御用学者の戯言
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
この部分のサブタイトル、個人的に今までで一番好きなタイトルなのですが、このタイトルを回収するまで若干長いので、それまで覚えている方がいましたら幸せです。また、今回にてツイッターでの更新告知は最後とさせていただきます(´・ω・`)
次回の更新は今週金曜日8月3日20時となります!興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
・魔天コミュニティ-ベック邸
カーティスとイレースは、イリアに言われたとおりにコミュニティ郊外のベック邸を訪れていた。勿論、レオンも同行している。
その道中、カーティスはイレースに、どのくらいの人物なのかを尋ねる。
「ベックっていう人、そんなにすごい人なのか?」
すると、イレースは恐れ多いと言わんばかりの声色ですぐに話し始める。
「フルネームはアーロン・ベック、このコミュニティでは知らない人はいない科学者だよ」
イリアの師であるアーロン・ベックという科学者は、予てより魔天の研究をしていたいわば第一人者だった。コミュニティに持ち込まれた魔天エネルギーを無力化するシステム「DAD」を理論的に解明した人物で、魔天の身体的な発達やエネルギーについて、果ては心理的な発達理論の基盤を作ったという才能に恵まれた人物であるという。
そんな偉大な先生に、イレースが会えなかったのは幾つか理由がある。まずイレースは、長い間メルディスに付いて勉強していたため、他の科学者に会う機会がほぼほぼなかったことに起因している。それに加えて、ベックは行動力に富んだ人物であったことから、普通にアポをとってもほぼ会えないという特性も相まって、彼と密な関係にあるものくらいしか会えないのだ。
そのためか、イレースは若干浮足立っている調子で、ベック邸の門についているインターホンを鳴らす。すると、女性のような声色で「どちら様でしょうか?」と帰ってくる。
「あのー、すみません。イリア・ソロモンから紹介されて来たイレース・アーネストと申します。アーロン・ベック先生はご在宅でしょうか?」
イレースの言葉に従い、カーティスは自己紹介をする。
すると、インターホン越しの人物は「あぁ、イレース様ですね。少々お待ちください」と残して、一旦会話が途切れた数分後、大きな邸宅から出てくる長い髪の少女が姿を表す。
「こんな辺鄙なところまでよくお越しくださいました。私、アーロン・ベックの助手を務めております、クリスタルと申します。以後お見知りおきを」
彼女はそう言いながら頭を下げ、美しい金髪を指先で直し、上品な笑みを浮かべた。透き通った青色の虹彩と全体的に薄い肌はどことなく儚げで、可憐だった。
クリスタルは、そのままイレースらをアーロン・ベックのもとへ案内する。
閑静な佇まいの庭やエントランスを越え、高級感あふれる応接室に通された。応接室は縦長の部屋で、中央にテーブルを備え、最奥にはベックの机と思われる高級なディスクが鎮座している。更に椅子には、威厳のある雰囲気を振り乱す装飾がまとわり付いていて、同じような装飾のクローゼットやサイドボードが整然と並んでいた。
「ベック様、イリア様から紹介されていた、イレース様です」
「あぁ、そうだねぇ。君たちが、えっと、イリア君が言ってたイレース君だねぇ?」
アーロン・ベックは立ち上がって、ゆっくりとイレースとレオンを一瞥する。特にレオンを睨むように見る。
外見としては聞いていた印象よりも遥かに若く、紳士的なおじ様という感じであるが、次に生じた言葉によりその雰囲気は一瞬で倒壊する。
「……美しい」
「え?」
ベックは、レオンを凝視しながら、ただ一言そういった。しかしそれがマシンガンの引き金だった。
「君、この世で最も美しいものは、なんだと思う?」
「いや……その……どういう意味でしょう?」
イレースがそう聞き返す隙間もなく、マシンガントークが始まった。
「この世で最も美しく儚いものは少年だ!!」
「は?」
「少年は完璧だ。肉体にしても感性にしても……この世の唯一無二の存在であると形容して差し支えないだろう。君はプラトンを知っているかい? 私は彼の思想に極めて深い共感と感銘を受けていてね、少年愛を普及させることが目的なのだよ。しかし、無学なものたちはその偉大な美しさを理解できていない……これは、嘆かわしいことだ。君もそう思うだろう?」
