最悪の罠
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
相変わらずひっそりと、そしてゆったりまったり進んでおります。そしてこのペースであれば年内完走があやくなってきているので、金曜日の更新を毎週にしようか検討中です(・へ・)
今回も若干歯切れ悪い感じで終わってますが、続きはまた金曜日に更新されますので、ご覧になっていただけると幸いです(*´∀`*)
次回の更新は今週金曜日8月24日20時となります!興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
それから30分ほど、カーティスらは休憩を入れることにし、つかの間のティータイムを楽しんでいた。
一方のイリアは、メルディスから得た情報とベックからの情報を共有するために寄宿舎の扉を叩く。しかし、まさか自らが紊乱者となるとは思いもしなかったのか、イレースの部屋に入った瞬間浴びせられた冷ややかな視線に驚きつつ、話し出す。
「……メルディス様から、エノクαについて聞いて来た。それについて有益な情報はなかったが、過去の取引でエノクαが何を要求していたのかがわかった。そっちはどうだった?」
鬼気迫る勢いのイリアを見て、カーティスはとりあえずお菓子を勧めつつ、アーロン・ベックについて尋ねる。
「アーロン・ベックって、すごく少年好きな変態じゃないよね?」
それを聞いたイリアは首をかしげながら続ける。
「は……? いや違うけど。特徴と言われれば微妙なところだが、30歳くらいの男性型で、警戒心が強い人だ。だから基本的に、研究をするのは一人だけで、私ですら彼の研究を手伝うことは難しい。今回に限っては特別にって言うことで情報を提供してくれることになったんだが……なにかあったのか?」
イリアの言葉に、カーティスとイレースは顔を見合わせ、あのアーロン・ベックが偽物であったことを確信する。
「やっぱり……イリアさん、実は俺たちが会ったアーロン・ベックは、偽物だった」
「どういうことだ?」
疑問満載の顔色で首を傾げたイリアに対して、カーティスは事の経緯を話す。
するとイリアは、顔色を変えて大きくかぶり振る。
「それは……ベック先生じゃない。先生にはクリスタルなんて助手いないし、ましてや変態でもないし……」
「じゃあ、あの変態は何者なんだ? その人物は、現状専門家ですら知りえない情報を持っていて、なりすましを行うことでメリットを持つ、ついでに変態、人物が限定的すぎる」
カーティスの推測に、イレースは推測される人物を挙げる。
「あそこまでの情報を持っているのなら、少なくともエノクと関わりを持っている可能性を考慮すれば、あの人物はエノクαであった可能性があるけど、どう思う?」
「現状を見れば考えられる可能性の一つだよな」
2人の会話を聞き、イリアは一つ別のことを尋ねる。
「そういえば……お前たち、いつの間にか同時に意識を持てるようになったんだな。イレースの言葉も出てきてる」
「あれ、そうなの?」
「……え」
まさかの指摘に、2人はあたふたした調子で続ける。
「まぁ、良かったんじゃねこれ」
「話しやすくはなるからね。で、イリアの方の情報と照らし合わせて考えよう。イリア、教えてほしい」
イリアはそれに同意し、こちらもメルディストの会話で得た情報を包み隠さず話し、エノクαとの接触は困難であることを話した。
だが、この2つの情報を重ね合わせると、若干のつながりが生じ始める。
「イレースの言う通り、ベック先生になりすましたのはエノクαである可能性が高そうだな。そうだとすれば、今回のトラブルと妙に整合するし、コミュニティでは手に入らない情報がぼこぼこ出てきたのも頷ける。エノクαは外見も変えているらしいから、知らない相手だったら問題なくなり済ませる。普段からベック先生は、メールでアポを取ってるから、なりすましも容易だ」
「でもそれなら、どうしてリスクを犯してまで、なりすまして僕らに情報を流す必要があったのかな。もし今回のトラブルの中核に、エノクαがいるのなら、メリットなんてなくない? むしろ情報を流すことはディスアドバンテージに近い。行動動機を考えれば、正直理解できない」
「わざわざ助手までつけて、気まぐれでしたーなんてありえないだろうな。何かしらの意味があるはず。それがわかればだけど」
