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不条理なる管理人  作者: 古井雅
終章 管理者
164/169

最果ての愛

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 この物語の一番の終着点がこの部分です。この部分だけ100回くらい書いて一番いいのを採用したいくらい好きですね。その分、ここを納得したレベルで作るのは個人的にしたいと思います。


 次回の更新は来週月曜日16日22時となっております。次回もご覧いただければ幸いです。


「カーティスやめよう。彼の言う通り、僕らの出る幕じゃない。ここから先は彼らの領分だ」

「でも……父さん!」

「僕らができることはここまでだ。能力・立場から大幅に外れる領分のことはしない、合理的じゃないし、役にも立たない、そういうことさ」

「随分辛辣ですね……」

「僕は自分のできる範疇で貢献する、それが僕の信条なんだ。カーティスにも何度も言っていたはずだけど?」

 アイザックの言葉に、カーティスはしょんぼりとしながら従い、「帰ろう」とアイザックの手を引き動き出す。


「じゃ……父と一緒に帰ります」

「お父さんの意見には従うんだね……やっぱファザコ」

「いいから早く転移装置に案内しろってんだキレるぞ」

「理不尽すぎる!」

 突然罵られたイレースはそう叫ぶのと同時に、どこから現れた廻が口を挟んでくる。


「転送装置は必要ない。アイザック、俺が飛ばそう」

「廻さん? どうしてここに?」

「面倒事を終わらせるためだ。水爆の管理をしている連中にご挨拶、そういう話さ」


 廻はアイザックにそう言いながらも、ベヴァリッジのことをちらりと一瞥する。

 すると、ベヴァリッジは微笑みながら廻に会釈をして持っていた端末を廻に渡す。

「藤浪廻様……、過去のコミュニティ建設時の恩寵は忘れません」

「こっちは然るべき報酬の対価でやっただけだ。恩寵なんて大げさなもんじゃない。それより、水爆を管理しているのはベヴァリッジ、お前なのか?」

「えぇ……ですが、私には身の丈に合わないものでした。それに、これは起動するためのものであり、設定等の変更については本体端末からのみ対応しているようです。ですので、ここから先の変更は厳しいでしょう」

「なるほどな。だが、お前の表情を見れば、復讐から解放されたようだな」

「我ながら、無意味な時間を過ごしました。優しさは捨てるべきでした」

「馬鹿なことを言うな。お前は優しさの権化……最初から不条理なんて望むもんじゃないさ、それこそ、“身に余る”、そうだろう?」

「…………実に的を射たお言葉、そう受け取らせていただきます」

「ま、結局誰も懐が傷まなかったんだ、別に問題ないだろ。それより、結局水爆は他のヤツが情報を握るまでお預けか。とりあえず、こっちのことはそっちに任せる。第三の組織はこれにて解散だな」


 廻が締めるような発言をすると、ベリアルはそれに従うように「では、他のメンツにもそう伝えておきますか」と言いながら廻の言葉に従う。

 すると、廻は更に指示するように続ける。


「ついでにミラたちも拾ってそれぞれの場所に転送する。他のメンツについてはマリウスが送り届けるだろうし放置でいいだろう。それよりも、ベリアルはストラスからキツくお灸を据えられることは覚悟しておけよ」

