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不条理なる管理人  作者: 古井雅
終章 管理者
160/169

身元不明

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 ここから終章、年内ギリギリ完結になりそうです! 物語が終わりそうになるといつもソワソワしますね。ちなみに現実で扁桃腺が死にそうになっているのであんまり別の方も進んでいません。なんだかここ最近体を壊すことが多くて困りものです。


 全く関係のない話を書きつつも、次回の更新は来週月曜日12月2日22時となっております。次回もご覧いただければ幸いです。


・グルベルト孤児院地下 方舟前



 ケイティに案内されて方舟の前に向かった廻は、その巨大な鉄の塊を前に、いくつかの質問をする。


「ケイティさん、貴方はこれに対してどれくらいの知識があるんだ?」

「どのくらいの知識、ですか?」

 意図がわからずケイティがオウム返しをすると、廻は唯一方舟に備えられている頑強な鉄の扉に手で触りながらつらつらとそれに答えていく。


「25年前、この方舟という存在は確かに魔天コミュニティのパールマン指揮の元作られていたが、ヤツ単体でこれを作ることは流石に不可能だろう。俺は今回の件について、25年前の事件共々情報を握っている身だが、それらの情報を持ってしてもこの方舟の存在や今尚これがここにあることが全くわからない。そこで、アルベルト・ミラーの娘さんである君に何かしらの情報を期待している」

「私が、アルベルト・ミラーの娘として持っている情報を話せ、ということですね?」

「あくまでも、俺は“期待している”と言っただけだ。新規の情報がなくても仕方ないし、ついでに言えばそうなる可能性のほうが濃厚だ。実際、当時君はまだ生まれていないしな。父親のためにケツを拭くのも馬鹿らしい」


 ストレートかつ辛辣な物言いをした廻は、扉を適当に叩きながら鉄の扉に耳を当てる。

 その仕草を見ていたケイティは、話しかけていいのか悩みながらも、自分の持っている情報でまだ出ていないものはないかを探る。


「そうですね……私が方舟について知っていることは既に出揃っている情報ばかりです」

「アルベルトは君にどれくらい25年前の事件の話しているんだ? それらの情報を、娘である君に話すようなことではないとは思うが」

「生憎……、私はアルベルトの後継者として育てられたようなものなので、それらの知られちゃまずい情報もいくつか聞いてはいます。方舟に関しては、元々の国家がエノクδを殺すために作られたということ、そして作成についてエビデンスを持っているということで魔天コミュニティからパールマンが選出されました。それから、パールマンが方舟作成を指揮していたのは事実です」

「大方出揃っている情報と同じだが、これでハッキリしたところもある。パールマンが方舟を残したのは、意図的であり計画的なものだった可能性が高い。ただ、そこにどういう意図があるのかが謎めいている」

「この方舟にパールマンが関わったことから、当初の目的であったエノクδ抹殺ではないことはまず間違いありません。それならば、順当に考えて方舟は25年前の証拠の権化たるこの街を灰にすることを目的に作られた可能性が濃厚でしょう」

「十中八九それを目的に方舟を作ったのは間違いない。だが、それならば25年も放置したのはどういう意味があるのか、そしてどうしてこんなよくわからない構造にしたかだ」


 廻はそう言いながら、鉄の扉の一点で立ち止まりながら、目をつぶって耳を澄ませる。同時に廻は、人差し指を口元に当てる。

 そして数十秒ほど音を聞いた後、首を縦に振りながら話し出す。


「この扉……内側にワイヤートラップがあるな。開けるとトラップが作動して、そのまま爆発する仕組み、ミラの読みどおりだな」

「つまり、リユニオンにあった錆びついた鍵はこれで、それはこのトラップを起動させるためのものだった、そういいたんですね?」

「あぁ、それならば、あんな大事な代物がリユニオン跡地に都合よく落ちていることはありえない」

 その言葉を皮切りに、廻は一つの推論を話し出す。


「ここで、ようやく方舟がここまで放置された理由についてあたりがつく。奴は自分が想定しないタイミングでこれを起爆させたかった、もしくは起爆しなくても良かったんだ」

「どういう意味ですか?」

「もし仮に、方舟がパールマンの指定したタイミングで起爆できたとして、下手をすれば自身に疑いのかかるタイミングになってしまうこともある。例えば、状況的に方舟の起爆タイミングが自身の不都合な事実を抹消しなければならない時だったりね。そういう危険性を排除するために、パールマンが選んだ選択がこれだ。25年前の事件について調べるものはほぼ確実に、そのプロセスの一つとしてリユニオンを通ることになる」

「必ずしもリユニオンに通るとは、やや不確定要素が強いと思われますが?」

「そのために、パールマンはこの地下道に残された資料の調整をしたんだろう。概略としての資料のみをここに残して、他の資料をリユニオンに残すようなことをすれば、頭が空っぽじゃない限りはそちら側に赴くはずだ。そして、手に入れた鍵を使ってこの二重構造に入ればそのままドカン、この街は完全に焦土と化すだろう」

「随分とやり方が回りくどいですね……」

「魔天コミュニティから直接起爆ができないことも、ここまで面倒になった理由だろうな。これを行って魔天コミュニティに戻り、その後起爆するまでコミュニティをでなければ必然的に疑われにくいし、ものの性質上多くの人物に周知させるのはかなりハイリスクになる。ある程度の確定性と妥当性のあるプランがこれだったから採用した、そんなところだろう」


