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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第二章 半身の詩
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困った癖

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 今回で第二章が終了となり、次回からはまた主人公側に視点が移ります。複雑な描写が多いので、文章でわかりやすく書けるかはわかりませんが、今後共完結に向けて頑張っていきますので、これからもどうぞ宜しくお願いします(*´∀`*)

 次回の更新はいつもと違って27日金曜日の20時となりますので、ぜひぜひお暇な方は起こしくださいね☆(´ε`


 ティルネルショッピングモールでストラスと別れたルネは、早速配偶者であるミラが経営している「グルベルト孤児院」に向かっていた。

 ショッピングモールから孤児院までは歩いて30分ほどである。その道中、ルネは失踪したというカーティスについて考えていた。


 まず違和感があったのは、ショッピングモールのトイレで行方不明になったということだ。ルネはそんな話聞いたことがなかった。神隠しのような不自然な行方不明事件がないわけではないが、ポピュラーなものは、人通りの少ない住宅街や路地などだろう。

 実際は、人通りが多すぎる東トイレで行方不明になっており、依頼人であるミス・ケイティはご丁寧に疑問を感じさせる資料まで作成している。

 しかし、あの資料や依頼人ケイティの証言以外に、カーティス・マクグリンという人物が消えたことを証明するものはないことが妙に違和感だった。失踪して結構な日が経っているにもかかわらず、ルネはそのようなニュースや記事を見ていない。つまり、現段階で、ルネとストラスにはカーティスが「本当に失踪しているか」ということはわからないのだ。不自然なことこの上なしに。

 ルネはそんなことをつらつら考えつつ、グルベルト孤児院を目指して歩いて行く。


 グルベルト孤児院は、2つの国が統合される前のザイフシェフトにて、25年前の事件の舞台となった場所である。それをキレイに改装して、この孤児院が誕生したのだ。

 このような背景を持つ孤児院の建物は、過去研究棟として使われていた建造物と、実験体を保管する棟の2つを結合させて作られているため、孤児院とは思えないほど禍々しい佇まいをしている。凄惨な事件が起きたこの孤児院の評価は当初芳しくなかったが、職員の働きによって、今ではある程度の社会的地位を持つようになった。

 現在では、過去研究棟であった建造物で子どもたちが暮らしていて、実験体の保管庫を改造して、簡易的な教育機関として利用されている。グルベルト孤児院の子どもたちは、義務教育の他に基礎的な勉強を園内で補完するという特殊なシステムを取っている。中でも、特別な問題に対して適用される「特別カリキュラム」は園児たちの中でも有名である。


 そんな不気味な孤児院は、荘厳さを漂わせる門構えから、二股に道が別れている。

 ルネは、右側の道を進みながら、その最奥にある玄関を通り過ぎ、「相変わらず血なまぐさいなー」などと思いつつ、そそくさと職員玄関にまで進み、インターホンを鳴らす。


 職員玄関は、子どもたちが利用する玄関の裏側にあり、来賓用にも使われる。玄関は、そのまま職員室に繋がっているため、基本的には子どもたちの目につくことはない。

「はい。どちら様でしょうか?」

 インターホンから聞こえてきた声は、大人びた口調ではあるが、舌足らずで口調とは裏腹な高い声である。少年のそれであると言っていい。

「アイザック? 僕、ルネ!」

「え? 珍しいね。待って、今開けるから」

 インターホン越しの声は、それだけ述べた後にノイズを残して途切れ、数十秒後に扉が開かれる。

 そこには、エプロンを付けた少年のような佇まいの教師アイザックが立っていた。

 背丈としては、160cmほどのルネよりも少し小さい。真っ白な素肌とヘーゼルの虹彩は、いかにも利発そうな雰囲気を呈していて、肩ほどにかかる黒色の髪の毛は漆を何度も重ねたと形容して差し支えないだろう。

 そんな少年のような教師アイザックは、エプロンをたくし上げるように手で弄っていて、苦しそうな声を上げている。


「来て早々ごめん、後ろ結び直してくれない?」

 アイザックは、背面を晒しながら、小さな手でエプロンの紐を触っている。どうやら、固結び状態になってしまっているようだ。

「また固結びになってるじゃん、これ苦手なんだよなー」

 その悲惨な状態を目の当たりにしたルネは、苦しそうな声を上げつつも固結びに手を伸ばす。

「せっかくここまで来てもらって悪いけど、今ミラはいないんだよね」

「あ、そうなの。でも今日はアイザックに話があって……全然できないんだけど」

 予防線通り全く解くことができないルネに対して、アイザックは潔く「無理そうだしとりあえず入ってよ」と中に促す。

 すると、ルネはお言葉に甘えてと言わんばかりに園内に入っていく。

 職員室に直結している玄関をくぐると、幾人かの職員が普段使用しているであろうデスクが並んでいるが、そのどれも空っぽである。


「今は子どもたちを連れてお出かけしているから、誰も居ないよ。で、僕に何を聞きに来たの?」


 アイザックの問いに対して、ルネは思い出すようにカーティスのことを尋ねる。

「カーティスっていう子のこと、聞いてる?」

 ルネはあえて、カーティスがどのような状態にあるかは触れなかった。カマをかけているわけではないが、どのくらいのことを知っているかをより自然に聞き出すことができると思ったからだ。

