空になげた誄詞
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
この「空になげた誄詞」というタイトルは、恐らく今までのタイトルの中で最もわかりにくく書いています。実は、この部分でラスボスが何をしようとしているのかが絡む部分なので、一段と気合を入れた結果分かりづらくなってしまいました。でも気に入っているのでこのまま採用です。
次回の更新は来週月曜日11月5日20時となっております! 次回もよければお会いできると嬉しいです(*´∀`*)
・メルディス統括室
レオンの肉体に封印の文様を刻み込んでから、ノアはとある人物を訪ねていた。
その扉は不気味なほど荘厳な空気感を漂わせ、表現することのできないほどの重苦しさを孕んだものだった。その扉をノアは易々と開き、すぐに高価なソファに腰を下ろす。
「あらあら、ここ最近は懐かしい訪問者が多いことですね」
ソファに座り込むノアに対して声をかけたのは、現コミュニティの最高指導者に当たるメルディスことベヴァリッジだった。その部屋はベヴァリッジの部屋で、ベヴァリッジは二家会議を含む多くの業務を終えたところで、自らの部屋に戻ってきたところだった。
優しげで尚且凄みを感じさせるベヴァリッジの問いかけに対して、ノアは笑いながら答える。
「まぁね。うちのエノクα……いや、セフィティナがお世話になったようだから、僕も挨拶くらいしておこうかなって思って」
「お久しぶりですね。ノア、貴方はこの魔天コミュニティの歴史に大きく影響を与えましたからね、権力を担うものの殆どは貴方のことを知っていますよ」
「好かれるのは美少年だけにしてほしいねぇ。知っている? エノクは僕の手の中にあるんだよぉ?」
「素敵な話ですね、今回のエノクδ襲撃も、絡んでいるんですか? 少年愛の権化さん?」
「酷い呼び名だね。まぁ認めるけどさ。早速本題に入ろう。うちのバカが君に目的をバラしちゃったことでいろいろプラン変更があったんだよねぇ。君に目的がバレたってことはだ、僕らが秘密裏に行動している目的について当たりをつけているんだろう? ここは理性的な取引といこうじゃないか。君は、何を望む?」
ノアの問いかけに対して、ベヴァリッジはけたけたと笑いながら、その問いかけを無視して、質問を返す。
「ふふ……ウロボロス、起動させたいのですね?」
「あれれー、僕の問には答えてくれないのぉ?」
「そういうルールもないものでしてね。貴方たちがウロボロスを起動させようとしていることは知っていますが、どうしてそんなことをしようとしているのかは検討もつきませんね。それを見つけることが私の目的と言っていいでしょうか。そして、あわよくば……」
「ぅん?」
「その続きはご想像にお任せてしましょうか。状況も錯綜しすぎていますから、私もすべての事柄を知っているわけではありませんし、ここであなたに情報を漏らすのは愚行でしょう?」
「あらあら、そうだなぁ。君へ有益な情報なんてないし、そもそもあげられないし。どうすれば、ウロボロスを起動させてくれるの?」
ストレートな問いかけに対して、ベヴァリッジは大きくかぶり振る。
「それは難儀な話ですね……それは、人間の社会で核爆弾を爆発させるようなものですね」
「……よく危険性について理解しているじゃないか。まさか、アイザックもこんなことにDADが利用されるなんて思いもしなかっただろうね」
「25年前の事件から比べれば遥かにマシでしょう?」
ノアはその言葉を聞き、表情に出さずとも心の中で大きく舌を打った。
25年前のザイフシェフト事件があそこまで大きな事件に発展したのは、当時ザイフシェフトで研究していたアイザックが作り出した「DAD」という技術が悪用されたことに起因する。しかしこの状況で問題なのは、ベヴァリッジという外部の者がそこまであの事件について詳細を知っていたということだった。
そのことを前提に、それについては触れないように、ノアは探りを入れ始める。
それは、ザイフシェフト事件が今なお今回のトラブルに影響を齎している「方舟」について懸念もあり、それを前提にベヴァリッジを見据える。
「随分と内部のことを知っているんだね。その口ぶりから察するに、セフィティナとの取引以外からも情報を得ているでしょう?」
セフィティナがベヴァリッジとの取引に使用した資料は、ダウンフォールの生態を考察した「エノクαレポート」と呼称されていたものがある。そこから25年前の事件においてDADがどのように利用されたのかを知っているとなると、相当中枢に通づる情報筋があったということになるだろう。
ノアにとってこれは、厄介な誤算であるとともに、目の前の化け物じみた管理人を前にし、どうしようかと頭を悩ませていた。
そんなノアを嘲笑するように、ベヴァリッジはノアの問いに答える。