カーティスの言葉に、イレースは一つの疑問を呈する。
「そういえば、今回のトラブルって、どこまで繋がっていて、どこまでが希薄なんだろう」
「どういうこと?」
「ほら、今起きてることって、宴による襲撃があって、その中にエノクδがいる可能性があり、それをトゥール派が仕掛けているって言うことだと解釈してるけど、カーティスのこともある。そして、ここに来てエノクαと思われる不審な人物の不可解な行動、単純に3つのトラブルが起きている。これらが何処まで繋がっているかわからないと、完全に翻弄される。ただでさえ連続体としての側面を持ったトラブルだ。一つ一つの因果をはっきりさせないと、僕らは思わぬ混乱と思い込みを被ることになる」
「なるほどね」
「今の所、これを繋ぐ唯一の事実は、”ほぼ同時期に起きている”こと。これは明らかに関係性を主張している。これだけのトラブルがこの短時間で乱立するとは考えにくい。どこかで繋がっていると考えるのが妥当だ。でも、それらを混合すると厄介だ」
イレースの解説に対して、カーティスはわかりにくさを指摘する。
「イレース、どんどんわかりにくくなってる。一般人にもわかりやすく!」
「簡単に言えば、こんなにも同じタイミングで多くの問題は起きないから、手がかりがどのトラブルに関わってるかをはっきりしようってこと。で、今回のアーロン・ベック先生になりすました可能性が高いエノクαはどのトラブルに関係しているのかをカテゴライズする必要がある」
「それなら理解できるな。じゃあなりすましは、エノクαの不審な行動に分類されるってこと?」
「それについては確定していないから今の所保留。これを考える上での手がかりは、宴に所属していると思われるエノクδだ。αは他のエノクと関わりがあるっていうことを前提にすれば、少なくともδとの繋がりが濃厚であるはず。つまり、δが宴に侵入しているのは、なにか別の目的であり、本来はαと行動していると推測するほうが利口だ。そう考えれば、なりすましはそれの補助だった可能性がある。ただここで問題が残っている」
「渡した情報がかなり信憑性があるってこと?」
「そうだ。通説と研究結果を考慮すれば、本当であると想定したほうが遥かにまともだ。でも、エノクαはエノクαレポートを書いた本人だ。すべてウソであることも想定したほうがいい。これだけのことをやらかす人物だ。それくらいは余裕で仕掛けているだろう」
イレースのその意見に、イリアは反論する。
「ちょっとまって。それだったら、エノクαレポートに書かれている情報は嘘だっていうこと? それはありえない。あの書籍に書かれている情報の殆どはエビデンス、科学的根拠を得ているはず。現に、εだって理論通りの発達を遂げているぞ?」
「εじゃなくてレオンな」
カーティスの指摘にイリアは顔を歪めるものの、悲しげな表情をしているレオンに心を痛め、すぐにそれを訂正する。
「申し訳ない。レオンだってこうやって発達を遂げている。少なくとも、あの書籍全般が嘘だったとは考えにくい」
「あくまでも可能性の一例だ。でも、僕がαなら、とっとと適当なこと言って返すよ? 状況的に考えれば、相手は僕らの動向を円滑に知るためになりすましたと考えるのが妥当。それに、真実の情報を告げる必要はない。ましてや、警戒を強めるようなことは言わないはずだ。なりすました奴は、エノクαを最も実践経験豊富な人物、δを最悪の能力を持つ凶悪な個体とした。今回のトラブル関係者をあえて警戒させるようなことを言っている。嘘の可能性も考慮すべきだ」
その提示に、カーティスは一つ意見を述べる。
「イレースの考えは確かに繋がってはいるけど、それで出てくるメリットって何? あの変態野郎が嘘を言っていたとして、俺達は嘘の情報を聞き、2つの個体に警戒心を持っている。これはむしろ、逆効果であると言えるが?」
「勿論だ。逆効果なんだよ。でもこれが一つメリットに変わる事がある。戦闘においてはプロレベルのカーティスならわかるはずだ」
イレースにそう言われて、カーティスは少々の思考の後、はっとするようにとある想定を行う。
「実際に交戦する時か」
「そういうこと。誤った方向の情報をあえて渡しておいて、誤った対策をさせること。この状況で彼らに残るメリットはそれだ」