 対してアイザックは、露骨にあたふたした調子で話し出す。

「え……その……あれだよね。あの子がいなくなったって話だよね?」

「うん。僕ら、今彼のことを探しているんだけど、アイザックなら何か知っているかなって思って」

 アイザックは躊躇った面持ちで口元をいじる。

 恐らくは何か知っているようだが、すべて語ることはしないらしい。

「ティルネルショッピングモールでいなくなったってことしか……必死に探してはいるんだけどね、全く見つからなくて」

「そっか。何か知っていることがあればと思ったんだけど、新しい情報はなさそうだね」


 ルネは、アイザックの表情筋に視線を合わせたまま、大振りな動作で来賓用のソファに座り込む。

 一方のアイザックは、ルネに探るような態度でコーヒーを淹れ始める。

 適切な動きをしているものの、その動きはかなりぎこちない。震える指先で砂糖に手を伸ばし、かき混ぜる腕の動きもどこか機械的である。

「でも、君の大切な息子なんでしょう? 名前から察するに。ね、アイザック・”マクグリン”さん?」

 急かすような言葉遣いをしたルネに、アイザックは深々としたため息をつき、ルネの目の前にコーヒーを置いた。


「やっぱり、あの子のこと、知られたたんだね」

 アイザックの諦めたような表情とともに、ぽつりと呟きながら笑う。

 対してルネは、それを大振りに頭振る。

「いや知らないんだけど、彼の名前が、君の名前であることに気がついただけだよ」

「……君には話してなかったけど、あの子はこの孤児院を立ち上げるきっかけになった子でもある。でも、君にはあの子と関わってほしくない」

「何か理由があるの?」

「”25年前の事件”が原因だから。君なんて特に、やめて方がいいでしょう?」

 アイザックの発言を聞き、ルネは露骨に顔を顰めた。

 その顔は、「またか」と言わんばかりの表情である。

「それと、今回の失踪事件、何かしらの関係があると見てもいいの?」


 ルネはとりあえず、自らの気持ちを押し留めて質問するが、その質問に答えたのは全く別の職員であるセフィティナであった。

「それについては答えるなって言われてるからな」

 突如現れた職員セフィティナは、アイザックと同じエプロンを身にまとった男性である。黒髪であるが若干茶色が入っているところからも、染めていることが見て取れる。特に目の色は、複数の色が重なっているような独特の色彩を浮かべている。色で言えばターコイズブルーに近いだろうか。

「いや、誰に?」


 ルネの棘のある言い方に、セフィティナは一切動じずにアイザックの固結び状態のエプロンを直しつつ、その言葉に返す。

「お前の夫で俺らの上司のミラ院長」

「どういうこと?」

 セフィティナの口から飛び出てきた人物にルネは驚きつつも、明らかに「25年前の事件」と繋がりがあることを確信する。

 対してセフィティナは続ける。

「ミラは、”どうせお前も一緒にくっついてくると思うから、ここに来たらとっとと帰れと伝えて欲しい”だって。基本的に情報を開示するなとも言われてる」

「全く状況が把握できないんだけど。ミラが何か知っているの?」

「その点については知らない。俺らはそう指示されているだけだし」

「…………全然意味分からない」

「ということでルネ、ゴーホーム」


 セフィティナはアイザックのエプロンを完全に直した後、職員玄関の扉を指差した。

 一方のルネは、苦しそうな声で唸り声を上げた後、苛立った素振りを見せつつも、コーヒーを飲みきり、「ごちそうさま」とだけ残して出ていってしまう。


 取り残されたアイザックとセフィティナは、気まずそうな空気を遮るように会話をする。

「どうして、カーティスのことを言ったんだ?」

「あの子が、100%安全であるとは思えなかったから」

「お前がカーティスのことを愛しているのはわかっているが、今は我慢しろよ。あの子の親であり続けたいのならな」

「……分かってるけど、僕にはまったくもって情報が入ってこないのに、ただ黙ってろっていうのは理不尽だと思う」


 アイザックの反撃に、セフィティナは困った表情で、テーブルに打ちひしがれているアイザックのコーヒーを飲み干す。

「それ僕のなんだけど」



 対して職員玄関から飛び出したルネは、孤児院の入り口にある門に凭れ、ストラスを待つことにした。

 夫のミラからは帰れと言われたが、それはつまり、この件について孤児院のトップであるミラが関わっていることを指し示している。どうやら意地でも知られたくない事情があるらしい。

