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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十章 因果律の不協和音
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空虚な親子関係

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 この物語は、2つの過去の事件が発端としてあるのですが、この部分はその事件の事件現場です。場所や時系列はこの物語にとってとても大切なので、完成版ではしっかりとそこについて補足する予定です。

 次回の更新は来週月曜日12月7日20時です! 次回も続けてご覧になっていただければ幸せです!


 一方のストラスとアイザックは、グルベルト孤児院地下の入り口の前に立ち、カビ臭い地下通路を歩き始めようとしていた。


 旧ザイフシェフト地下には、幾つもの軍事施設が使われていた。

 しかし、それは25年前の事件と解体により忘れ去られてしまった残骸たちだ。あの事件が闇に葬られたことから、その存在を認知する生存者はほとんどいない。というより、25年前に関わった連中、正確に言えばトゥール側とミラー家がそのように仕向けていたこともあり、長らく放置されたままである。


 地下道の入り口は、いくつか存在しているようだが、2人が知っている場所で最も手近にあるのは現在閉鎖されているグルベルト孤児院旧校舎である。

 孤児院が抱えている校舎はつい最近新しく建設されたものであり、旧後者の方は取り壊されずに放置されている。その閉鎖された区域の地下から地下道へと進むことができる。と言っても、実態としては地下迷宮であり、出入り口として機能しているこの場所はいわば中間地点である。中は真っ暗で行動するだけで危険を伴うだろう。


 そのため、2人は最低限必要なものを用意して地下道の扉を開く。

 すると、アイザックは黒鉛のような入り口に向かって率先して入ろうとする。

 そんなアイザックをすんでのところで止めたストラスは、カバンから取り出した2本の酸素ボンベを取り出した。


「あ、ちょっと待て、これを使おうぜ」


 そう言いながら、ストラスは2本の酸素ボンベを見せながら、アイザックの背中に装着しつつ、地下道の中の危険性について指摘する。


「中は閉鎖空間だろう。空気が薄いかもしれないから、とりあえず装備していこう。どうせお前、自前のマスクもないんだろう?」


 全く考えていなかった危険性について指摘され、アイザックは笑いながらストラスの行動に体を合わせる。


「あー忘れてた。ごめんごめん」

「ほら後ろむいて、つけてやるから」

「ごめんねマミー」

「手のかかる息子だお前は」


 文句こそ言いながらも、ストラスは手際よくアイザックの顔にマスクをつけ、ついでに酸素ボンベも使用可能な状態にして背負わせる。かなりの重量であるが、ひ弱なアイザックも他の荷物を下ろせば十分抱えることのできるほどのものだ。幸い、背中に背負えるようにしていたため、姿勢を維持しやすくなっている。


 まさかの危険性に寸前で気がついた2人は、準備万端といった佇まいになり、早速地下道へと進んでいく。

 地下道は、嫌な空気が纏わりつく空間で、何階分続いているのかわからない階段が奥までひっそりと続いている。


「カビ臭いな」

「カビ臭くなかったら怖いよ。誰か入ったってことじゃん」

「あぁそうか。でも、25年も時間が経ってるなら、誰か入っていても不思議じゃなさそうだがな」

「その言葉、本当にならなければいいけどね。ほら、行こう」


 アイザックの皮肉に対して、ストラスは何も言わずに、アイザックの後ろをついていく。

 一方のアイザックは、ヘッドライトと手に大きなメモ用紙を持って冷静に先に進む。


 そこで、ストラスは一つ疑問を呈する。


「なぁ、アテでもあるのか?」

「ないよ。ただ、この地下道を調べることに意味がある」

「どういうこと?」

「もし、写真通りここにカーティスが”保管”されているのならば、少なくとも電力を使った痕跡がある。ここは既に、ないものとして扱われているから電力は発電機に依存する。発電機を利用し、尚且地下道って言うことは換気も必要になるでしょう? つまりは相当な電力が使われているはず。ほら、換気扇の音聞こえる。確実にここになにかあるって言うことだよ」

「……カビ臭いのに?」


 ストラスの言葉に、アイザックは首を縦に振る。


「そう。この場所はかなり広い。ほぼ旧ザイフシェフト全域、数値にすると20ヘクタール以上だったはずだ。いくら換気しているからって、そんな広い地下道すべての換気は不可能。ましてや、簡易的な発電機を使っているのならばよくて特定の部分だけしか換気しきれない。結構、苦行になるよ」

