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前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
17節目にしてようやく19章終了です。最後謎に長いのは切り方がわからなかったので最後はそのまま載せています。このお話の節がよく中途半端に切れているのは文字数で切っているからだったりします。ネット連載初心者のやりがちなような気がしますねこれは(´・ω・`)
次回の更新は今週金曜日29日22時となっております。最終章もご覧いただければ幸いです!
そのベヴァリッジの心の内を察したカーティスは、更に責めるように続けた。
「アンタは本当は復讐なんて望んでいない。アンタの目的はきっと他にある。だけど、それをアンタは見ないようにしているんだ」
「……目的ですって?」
「あぁ、アンタ、本当は人を傷つけることをなんてしたくないんだろう? もし仮に、アンタが何をしてでも25年前の事件のことを復讐したいなら、もう既に目的は達しているはずだ。馬鹿な俺にだって、アンタがどれほどの実力があるかくらいわかっている。この国の権力を持ってすれば、復讐を果たすことなど簡単だったはずだ。なのにそれをしなかった。他の行動すべてが合理的なのに、そこだけが何故か不合理……それは、アンタが優しいからだ。いや、正確に言えば、優しさを捨てきることができなかった。違いますか?」
カーティスの言葉がそれを皮切りに敬語に変わり、更にベヴァリッジへと詰め寄る。
「貴方は優しすぎた。それは今も変わらない。だからこそ貴方はこの状況に陥った。第三の組織から徹底的に圧力を受け、方舟を起動せざる負えない状態に」
「何が言いたいのですか?」
「言葉の通りです。貴方がもし、残酷なら、こんな状況にならずとも目的を遂げることができたんだ」
「……買いかぶりすぎですよ。私はそんなに優れた存在ではない」
「第三の組織がしてきたこと……それはすべて、貴方がだんまりを決め込まなきゃできない芸当だ。最初から貴方は自分の行動に迷いを持っていたんじゃないんですか? だから、隠れ蓑と言いながら、自分の本音を隠していた。そしてその悩みをこの状況になっても解消することができなかった。貴方の優しさが、この状況を生み出したんだ」
「やめてください」
「そんな貴方がこれ以上復讐に身を焼かれる必要はない!」
カーティスの問に対してベヴァリッジは初めて「やめて」と声を荒げた。
これまでの冷静なベヴァリッジからは考えられないほどの激情にまみれた声色であり、これにはカーティスも驚いた面持ちで目を開く。
そして、その場にいた全員が黙り込んでしまう。沈黙に覆われた室内には、ベヴァリッジの途切れ途切れの喘鳴のみであり、ノイズがかったような呼吸音はイレースとカーティスの耳を劈くように空気を揺らした。
暫くの間、あらっぽく呼吸したベヴァリッジは、呟くように話し始める。
「……やめて、“僕”は、高潔なんかじゃない……」
話しだしたベヴァリッジは、明らかに今までのベヴァリッジではなく、一人称も恐らく本来のものに変化し、声も今にも泣きそうな声になっていった。
今までの冷静かつ大人びた面持ちは既にそこになく、あるのはまるで子どもが親を求めて泣き続ける幼さのみだった。そして、その印象を強調するようにベヴァリッジは話し続ける。
「高潔なのは、メルディス様とトゥール様だ……彼らがいなければ、僕は今でも弱いただの凡人だ……」
「ベヴァリッジ様……?」
「……イレース様、こんな弱い僕に、そんな呼び方をしないでください。ほら、今だって、僕は自分の弱さを棚に上げて復讐なんて馬鹿なことを始めた……本当に、愚かしい」
「何を仰るんです?」
「メルディス様たちは僕のことを優しく守ってくれた。それに習って、僕もコミュニティの皆を、昔してもらったように教育・建設に尽力していました。それでも、僕は結局弱いままだった」
ベヴァリッジの言葉にその真意を理解したイレースは、大きくかぶり振りながら叫ぶ。
「違う! 貴方は高潔でとても強い人だ……貴方がもし、弱く脆い人ならばコミュニティはここまで発展することはなかった。貴方は素晴らしいお方だ!」
「言ったよね……? 貴方たちは僕のことを買いかぶり過ぎだと……僕が弱くないなら、どうしてグルベルトを守ることができなかった? どうして、失うばかりなんだ……? 僕は、自分の力の弱さが原因で多くのものを失った。本来失われるべきではない者すらも失った。失いすぎたんだ」
「少なくとも、それらは貴方のせいで失われたものではなかったはずだ……だから」
「だから、自分を責めることはない、と? そう言いたいのですか? それは違いますよ……僕のせいでグルベルトは死んだ。事実は決して変わることないんです」
「それでも……、貴方のせいじゃない!」
