カーティスの真実
この度、北海道地震の影響で更新が完全に止まってしまうことが懸念されましたが、奇跡的に電力が回復したことで投稿する事ができました。私を含む、北海道(特に震源付近)・東北圏在住の方々、余震に十分に注意してお過ごしください。
今回から第8章に突入し、少しずつ話しも進んでおります。ただし、話自体はここから更に複雑化するので、このペースを崩したくありません。次回の更新は、9月10日20時を予定していますが、余震や停電の影響によりいつになるかは決定できません。ご覧になってくださる方が少しでもいらっしゃれば、震災に十分に注意し、正しい情報のもと行動してください。失礼します。
・ルイーザ旧国境区 天獄
ケイティとの交流により情報を得たルネとストラスは、カーティスの情報を得るために彼の新居に向かおうとしたが、その直後にアイザックから連絡が入った。
曰く、提供したい情報があるから天獄に行ったら、誰もいなかったのでとっとと戻ってこいという旨の内容で、2人はなぜか無駄に長い時間をかけて戻ってくる事になった。
ようやく天獄に戻ってくる頃には、若干日は落ち始めており暗んだ日差しが散乱していた。
そんな状況ではあるが、2人は扉を開き、一番最初に目に入ったソファに座るアイザックを捉える。彼は、目をつぶって子どもサイズの足を交差させながら目を閉じている。勿論、かすかな怒気も含んでいて、冷ややかな空気感を発している。
扉が開く音を聞いたのか、彼は大きな黒色の瞳をぱちりと開いて、二人を見据えた。
「遅いよ」
「アイザック……どうしてここにいるんだ?」
最初にその疑問を呈したのはストラスである。普段からアイザックは天獄に訪れるようなことはなく、基本的にグルベルト孤児院周辺しか行動しないため、ストラスらは強い疑問に駆られたのだ。
一方、帰ってきたストラスらに対して、アイザックは恨み言を述べつつも自らがここに来た事を説明する。
「それはこっちのセリフだよ。普段あんまり出歩かないのに、どうしてこんなときにいなくなってるんだよ。まぁそれはおいておくとして、僕も一緒にカーティスを探したい。いや、参加させてほしいんだ」
「なにかあったの?」
ルネがそう尋ねると、アイザックは一つの写真を見せて説明を始める。
「これを見て欲しい。この前、ルネが僕らを訪ねてきた時、セフィティナが変なこと言っていたでしょう? その後、カーティスの居場所を問い詰めたら、この写真を出してきたんだ。だからここで、皆で考えればなにかわかるかなって思ってね。それに、話したいこともある」
「話したいこと……?」
「うん。実は、カーティスが失踪することを、僕は予め知っていたんだ」
アイザックから飛び出た衝撃的な一言に、ルネとストラスは顔を見合わせる。そして、そのままルネがアイザックに説明を求めた。
「どういうこと?」
「カーティスがいなくなる数日前、セフィティナから、カーティスが少しの間いなくなるという風に言われていたんだ。詳しい事情については説明されなかったけど、セフィティナが付いて守るということを前提にして、僕はそれに同意したんだ。だけど、行方不明になってからセフィティナはほとんど何も話してくれなくなったし、約束と違ってセフィティナがカーティスに付いている様子もなかった。そんなときに、ルネが訪ねてきたから、それをきっかけに問い詰めたら、この写真を渡されて、これで勘弁してくれって言われたんだ。ふざけやがって……」
アイザックの言葉はかなり棘があり、相当な怒気が含まれているようで、恐ろしく苛立っているようだった。
そんな状態のアイザックに、ルネはカーティスのことを言及する。
「アイザック、カーティスの出生について、教えてくれない?」
「え?」
ルネの言葉に、アイザックは露骨に嫌な顔をした。恐らく、その出生については是が非でも語りたくないらしい。
しかし、ルネはそれを押し切ってアイザックに詰め寄る。
「お願いだアイザック。トラブルが起きた時期から考えて、カーティス自身に何かしらの原因があった可能性がある。お願い! カーティスについて教えてほしい。きっと、アイザックもそれについては言いたくないんだと思うけど、彼についてわからなかったら、今回のトラブルが上手く接合しないんだ」
ルネは全力で頭を下げる。
すると、アイザックは最初の嫌がった顔を窄め、苦しそうに唸った後、ゆっくりとカーティスについて話し出す。
「……あの子について、話すのはもう少し後にしたかった。でもそれは僕のわがままだったみたいだね。わかったよ、カーティスについて話そう。でも、彼についての真実は、僕にとっても苦しいことなんだ。若干、あやふやになるのは勘弁してほしい」
アイザックの忠告に対して、ルネとストラスを黙したまま首を縦に振る。
それを視認したアイザックは、小さく話し出す。
「あの子は……カーティスは、25年前の事件で唯一犠牲になったグルベルトの肉体を用いて、不治の病に冒されたカーティスの体に組み合わせた新たな存在、つまりは人工生命体に含まれるかな。僕が昔書いた”魔天エネルギーによる細胞接合と人格意識統合の諸理論”という本で提唱した理論を使った、医療技術だった。でも結果として、彼に対して非人道的なことを行ってしまったんだ」
アイザックの言っていることの半分も理解できず、ルネは「どういうこと……?」とつぶやきながら話を促す。