 ある程度の当たりをつけた廻は、更に鉄の扉を数度叩きながら、何かを調べるように同じ動作を繰り返す。

 そのさまを見ていたケイティは、訝しげに廻に尋ねる。


「あの……さっきからこれは、何をしているのでしょうか?」

「音の反響で内部の状況を把握するエコーロケーションに近い奴だ。そんなに精度は高くないが、何も知らずに爆心に行くよりかは遥かにマシだろう」

「貴方……本当に一体何者なんです?」

「そんなに気になるのか?」

「気にならないほうが、不自然では? 人間というもの以外に、これほど高い知性や能力を持つことなんて、この社会ではあまり一般的な考えではありません。魔天の類だって、私は大分驚きましたしね」

「それは仕方のないことだ。人間は自分たちが思っている以上に、この世界について知らないことが多すぎる。人間が生態系の上位に君臨していることはまず間違いない事実だが、最上位に位置するものが存在しているのもまた事実……。高い知性を持つ者たちがな」

「貴方は、人間が嫌いなのですか?」


 ケイティは探るようにそう尋ねる。すると、廻は間髪入れずに吐き捨てる。


「嫌いだな。正直なところ、俺が方舟をなんとかしたいと思うのも、ここに暮らす人間のためじゃない」

「それは、ミラ様を始めとする天獄の人たちがここで暮らしているからですか?」

「違う。確かにミラたちのことは自分の命以上に大切に思っているが、それならあの子たちをまるまる安全な場所に移動させれば事足りる。こんな労力まで投じてやる必要はない」

「ならばなぜ?」

「人間が作り出した水爆は、自然界で生み出される循環に少なからず影響を与える。そうなれば、ここだけではなく多くのところで良くない影響が生じ始める。そうなるのは俺にとっても困る話でね、この世界は意外なことに、結構繊細なバランスで保たれているんだよ」

「……貴方は、人間が数千とかけて得てきた知識よりも何十倍の知識を持っているかもしれない。ですが同時に、それは貴方が人ならざる者であることも示している……、もう一度聞かせてください。貴方は、“創造神”とは何者なのですか?」


 ケイティがそう問いかけても、廻は今までと同じように鉄の扉に耳を当てて中を確認する。

 そして、作業をしながらも話し出す。

「創造神っていうのは、人間が適当につけた便宜上の比喩だ。俺は人間の言う神も信じないし、自分が理を制するものであるとも思わない。もう数え切れないほどの時間を過ごしてきたが、それでもこの世界は全貌すらも曖昧だ」

「何年、生きてきたのですか?」

「億は超えているかもしれないな」

「そんな……あり得ない」


 廻の言葉に対して、ケイティは思わず感情的な言葉が飛び出てしまう。

 すると、廻は鼻を鳴らして笑い、「あり得ないか」と納得した面持ちで尋ねてくる。

「どうしてありえないと思うんだ?」

「……いえ、すみません」

「謝ることじゃないさ。君の意見を聞かせてくれ、どうしてあり得ない?」

「論理的に……1億年前の地球は、人が住めるような空間ではなかったはずです」

「教科書どおりであれば、人間が誕生する前の世界だな。だが、それはあくまでも時間が特定の間隔であり、かつ人間としての能力しか持ち合わせていないことが前提だ。俺が人格を持ったときには、自分の異常性に気づきながらも、自分に似た人間たちとは明らかに違う自分の存在を明確になっていく。その過程がまぁ、なんとも気味の悪いものさ。吐き気がするくらいな」

「億ほどの時間を生きてきたからこその苦しみ……ですか?」

「あぁ、永い時間っていうのは、人という弱い精神を簡単に潰してしまう。それほどに巨大なものなんだよ」

「人間では到達することのかなわない領域に貴方たちはいるのですね?」

「そういうことを弁えないやつも多くてね。俺はだから人間が嫌い。でも……」


 そこで、廻は何かに気がついたように押し黙る。

 そして、しばらく沈黙した後、気がついたことと同時に話しだす。


「でも、君みたいな誰かのために命を張れるような人は好きだな。さて、話は終盤だ。中に入ろう」

「お言葉はありがたいのですが、自ら罠に突っ込むおつもりですか?」

「扉に仕掛けられている罠は“扉を開くことで作動する”タイプの罠だ。扉を通らず直接中に入れば起動しない」

「……なんですって?」

「俺の力でそのまま中に入る」

「そんなことができるんですか?」

「それが俺の力だ。やり方はいくらでもあるが、これからやるのは俺達の体を構成する物質を最小の単位まで分離させてすり抜ける」

「……私は物理学の専門家ではないのですが、人間を形成する最小単位の物質は、鉄よりも小さいのですか?」

「大きかろうが小さかろうが訳ないさ」

「貴方の前では、人類がこれまで得てきた知識や技術も……とても小さいものなのですね?」

「どんな小さなものでも、集まれば大きな物質や思想に変わる、そういうもんだろう? それよりも、そこにあるガスマスクをつけておけ。後悔することになる」


 あしらうような廻の言葉に対して、ケイティは疑問符を浮かべながら転がっていたガスマスクをつける。

 その瞬間、ケイティの視界は突如全く別の場所へと飛ばされ、最初に視界に入ってきたのは何者かの白骨死体だった。




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