仮初の交渉人
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
純度40%くらいのネタ回です。決して現在の労働環境を風刺しているわけではない悲惨な2人をご覧いただければ幸いです(´・ω・`)
次回の更新は来週の月曜日7月2日となります!興味がある方はぜひぜひどうぞ!☆(´ε`
・ティルネルショッピングモール
ストラスとルネは12時に間に合うように指定されたティルネルショッピングモールで最も有名なカフェに足を運んだ。その場所は前日に2人が東トイレを観察していた場所であり、2人にしか通じない言い方をしたのは流石のファインプレーである。しかし、それには2人に大きな疑問を残させることになる。
彼女は「貴方達が今日、お茶していたカフェで会いましょう」と口にした。それはつまり、ストラスらがお茶をしていたことを知っていたことになる。どういう手段についてそれを知ったのかは不明であることから、下手をすれば厄介なことまみれになることは承知の上だった。
それを見越して、2人はすぐにカウンター席に座り込む。
「しかし厄介なものに掴まったな。俺たち」
「25年前もそうだけど、僕ら基本的に不運だよね」
そんなことを会話しているうち、明らかにセレブという佇まいをしている女性が入ってくる。恐ろしく目立つ身なりをしているが、不気味ささえも感じられる。その女性は他の席には目もくれず、2人が座っているカウンター席の隣に座り、上品そうな声で「グランデミルフィーユを」と注文を行い、上品な笑みを浮かべて2人に視線を移す。
「来てくれて、嬉しい限りです」
不自然とも言える言葉遣いから飛び出た言葉に対して、特にストラスは違和感を覚えた。
「……こんなところまで来たんだから、納得できる情報はあるんだろうな? 俺たちをこんな事件に巻き込んでおいて」
「その点については誠に申し訳ございません。こちらにも色々な事情がありまして」
「話してください。よろしくお願いします」
ルネがそうお願いすると、ケイティは静かに語りだす。
「結論から申し上げましょう。貴方達を潰そうとしているのは、”メルディス”という男です」
「メルディス……?」
ケイティの言葉を反復するルネに対して、ストラスは無残に「嘘だろ」と切り返す。
「嘘? 何か根拠があるのですか?」
「メルディスという人物は男ではなく、女性のはずだ」
それを聞いてケイティは驚いたように首を傾げる。そしてそのままそれに対して返そうとするが、ルネはこれを制止する。
「待って、楽しくお茶をしに来たわけじゃないから、一旦ケイティさんの話をすべて聞き終わってから質疑応答、意見を出そう。いいですか?」
「えぇ。それについては構いません。ではよろしいでしょうか? 事の経緯をお話したいのですが」
「構いません。お話ください」
ルネがそう促すと、ケイティはつらつらと今までの経緯について話し出す。
「発端は2ヶ月前、カーティスの引っ越しが落ち着いて、彼の親代わりであるアイザックさんにプレゼントを買った後でした。トイレで行方不明になったということは資料の通りですが、実はその後、一定間隔で彼から連絡があったんです。その内容は、”どういうことになっているのかは言えないけど、とりあえず元気でやってるから心配しないでほしい”、ということでした。私は少し悩みましたが、とりあえず彼から連絡があるうちは黙って待っていた。でも、1週間前の連絡を最後に彼は完全にその消息を絶ちました。その時彼は、”これ以降、暫くの間連絡することができないが、心配しないでほしい。絶対に大丈夫だから”、とだけ残して、彼からの連絡はなくなった。私はその連絡以降、彼のことを探し始めましたが、トラブルはここからです。とある男が私に接触してきたのです。その男はメルディスと名乗り、カーティスの居場所を知っていて、自分の言うとおりにしないと今すぐに彼のことを殺すと言ってきたんです。私は仕方なく、彼の言うとおりにしました。その人物いわく、仕事を探している天獄組に対して、ミラを経由すれば簡単に依頼することができると言って、盗品のジェラルミンケースを渡してきました。その男は貴方達を潰すことを目的にしているらしく、依頼が達成することなど考えていなかったようです。経緯としてはこんなところでしょうか。で、ストラスさんの話いわく、その人物はメルディスではないらしいですが、どういうことでしょう?」
事の経緯を聞いたストラスは思い出したようにメルディスについて話し始める。
「メルディスっていうのは魔天コミュニティの役職の一つだ。現在のメルディスは、病理学者のベヴァリッジという人物で、その人物は兎に角オス型の個体を否定している」
ストラスの口から飛び出た言葉に、2人は目を丸くする。そしてルネが「どういうこと?」と尋ね、続けてストラスがそれに答える。
