苦労人の主訴
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
今回はじめての遅延が発生してしまいましたが、少々リアルでトラブルがあったので更新そのものがかなりギリギリになってしまいました。今後このようなことがないように精進したいと思います。
今回も長すぎるので半分に分けています。次回の更新は今週金曜日8月10日20時となります!興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
カーティスらがアーロン・ベックの邸宅を後にし少しした頃合いのことだった。
魔天コミュニティの最高権力者の一角と言われている現トゥールことイルシュルは、古くから影の権力者と言われている魔のアーネスト家、天のベルベット家による最高機密会議「二家会議」を開催していた。勿論、コミュニティを取り巻く多くのトラブルに端を発したものである。
招集されているのは、アーネストの現在の当主であるビアーズとキャノンに加えて、天の当主であるフィリックスである。
魔天コミュニティにとって、この2つの一族は特に権力を持ち、「二家」と呼称されている。実際の行政においても絶大な発言力を持っており、コミュニティの中でも一際異質な存在なものだ。その存在の強さはイルシュルすらも畏怖を感じるほどであり、実質的なコミュニティの支配者はこの二家であると言えるほど強大な存在だった。二家に関する情報は殆ど出回っておらず、行政を担う者たちの中でもその存在を認知するのは一定の役職を持ってからになる。
アーネスト家は過去より軍事力に強く干渉し、現在の当主であるビアーズは巨大軍事組織である「ハクヨウ」の指揮官でもある。表舞台に立って指揮するようなタイプではなく、コンサルタントに近い形であるものの、ハクヨウに与えた影響は極めて大きい。
一方のベルベット、学術の家系であり、コミュニティに流布している魔天関係の研究の殆どがベルベットに源泉を持つとされている。しかしアーネスト以上に謎が多く、区域Aを始めとする軍事機関を裏で管理していると言われているものの、実態を知っているものはほとんどいないらしい。
これほどまでに、二家について情報がないのは分家の存在が大きい。二家には分家が存在しており、具体的な行動に出るのは分家たちであるがゆえ、二家の情報がほとんど出ていかないようになっている。その中でもアーネストとベルベットに所属している人物は極めて少ない。
そのため、二家を交えた会議はイルシュルを始めとする国家側の者にとって、強烈なプレッシャーと隣合わせのものとなる。
「……おい、まだ始まらないのか?」
すっかり緊張しているイルシュルに対して、そう言葉を投げたのはビアーズ・アーネストである。辛辣な発言とは対称的に、美しい茶髪のボブと丸い瞳は極めて壮麗で、その声色も劉備なものだった。しかし同時に、強烈な凄みを感じさせる声でもあり、地響きのような音色が周囲に響き渡る。
「おまたせして申し訳ありません。では始めましょうか」
イルシュルは、震える声音を押さえつけ、真剣な面持ちで、椅子に座っている3人の大物を見据える。
真ん中に座るビアーズの左隣にいるのは、彼女の妻であるキャノンが退屈そうな面持ちで笑っている。キャノンは肩ほどまでかかる髪の毛をひとつ結びにしており、毛先に行くほどに白い銀髪をしている特殊な色の髪をいじり、優しくも不敵な笑顔でビアーズをたしなめる。
「ビアーズ、あんまりいじめないの。イルシュル、何かあったの? 二家会議なんて、あなたが一番したくないでしょう?」
すっかり気持ちを見抜かれているイルシュルは苦笑いを浮かべながら、起きているトラブルを羅列しようとした。
「そんな事はありませんよ。実はですね……」
しかし、それを遮ったのはビアーズだった。
「ザイフシェフトでのトラブル、それともこちらのトラブル、どっちだ?」
口調からして、トラブルは筒抜けらしい。ビアーズの表情から、あまり機嫌がいいわけではなさそうだ。
「既にご承知でしたか……実は、件のトラブルは、ここにいないメルディスの仕業であると認知しています」
「あら、そうなの? 私、てっきり貴方たちの一派かと思っていたのだけど……違うのかしら? ねぇビアーズ?」
「あぁ、俺達の前で下手なこと言ったらどうなるかわかってんだろうな?」
「口調」
「私達の前で下手なこと言ってんじゃねーぞ」