「あぁ、なるほどね。だから俺が駆り出されたってこと」

「そういうこと。僕も”今はこの体だから”、君におんぶしてもらおうかなって」

「はいはい。おんぶでも肩車でもなんでもしますよ。マップとかはあるの?」


 マップを尋ねられたアイザックはキョトンとした表情で持ってきたノートをストラスの前にかざした。


「今から作るんだよ? マップなんて残ってるわけないし」

「……ザイフシェフト全域って話したのはお前だよな?」

「大丈夫。その程度なら、マップがなくても覚えきれる自信があるし、昔の記憶もある。迷子にはならないよ」

「ひゅー、流石、記憶力の権化」

「これでも、元々は有名な学者だからね。任せといてよ」

「頭の上で、ザイフシェフトの場所と合わせられるのか?」

「勿論。それくらいは簡単だよ」

「お前それを絶対に人に言うなよ」

「簡単に言った結果友達がいなくなったから別にもういいよ」

「言っちゃ悪いが笑っちゃった」

「友達も、パートナーも、今は間に合ってるからね。さ、いこー」


 アイザックはそう言いながら、言っていることと逆行するようにほとんど迷いなく進み始める。


 右へ左へ、躊躇うことすらなく数十分進めば、そこは血なまぐさい研究施設のような場所にたどり着いた。


「ここまでくれば、ある程度場所をイメージできる。ちょっとまってね、簡単にマップを作ろう」

「ここに来るまでにもイメージついているだろ。殆ど躊躇がなかったが」

「イマジネーションという名の勘で来たからね!」

「勘で曲がり角を10個は曲がってきた気がするんだがな」

「まぁ、勘って非論理的って言われるけど、僕から言わせてもらうと、勘って、長年の経験とか知識とかから総合的かつ無意識に判断した、いわば意識しない論理的整合性を持つ回答だと思うよ」

「半分も理解できんが、まぁいいか」

「ごめん、セフィに話す感じで話してた」

「さぞ知能指数の高そうな会話してるんだろうなお前ら」

「この前はメタンハイドレートをどうやって使おうかって話してた」

「嘘なのか本当なのかわかんねーな」

「ミラー家が解体される可能性が出てきたからね。新しい資源を見つけるのは大切だからさ~」


 アイザックが聞き飛ばしてしまいそうな勢いで言った言葉に、ストラスは目の色を変えてそれについて言及する。


「ちょっと、それってどういうことだ?」

「メタンハイドレートをうまく使えれば」

「そっちじゃねーよ。ミラー家が解体って、どういうことだ?」

「あぁそっちか。いや、噂程度なんだけど、25年前のヤバメな資料が漏れた可能性があって、その責任を負ってミラー家がどうこうなるってことを聞いたんだよね。まぁ、セフィからの情報だから一切信用できないけど」

「……どこから漏洩する可能性があるんだ?」

「その点についてはよく知らないけど、2ヶ月くらい前の話かな。ミラー家に保管されていた資料の幾つかが持ち出されたって事件はあったらしい。これは確かな情報だったけど、ミラは口止めされてたね」


 軽快に話すアイザックの内容は、しっかりと情報が漏洩していることを証明してしまっている。

 いきなり約束を破っているアイザックに悪態をつきながらも、ストラスは嫌な想定が頭をよぎる。


「漏洩してんじゃねーか」

「いや、僕はセフィから聞いただけだし、そもそも僕はアルベルト・ミラーに恨みがあるしね。君だって、サイライで散々巻き添え食らってんだから、嫌いでしょ?」

「死ぬほど消えてほしいが、今はその情報、かなり重要だろ」

「資料盗まれたくらいだしね~」


 危機感のないアイザックに対して、ストラスはミラー家から資料を盗むことの難しさを説く。


「すべての資料にマイクロチップが入ってる紙媒体のものを盗む、簡単にできると思うのか?」

「……どういうこと?」

「ミラー家の資料はすべて紙媒体で保管されていて、すべてにマイクロチップが仕込まれている。加えて、監視カメラと特定管理者権限でしか削除できない盗聴器が詰まった部屋だ。外部の者が、盗めると思うか?」

「え、それって内部のものが資料を一部持ち出したってこと? でもそれって、できるのは娘さんのケイティさんしかいないような」

「そうだよな……。今思えば、俺も情報を見せてもらった時、”パールマン”を名乗らされたり、変なこと多かったな」


 すると、今度はアイザックが目を丸くする。


「パールマン!? よりによって?」

「パールマンって、魔天コミュニティの秘密主義者だろ? なんでお前がそんなに驚くんだよ」

「パールマン……、25年前の事件でも暗躍していた人物だし、100年前のサイライ事件でも、裏で計画を進めていた天だったはずだよ!?」

「えっ、それってマジかよ。秘密主義者ってことくらいしか俺は知らないが」

「ほとんどそのとおりだ。どちらの事件でも暗躍していたが、結局姿を見せることはなく、部下を使って行動していた。誰も、彼についてはわからない。男性なのか女性なのか、どんな人物なのかもわからない」

「でも、どうして俺はそんな人物に成りすませって言われたんだ? 今ひとつ、意図が読めないな」


 突如出てきた情報の開示により、状況は一変し始めたかもしれない、2人してそんなことを抱いたものの、今は判断できず、アイザックは適当に悪態をつく。


「ストラスは脳筋らしく、締め上げればいいんじゃないの?」

「脳筋ってかそれ単細胞だろ。流石の俺でもしねーよ。似たようなことはするかもだけど」

「その時はバディ解消だね」

「お前が提案したんだろ」

「あ、マップできたよ。はいどーぞ」


 醜い争いをした後、アイザックはA4いっぱいに書かれたマップをストラスに手渡し、ゆっくりと研究施設を一瞥する。


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