「魔天って言う種族は両性具有だが、実態としてはクマノミに近い。生きている途中で性転換に近い身体の変化を遂げ、生殖を行える状態になったりする。例外はダウンフォールのみで、中性的な肉体を持っている都合性転換を行わず、オス型に近い個体しかいない。ベヴァリッジの部下は大体メス型で、人間風に言えば女性しかいない。それこそ、ベヴァリッジが好意を示しているのは過去の英雄であるメルディスとトゥールぐらいのものだったはずだ。そんなベヴァリッジがオス型の部下使ってこんなことするわけない。全く別人であるか、利用されていると考えるのが無難だろう」
「なるほど……そうであれば話は少し違っているかもしれませんね」
「それは、直接会ったという理由に関係しますか?」
「えぇ。実は、秘匿回線と言っても、あの回線は私の実家であるミラー家が管理しているものです。約束を取り付けた昨日の会話は、2分で終わったので隠蔽することができたのです。流石にあの短時間で全てを伝えきることは不可能でした。なので、会うというというリスクを冒してまでこうする必要があったんです」
それを聞いたルネは、理解とともに湧き出た疑問を尋ねる。
「理由はなんとなくわかったけど、どうして僕らがここでお茶をしたことを知っていたんですか?」
「実は知っていたわけじゃありません。ミラ院長から、貴方達は聡明な方だと言われていたので、資料に仕込んだ暗号に気づくことを想定していました。それならば、円滑で不自然さがないこのカフェを利用したと思ったんです」
ケイティの行動はほとんど推測によるものであり、実際に現実になったとは言え、かなり綱渡りな行動である。
ストラスとルネは、ここまで危ない橋を渡らなければならなかった情報を尋ねる。
「正直に言うと、ケイティさんの行動はどれもこれも確証に乏しいものばかりだ。それくらい、切迫した状況であるということですか?」
「勿論です。実は、メルディス曰く、ミラー家は過去より魔天の力を秘密裏に活用することで大資本家になったらしく、魔天がかなり絡んでいるようなのです。そして、このトラブルの数から推測するに、この街に対して何かしらの計画を仕込んでいるのでしょう。これについては確証があります。この資料をどうぞ」
ケイティはそう言いながら、とある資料を2人に渡す。
その資料は、近々どこかに拠点を移す計画を立てているというものだった。
「……これって、つまり近々この街が使い物にならなくなる可能性が高いってこと?」
「恐らくはそういうことです。この資料から考慮すると、魔天と組んでここをぶっ壊そうとしているのかもしれません」
「でも、どうしてそんなことを?」
「そこら辺は完全に不明です。碌でもない事は確かですが、少なくともそんなことしてもらっては困ります。なので、改めて正式に、この件について力を貸してください」
ケイティは今まで自分に起きたことを説明し、深々と頭を下げた。
ストラスとルネは一瞬、どうしようかと悩んだものの、このまま放置すれば大変なことになってしまうことは察する事ができるので、時間をおかずにそれを承諾する。
「わかった。協力しよう」
「ストラスと同じく、協力するよ」
それを聞いてケイティは、安堵した表情を浮かべて深く頭を下げる。そして、肝心のお金のことを口走る。
「ありがとうございます。それで……お金のことなんですけど、あのジェラルミンケースに入ってるお金はすべて差し上げます。100万ほどですが」
「あ……報酬、あー……すみません、ことが収束すればその、もうちょっと」
「すみません今経営がカツカツで嫌らしい話をしてしまって」
ストラスの本音あふれる言葉をルネが窘めつつも補足すると、ストラスはルネの肩を掴み、必死な形相で詰め寄る。
「お前天獄を運営している極悪合理主義経営者アロマに言われてること忘れたのかよ。ここでいい感じに報酬を得られないと俺たちは解雇宣言、楽しい清掃会社でも営むことになるんだぞ!?」
「なんで清掃会社なのかは知らないけど、相手はまだ20歳だよ。100万でもおかしなことになってんのに、これ以上請求なんてできないでしょ」
「ばっか、だから仕事の途中で巻き上げられるタイミングで巻き上げればいいんだよ。魔天とかから」
「すっごいゲスい話してるよね」
「ゲスだろうか店を存続させるためには致し方ない!」
この残念すぎる会話を聞いていたケイティは、申し訳なさそうに話に加わる。
「あの……更に申し訳なくなってるんですけど……」
「あぁいいんです。こっちの話なので、ちょっと僕らの給料が2ヶ月位出てないだけなんで」
「そうなんです、経営がかつかつでオーナーから圧力をかけられてるんです! 哀れな一般労働者を助けてください!」
無残なストラスの姿を見て、ケイティは更に申し訳無さそうな顔をし、一方のルネは滑稽そうに顔を歪めている。しかしストラスは更に続ける。
「労働基準法はうちにはないんです! 最低賃金法もついでに労働組合法すらないんです!!」
「改めて考えると酷い労働環境だ」
「えっと、それについては少々考えさせてください。必ず、結果以上の見返りを用意しますから」
ここまで言われればそう言わざる得ないケイティは苦笑いを浮かべながらそう言う。
それに対してストラスは、深々と頭を下げて頼み込んだ。
一方のケイティは、苦笑いを浮かべながら首肯するのみであった。