる。


「その割に、その情報が恐ろしく出てこなかったのはなんで?」

「当たり前ですよ。貴方も知っているでしょう? パールマンという人物の実力の高さを。この契約を行使するタイミングは事実上こちら側の自由意志で行われる。そのため、国家として対応がかなり困難であることは明白でしょう。だからこそ、パールマンはこのような”自由意志”を徹底して行ったんでしょうね」

「パールマンねぇ、ずいぶん厄介なことをしてくれたのは決定的だけど、どうしてそのことをメルディスに言わなかったの?」


 当然の疑問をフィリックスが尋ねると、フーは呆れた調子で話し始める。


「正直……怖かったんです。この契約は確かに、比較的高い給与を頂いていますが、パールマンの実態はあまりにも不明瞭です。にもかかわらず、国家的な重役を担っているということは、権力的にはそれ相応です。そんな人物の情報を漏らすなんて、俺以外の連中もお断りでしょう」

「そ~いうことは言わなきゃだめよ〜? でもまぁ共感できなくはないわね。パールマンという人物は恐ろしい人物だからね。君が思っている以上に、パールマンがついたトゥール派は厄介だ。今回の厄介事にもかなり関係しているだろう」

「勿論、それは理解しています。だからこそ、今回のトラブルを早急に解決しましょう!」

「言えてる話だ。この厄介事、とりあえずは二家が動いているが、厄介すぎる問題に直面しているのは確かだ。何にしても、今は情報が欠如しすぎている。一つの一つの情報は明確にさせていないと、こっちはトラブルばかりだよ」


 フィリックスは、悪態をつくようにそう言いながら、未だにくるくると手元のスポアを遊ばせながら、スポアを器用に利用して、自らの口元にお菓子を運んでいく。


「まー、そのためにもメモリーボックスの情報が必要であるって言うことなんだろうねぇ。それならごめんね、一応は規定なんだよね」

「流石はメモリーボックスというところですね。ですが、二家というものは本当に不思議な団体なんですね」


 フーのこの言葉が、フィリックスの形相を途端に変化させた。

 現在の当主の中で、二家の古典的な任務について最も執着しているのは恐らくフィリックスである。そして、フーに見せている態度があまりにも無頓着であることに怒りを示したのだ。だが、この複雑なフィリックスの態度をフーが認識できるはずもなく、ケタケタと笑うフィリックスの揺らぐ表情筋を識別する者はいなかった。


「うちらはそういうもんだ。この国を第三の視点から監視する者……だからこそ、この国は”ポストモダン”でいられるんだよ」


 突如豹変したフィリックスの言葉に、フーは驚いたように首をかしげる。


「……フィリックス、様?」

「あ~、申し訳ないねぇ。気をつけないとすぐ”いつもの”口調に戻っちゃうわ~」



 彼女はすぐに態度を翻したが、あまりにも不気味なフィリックスの態度にフーは怪訝な表情を向ける。


「気をつけたほうがいいわよ~。二家は、貴方たちが思っているより、遥かに凶悪よ。なにせ、こんなトラブルにすらも楽しんで遊んでいるくらいだからね。まさに、精神異常者の集まりってところかしらね?」

「どう言葉を返していいのかわかりませんね」

「あらあら~いいのよ? 二家は言葉で煽るくらいじゃ怒らないわ。実害が出なければ……ね?」

「……わかりました。二家には、絶対に逆らわない、ということですね」

「ソレガイイワネー」


 楽しそうにそういったフィリックスに、フーはとてつもない恐怖を感じた。

 顔面を引き裂くほどに笑い、この世のものとは思えない瞳でこちらを見るフィリックスは、まさにストレートな化物である。


 今すぐ、フーはこの場から逃げ出したくなりながら、恐怖のお茶会は熾烈を極めた。


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