いきなり意味不明な理論を展開され、イレースは混乱に飲まれ軽度のフリーズが襲ってくる。対して睨みを利かせられたレオンは怪訝な素振りでイレースの体に隠れ、意識を持っているカーティスはというと、ほとんど無自覚に「いや俺女の子のほうがいいし」と口に出す。
しかしそれを聞いていたベックは血走った目でカーティスに詰め寄る。
「君、まさかあの劣等種を好きだというのか!? これは失望だ……あまり私を怒らせないほうがいい」
差別意識満載のベックに対して、とりあえず話を合わせることにしたカーティスは「嘘です嘘です。少年大好きです」と続ける。すると今度はまってましたと言わんばかりの表情で首を縦に振り、更に続ける。
「そうだろうそうだろう。少年は最強だ。多分この世で一番頭がいい」
「いや逆でしょ」
「は?」
どすの利いた声でそう言われたカーティスは、慌てて訂正しながら、病的な少年への執着の理由を尋ねる。
「いえなんでもないです。あの、その、少年のどこに魅力がなんです?」
「よくぞ聞いてくれた。あのしなやかな肢体と抜けつつも優れた知能、そして時により崩壊していく儚さ……全てに渡って美しい」
「はぁ……」
まったくもって理解できないカーティスを知り目に、ベックは更に続ける。
「特に私はね、君のような美しいものが好きなのだよ。イレース君、君の噂は常々聞いている……私の長年の魔天研究の中で美しい少年は君含めて極めて少ない。”メルディスやトゥールとその息子”、アーネストの子息、アロマやイェル……そして君だ。長い魔天コミュニティの歴史の中で、君のような美しい少年、いやいや幼児形態の魔天は極めてレアだ」
「そうですねそうですね……えー……あ、すみません! トイレに行きたいんですけどいいですか?」
「あぁ、クリスタル、案内してあげて」
あまりにも変な会話に、カーティスは一旦イレースと作戦会議をするために、レオンを連れてトイレに向かう。
一方のクリスタルはそんなことは一切気にしていない調子でトイレに案内し、なぜか3人で個室のトイレに入る。
「……本当に天才科学者なのかよあれ」
一番最初に話を振ったのはカーティスであるが、その場にいた全員が同じ反応をした。
レオンはドン引きしているらしく、イレースにしがみついているだけで何もしゃべらない。そんなレオンの頭を撫でつつ、イレースはカーティスに言葉を返す。
「ちょっとこうキャラが強すぎるっていうか……レオンのことを見せるのも嫌なんだけど。ていうか、下手すりゃ僕らも……」
「キャラが強いっていう話じゃないだろ……ていうか、ここは法治国家じゃないのか!?」
「いやまぁ……大丈夫大丈夫……多分」
「これは終わりですかね……いやそれより、これからどうする? 純度100%の変態に何聞けばいいんだよ!?」
「えーい待って。本人があれなら、とっとと聞きたいことだけ聞いて帰ろう。ダウンフォールのコントロールと、R&H、他のエノクのことだけ聞いて帰る、オッケ!?」
「了解! レオンには触れさせないようにするぞ!」
「当たり前だ!」
2人して方向性を決めて戦地に向かうように応接室に再び足を運ぶ。
「ベック先生、私がここに来たのは目的があり、先生の叡智をお借りしたいのですがよろしいでしょうか?」
「あぁ、勿論だとも。何が知りたいのかな?」
かなり唐突感がある聞き方であるが、もはや2人の頭にはとっとと聞いてとっとと帰るということしか存在しない。
カーティスは、決められたとおり質問していく。
「ダウンフォールのコントロール手段について、先生の講じられた手段はありませんか?」
「ふむふむ。それは現メルディスやイルシュルからもよく聞かれるのだが、そんな方法はないのだよ。君も同業者ならわかるだろう? ダウンフォールはほとんど魔天と変わらない。ダウンフォールのエネルギーをコントロールするということは、その人物の人格、果ては思想までをコントロールしなければならない。現実的にいけば、人心掌握術でも学んだほうが早いね。まぁしかし、そうは言ってもダウンフォールの力は極めて危険かつ特異なものだ。特にβの力なんかは、もはやウィルス兵器に匹敵する危険性を持ち、尚且それを自らでコントロールできるというおまけ付きだ。これらのことから、ダウンフォールは物体を創造する能力を持つと推測されていた。しかし、最近の学説的に言えば、彼らもすべての物体を創造する力はできないらしい」
