疑念の菓子
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
今回で何時ぞやのお菓子伏線を回収できましたね。この伏線は出来としては微妙ですが、可愛いので組み込んでみました。シリアス可愛い路線を開拓しようと頑張った結果ですね。
次回の更新は今週月曜日19日20時となっています! 次回もご覧になっていただければ更に幸せです(*´∀`*)
「……どうしても、メモリーボックスを閲覧しなければならないのか?」
一方のイレースは、イルシュルの言葉を聞き、今回のトラブルに何かしらの後ろめたさがトゥールにはあると確信しつつ、強くメモリーボックス閲覧の必要性を説く。
「どうしても、メモリーボックスを閲覧しなければならないのです」
「それならば、きちんとしたエビデンスを示せ。君たちは科学者だろう?」
もっともらしいイルシュルの言葉に、イレースは苦しそうな声を上げながら答える。
「ノアの危険性についてはご存知でしょう? そのノアが、最も危険性の高いエノクδと共同している可能性が高い……今は、少しでもヒントが必要なんです!」
イレースの鬼気迫る勢いの説明に対して、イルシュルは冷ややかな視線を浴びせる。
「そもそも情報があったって君たちでは何もできない。トゥール側の軍事力の活用だって必要なはずだ。それに、メモリーボックスの膨大な資料の中で検索をかけ、なおかつその情報を適切に利用するのはかなりの時間を要するだろう。できるのか?」
「……やってみせます」
「気持ちだけでなんとかできることではない。許可はできない」
無情にそう言い渡したイルシュルに対して、アゲートは冷静に意見する。
「トゥール様、僭越ながら意見させていただきます。トゥール様がそれほどまでにメモリーボックスの閲覧を拒絶する理由が何かあると解釈してもよろしいでしょうか?」
「何だ君は? 自己紹介もなしに失礼じゃないか」
イルシュルの言葉に、アゲートは嗤笑を交えた調子で答える。
「これは大変失礼なことを……私、2ヶ月前よりメルディス派区域A職員として配属されたました、アゲートと申します。ダウンフォールを主に専攻しており、それについての危険性を心得ているつもりです。まだまだ若輩者ですが、ダウンフォールの専門家という観点から意見させていただきますと、行動しているダウンフォールことエノクδは極めて危険な存在です。そのため、どうしても情報が必要なのです」
アゲートの冷静な対象に対して、イルシュルは怪訝な視線を浴びせる。
「専門家だというのに、メモリーボックスの閲覧が必要なのか?」
「勿論です。我々科学者というものは、基本的には統計学の元動いております。何にしても、一定のエビデンスを得るためには情報というものが必要不可欠なのです。そこで、メモリーボックスの閲覧はこのトラブルを解消する最短の道と判断しました。何卒、閲覧許可を宜しくおねがいします」
「……エノクδの危険性、どの程度だ?」
「この国家全体の軍事力のおよそ4倍に匹敵する軍勢を一瞬で生成することができます」
その言葉を聞き、イルシュルは青ざめた顔で反応する。
「……4倍だと?」
「えぇ。この国家の戦力を数値化したデータと、エノクδの体内エネルギー、消費効率を計算すれば、およそ4倍程度の戦力を即席で生成可能でしょう」
「本当に事実なのか? にわかには信じられない……」
「とても信憑性のあるデータです。エノクδがもし仮に、この力を使って攻撃を仕掛けてくれば、こちらにまず勝ち目はありません。そのために、メモリーボックスの閲覧は必須なのです。それでも、ご了承いただけないでしょうか?」
アゲートのデータの根拠は不明であるが、彼の重みたっぷりの表情により、このデータはかなり信憑性がありそうだ。そのイルシュル側の思考を読み取るように、アゲートは素早い仕草で資料を提示する。
「こちらがその資料です。メルディス様が測定したデータと、トゥール様側で公開しているメンバーのデータから算出した数値を比較したデータです。文献はご存知ですよね?」
アゲートの示したデータは、過去において国家側がエノクδの危険性について算出した値である。しかし、国家戦力の4倍に匹敵するということは計算しなければわからなかったことであり、それでいて十分の説得力を持つものだった。
確かに、これほどの危険性があれば、メモリーボックス閲覧の許可を出さなければならないだろう。
しかしイルシュルは悩んだ。自分ひとりの決断だけで了承していいのだろうか。こういうときこそ、パールマンに許可を取るべきなのではないだろうか。だが今パールマンは連絡を取れる状況にない。一人でコントロールしなければならない状況に瀕したことのないイルシュルは、一人で判断しなければならなかった。
少々苦悶に満ちた表情を呈した後、イルシュルはついに決断する。
「許可しよう。ただし、1時間に限定させて貰おう。必要なもの以外は閲覧しないように。いいな?」
イルシュルの決断に対して、イレースは首肯しているが、アゲートはというと不服そうな顔でため息を付いている。
そしてアゲートの口撃が始まった。
「トゥール様、僭越ながら申し上げますと、この危機についてよく理解できていないようですね。今はトゥールだのメルディスだの言っている場合ではございません」
かなり辛辣なアゲートの一言に、当然のごとくイルシュルは苛立ちを呈する。
「なんだと? 貴様随分と礼儀知らずなやつだ。どういうことだ?」
「申し訳ございません。ですが今は礼節など弁えている場合ではございません。こちらの資料を御覧ください。襲撃者の細胞を更に細かく分析した資料です」