 その時点で、カーティスは何か良からぬ事に巻き込まれたことが証明された。


 今までの事柄を整理すると、カーティス・マクグリンは確実に失踪していて、そのことを知っていたケイティは、謎の理由により現金移送中の銀行の金を奪い、それを使って仕事消失中の「天獄」にカーティスを探すように依頼した。しかし、状況から見て、ケイティの本当の目的は「天獄」を社会的に潰すことであるとしていい。そして、当のカーティスの失踪にはグルベルト孤児院のミラが関わっている可能性、もしくは何かしらの情報を握っている。

 明確な情報を並べるとこんなところだろうか。

 ルネは、一つひとつの情報を解体して、考えられることをまとめていく。


 一番の謎であるカーティスの所在について、今明らかになっていることはないが、親代わりであるアイザックの話によると、彼は確かに「ティルネルショッピングモール」で行方不明になっているらしい。そのことを考慮すると、ケイティが作ったカーティス失踪事件の資料は部分的に正しいことになる。

「(もしかして、あの資料)」

 ルネは、部分的に正しい資料に対して違和感を感じ、すぐにケイティの資料をカバンから取り出そうとする。

 しかし、それを妨げたのは院の子どもであった。


「ルネじゃん、そんなところで何してんの?」

 現れたのはシックな佇まいをした少女、ローレルである。昔からこの園にいる女の子で、最近ではすっかりオシャレに気を遣う大人の女性になりつつある。しかし言葉遣いは昔から最悪で、ルネは頻繁に茶化されていた。

「ローレルこそ何さ」

 ルネは不貞腐れたような顔色でつぶやく。

 すると、ローレルは笑いながらミラとの喧嘩を尋ねる。

「何? ミラ先生と喧嘩したの? 同性カップルなんて珍しいんだから、あんまり喧嘩しないでよ」

「うーるーさーい。今はあんな仕事男のことはどうでもいい。ローレルこそ、次の定期試験残念だったら、特別カリキュラムを適用するからね」

「え、サイアクー」

 ルネはグルベルト孤児院で非常勤講師として働いている側面もあり、ローレルの個人指導は何度もしていた。成績の方は残念ながら芳しくなく、赤点の常連である。

 あまりの成績の悪さに、ミラが直々に勉強を教える特別カリキュラム適用寸前という悲惨な状態だ。

 それを理解しているローレルは気まずそうに顔を窄めるが、すぐにケロリと表情を翻し、嘲るような視線を送る。

「まー、甘んじて受けましょーか、特別カリキュラム」

「何、いきなり」

「だって、不良で有名なカーティスだって受けてたんだから、私でも問題ないってきっと」

「……どういうこと?」


 ルネは特別カリキュラムを組む仕事もしているが、カーティスの特別カリキュラムが組まれたことはなかったはずだ。

 そもそも特別カリキュラムは、成績や精神的なトラブルを抱えている子どもに対して行われる、より専門性の高いプログラムである。勿論、専門性によってカリキュラムを組む者は異なっているが、それでもカリキュラムが組まれた子どもたちの名前くらいは把握している。

 それなのに、ルネはカーティスが特別カリキュラムが組まれていたことを知らなかった。

 それはすなわち、カーティス自体に何かしらの謎が存在しているということだった。準職員であるはずのルネですら知らないこと、それが誘拐の原因となっているかもしれない。


 だが、そこまでいっても話が収束するどころか、更に大きな謎に繋がってしまった。

 そのことにルネは大きくため息をつくが、そんなことはお構いなしにローレルは話し始める。

「そうよ。カーティス、ミラ先生とセフィティナ先生の2人に個別指導受けてたし。不良の筆頭格みたいな人だったから、まぁみんな当然がったけどねー」

「そのことって、他の先生も知っているの? フギンとムニンは!?」

「え? フギン先生もムニン先生も知らなかったけど……何かあったの?」

 他の教員も知らないこと。つまり、特別カリキュラムはミラとセフィティナしか知らない。

 どうやら本格的に、失踪の理由がカーティスに有り始めてきたと悟ったルネは、混乱しつつも、ローレルに「ありがとう」とだけ呟き、何か喋ろうとするローレルを振り切って歩きだす。

 勿論、一度拠点に戻るためだ。


 とぼとぼと歩き始めるルネに漸く追いついたストラスは、彼の名前を呼ぶ。

 しかし、ルネから帰ってくる言葉は「一旦帰ろう」のみであった。


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