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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第九章 嗤う鵜篝
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錆ついた贖愛

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 今回のタイトルの「贖愛」という単語は造語でありますが、主人公2人の経緯を考えるととてもピッタリの言葉だと思っています(*´∀`*) キリの問題で若干短いですが、今回もご覧いただけると幸せです!

 次回の更新は来週の月曜日29日20時となっています!


・フレックス病院



 イレースらは意識のないレオンの精密検査を行うためにフレックス病院を訪れていた。結果としてレオンは、命に別状はないもののエネルギーが完全に遮断されている状態で、それが原因で一時的な意識障害を起こしているらしい。

 とりあえず、命の危機はないものの、イレースらはレオンのことを案じて、ベッド脇の座りながら心中で会話を行う。


「レオン……大丈夫なのかな」


 特に落ち込みが激しいイレースに対して、カーティスも同じようにしんみりした声色でそれを肯定する。


「大丈夫だって」

「そんな声で言われてもさ……」

「いやまぁそうだけど、あの変態曰く命に別状はないらしいし、大丈夫だと信じるしかない。それより、俺たちは今できることをすべきだ」

「……そうだよね、いやそうなんだけどさ」

「お前多分騙されやすいから注意しろよ」


 カーティスのセリフにイレースは疑問を抱きながら、先程のフィードバックを行う。


「とりあえず、あの人の行動はかなり謎が多い。アーロン・ベックになりすましたり、今回みたいにレオンの力を封印したり、挙げ句僕らを殺さなかったり……何がしたかったのかな?」

「わからん。ただ、俺たちになんかさせたいっぽいよな……あ、あいつ”メモリーボックス”を調べろって言ったけど、どういう意味なんだ?」


 それを聞いたイレースは、メモリーボックスのことを説明する。


「メモリーボックスっていうのは、その名の通り魔天コミュニティの中のあらゆる記録を保管しているものだ。この国家で行使されるあらゆる権限や機器の使用はすべてそこに記録されている」

「すべて記録されているのか?」

「勿論。だけど、それを閲覧するにはかなり難しくて、メルディス派とトゥール派それぞれから了承を得て、なおかつ最高権力者である現メルディス様の認めた第三者とともに閲覧しなければならない」

「厳しすぎるだろ。そんな厳しくて独裁的にならないな」

「その対策として、これに例外はないようにしているんだよ。つまりはメルディス様であっても、第三者とともに閲覧しなければならない。その場合は、現トゥールが第三者を決めるんだ」

「この国家よくできているのかできてないのかわからんな」

「役割分化をしすぎたせいだね。とにかく縦割りにしてそれぞれに責任を厳格に決めたせいでこうなったって学者は言ってるよ」

「多分それ違うと思うぞ」

「そうかな~僕はそっちの方はさっぱりちゃんだから」

「専門外なことは口出ししないことに限るな」

「それは本当にわかる。いやそうじゃなくて、そのメモリーボックスに何があるかって話だよ。あの人はメモリーボックスの中に重要な情報が入ってるって知っていたってことになるよね?」


 イレースは確認するようにそう言うと、カーティスはメモリーボックスに入っている情報を具体的に尋ねる。


「いや、俺が知るわけ無いだろ! メモリーボックスなんて俺はわからんし、メモリーボックスについてお前の知っている情報を話してくれよ」

「確かにそうだけど……」

「イレース、ちょっと落ち着け。ポンコツになってる」

「ごめん……焦りが強いのかな、ちょっと頭がうまく働かなくて」

「ちょっと休もうぜ。いろいろなことが起きすぎて、俺たち相当疲れているはずだからな。冷静になれるまで休もうぜ」


 カーティスの提案通り、イレースは少し頭を休めることにし、一気に口数を減らして寝息を立てる。恐らくは呼吸音なのだろうが、姿が見えないことも相まってカーティスには寝ているようにしか思えない。