アゲートは首尾よく資料を出す。すると、それはナノサイズにまで拡大したエノクδの細胞片であり、その考察について書かれていた。ご丁寧に、細胞データが本当にエノクδのものであることを指し示す塩基配列データまで記載している。
「なんだこれは?」
「そのまま、エノクδであると疑いがかかっている襲撃者の細胞の拡大図です。従来のダウンフォールも、このように皮膚が何層にもなっており、耐久性に優れています。しかしエノクδの細胞はその層が非常に多いです」
アゲートの言う通り、その細胞は確かに不自然な層に覆われていた。
それを見て、イレースの中にいるカーティスはぽつりとつぶやく。
「なんかこれ、ミルフィーユを通り越してバームクーヘンみたいだな」
カーティスの発言に対して、イレースは首をかしげる。
「ミルフィーユって、何?」
「えっ、イレース世間ずれしてるとは思ってたけど、ミルフィーユも知らないの?」
「少なくとも君にだけは言われたくないけど、何なの? ミルフィーユって」
まさかの反応にカーティスは怪訝に思いながらもそれについて答える。
「まぁ別にいいけど……いくつかのケーキの生地を重ねて作った層状のケーキだよ。だから、こういう層状のやつみたら思い出すって言うわけ」
「……それ、パッソムのこと?」
「はい?」
「いや、それここじゃあパッソムっていうお菓子だよ。この国は確かにある程度の言語を君たちのところと共有しているけど、食べ物は結構独自の呼び名がされているよ。特にお菓子とかはほとんど名前が違うはずだ。僕らが君たちの言語圏で使っているお菓子関係の言葉はケーキくらいだったかな」
「あぁ、そうだったのか……ん?」
そこでカーティスはつい先日の、アゲートの言葉を思い出す。
しかしその一方、アゲートは饒舌かつ雄弁に危険性を語っていた。
「恐らくは、エノクδは何かしら他のダウンフォールと異なる変形をしています。投棄されてからの50年間で何があったのかはわかりませんが、少なくともかなり特殊な発達を遂げた可能性が示唆できるでしょう。つまり、想定されている危険性よりも遥かに高い危険性を持つ可能性が出ているのです。いかがでしょうか? これほどの危険性がある生物が脅威として存在している中、派閥争いで犠牲者を増やすおつもりですか?」
辛辣なアゲートの言葉遣いに、イルシュルはというとぐぬぬと言わんばかりの表情で苛立つ。これほどまでに危険性を客観的に説明されば、確かに自分や仲間の命が頭をかすめる。死んでしまえば今まで上り詰めた地位や、親愛なるパールマンも死んでしまうだろう。
それを考えれば、メモリーボックスを閲覧することを許可することが最短ではないだろうか。ここまで危険性を主張すれば、こちら側に不利益な情報まで閲覧するとは考えにくい。ただでさえメモリーボックスには膨大な情報が存在するため、この短時間でそれを閲覧し切ることは不可能だった。
それらのことから、イルシュルはついに閲覧制限なしでのメモリーボックスの許可を出すことにした。
「……わかった。制限なしの閲覧を許可する」
そういいながら、イルシュルはすぐにメモリートークンを用意し、それをイレースらに渡す心中で、どうにか不安を落ち着かせようと必死だった。
そんなイルシュルの気持ちに一切気づくことなく、メモリートークンを受け取った。
メモリートークンを受け取ったイレースとアゲートは、早速メモリーボックスを閲覧するために、使用許可が下りているベルベット邸へと向かい始める。その途中、カーティスは自らの抱いた不信感を述べ始める。
「イレース、ちょっといいか?」
「どうしたの?」
「さっき、ミルフィーユのことで話したとき、ちょっと気になることがあったんだ」
カーティスの声の調子に、イレースはすぐにあまり良くないことであることを理解する。
「なんかあったの?」
「いや、一番最初にレオンの話をアゲート君から聞いたとき、彼、”ミルフィーユみたいな”って言ったんだよ。あのとき、お前は集中して聞いていなかっただろうけどな。おかしくないか? ミルフィーユって、この場所ではパッソムっていう名前なんだろう? そして彼はこの文化の中で生きてきた。どうしてそんな妙な表現をしたんだろう。訂正もしなかったし……」
それを聞いてイレースはゾッとさせられる。
レオンが一番最初に襲撃されたとき、まるで図ったかのようなタイミングで宴が襲撃を開始した。そのことから考えれば、メルディス側にスパイの類が存在していることは明白である。今の情報を加えれば、その可能性が現状最も高いのはアゲートということになる。
アゲートの経歴によると魔天コミュニティ以外で住んだことはないという。しかし、アゲートは人間の世界で用いられる言葉を使って状態を表現して、尚且それを一切訂正しなかった。それは、そもそも「パッソム」という呼ばれ方をしていることそのものを知らないと言える。
状況的に嘘をつく意味は、潜入するためであると考えるのが妥当だ。それらの情報すべてが、アゲートがスパイであると証明しているようだった。
「カーティス……落ち着いて聞いてほしい。もし、今の情報が本当ならば、アゲートはスパイである可能性が高い。それを疑われる言動とか、覚えている?」
正直イレースは信じたくなかったが、状況的に彼がスパイである可能性はかなり高い。とりあえずそれを確認するために、イレースはカーティスの知っている情報を引き出そうとする。
「いやー、特にはないと思うが……だが、この状況で嘘をつくってことは、そういうことだよな?」
「そう思ったほうがいいかもしれない。信じたくはないけど……」
「それならどうするんだよ。言及するか?」
「うーん……ちょっと、イリアにも相談したいなとは思う。確証はないから」
「確証はないけどほとんど……」
カーティスの言葉を尻目に、イレースは悶々とした気持ちを押さえ込み、ひっそりとイリアにメールを入れる。




