癖の伝染
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
ここで第2章4節「困った癖」のタイトルを回収しました。回収の仕方はスムーズとは言えませんでしたが、連載にしては上出来だと言い聞かせながら完走目指して先に進んでおります(・∀・’’)
次回の更新は来週月曜日8月20日20時となります!興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
・区域-A 寄宿舎
逃げるように帰ってきたカーティスらは、一旦寄宿舎に戻り情報を整理することになったものの、到着と同時に2人から湧き出たのは罵詈雑言の数々だった。
「ふざけんな!! あれが科学者だって言えるのかよ!」
「本当だよ……結構尊敬していた人だったのに……がっかり……」
「あの人すごく、怖い目だったね、にぃにもママもなんで怒られてたの?」
「怒られてはないからね!?」
「怒りたいのはこっちだけどな」
「それは言えてる」
怒涛の勢いで湧き上がった文句が飛び出たのとほぼ同時、寄宿舎の扉がゆっくりと開く。
そこにいたのは、つい先程まで二家会議に参加していたキャノン・アーネストである。イレースとは戸籍上の親である人物で、イレースも頭が上がらない人物でもある。
「楽しいそうねぇ。イレース、お久しぶり」
キャノンは無邪気な笑みを浮かべているものの、その様を見てイレースは凍りつく。
何しろ、イレースはここ暫くの間、寄宿舎での生活をしており、実家に帰ること自体かなり少ない。つまり、説教はまず間違いない状況なのだ。
しかし、カーティスはというとそんなことに気づくはずもなく、「イレースの知り合い?」と尋ねる。
「あの人は僕の親のキャノンだ。あの人相手に嘘はつかないほうがいい。魔天コミュニティの中でも屈指の実力者だし、怖い人だよ。信用もできるし、僕らのことを話そう」
カーティスはこれに了承し、キャノンに事の経緯を話そうとする。だが、その前に、煌々と笑うキャノンが肩を掴み、今まででひときわ大きい笑顔を浮かべる。
「ねぇイレース、なんかここ数年、貴方を実家で見かけたことがない気がするけど、どういう意味なのかしら?」
「あ……えっと、その……俺はイレースじゃ」
「ビアーズもとっとと帰ってこいって何度も言ってたのに……兄さんの二の舞になってるじゃない!」
「あの、すみません」
「でも今回は帰ってきてほしいことがあるの、コミュニティが大変なのよ!」
「あ、それは知ってます」
「あれ、イレースが私に敬語なんて使ってたっけ? どちら様?」
「今、お話しますから」
一切噛み合わない話に、カーティスは辿々しく今までの経緯を話す。特に自らのことについては、しっかりと話し、自分が人間であることを伝えた。
すると、キャノンは重々しい顔をして首を傾げる。
「なるほどねぇ。今回のトラブルの中心に、イレースがいるってことだね。カーティス君も恐らくはそういうことだね?」
「そうです。キャノンさんはなにか知りませんか? 俺のことでもいいので! むしろ俺のことで!」
カーティスがそう急かすと、キャノンは困った調子で尋ねる。
「そうねぇ。そういえば、マクグリンって、貴方まさかアイザック・マクグリンの子息?」
キャノンの口から飛び出たまさかの人名に、カーティスは大きく首を縦に振る。
「先生のことを知ってるんですか!?」
「イレースも知ってるはずだけど……アイザック・マクグリンは、過去旧リラにおいて存在しいた”サイライ”の生き残りで、人間が行った魔天の研究者の中で最も有名な人物だよ。ほら、そこら辺の本の著者だから見てみるといいわね」
それを聞いて、カーティスは大きく頭振る。
「いや、その人とは多分違うと思うんですけど……だって、俺の知っているアイザック先生は、小さな少年ですよ?」
「え? じゃあ、別人? いやでも、マクグリンっていう名前はサイライ関係者の名前以外にはいないはずだけど……」
「……どういうこと、ですか?」
カーティスがそう尋ねると、キャノンは自らの知っている情報をすべて開示する。