「最初から話すよ。発端はあの本に書いた理論だった。魔天エネルギーを用いて破損した人間の細胞を復元、または繋げることを目的とした医療技術だった。人格意識統合っていうのは、魔天エネルギーを用いることで発生する人格変容という副作用を解消するものだった。魔天エネルギーを用いると、そのエネルギーの持ち主である人格意識に寄ってしまう、という致命的なデメリットがあったんだけど、これを人間の神経伝達物質の量を調整することで、デメリットを解消するという技術だった。でも、これを解体すれば、とある可能性に行き着くことになった。それは、人間が抱える不治の病を治すことができるのではないか、という可能性だ。僕はそれを試すために、あの本に一人の臨床例を挙げたんだ。それがさっき言ったカーティスだった。でも、そこで大きな躓きがあった。まず、被検体カーティスの肉体が魔天エネルギーに侵食され、飲み込まれてしまう可能性がかなり高かったことに加えて、拒絶反応を起こしてショック死の可能性もあった。つまり、不治の病を抱えた少年に適用させるには、課題が多すぎた。臨床例としてはほとんど機能しなかったんだ」
話をまとめると、魔天エネルギーを人間に適用させることはかなり難しいため、アイザックの著書である「魔天エネルギーによる細胞整合と人格意識統合の諸理論」という本にかかれていた理論は、結局臨床例があやふやなまま終わったとのことだ。
しかしそれなら、先程の発言と矛盾する。ルネはそれを思いながら、更に話を促す。
「それならどうやって、カーティスを……?」
「その時点で手段は一つだけ。少年の肉体が正常に機能している部分を、そのまま魔天の肉体に移植するような形にするしかなかった。ここまで来たら、何が起きたのかわかるだろう?」
アイザックの苦しそうな声を聞き、ルネとストラスは凍りつく。
その狂気の制作過程が一瞬で脳裏をよぎる様だった。特に、ルネは詳細に何が起きたのかを理解してしまう。
「……グルベルトの体に、カーティスの正常な肉体を移植した……そういうこと、だよね?」
浮かんだ言葉をそのまま口にしたルネに、アイザックは自嘲気味に笑った。
「そう。もっと詳しく言うと、25年前の事件でグルベルトは再生不可能なほどの損傷を負った。DAD適用下であったことも相まって、グルベルトが生きる手段はなかったんだ。その時、彼はカーティスに自らの肉体を渡してくれと言われて、僕はその言葉に従った。カーティスの肉体をグルベルトに組み込んで、今の彼を作った。厳密に言えば、グルベルトの肉体を軸に、カーティスの臓器や脳を組み込んだんだ」
「それ……本当なのか? いくら技術者が集まってたからって、脳の神経細胞を完璧に他者の肉体につなげることなど不可能だろう?」
ストラスの言葉は尤もであるが、アイザックは首肯しつつも自嘲したような表情を緩めなかった。
「それについては、今までの実験から得た情報ではっきりしている。魔天は他の細胞を取り込んだ際にその肉体と同調し、再組成する性質があるから、それを使って肉体の再組成を促しただけ。僕はただ、再組成をさせるように仕向けたんだ。それの成功率を上げるように色々な補助をしてね。それで、およそ5年の時間をかけて、ようやくカーティスとして自我を持つようになった。これが、カーティスの出生の秘密だ」
アイザックは、全て話し終えると憑き物が取れたように大きく安堵した。彼自身、相当このことが重荷になっていたようだった。
しかし、疑問はそれだけでは終わらない。一度引き取られ、そこで虐待を受けていたということについてはつながらない。その疑問を、ルネは更に追求する。
「……虐待されてたっていう話は?」
「一番最初は、グルベルト孤児院で彼を育てることに反対していた。だから、信頼の置ける有権者の元に養子として引き取ってもらうことになった。だけど、その時に体内の残存エネルギーが軽度の暴走を齎し、精神的に不安定な状態になってしまった。どうやら僕のことを親代わりに思ってくれてたらしいから、もう一度グルベルト孤児院で引き取ることになった。結局、そのまま育てることになっちゃったけどね」
ルネは、すべてを語り終わったアイザックにお礼を述べ、ゆっくりと今の話をなぞり始める。
アイザックの話をまとめると、カーティスは25年前の事件で重症を負ったグルベルトという人物と、不治の病に冒されたカーティスという少年の肉体を組み合わせた特殊な出自を持つ人物で、少なからず魔天コミュニティと関係がある可能性が出てきた。
これらのことから、ルネはカーティスが巻き込まれたことを必然であると仮定した。
「なんか、色々遠回りしたけど、今回のトラブルに巻き込まれたのは必然臭いね。この情報は、僕らが思っている以上に中核的な情報になると思う。で、セフィティナが相当関与しているってい情報も。アイザック、さっきの写真渡されたときになんか気になる情報なかった?」
ルネは、一つ一つ情報をまとめるため、セフィティナに質疑応答を求める。
すると、アイザックは快く答える。
「あのとき、フギンとムニンが”4人から口止めをされている”ということと、”知らないのは僕とミラだけ”って言ってたくらいかな。気になるところはね」
「つまりフギンとムニンは知っているってことだよね? 今回のトラブルには少なくとも彼ら、及び周辺人物が関わっているということが確定する。セフィティナがカーティスの写真を持っていたことを考慮すれば、主犯格はセフィティナでまず間違いない。それなら、今回の失踪事件の中核は、僕らの周辺人物となる。心当たりとかない?」
ルネの情報整理に対して、アイザックは首をかしげる。
「心当たり云々の前に、どうしてセフィティナは本当のこと言わなかったんだ? 彼に最も近い僕らを放置するのはかなり危険なはずだけど」
「それについては、セフィティナのことだからただ単純に考えていなかった可能性も否定できない。でも、これだけ大それたことをしているんだから、流石にもうちょっと計画性を持った人物が動かしていてもいい。それこそ、ミラとかね」
ルネがそう口にした瞬間、天獄の扉が強引に開かれ、仕事をとっとと切り上げてきたミラがそれを否定しながら入ってくる。