「なら誰のせいだと言うのですか!? 僕はいつも守られてばかりだった……今もそれは変わらない。僕は前線に出ず、ただ安全な場所から指示を出すだけ。全体の細部は確認できないし、確認できたとしても僕一人では何もできない……。グルベルト含め幾人かの魔天が誘拐されたとき、真っ先にその不自然さに気づき、宴の動向に気がつく事はできたはずです。それができなかったのは僕の怠慢だ。いくら人間が絡んだとはいえ、かなり密接な関与があったコミュニティならば、そこを疑って当然だった……」
声を荒げたベヴァリッジに、イレースは噛みしめるように黙り込んでしまう。
イレース自身、自分が何もできずに大切なものを失った苦しみはよく理解しているつもりだった。だからこそ、イレースは押し黙ってしまったのだ。
対してカーティスは、イレースを押しのけるようにベヴァリッジに詰め寄る。
「……誰のせい? 答えは一つだ。連帯責任、それ以外の解答がどこにあるんです?」
「連帯責任……?」
「貴方、言いましたよね? 自分は一人だけじゃ何もできない、そこまでわかっているのなら、その答えにたどり着かなきゃ論理的じゃない。そうでしょう?」
「それは……」
「もし、貴方に過失があるのなら、貴方が誇る優秀な部下のことを信じられなかったことだ。どうして貴方はたった一人で責任を取ろうとしたのですか? それこそが貴方の大切な部下への最高の冒涜ではないのですか?」
この言葉に、ベヴァリッジは苦しそうにくぐもった声を上げる。
「ですが……私は責任を取るためにいます、それが私の役目です」
「責任に復讐が伴うのですか? 教えて下さい、どうして、グルベルトのことでそこまでするのですか?」
クリティカルなカーティスの言葉に、ベヴァリッジは暫くの間黙り込んだ後、ゆっくりと話し出す。
「わからないのです……、どうして、こんなに強い怒りを感じるのかも……」
「……貴方は、今までで怒りをどのようにコントロールしてきたのですか?」
「怒りを感じることすらも、今までは押し殺していたのかもしれません。弱い僕という存在を殺して、メルディス様の後を継ぐ者として振る舞うことで復讐心という気持ちすらも気付かないふりをしていた……そんなところでしょうか」
自身でもよくわかっていない様子のベヴァリッジに対して、カーティスはゆっくりと自分の意見を述べる。
「俺の、というかなんとなく思うことなんですけど、一ついいですか?」
「……どうぞ」
「貴方は、ずっと一人で戦ってきた。少なくとも貴方はそう思っていた。だけどそれは、貴方が慕っていたメルディス様と自分を重ねてのことだった。そして、グルベルトに対しても、貴方がメルディス様にしてもらったように接した。そうすることでしか、メルディス様たちを失った悲しみに耐えられなかったから……。続けてもよろしいでしょうか?」
つらつらと続けるカーティスに対して、ベヴァリッジは首を縦に振りながら話を促す。
「……ですが、グルベルトは貴方にとってまさに過去の自分だった。そんなグルベルトを、貴方は今まで守り続けていた同胞に殺されることになる。それがきっかけで貴方はこの復讐を決意した。そんなところですか?」
「どうでしょうね。でも、なんとなくそんな気がします。僕はいつも守られたばかり……それが嫌で誰かを守って、自分が強くなったような気がしていただけ。そんなところです」
「ただ、俺が思ったのは、貴方がしようとしていたのは単純な復讐なんかじゃなかったような気がするんです」
「……その他に、なんの意味が?」
「これから先の、コミュニティの秩序のため、なんじゃないかなーって思って」
カーティスの言葉を聞いたイレースは、「同じことを思っていました」と話し始める。
「同じような惨劇を繰り返さないためにも、貴方はトゥール派の力をある程度縮小、もしくは壊滅させようとしていた。復讐なんて血なまぐさいものではなく、貴方は今も誰かを守ろうとしている。それは未来の我々でもあったんだ」
「それでも、貴方はその大義名分を持ってしても多くの犠牲を払うことはできなかった。だからこそ貴方はここで迷っていた。そして今でも悩み、迷っている……そうでしょう?」
2人の問い詰めに対して、ベヴァリッジは自分の気持ちを決めたと言わんばかりに再び毅然とした態度に戻り「その通りでしょう」と言いながらカーティスのもとへと駆け寄る。
「カーティス様……貴方の中にいるグルベルトは、少しでも私の行為を責めますか?」
ベヴァリッジの言葉遣いは先程とは異なり、いつものように優しく、そして冷静だった。
その一方で、そこはかとなく感じる人間臭さが本来のベヴァリッジであることに気がついたカーティスは、同じく冷静だった。
「責めてはいないと思います。だって、貴方はまだ誰一人として傷つけていないから。でも、もし俺の中にある断片的な感情がグルベルトであるのなら、貴方にこれ以上復讐に気持ちが支配されるところは見ていて悲しい。ストレートにそれだけだ」
「……そうですか。それでも、これから先もトゥール派やルイーザはコミュニティの驚異になりうる。それは確かだ……。ルイーザだけでも、この手で滅ぼす。それは変えられない」
ベヴァリッジはそう叫びながらエンターキーに手をかける。
しかし、それはカーティスにより寸前のところで遮られる。カーティスは凄まじい力でベヴァリッジの右腕を抱え、強烈な怒りを塗り重ねた表情でベヴァリッジを一瞥する。
