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前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
16節目です! 前々回くらいに「後2回くらいで終わる」とか宣っていましたが残念ながらもう少しだけ続きそうです。最終章はこれだけ長くならないので本当に年内には終われますね。結局2年近くなったことに本当に驚きです。三日坊主がよくここまで続いたものだと言うことに一番驚いていますが(*´∀`)
次回の更新は来週月曜日25日22時となっております。次回もご覧いただければ幸せです!
「お待ち下さい!」
「イレース様、言わせてください。貴方の仰った推論は概ね正しい。ほとんど情報のない状態でよくそこまでの推論をしたものです。それであれば、私が方舟の権限を握っていることも承知の上でしょう?」
「えぇ……おやめください。それを起動してしまえば、もう後戻りできなくなる。貴方を重罪人として、牢獄に入れることになる。それでもなお、貴方は実行するというのですか?」
「勿論です。ここまで来たからには、実行する他ありません」
「その意志が本当に固いのであれば、私などでは貴方の意志を砕くことは難しい。であれば、一人会ってもらいたい人がいる。その人と、話して頂いてからでも構いませんか?」
「……イレース様、貴方一体何を?」
ベヴァリッジが疑問符を浮かべた瞬間、扉が開き、自分の体を得たカーティスが控えめに室内に入ってくる。
すると、ベヴァリッジはそれに驚愕しながら目を見開いた。
「貴方は……」
「どこまで、彼のことをご存知なのですか?」
「アイザック先生のご子息……ですよね?」
「それだけではありません、彼は、アイザック博士が作り出したDAD技術とグルベルトの肉体を用いて作り出した、人工生命体です」
この言葉を聞き、ベヴァリッジは目を細めながらカーティスのことをまじまじと見つめる。すると、カーティスは真剣な面持ちでベヴァリッジに詰め寄った。
「とりあえず、初めましてといっておきます。ベヴァリッジさん」
「……こちらこそ、ようこそおいで下さいました。カーティス・マクグリンさん」
「よろしくおねがいします。自分の目で貴方を見ることは初めてですが、なんとなく、いつか会ったような気がするのは、きっとこの体が原因なんでしょうね」
カーティスは塩らしくそう言うと、自嘲気味に尋ねる。
「早速聞かせてください。俺は貴方を復讐に走らせたグルベルトに似ていますか? すみません、扉の前で聞かせてもらいました。どうして自分がこんなよくわからないことに巻き込まれたのか、どうして貴方という崇高な人が、馬鹿げたことをやり始めたのか……。全部、俺の理解の範囲内ですけど、なんとなく理解できました。だから、まっさきにこれを聞きたくて」
カーティスの言葉に、ベヴァリッジは苦しそうに言葉を選ぶ。そして、吟味した言葉を吐き出した。
「何でしょう……、似ているようで似ていない、そんなところでしょうか? 顔や口調は確かに似ていますが、それでも貴方とグルベルトは全く違う存在です」
「そうでしょうね。俺とグルベルトは全く違う。だけど、確かに俺はグルベルトという一人の魔により生かされている。それは紛れもない事実だし、これから先絶対に忘れてはいけないことだと思う」
「……確かに、忘れてはいけない事かもしれない。ですが、それは思い込みである可能性も否定できない。宿命なんて言葉は、ひどく曖昧なものなのですよ」
「曖昧であるのなら、どうしてベヴァリッジさんは“復讐”なんて曖昧な手段に頼るのですか?」
カーティスは真剣な面持ちでそう尋ねる。
これにはベヴァリッジも言葉を失い、自分でも整理のつかない気持ちを滔々と述べる。
「……わからない、わからないんです。今まで私は比較的長い時間を生きていました。その人生の中で、この感情は最も奇怪な感情でした。心の底がぐちゃぐちゃに撹拌されて、そこから舞い上がった怒りのみが体の中のありとあらゆる細胞を引っ掻き回すような、そんな感覚です」
「それは、貴方をしてもコントロールできない感情なのですか?」