「どういうことですか?」
「簡単な話さ。彼らは理論上すべての物質を形成することができるが、それは彼らの認知している物質しか形成することができない。これはダウンフォールにおいて前提となる。また、形成できる物質には一定のベクトルがある。つまり、彼らは種によって作り出せるものの種別が異なっているということさ。しかもこれにより形成される物質は、単一の原子から成るものとは限らないことに留意したい」
その部分を聞き、イレースは大きく唸る。
しかし、それは他の者には届かず、ベックは更に続ける。
「この方向性に関しては、私も研究している。今日は特別に教えてあげよう。君の麗しき肉体に敬意を表してね」
「アリガトウゴザイマス」
楽しげなベックに対して、カーティスは抑揚のないセリフを吐くが、ベックは一切気にせず、各ダウンフォールの特徴を話した。
「まずはエノクαから。αは形成できる物質の幅が極めて広い。ただし、高度な物質を形成することはできないことに加えて、触れている物質のみ形成することができるという制限がある。これはαのエネルギーコントロールが同調に対して親和性を持っているからだと思われる。高度な物質再現といえばより直感的かつ正確だ。すべてのダウンフォールの中では最も危険性が乏しいと言えるだろう。ただ油断してはいけない。実践の戦闘力は最強レベルだと言えるからね。じゃあ次、βだね。βはαの同調性と少しだけ異なるベクトルの力があって、それに加えて強い流動性もある。エネルギーが変異する前の段階から体外に移動させることができるということが最も特徴的だ。対象に触れている必要はあるけどね。エノクβ事件は、βの力がマイナスに働いて、簡易的なウィルス体となった物質がパンデミックを引き起こしたっていうことだ。あんな事件を起こしておいてなんだけど、軍事力的な危険性はβは最も低いと言える。戦闘的な性格を持つものではないからね。まぁ謎が多い子だよ。次にエノクγなんだけど、彼は最も特殊だ。私は空間というものは、そもそも物質ではなく単位であると思っていただけど、彼を見たら空間というものは物質的側面を持つのかもしれないと思ったよ。まぁこれはよくわからないから、おいておこう。次にエノクδね。δは最も有名な個体であり、私の見解では最も危険性を孕んだ個体だ。彼が形成する物質は最も高度……というのも、彼が形成できるのは生命体のみだ。他の物質を形成することは不可能らしくて、彼が生命体以外の物質を形成したことはない。ただこれがまた特異で、物質化された生命体は固有の意思を持つ。つまりは完全に分離した存在であると言えるだろう。この生命体は本体とは比にならない戦闘能力を持っている。おそらくは、元来本体が自分を守るために戦闘力を有するものを形成したと推測される。δの形成する生命体にはできるだけ接触しないほうがいい。なかなかに強烈だからね。さ、私の知っていることはこれくらいだが……つまり、それぞれの力を正しく認識することが重要であると言えるだろう。こんなところかね?」
ベックは長々と心地よさそうに喋った後、カーティスはお礼とともに次の質問を仕掛ける。
「ありがとうございます。では次に、R&Hという学者のついて知っていますか? 恐らく今回のトラブルの発端について知っていると考えています。なにか情報はありませんか?」
次の質問に対して、ベックは苦しい表情で首をかしげる。
「R&Hねぇ……彼らは謎の多いからね。どんな人なのか、何を専門としているのかも不明。彼らに会うのは、至難どころか不可能だろう。到底現実ではないからねぇ」
「そうですか。では、エノクαについてはなにかご存知ですか?」
「あぁ、会ったことはあるよ」
まさかの回答に、カーティスは声を荒げる。
「本当ですか!? どんな人ですか!?」
「容姿についてはよく知らないが、25年前の事件について絡んでいたね。なんでもベヴァリッジと交渉したとかなんとか。まぁあれと交渉するくらいだから、彼も相当な策士だろうけどね。ただ、彼と会おうとするのも、若干非現実的だろうけどね。警戒心が強いし、今はここにいないだろう」