「あら、彼の資料から読み取れることも多いのですよ? エノクαレポートと呼ばれる資料すべてが出回っているわけではありませんからね。知っていますか? このコミュニティで、”エノクαレポート”と呼ばれているのは、なにも彼が取引に使った資料だけを示すのではないのですよ」
「……あの事件に関わった資料全部ってことか」
「察しが良い人ですね。そのとおりです。そして、あの事件にはトゥール派も関わっている……ここまだ言えばもういいでしょう?」
「全く……トゥール派が持っていた資料まで握っているのか。末恐ろしい子だ」
それを聞いて、ベヴァリッジは顔色を変えて大きくかぶり振る。
「……恐ろしいのは、イルシュル派がトゥール様の名を冠してしまっているということですよ」
「そういえば、メルディスとトゥールのことを、未だに想っているのかな?」
ベヴァリッジは、メルディスとトゥール直々に指導を受けた数少ない人物である。そのためか、2人を心酔している節があり、彼がオス型の魔天のことを信用しないのは彼らの影響があるようだった。それについてはノアが知るところではないものの、詳細について知らないノアですら、ベヴァリッジのメルディスとトゥールに対しての感情は異常の一言だった。
もはや安直な「憧れ」では形容できないほどの激情は、長い時間生きてきたノアですら遭遇したことがないものだった。ストーカーの心理に近いだろうか。不完全な依存とも呼ぶべき感情を羅列するベヴァリッジを、ノアは冷ややかな目で一瞥する。
「メルディスとトゥールという名称は、使うべきではないのです。彼らを愚弄するのと同等なのです……私ごときが……、ましてやイルシュルなどがトゥール様の名を語るなど、愚かにも程がある」
「言いたいことはなんとなくわかるけど、君はメルディスとトゥールにどうなってほしかったの?」
率直なノアの言葉に対して、ベヴァリッジは鬼気迫る勢いでノアを睨む。
「……彼らが生きていれば、私はそれで良かったんです。エノクβ事件の時に施したコールドスリープが限界に達しなければ、私は彼らを救うことができたはず。それができなかったのが、悔しくて仕方ないのです。歴史としては、彼らはあのときに死んでいますが、実際は100年前……それは貴方も知っているでしょう?」
ベヴァリッジの一方的な話に対して、ノアは断片的ながら知っていた。
エノクβ事件のとき、メルディスとトゥールの2人の英雄は、その力を使い果たしてしまいそのまま死を待つことになっていた。それをベヴァリッジはなんとかして生き長らえる手段、この場合はコールドスリープという技術を用いて、当時の状態を保ったまま、およそ100年ほど前まで眠りについていたようだった。
しかし、その後の彼らの行方は一切わからない。その行方を知っているのは、解凍を行ったベヴァリッジのみなのだろう。そして口ぶりから、恐らくは既に死んでいるようだ。
その真偽を確認するためにも、ノアは何も知らないといった調子で尋ねる。
「さぁ、僕にはなんのことだか……ただ、コールドスリープされたってことくらいは知ってるよ」
「できたのはそれだけでしたからね。彼らを助けるには、まだまだ知識も技術も足りていませんでした。だから、私は彼らを公に殺して、コールドスリープを施しました。彼らを助ける術を求めて、数多くの時間を投じてきました。ですが、結局は間に合うことなく、彼らは逝去してしまった。残った者も、失ってしまった」
不気味なほど饒舌に続けるベヴァリッジに対して、ノアは若干の不審さを感じつつ、同じものをベヴァリッジ本人も感じたのか、こほんと息を吐き、すぐに冷静さを装う。
「……まぁ、そういうトラブルがあった、それだけの話です」
「それが君の目的か……それは受け取っておこう。でも、僕にはずいぶんぺらぺら喋ってるじゃないか。なんか、疑問だなぁ~?」
挑発的なノアの言葉遣いに、ベヴァリッジはぽつりと呟くように笑う。
「……なんででしょうね。多分、私は、彼らと同じくらい貴方のことに好意を寄せているのかもしれませんね」
「ふふ、少年から好かれる以外で、少し好意的に思えたのは初めてかな。ただ、それなら君の目的を教えてよ」
「それはできません。私の目的は、きっと貴方の目的とは相反するもの……、これからは、真剣勝負と行きましょうか。私は私の目的を遂行し、貴方はウロボロスを起動させること……退屈せずにすみそうですね」
ベヴァリッジは常に挑発的なノアの態度をそっくりそのまま返すような口調でそういう。すると、ノアは吹き出すように笑う。
「まさか、こんな負け試合やらせるの?」
「勿論。私は、性格が悪いので……」
ベヴァリッジがそう言い切ると、後方で扉が音を立てて鳴り響く。それに続いて、「イレースです!」と聞き慣れた声が聞こえてくる。
それを聞くと、ノアはソファから立ち上がり、とある捨て台詞を残して消えてしまう。
「どちらにしろ、君はウロボロスを起動することになるさ」
ノアの意味深な言葉を噛みしめることをせず、ベヴァリッジは扉を一瞥しながら「どうぞ」と招き入れる。