「買いかぶり過ぎですよ。私はそんなに強い存在ではない。それはイレース様がよくわかっているはず、優柔不断で自分本意な存在が私の根底です。全てはただの自分本位、それでしか動くことのできない哀れな存在なんです」
「本当にそうでしょうか? もし仮に、貴方が自分本位で動いているのであれば、この世におけるすべての善意は自分本位になる。俺が、少なくともここに来ようと思ったのは、信頼のおけるバディがいたからです。そして、そのバディは貴方のことを、“最も高潔な人”だと言っていた。それも驚くほど真剣にね」
カーティスの言葉を前に、イレースは若干顔をそむけつつ、気恥ずかしそうに笑う。
無論、これを見ていたベヴァリッジも同じように笑みを零し、しかし今度は物悲しげにため息をつく。
「そんなことを、言われるほど私は……」
「強くない、そう言いたいんですよね?」
カーティスの言葉に続けて、イレースは語りだす。
「……強さ弱さの話では既にないんです。貴方はその強烈な憎悪と戦い、今までそれを制していた。ですが、人格意識を持つ以上、抱え続けることは不可能です」
「確かに、貴方の言う通り、人はそんなに強くはない。ですが、グルベルトを守ることくらいはできたはずです。それができなかったのは私の怠慢でしょう。私は、グルベルトを守ることができなかった。それが許せない……」
「だから、貴方はその根源となったトゥールと宴に復讐を企てた。そして、貴方は実行手前だった、と?」
カーティスがそう尋ねると、ベヴァリッジは小さく首を縦に振りながら、尋ね返す。
「聞きたいんです……貴方の中のグルベルトはきっと復讐なんてどうでもいいことでしょう。ですが、それであれば、どうやって私の気持ちを抑えつける事ができるのでしょうか? 怒りや虚しさ、誰かを失ったことへの後悔の日々、全て甘んじて受け入れろ、そういうのでしょうか」
「それは、誰にでも等しく復讐の権利がある、ということを言いたいんですか?」
「手段は法ですか? それであっても、完全ではありませんし、彼らはそれを支配する側にあります。法はそれをコントロールする者を裁くことはできない。だからこそ不完全であり、裁きの手段としてはあまりにも曖昧です」
一連の話を聞き、イレースは苦しそうな顔を浮かべているが、今まで話を聞いていたカーティスは苛立つように表情を崩す。
そして、咀嚼するように話を聞いた後、今までの敬語を崩して頭をガシガシと掻きむしり、イレースに叫ぶ。
「おいイレース……、お前言ってたよな? ベヴァリッジさんは聡明でとても優しい人って……」
「カーティス……? え、いきなり何言ってるの!?」
「正直、俺は善人の説得に協力したが、どうやらもうそれも必要なさそうだな」
「本当、何を言っているの……?」
「はっきり言わせてもらう。俺はこの人嫌いだ」
かなりストレートな言い方をしたカーティスに対して、イレースは頭を抱えるように反論する。
「カーティス! 説得って話聞いてなかったのか?」
「うるせーぞイレース、俺はな、お前がどうしてもって言うからこの人に会いに来た。それに? 俺の実質的な恩人だってことも知ってる。それでも、俺にはこの人の言っていることがおかしいってことくらいわかるんだよ」
あくまでも頑ななカーティスは、そのままベヴァリッジに詰め寄りながら怒りを顕にする。
「アンタ言ったよな? どうやって自分の気持ちを抑えることができるのかって……それに対して、自分で、法では無意味だって言った。そこまで頭がいいのにどうしてアンタは一番やっちゃダメなことをしようとしているんだ?」
カーティスの直情的な言葉に対して、ベヴァリッジは今までで初めて口を噤む。感情でぶつかってきたカーティスにどのように返したらいいのかわからなくなったのだ。
ベヴァリッジは常に冷静かつ客観的に多くの要素を分析する。それには自分や他者の思考や感情、それらと環境をしっかりと前提において深い思考を行う。一方で、それは自らのストレートな感情との乖離であり、どんどん自らの気持ちが曖昧に歪んでいくことも意味していた。
そんなベヴァリッジは、久しく相手から直接的な感情表現を受けたことがなかった気がする。戦略と先を読む力が常に求められる世界に身を置くものの宿命でもあろうが、それを考慮してもベヴァリッジはカーティスの言葉がかなり心に刺さったのだ。




