絢爛たる黒曜石
それから20分ほど経過した頃だった。
何者かが走ってくる音が聞こえてくる。ここまでの大惨事になっていることから、カーティスは自らの意思で机の下に隠れてそっと息を潜める。
「イレース! いるのか!?」
声の主は、2時間ほど前にここを出ていったイリアだった。恐らく、時間になっても区域Bに来なかったことを不審に思い、戻ってきたらこの惨事だったということらしい。
「そこにいるのはイリアさんか?」
カーティスは、声の主を確認した後、机から顔を出し、入口の方向に視線を向ける。
すると、その声に反応したイリアの声が聞こえてくる。
「何があったんだ!? 施設が……」
「俺たちもよくわからない。だけど、襲撃に遭ったのは事実だろう」
すっかり混乱状態のイリアに対して、カーティスは今まであったことを説明する。
ある程度のことを説明し終わると、イレースは思い出すようにカーティスに話しかける。
「さっきから気になってたんだけど、どうしてイリアがここに入ってこれたのかな。入り口を塞いでいたスポアだって消えてるし……」
それを聞き、カーティスは確かに不審に思い、イリアに外の状況と、ついでに出入り口を塞いでいたスポアのことを尋ねる。
「イリアさん、ここの入り口はスポアによって塞がれていたはずだ。どうやって入ってこれたんだ?」
「何を言ってる? そんなものなかったぞ?」
「本当? 俺たちを襲った敵が自らのスポアで塞いだんだぞ?」
それを聞いたイリアは、混乱するような面持ちで首を傾げた。
「……そんな実力者がいるのか…………少なくとも、私たちはそんな高等技能やってのけるやつは知らない。それはイレースも同じはずだ」
カーティスの視界を通して、イレースはイリアが感じている不安に強い肯定を覚えていた。恐らくは同じようなことを感じている。イレースはすぐにカーティスに対して彼女の代弁をする。
「さっきも言ったけど、魔天の中で分身を形成したり、物質の性質を捻じ曲げた能力は、最高位のコントロール能力が必要だ。君みたいに一番最初からスポアをあそこまで操るのはかなり稀有だからね」
一応、カーティスに釘を刺すものの、イレースは明らかに不自然なカーティスに対して個人的な思考を巡らせている。その為、不自然に押し黙ってしまう。
一方のカーティスは、突如黙り込んでしまうカーティスに違和を感じつつ、イリアと会話を続ける。
「相当な実力者とみて間違いないということか?」
「当然だ。もし仮に、そこまでの能力があるのならば、”黒曜”と同程度の力があると言っていい」
「コクヨウ?」
聞きなれない単語が出てきたものの、イレースは集中しているらしく何も声をかけてこない。恐らくは考えがまとまるまでは会話に参戦しないだろうと踏んだカーティスは、素直にイリアに「コクヨウ」について尋ねる。
「それって、なんなんだ?」
「”黒曜”っていうのは、魔天コミュニティで最強の護衛隊だ。人間で言うところのSPみたいなもの……コミュニティの政権を握る派閥全体に対しての護衛を専門的に務める集団で、現在はメルディス派についているが、トゥールらは黒曜を丸め込もうとしているらしいし、味方とは限らない。構成員はすべて、50年ほどの実戦経験を持った10代の魔天に限定されている」
そのバカバカしささえ感じる構成員の内容に、カーティスは苦笑しながらため息をつく。
「それ、本当なのか?」
「本当だ。この条件は魔天の力量を決める2つの要素を併せ持つ人材を見つけるために設けられている。1つは肉体的素質、つまり10代以下のエネルギーを先天的に持ち合わせていることをここで精査している。もう1つはその肉体的素質を十分に活かすコントロール能力、実践でそれを補わせている。実態の殆どは不明で、私達研究業を行う者たちは最も密な関わりを持っている。それなのに、私達にも全く情報が入ってこないトップシークレットの集団だ」
「……魔天に寿命はないのか?」
「ない」
「嘘だろ?」
「魔天は人間その他の生物とは全く異なる理を持つ。簡単に言えば、細胞分裂が無限に発生するから、肉体的な老化が一切起こらない。故に戦闘で殺すことも原則不可能だ。だからこそ50年の実践なんて言うバカみたいな要件ができたんだ」
魔天という種族にありえない情報がぼこぼこ出てきたことに、カーティスは俄には信じられないという表情で沈黙してしまう。
困り果てたカーティスは、ついにイレースに対して声をかける。
「イレース、イレース!」
結構な声量で声を張り上げた気分になり、カーティスは大きく頭振る。
しかし、それはイリアには伝わらず、イリアは怪訝な表情でカーティスを一瞥する。カーティスとイレースの会話は、所謂思考上の会話であるために他の人には一切聞こえていない為、それも当然であろう。
その一方、声をかけられたイレースはすぐに焦った調子でカーティスにことを尋ねる。
「はい!? はい……はい!」