「廻父さんからそう言われるってことは、大分カンカンな感じ……?」

「動脈血と遜色ないくらいにはカンカンだ」

「うわっ嫌な予感」

「それよりベリアル、両親は見つかったのか? それが目的だったんだろう?」


 痛いところを突かれたベリアルは、何かを思い出したように「そうだ」とイレースの元に向かい、少し気恥ずかしそうに握手を求める。

 すると、イレースは疑問符を浮かべるように手を差し出した。

「室長……いえイレースさん、僕のことを覚えていますか?」

「え……? アゲートくん、じゃなくてベリアル君……?」

「25年前、サイライで一度、お会いしているんです。貴方は、僕のことを助けようとしてくれた。それがなければきっと、僕はここにいない」


 その言葉を聞き、イレースは途端に目の色を変えた。

 イレースも、これにより薄れていた記憶が蘇り、メルディスとしての意識が現れ始める。

「……まさか、本当に君が、“僕ら”の、子ども……?」


 これにはその場にいた全員が驚愕する。

 特にベヴァリッジとアイザックは、ともに驚きを隠せなかった。なぜなら、イレースとカーティスに施された技術のなかで、元の肉体の所持者の人格が蘇るという精神的な営みは存在しなかった。具体的には理論的なエビデンスを積み上げていく途中で、「肉体の所持者になる元の人格が生じる」という可能性は示唆されていたが、実際の臨床の中でそれらの可能性は殆どありえないと判断されていた。それは、肉体と精神が成熟していく過程で、新しい人格が再構築されていくため、過去の人格が新しい人格に上書きされていくためであると考えられていたからだった。

 しかし、今のイレースは紛れもなくメルディスの人格が出現していると考えられる。これにはベヴァリッジも泣きそうな顔で2人を見守る選択をする。


「えぇ……資料と、生体情報から、僕は間違いなく、メルディス様とトゥール様の息子のようです。僕はずっと、自分がずっと一人であると思っていました。サイライであ幼少を過ごした時なんかはなおのこと。でも、貴方は肉体が変わっても僕のことを想っていてくれた。それだけで僕は救われました」

「そうか、僕らは君の成長を見ることができずに死を迎えてしまったが、こういう形で息子と再会できるなんて、神は本当にいるのかもしれないね。意識には出てくることはできないが、トゥールもとても喜んでいる。俺にも似て、強い意志を感じるってね」

「そう言ってくれるととても嬉しい……、でもなんだろう、なんか緊張して……何を話していいのかわからないや」

「そういうところはトゥールに似たんだね。ただ、本当に残念だけど、恐らく僕らはこれから表層に出てくることができなくなる。君には酷かもしれないけど、僕らが話すことができるのはこれが最初で最後だ」

「うん……でも、すごく嬉しい。親なんて、僕には身に余ると思っていたから」

「ごめんね、君を一人にするなんて、僕らもしたくなかった。それでもやらなきゃいけないこともある。でも、僕もトゥールも、君のことを一番愛していた、それは忘れないでほしい」


 メルディスとしての意識が完全に現れたイレースの言葉に、ベリアルは思わず涙ぐみ、自らの体躯よりも遥かに小さいイレースの体に飛びついた。

「……父さん、僕も、ずっと2人のことを愛しています」

「はは、親孝行な息子を持って僕らは幸せだね。でも、尚の事君を一人ぼっちにしたことを後悔するね……」

「僕は一人ぼっちじゃない、皆がいるから。それに、僕には僕のことを一番に想ってくれる人がいるから」


 ベリアルが優しくそう答えた後、その場のロマンチックな空気をぶっ壊すように、扉を蹴破りながらストラスが入ってくる。

「ベリアル!! ようやく見つけたぞ!」

「ストラス……丁度良かった、父さん、紹介させてほしい」

「は?」

 ベストタイミングと言わんばかりにベリアルはストラスの手を引き、自身の父親の前にストラスのことを差し出した。


「父さん、彼が僕の許嫁のストラスだ。ストラス、挨拶して!」

「え……もしかして本当にお前の父親なのか?」

「そうなんだ! 彼が僕の父、メルディスとトゥールだ」

 ベリアルの真顔でそう言うと、ストラスは何かを察したようにイレースに頭を下げる。

 そして、けたたましく自らのことを述べる。


「ベリアルさんのパートナーをさせていただいています、ストラス・アーネストと申します。お会いできて光栄です、メルディス様、トゥール様」

「アーネスト……? なるほど、君は後のアーネスト家の子息かー……立派なものだ、凄まじい力を感じるね」

「尚の事光栄ですよ……、伝説の英雄にそんなことを言っていただくとはね」

「伝説はいずれ新たな伝説の礎になるのみさ。それに、君はとっくに僕らの最盛期を超えている。改めて、この子をよろしくおねがいします」

「勿論です。何があっても、彼のことを守ります」


 ストラスは神妙な面持ちでそう呟き、今度はイレースに最敬礼を行い握手を求める。

 無論イレースはこれを快く受け入れ嬉しそうにストラスの手を握った。


「これは凄まじいね。天賦の才に加えて地獄の鍛錬を経てその力を完全に己のものにしている、そんな人だ。それにとても誠実……こんな素晴らしい人をよくつかまえてきたものだね」