「そうですか……他のエノクについてはいかがでしょう?」
「他のエノクか。その点についてはノーコメントで」
急に対応が雑になった助手のクリスタルはごほんと咳き込み、「知らないだけなんです」とフォローをする。
それを聞いたベックは、珍妙な顔で笑い続ける。
「あっはは、知らないことがあるということは私にとって不快なのだよ。肯定も否定しないことが私にとって最も利口なのさ」
「そうでしたか。でも、とても参考になりました。本日はありがとうございます」
ようやく質問をし終えた喜びから、カーティスとイレースはレオンのことを一切聞かず、そのままその場から立ち去ろうとする。
しかし、ベックはそれを許さなかった。
「あ、エノクεのデータが欲しいのだが」
「え?」
「え? とは?」
すっかりご帰宅モードに移行していたカーティスは、まさかの発言をしてしまい、イレースはそれのフォローと言わんばかりに台詞を連ね、カーティスはすぐにそのセリフをそのまま口にする。
「あ……今現在、手元にないので自宅に帰り次第、こちらから送信させていただきます」
つい、今すぐこの場から立ち去りたい気持ちが先走り、やや失礼なことを宣ったものの、ベックはそれについて了承し、クリスタルに見送りをさせる。
「かしこまりました。それでは皆様、帰路はお気をつけください」
クリスタルは、カーティスらを敷地の中から見送り、逃げるように帰っていく3人を見送った。
そして、ケロリとした表情でベックがいる応接室に戻っていく。
「もういいですよ。マリウス」
クリスタルは、応接室に置かれたクローゼットの扉を開きながら言う。すると、クローゼットから天使のローブのようなものを身にまとった少年が飛び出てくる。
マリウスと呼ばれた少年は、クリスタルとベックに対して、恨み言を言うように悪態をつく。
「ちょっと……今回のプランの中核的な役割の僕に対してなんてことを!」
「はいはい。ゴメンね。でも君が、キレイに彼らと同じタイミングで来たのが問題でしょう?」
「いやそれはおかしい」
若干口論のようになってきたクリスタルとマリウスに対して、ベックは静止に入る。
その姿は、先程の紳士的な佇まいとは程遠い、悪戯っぽい笑みを浮かべた少年のような佇まいに変化していた。
「2人共喧嘩しないでおくれ。それより僕の演技なかなかじゃなかった!?」
ベックの一言に、マリウスが蔑みを孕んだ一瞥を向け、大きくを舌を打った。
「何処がだよ。大体あんなショタコン丸出しだったらバレるって。ふたりともドン引きしてたじゃん。クリスタルもなんで止めなかったの!」
「見てて楽しかったからね」
クリスタルの科白に呆れたマリウスを尻目に、ベックはニコニコしながらつぶやく。
「しかし、ε君可愛かったなぁ。この魔天コミュニティもたまにはいい事するんだねぇ」
「あの様子を見たら、イレースとカーティスが名付け親っぽいね」
「どうやら、着実にうまくいっているようだね。この調子でいけば完璧だけど」
やや伏線めいたことを言ったノアに対して、マリウスは皮肉っぽく笑った。
「そのことだけど、うまくいきたいならネフライトを止めたほうがいいんじゃない? あやつ、宴相手に大暴れしてたよ。あんまり魔天の力を使われたくないなら、彼を外すべきじゃない?」
「それも一理あるんだけど、相手の戦力を見れば、彼が適任なんだよねぇ。まぁ、彼らもつけてるからこれからは大丈夫だと思うんだけど。多分」
「はぁ……、ザイフシェフト側でもトラブル発生だよ。洞察力化物組がカーティスのことを探し始めているけど」
「それは知ってる。どーしよーかなー」
ベックは呆れた調子でため息をつきながら、担当した紫水晶ことエノクαのことをつぶやく。
「αだけに任せたのが問題だったかな。あ、今は紫水晶だったか。誰かフォローに回ってあげたら?」
「残念だけどフォローアップできる人はないよ」
「あっちゃー……25年前の事件から、こういう事するときに、紫水晶のこと信用しないようにしてるんだよね」
「否めない」
「元から詰めが甘いところあるし」
誰一人フォローに回らないことを見かねたのか、ベックは疲弊しきった調子で腰を上げる。
「ちょっと会ってくるか。面倒くさいけどね。2人はプラン通り動いてー」
その言葉を残して、ベックは応接室をあとにする。