「いやそんな怯えなくていいから。魔天に寿命がないっていう話、本当なのか?」
「え……本当だけど……」
どうやら、考え事をしている最中に話しかけられた為、うまく頭が切り替わっていないらしい。
「ごめん、なんか邪魔したか?」
「いや大丈夫、切り替えが上手く苦手だからさ。で、寿命の話?」
「なんかごめんな……」
「いいよいいよ。イリアの言ったとおり、魔天には寿命がない。細胞分裂の回数に制限がないって言うだけじゃなくて、純粋な再生能力とかも絡んでるみたいだけど、一番の理由はスポアが細胞に組み込まれているからだと思われてる。まぁ全然わからないんだけどね」
「なんか難しそうな話になってきたから、”コクヨウ”の情報を補填してくれ」
「多分イリアの話とほとんど同じだけど、黒曜は魔天コミュニティの軍事力の最高峰と言われている存在で、スポアの複合的技術を操ることが可能であると言われている。さっき言った、分身体の形成や形質変形っていう技術はこの複合的技術と総称される。つまり、魔と天それぞれの力を両方共利用することで発現する能力を持つ者たちが、この黒曜に入ることができるんだ。勿論単体でそれができるんじゃなくて、魔と天が協力して行う技術なんだよね」
「あれイリアさんから聞いたことと全く違うんだけど」
「本当? まぁいいや。で、黒曜は現在10人の構成員がいて、魔天それぞれが5人ずついる。ちなみに、その中には魔天屈指の戦闘家系であるアーネストとベルベットがいる。とりあえずは味方と見てもいいけど、宴に所属している者もいるらしいから、警戒した方がいいと思う」
「イリアさん曰く、この施設の職員にも情報が開示されないって言ってたんだが」
「え? あ、これ最高機密だった。僕しか知らないや」
「…………」
まさかのうっかりで情報が出てしまったイレースは、細々と笑みをこぼしている。
「イレースの代わりに、この情報は飲み込んでおこう」
「ごめんねカーティス、口滑らせちゃって」
若干イレースがポンコツ扱いされている理由を察したところで、イリアが不自然すぎるカーティスに対してようやく声をかける。
「おい、中で会話しているようだが、イレースはこれからどうするって言ってるんだ?」
「イレース、どうする?」
「とりあえずは区域Bで全体会議かな。襲撃してきた相手についても、メルディスから指示を仰ごう」
カーティスは、イレースの言葉をほとんど一字一句間違わずに伝える。
すると、イリアはそれに同意し、早速区域Bへと移動する。
***
オフィス内で分身体を操作していた人物は、建造物からかなり離れた場所にある瀟洒なカフェでコーヒーを飲んでいた。
その人物は少年のような体躯を持ち、碧玉に近い虹彩と黒髪、そして少年にしては似つかわしくない独特なデザインをした懐中時計を首から下げている。
少年は、懐中時計を一瞥し、ゆっくりと目の前にいる女性にぽつりと言葉を零した。
「……殺された」
すると、目の前のブロンドの女性は、微笑しつつも目の前のコーヒーを口に含む。それは、まるで言葉を濁すようにも見える。
「そう、それなら成功したみたいね。でも、貴方の分身はつけておいて」
「ちゃんとつけてるよ。彼らはオフィス内に残る選択をしたみたい。彼、結構な策士だよ。一般人気取ってるくせに、あの状況で焦って外に出なかった。恐らくは分身が数体いるって言う前提で行動している。もうすぐ”エノクε”のところに行くみたいだけどね」
少年の分析に対して、女性は大振りな仕草で首を縦に振り、笑いながらカーティスについて話し始める。
「当然でしょう。彼を見つけるのにすごく苦労したんだから」
「……ヴェルタインが彼と繋がっているなんて、”宴”側にバレたら最悪だよ?」
「だからこその”エノク”がいるんでしょう?」
「公衆の場で”エノク”の名前を出さないでよ。今はペリドット!」
「そうね。ま、私は先に帰るわ。報告しないと疑われちゃうわ」
「わかった。じゃあ僕は彼らを”観る”。ヴェルタインは疑われないようにしていて。君は絶対に素性を隠し通すんだよ」
「勿論よ。そういう手筈ですものね? じゃーね」
ヴェルタインと呼ばれた女性は、適当な小銭をテーブルの上に残して去っていってしまう。
それを一瞥したペリドットは、無人となった目の前の椅子に対して、手を翳す。
その手のひらから、黒色の液体がボロボロと溢れ始め、忽ち液体は人型の分身に姿を変えた。
「そろそろか」
一区切りということで、ここまでご覧になっていただいた方は、大変ありがとうございます(*´ω`*)
今までファンタジー系に手を出したことがなく、色々な部分が滑稽であるとは思いますが、ぜひ完結までお付き合いいただける方がいれば幸いです。
特に、行動描写や戦闘描写については、手探り状態ですので、おすすめの表現技法などがあればぜひ教えていただけると嬉しい限りです(*´∀`
それでは、第二章の更新でまたお会い出来ることを心待ちにしています。