 しかし、疲弊しているのはカーティスも同じである。多くのことに巻き込まれすぎて、カーティスは少しだけ故郷とも言えるグルベルト孤児院を思い出していた。



 カーティスにとって、最も思い出深いのはアイザックと過ごした時間だった。ついで、同じ孤児院で育ったルークや、よく話しかけてくれたケイティとの記憶だ。

 その中でもカーティスが最も大切にしているのは、アイザックとの時間である。普段こそ「先生」と呼ぶカーティスであるが、二人っきりの時間に関しては例外で「父さん」と呼んでいることは、カーティスとアイザック以外は知らない秘密である。


 カーティスは、基本的に人と接触しないで生きてきたため、その本質は「世間知らず」である。その世間知らずさを埋めてきたのは、ケイティをインターフェースとした外部との接触であり、ごく限られた環境で生きてきたカーティスに数多くの知見を与えることになった。


 カーティスが持っている記憶の中で最も古いものは、笑顔とは程遠いアイザックの表情だった。彼が持っていた感情は、子どもが誕生したことを祝うものではなく、罪悪の念に苛まれていて、強い苦しみをはらんでいるようだった。一方のカーティスも、今まさに誕生したような気持ちはなく、薄氷のように儚い記憶が体に残っているようだった。


 けれも、その記憶が二重に混在しているような不思議な感覚もあった。時折、自らの肉体が乗っ取られるような意識の変化を感じることがあり、そのような事があるたびに、アイザックを困らせてきた。

 こんなところで軽い後悔を覚えるのも無意味なことであるが、カーティスは常々アイザックにかけてきた迷惑を憂いてきた。だから、社会的にも経済的にも自立するために一人暮らしを始めたのだが、その矢先にこんなトラブルに巻き込まれてしまった。これまで人との交流を最低限にしていたため、心配してくれる人も乏しい。それらの環境が、カーティスのメンタルヘルスに強い影響を与えたのは事実だった。そんなことを思いながら、カーティスはしばしの感傷に浸ることにした。



 一方のイレースは、眠っているのではなく、いつの日か自らが言った「共通点」について考えていた。


 確かに、カーティスとイレースには境遇の一致という共通点こそある。しかし、普通に考えてそんな共通点だけでこんなトラブルに巻き込まれることは考えにくい。それどころかありえないだろう。単純な共通点ではなく、イレースは自分とカーティスが巻き込まれたことに何かしらの必然性、必要性があることを確信する。


 ここまでは普通に考えても簡単にたどり着くだろう。しかしそこから先はどのような必然性があるのかは本当にわからない。確実に欠如した情報が存在する中で、正確に今回の事柄を考察することはできないだろう。

 このことを考慮すれば、イレースが失っている2ヶ月の記憶の間に何かしらの共通点に繋がる情報があったのではないかと推測することができる。不自然に失った記憶はそういうことだろう。


 ふと、そこでイレースは改めて記憶を失った経緯について考えることになる。自分にある2ヶ月前の記憶は、普通に業務にあたっていただけで、特にこれと言って不自然なことはなかったはずだ。しかし、ここ最近の自分の思考力の低迷に鑑みれば、それすらも曖昧に感じる。今自分が持っている情報の中で確定しているものは、記憶を失ってからカーティスと行動したこれまでの行動の中で得てきたものだけであると言っていいだろう。


 その中で出てきたノアの「メモリーボックスを調べろ」というヒントを見ると、一連の事件にコミュニティが少なからず関与していることの示唆となる。

 今までイレースの頭には「メモリーボックス」を調べるなんて頭になかったのだが、実際に調べろと言われたらその難しさに頭を悩ませる事になった。閲覧するにはそれ相応の理由と同時に閲覧する者が必要になる。その上記録されている情報は非常に多く、何を探せばいいのかすらわからない。


 役割が明確に分けられている組織の中では、メモリーボックスに保存されている情報を把握しているのは情報管理を担当している「管理-I」と呼ばれる部署の者だけである。その上、ベヴァリッジの許可も必要になるため、秘密裏に調べることは不可能の領域である。


 「一人で見るといい」というノアの言動から推察するに、メルディス内部にも内通者がいる可能性も否定できない。このことから、できる限り秘密裏にメモリーボックスを調べることが望ましいのだが、その手段がさっぱり浮かばない。

 考えを持て余したところで、イレースはカーティスの意見を求める。

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