その会話を聞いていたベルベッド当主のフィリックスが割って入る。
「変わってないじゃんか。全く、お前は昔から変わらないなぁ。で、イルシュル、まさかうちらを前にして嘘ついてる、なんてないわよね? メルディスが件の事に関わっているっていう証拠があるってことだよね? ん?」
挑発的なフィリックスは、自らの長い髪の毛を直しながら不気味な笑みを浮かべている。
その様を見ていたビアーズは、鼻を鳴らしながら更に突っ込む。
「ふん、こんな状況でこんな低レベルの嘘を付くくらいだ。むしろ逆だろう?」
「そうだねぇ……イルシュル、もうそろそろ本当のことを言えばいいのでは? もうそろそろビアーズキレるよ」
「面倒くさいことにうちを巻き込まないで。あ、こいつらは巻き込んでいいから」
「てめぇ……まずはお前から血祭りにあげてもいいんだぞ?」
「きゃー血気盛んなバカは怖いわー」
こんな会話をしつつも、3人共イルシュルに対しての殺気を一切消すことなく、部分的に肉体を変異させていた。
ビアーズは一際巨大なスポアの触手を出現させる。その触手は背部から3本出現しているものの、1本が極めて大きく、その上枝分かれるような独特の動きをしている。ビアーズのこの触手は、完全に彼女のコントロールによって制御されているものであり、桁外れの攻撃範囲とスピードを誇る。特にその攻撃範囲は群を抜いており、360度全方向を網羅することができる最悪の技術を持っている。下手に動けば、簡単に首をかき切られてしまうだろう。
一方のフィリックスは、上下肢ともに表皮が蠢いている。不気味極まりない状態であるが、あの状態のフィリックスはビアーズに次いで悪名高い。部分的に肉体を変質させ、その状態で正常な細胞に触れることで、変質した肉体を感染させることで様々な障害を引き起こすものだ。これにより、外傷に加えて内部破壊まで行うことができるという性質を備え、面倒さでビアーズの比ではない能力だ。天の性質変化を十分に行える、熟練の者のみが行える最悪の能力だろう。
しかし、キャノンは臨戦態勢に入っている2人を一瞥した後、小さくため息をついた後、暇そうに毛先をいじる。
「ふたりとも、その物騒なものしまえないの?」
「そういうキャノンも、背部が動いているような気がするけど?」
「あっはっはっうっそー」
「煩い連中は放っておいて、イルシュル、私は気が短いんだ。さっさと言ったほうがいいんじゃないのか?」
イルシュルは自らの死を感じつつ、それを回避するために手を上げて語り始める。ようやく真実を語ることにしたのだ。
しかしその前に、どうして3人がメルディスに発端がないことがわかったのかを尋ねる。
「どうしてわかったんですか?」
それに対して、ビアーズは呆れた調子で答える。
「お前馬鹿だろ。この状況でトラブルを起こして利益があるのはお前らの派閥だ。メルディス派にメリットはない。それなら、今回のトラブルの起点はお前であると推測されるのは目に見えているだろう」
「それに、私達は具体的にどういうトラブルが起きているのかよく知らない。だからカマをかけたって言うこと。それくらい想定して喋らないと即座に寝首を掻かれるよ?」
「うちらじゃなくて、それこそメルディスにね」
流石長年に渡りコミュニティを裏でコントロールしていた人物たちである。イルシュルは感服を覚えながらも、自らの思慮の浅さを恨めしく感じる。それとともに、二家を味方につけることでこちらがかなり優位になることが約束されているのも同然だった。
イルシュルはそう感じながら、二家がどちら側に味方するのかを尋ねる。
「……二家はどちら側に肩入れするのですか?」
「残念ながら、アーネストはどちらにも味方するし、敵にもなる。コミュニティの発展に貢献している方に肩入れするし、そうでないなら容赦なく切り捨てるまでだ」
「ベルベッドも同じだ。強いて言うのであれば、アーネストと共同体だろうな」
「仲良しだねぇ、アーネストとベルベットは」
「とにかく、お前の味方をするかしないかは、お前の行動次第だ。さて、今回のトラブルの概要と、お前の知っている範囲を説明しろ。嘘を吐けば容赦なく殺す。いいな?」
完全に本気の殺意を醸し出しているビアーズに対して、イルシュルは嘘など言えないと改めて理解した後、ゆっくりと語りだす。