 優しさあふれる口調でそう口にしたイレースに対して、ベリアルもストラスも気恥ずかしそうにお互いのことを一瞥して笑う。

 その2人に対して、イレースはもう意識をとどまれる時間が少ないことを話す。


「息子が幸せな日々を過ごせていて僕らはとても嬉しい。それだけでも、今まで微かな意識を繋いでいたのかもしれないね……。でも、それももう終わりだ。僕とトゥールは、イレースという意識に完全に統合される」

 この言葉を聞き、ベリアルは少しだけ寂しそうな顔をしたが、すぐに表情を翻して精一杯の笑みで返した。


「うん……貴方に会えて本当に良かった」

「僕らも、こんなに成長した息子に会えるなんて、僕らは幸運だ。でも、僕らはまた君をおいて消えてしまう、それが本当に屈辱的だ」

「父さん……」

「屈辱的ではあるけど……、もう心配事はなくなった。こんな素敵な人と出逢えて、そしてともに成長した君と会うことができた。それに忘れないでほしい、イレースという人格は僕やトゥールの一部であり、僕らはイレースの一部でもある。僕らはいつも、ベリアルのそばにいるから」

「勿論……、僕もずっと、愛しています。父さん」

 ベリアルはそう言いながら、途絶えかけたイレースに抱きつき、イレースに気付かれないように涙を流した。

 勿論、イレースはベリアルの涙に気づいていたが、そのまま瞳を閉じて彼を強く抱き返した。


 それはイレースの意識が戻るまで続き、同時にそれはベリアルが涙を飲み込んだ瞬間でもあった。

 すっかり意識を取り戻したイレースは、メルディスとしての人格は残っていなくても、彼らが感じていた感情だけが底に残っているのかさめざめと涙を流しながらベリアルの背中を握りしめて動揺していた。

「……僕は、君を守ることができなかった。でも、君は生きていた」

「うん、ありがとう、イレースさん」

「ごめんね……守れなくて」


 現行のイレースの意識は、メルディスやトゥールとしての人格が混乱しているようで譫言のようにそう繰り返していた。

 対してベリアルは、今度は自分が父親のようにイレースの頭を撫でながら「大丈夫、ありがとう」と宥めていた。一連の様を見ていたベヴァリッジは、イレースらから離れつつも廻に小さく口添えする。


「廻さん、彼らのことを頼みます。私は“後始末”を済ませてきますので」

「あぁ、感動の再会を妨げるのは本意じゃないしな」

「勿論です。今回のことは、私が種を蒔いたのですから」

 ベヴァリッジはそう言い残してそそくさと何処かへ行ってしまう。それに習うように、廻もカーティスとアイザックらに「2人とも、家に帰るぞ」と声をかけてそのままルイーザへと転移させてしまう。

 そしてそのまま自らもアーネスト邸に転移しようとするが、どういうわけかストラスだけは転移することなくその場に留まらせた。これにはストラスも疑問を呈し、掠れた小声で廻に言う。


「ちょっと待てよ、俺は?」

「後でマリウスを向かわせる。お前にしても、話したいことがあるんじゃないのか?」

「いやそうだけど……」

「ということで俺は先に戻ってる。頑張れよ? 王子様?」

「…………御意」


 廻は不敵な笑みを浮かべながらそのまま予定通りアーネスト邸へ向かっていく。

 取り残されたストラスは、一先ずイレースとベリアルが安定するまで静観を貫くことにした。



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