曰く、マクグリンという姓は、サイライという惨事を引き起こした家系を象徴するものとされているらしく、サイライが解体された後、関係者の殆どは死亡し、現在マクグリンを名乗る人物は、唯一の生き残りとなったアイザック・マクグリンのみであるという。加えて、アイザック・マクグリンも25年前の事件をきっかけに死亡したとされ、以降の著書は存在しないようだ。なお、これについて知っている国家側の人間もほとんど当時の事件で死に絶えたらしく、マクグリンについて知る者はいないらしい。
このような経緯により、キャノンはカーティスのことをアイザックの息子であると思い込んだのだ。
その話を聞き、カーティスはひどく狼狽する。
「そんなこと……じゃあやっぱり、この人は、本当にアイザック先生なのか……?」
混乱した調子のカーティスに対して、キャノンは一つの可能性を提示する。
「もしかしたら、魔天の力で生きながらえているのかもしれないね。彼が専門としていたのは、魔天のエネルギーを人間の医療に適用させることだったから、それで自らを不死化、あるいはそれに近い形にしたのなら、容姿が変化している可能性もある。まぁ確証はないけど、カーティス君の知っているアイザック先生が、彼と同一人物ならば、君が巻き込まれたことも合点がいく。可能性は高いと思うわねぇ。そういえば、イレースは彼にお世話になったことがなかったっけ?」
突如話を振られたイレースは、ビクリとしつつ、カーティスに自らの知っていることを伝える。
「サイライにいた時、彼に会ってるけど……僕が知っているのは、ものの結び型がちょっと変だったことぐらいかな」
それを聞いたカーティスはすぐさま、「固結びか?」と尋ねる。
すると、イレースは大振りな仕草で首肯し、「僕も感染ったんだよね」と笑う。
「……もしかしたら本当に……先生は、この本の著者と同じ人……ってことか?」
「でもそれなら、僕らがこうなったのはどういうことなんだ? カーティスも関係があったってことだよね!?」
「もう俺はよくわからない……」
2人して激しく狼狽える様をみて、キャノンは大あくびで続ける。
「かなり関係しているかもねぇ。魔天エネルギーを無力化する、DADシステムの理論的体系を作った人物で、魔天コミュニティにも導入されている。そんな人物の資料が、コミュニティには殆ど無い。少なくとも彼が、このコミュニティに対して何かしら良からぬことを行った可能性は示唆できるし、資料が抹消されている理由も頷ける。でも、それがカーティス君につながるとはちょっと思えないけどねぇ。まぁこれについては、ビアーズやフィリックスとも共有してみようか。ただ、伝説の兵器であるエノク、厄介なお尋ね者のノア、25年前の事件、行方知れずの天才科学者、これらの要素がどこまで繋がりを持っているのか……複雑になってきたねぇ」
独り言のようにつぶやいたキャノンは、大きな仕草で立ち上がり、その場を立ち去ろうとする。
「じゃあ私らは、目下一番の危機であるエノクδを止める術を考える。イレースたちは、とりあえずカーティス君の体を探して、繋がりを明確にしよう。もし仮に、アイザック・マクグリンが絡んでいるのなら、今回のトラブルの根本に触れる事ができるかもしれない。じゃあそういうことで~」
相変わらずのマイペースっぷりを発揮して立ち去っていったキャノンの背中を見送り、嵐の後の静けさが不気味に室内を支配していた。
「なんか……どっと疲れたな。てか、お前の冷蔵庫が固結びまみれだったのって、先生が発端だったのかよ!?」
「別にそれはいいじゃん! でも、アイザックさんがこんなところで繋がるなんて……」
「なんで俺が本見てたときに言わねーんだよ」
「そこまで言う必要ないかなって思って」
まさかの人物が今回のトラブルに繋がっていたことを知り、カーティスは覚悟を決めたような声色で言う。
「本当に、先生が関係しているなら、俺は何があってもあの人を守るぞ」
「そうだね。君の大切な人だもんね。それなら、すぐにさっきの情報をまとめよう」
その言葉に、イレースは大きく頷き同意する。そして、アーロン・ベックから得た情報をまとめる。
ベック曰く、ダウンフォールのコントロール手段は存在せず、その人物の人格そのものをコントロールしない限りは支配下には置けない。そのため、それぞれのエノクの能力を考慮して対応することが最も利口であるという。
αの力は触れている物体を作り出す能力を持っており、基本的に気にするところはないものの、戦闘経験は最も秀でているため、味方に丸め込むタイプなどではない。もし仮に、この人物が敵に回っているのならばかなり厄介なことであろう。