それを悟ったカーティスは、にこやかに手を振る仕草を行い笑った。
「なるほどね~。じゃあ俺はこれで」
「残念、逃さないから」
「一般人を逃がすのが国家の義務だろーが」
「徴兵制って言葉もあるでしょ、パートナーとして頑張ろう」
「どうしてこんな事に巻き込まれてるのだろうか」
苦しいやり取りをしている2人を横目に、イリアは相手がどこまで事を計画しているのかわからないという不気味さを感じていた。相手がエノクという化物2体であることと、何を企んでいるのかわからないという気味の悪さが、イリアの警戒心を強めている。
イリアは、それについてイレースに見解を求める。
「……イレースは、どう思うんだ? ここに来て、2体のエノクは何を企んでいるのか……考えられることはなにかあるのか?」
その問いかけに対して、イレースは真顔で「全然」と言い放ち、今から話すことが全て根拠のない妄想であることを前置きする。
「僕は、復讐みたいな、そこまで感情的な理由じゃない気がする。なんていうか、本当に復讐しようとしているなら、こんな回りくどいやり方をしないと思う。確かに、エノクα、エノクδともどもメチャクチャ警戒心が強いだけかもしれないけど、エノクαレポートから察するに、彼らは自らにどれほどの力があるのかを認知しているんだろう。δに至っては、凶悪な軍勢を大量生成できる能力があることを見れば、そもそも戦略なんて立てる必要ないんだよ。戦略って、戦力が低いからこそ立てるものだからね。物量があればそのままゴリ押しすればいいんだし」
「これに関しては俺もイレースに同意するわ。敵は絶対自分の能力をわかってて、あえてこんな回りくどいやり方してる。勘だけど」
「カーティスが言うと若干説得力があるね」
「若干じゃなくてとてもな!」
「で、続ければ、彼らは隠密な行動をとってまでしなければならないことがあるっていうこと。このことから考えれば、彼らは単純にこのコミュニティを潰したいわけじゃなくて、何かしらの課題があって、それを解消しなければならない。そのためにも隠密行動が必須である、っていう感じになりそう」
それを聞いたイリアは、混乱するように更に突っ込む。
「それなら何が目的なんだ?」
「わからないけど、単純な軍事力だけでは解決しない問題であることはまず間違いない。それか、その軍事力を行使できない状態にあるか。ただ後者は考えにくいと思う。一国家レベルの組織に対して、少人数で喧嘩をふっかけるほど馬鹿じゃないだろう。今このコミュニティを取り巻く勢力は、トゥール派、宴、エノクαとδを含む第三の組織、一応僕らがあるといえる。そして、宴の中核にいるとされていた、魔天コミュニティ史上最悪の犯罪者、ノアが本当に動いているのかも、一つの主題だろう」
「ノア」という言葉を聞き、イリアとカーティスは顔色を途端に変える。
そして、イリアは溜息をつくように、ノアの関与について疑問を呈する。
「……メルディス様の情報によれば、宴の中核にはノアがいるとされているけど……本当にそうなのか?」
「そういえば、あの情報の発端はメルディス様だったか……。ただ、それについて僕は否定的だ」
「というと?」
「ノアがもし、宴の中核にいるのなら、なんとなく行動が軽率すぎる気がする。大体、堂々と昼間っから僕らを襲撃しないと思うし、漫画みたいにレオンを狙うことはない。むしろ、ノアはエノクと繋がっていると考えたほうが妥当だと思う」
それを聞いたカーティスは、イレースにとある疑問を尋ねる。
「どういうこと? ノアについての情報があるのか?」
「過去のことがあるからね。ノアは、過去エノクβとγを解放したという重罪をやらかしたけど、メルディス様はその時彼と交流したらしい。彼は相当な知能犯で、その上、魔天のエネルギーを完全に無力化する特殊な模様のようなものを操ったという。その模様は、今日における魔天エネルギーの封印式の基盤となっているはず。そんな知能犯が、こんなことしないでしょ。浅はかにも程がある。だから、宴にノアは関わっていない気がする」
「それなら、どうして宴にエノクδが関係しているんだ? 少なくともδが宴に加入していることは確定的だろう?」
イリアの言葉を聞き、イレースは微かにフリーズした後、自らが考えた最悪の筋書きを語り始める。