「……アンタ、本当に何もわかっていないのか!?」
「それがもし、グルベルトの意思であったとしても、“私”はやらなければならない。これから先の未来、未来の子どもたちを守るためにも」
「だからそれが間違ってるって言うことになんで気づかない!? 俺はグルベルトでもなんでもない、カーティスっていう別人だ!そんな俺から言えば……あんたのやっていることはただのエゴと狂った使命感だ。それにアンタはこれっぽっちも気づいていない。今アンタがやろうとしていることは本当にアンタがやろうとしていることじゃないんだ。なんでそれがわからないんだ!」
怒号のようなカーティスの言葉に、ベヴァリッジだけではなくイレースも疑問符を浮かべる。
そんな2人を振り払うように、カーティスはベヴァリッジの胸ぐらをつかみながら、その言葉の真意を吐き出した。
「アンタ……、自分のことを“私”って言ってるときは、自分の本音を隠しているだろう? 誰かのために行動することを中心に考えて、その中から最適な行動をする。さっき、起爆キーを押そうとしたとき、咄嗟に一人称が変わってた……。それは自分でしたいことじゃない、誰かのためということから導き出された不条理で合理的な解答……でもそれはアンタの気持ちから離れる行為なんだ。それを必死に……必死に止めようとしたイレースの気持ちはどうなる……? イレースだけじゃない、その中にあるアンタが尊敬したメルディスは!? トゥールはどうなるんだ!? 今やろうとしたことが実行されれば、それらの気持ちをすべて無碍にするどころか、否定することになる。それがアンタの望むことなのか!?」
凄まじい形相で放たれた言葉の羅列に、ベヴァリッジは唇を噛み締めながらも黙り込み、苦しそうに拳を握りしめる。
その仕草から、ベヴァリッジも自分の本心とこれから先の危機に対しての板挟みの状態であることを悟ったイレースは、怒りをぶつけるカーティスの肩を抱き小さくその行為を嗜める。
「カーティス、落ち着いて……」
「……お前はいいのか? これから先、アンタが命を張ってでも止めようとしたこの人が、何万、何億という命を奪っても……いいのか!?」
「いいわけないだろ!!」
カーティスの怒号に真っ向から叫んだイレースは、タガが外れたような声を上げた後、荒く呼吸しながらカーティスに抱きついた。
「そんなことが……許されるわけがない……、でも、気持ちはわかってしまう。それが悪だと知りながら、わかるんだよ……復讐心は収まるところがなくずっと頭の中にもやもやしているんだよ!」
「ここまで来て何を言ってるんだよ!? お前が大切な人だって言うから俺は止めに来た、お前自身がグラついてるんじゃ意味がないんだよ!」
「だから……ここまで来たからグラつくんだよ……!」
イレースの言葉にカーティスは「は!?」と叫びながら更に声を荒げる。
そんなカーティスに、イレースは小さく語りだす。
「……僕だって、復讐したい。思い出したんだ……僕も大切な息子がいた。僕は必死に息子のことを守ろうとしたけど、結局それは叶わなかった。行方不明になった息子はどこにいるのかわからない。それをしたのは、今のルイーザの前身となったザイフシェフトだ。25年前の惨事を引き起こした人間だ」
「は……? お前それって……」
「そうだよ……ベヴァリッジ様が吹き飛ばそうとしている場所は、僕にとっての復讐でもあった。だから、分かるんだ!」
「だからって……お前までルイーザを吹き飛ばすなんて言わないよな……?」
イレースに対して、信頼と怪訝が混ざった視線を向けたカーティスだったが、イレースの真っ直ぐな瞳を見てすぐに杞憂であることに気がつく。
「僕だって……僕から息子を奪った人間を殺したいくらい憎んでる。でも、それでもベヴァリッジ様を……貴方を止めに来た」
そう言い切ったイレースは、再びベヴァリッジに視線を向ける。
そして、ベヴァリッジの手のひらを握りながら、強張った表情をゆっくりと溶かし、やがて笑みを浮かべる。それは今までで一際優しい笑顔だった。
「ほら……、僕もベヴァリッジ先生と同じなんですよ。復讐をしたい、大切な人を奪った誰かを、死ぬほど殺したい。だけど……復讐をされる側も“大切な人がいる”、貴方が僕に教えてくださったんですよ……」
「イレース様……?」
「復讐心をおさめる場所は、大切な人との繋がり……それしかないんですよ。先生にだって、大切な人がいるでしょう?」
「“私”は……」
「先生、もう取り繕う必要なんてないんです。ありのままの先生を受け入れてくれる人が、こんなにもいるのですから。僕だって、カーティスだって、僕の中にあるメルディスやトゥールも、ありのままの貴方が大好きなんですよ」
その言葉を聞き、ベヴァリッジはゆっくりと涙を流しながらイレースを抱きしめた。
しきりに、「父さん……」と呟きながら、さめざめと涙を流し続けた。
それを見ていたカーティスも、小さく涙を浮かべながら、ゆっくりと気を遣うように居室から出ていった。
無論、イレースとベヴァリッジはこれに気づくことなく、感傷に浸るようにお互いにさめざめと涙を流し続け、そのまま数時間と出てくることはなかった。