「実は、我々トゥール派は、ザイフシェフトを破壊することを目的に動いています。勿論主訴は人間を支配することですが、手始めにザイフシェフトを完全に崩壊させることで、隣のリラを支配する事ができると想定して動いております。そのためにも、ザイフシェフトの大資本家であるミラー家の者と取引を行い、ゆっくりと準備を進めていました。それが、ザイフシェフト周辺で起きているトラブルです。一方、こちら側で起きたゲリラ組織の宴が区域Aを襲った事件ですが、私が関与するところではございません」
イルシュルは冷静さを装ってそういったものの、実際の話は少々異なっている。
まずザイフシェフトとリラの破壊についてはそのとおりであるが、実際にザイフシェフトで動いているのはゲリラ組織「宴」であり、その目的について関与していない。厳密に言えば、宴の行動を隠れ蓑して、トゥールは自らの目的遂行のために勤しんでいるという状況だ。
それについて正直に話せば、確実にトゥール側がゲリラ組織宴と密接な関係にあることが判明してしまうため、イルシュルはリスク承知で嘘をついたのだ。というより、話について半分程度真実であるがゆえ、嘘を突き通せるという自信もイルシュルに嘘をつかせる要因となった。
そんなイルシュルの一方、ビアーズの触手は確実にイルシュルの首元に迫っていた。
「どうする?」
ビアーズは意見を求めるようにキャノンを一瞥する。
「嘘は言ってないんじゃない? この子にそんな度胸ないでしょう。ほら、それしまってあげなさい」
そのキャノンの言葉に対して、補足するようにフィリックスは言う。
「まぁ100%嘘を言ってないとは思えないけどな。どうせなんかは隠してるだろう」
「そうか? 私もキャノンと同じく嘘は吐いてないとは思う。何より嘘の兆候が少ない」
「じゃあ得物しまえや」
「得物ちらつかせないと生きれない人生だから」
「それなら死ねば」
まるでコントのような掛け合いであるものの、3人共依然として警戒心をほとんど解かない。
イルシュルは強烈な爆音を感じながら、更に言い訳がましいことを続ける。
「嘘ではありません。誓います。区域A襲撃は我々の管轄ではありません」
「……宴とお前が繋がっている噂があるが?」
「それは事実です。軍事力補填として活用していたのですが、今回のトラブルは奴らの独断ですから」
「正直すぎるのは良くないと思うね。それ言ったってことは、トラブルに何かしらの関与があるっていうことだよね?」
「えぇ、彼らはトゥール派とは別途行動していると思われます」
その言葉を聞いてビアーズは苛立ちを示す。
「思われますだ? お前、自分たちがコントロールしている団体すら管理できないのか?」
「申し訳ありません。宴はあくまでもテロリストに近い存在です。早急に処理を進めていきたいと思います。いつでも始末の準備は……」
イルシュルの言葉に、キャノンは呆れながらその点を突く。
「できてないんでしょう? 少なくとも殆どコクヨウに人材奪われた、ハクヨウには無理でしょーね」
「それは……25年前のコクヨウの新設を行ったのはメルディス側です。我々に責任は……」
言い訳がましいイルシュルに対して、今度はフィリックスが突っ込みを入れる。
「責任がない、と? 冗談? 25年のうちに人材育成位できなかったのかしらねぇ。コクヨウは10人と規定されているはず。抜けた者はうちのバカ娘だけだったはずだけど?」
「ヴェルタイン?」
「そう、あやつ、”軍人は向いてないわー諜報活動したいわー”とか宣ってやめたぞ」
「適当な子だねぇ。まぁ、うちのストラスも似たようなもんだけど。いいお嫁さんかお婿さん連れてきてくれればいいんだけどね。折角、弟のイレースもできたんだから」
「あぁ、イレース君ね。あれ今回の被害者になってそうだねそれなら」
「イレースあんまり帰ってきてくれないから、帰りにでもよってみようかしらねぇ」
「お前ら定期的に話脱線するよな」
「年寄り同士の会話なんてそんなもんだよ。半分くらい会話なんて聞いてないんだからねぇ」
「そーそ、うちなんてもう家に帰って風呂入りたいしね」
「もはや興味すら消えているなコイツら」
「ここらへんで話を戻そうか。今起きていることをまとめてよ。イルシュルさん?」
突然話を振られてイルシュルは少しだけ焦るが、すぐに平静に戻り話し始める。
「はい。今回のトラブルは、ゲリラ組織である宴の暴走であり……」
「そうじゃなくて、君たちの目的のことを聞きたいのだけど、構いませんか?」
イルシュルが説明を始めようとした途端、何かが破ける音とともに、キャノンはそう告げる。