βは特定の物質に対して、同調して浸潤する性質を持つという。もっと端的に言えば、対象と全く同じ物体になり、更にその対象すらも支配下に置こうとする性質を持つようだ。いわば、驚異的な感染力を持つ洗脳ウィルスを持っているらしい。エノクβ事件を引き起こす発端となった個体であるものの、人格としては優しいらしいので、接触できれば驚異を無力化できるかもしれない。
γは最も特殊な個体で、唯一空間に対して作用する力を持つというらしい。あまりにも情報がないため、これについては一旦保留にすることになった。
δはエノク史上最も強力な個体であるらしく、目下コミュニティに迫る最大の危機であると思われる。特筆すべきは理論上すべての物質を作り出せるという能力であり、本体が生成可能なのは生命体のみであるらしい。作り出される生命体はどれも桁外れの戦闘能力を保有するらしく、本体を守るために行動するようだ。内容的に見れば、確かに最悪レベルのものだろう。もし仮に、δがコミュニティに対して復讐しようとしているなら、かなり脅威であると言える。
イレースは聞いていた情報をすべてまとめ、パソコンのデータに起こす。
「大体こんな感じかな。カーティス、なにか抜けてるものとかある?」
「俺が覚えてるわけ無いだろ。あとは具体的な事例ぐらいか?」
「具体的な事例……か。ん? 具体的な事例……?」
カーティスの言葉に、イレースは首を傾げる。勿論、それに対してカーティスは「なんかあったのか?」と尋ねる。
しかしイレースは暫くの間うんともすんとも言わず黙ってしまう。
その間、カーティスは暇そうにレオンを抱えて頬をいじる。
「レオン~、あんまりかまってあげられなくてごめんな」
「にいにとママと一緒にいれれば、僕はいいよー」
「お前いい子だなぁ……大好き~」
「えへへ~僕も~」
2人が暇を持て余しているのとほぼ同時、イレースは慟哭に近い声を上げる。
勿論、2人はそんなこと想定しているはずもなく、耳を塞ぎながら尋ねる。
「煩い! なんだよ!?」
「…………アーロン・ベック……あれは、偽物だ!!」
「は? いや、そう信じたいけど、なんで?」
「具体的な事例……知っているはずがないんだよ!!」
「詳しく説明してよ」
「……彼はすべてのエノクの具体的な事例を挙げた……特に、エノクδが”生命体しか作り出せない”と断言したのは、今の僕らの知識では不可能だ。だってエノクδは、投棄された後、所在は一切不明、どのような能力を持っているのかは当時の資料しか残っていない。それなのに、彼はそう断言した……つまり、このコミュニティの者じゃない!」
急に騒ぎ出したイレースに対して、カーティスは冷ややかな視線を浴びせながら反論する。
「考えられなくはないが、考えすぎじゃないの? だって、あの純度200%の変態、ちゃんと喋ってたじゃん。あれぐらいの知識を持ってるやつなんてそういないだろ?」
「それだけじゃない。あのエノクの記述はすべて、このコミュニティだけでは知りえない情報ばかりだ……人間の世界で調査したって、あれ程の情報を知るためには実際に本体に会って、長い間観察が必要になる。彼が本当にアーロン・ベックならば、それを報告しないはずがない。僕らが知らなくて、彼だけが知っていること、それこそが彼がアーロン・ベックじゃない証拠なんだ!」
「そういえば、あのショタコン野郎、科学者気取りながら自分の見解全然言ってなかったな。なんか、本に書いてあるような内容だった気もする」
「そう、”彼にとっては”自分の見解だった……だから、彼も気づかなかった……ついでに変態ってことも論証だよ」
「変態は関係ないが、確かにアーロン・ベックが偽物の可能性が出てきたな。でもそれなら、あの変態は何者だよ? エノクに関して専門家以上の知識と、ついでに変態性を備えるやつなんてかなり限定されるぞ?」
「そんなの知らないよ」
「いや、それ考えるのがお前だろ。頑張ってな」
「……君も考えてよ」
「俺は他の所で身を裂くような思いをしているから」
カーティスはそう言いながら、レオンの頬をぷにぷにとモフっている。
勿論、イレースはそれを冷ややかな視線で流し見した後、大きくため息をつく。




