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不条理なる管理人  作者: 古井雅
第十九章 不条理成る管理人
148/169

-6

 前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)

 第6節目です。半分くらいですかねー、ただしストック分ももうないのでここからはプレッシャーとの戦いですね。

 こんなに長いお話を書くのは初めてですが、これをして思ったことは、世の連載を持っている作家の方々の偉大さですね。長期的に物語を続けることがこれほど難しいことだとは正直想像以上のキツさでした。ということで、全国の作家の皆様に改めて尊敬の念をいだきました。いい経験でしたね……(´・ω・`)


 次回の更新は来週月曜日21日22時となっております。次回もご覧いただければ嬉しい限りです。



 一方、エンディースとビアーズの一連の会話を眺めつつも分身に対して既に二度ほど攻撃を当てたイルシュルは、分身のあまりの手応えのなさに違和感を覚えていた。

 1度目の交戦した時との強烈の相違、それがイルシュルの引っ掛かりの正体だった。ビアーズの言葉が本当に正しいのならば、1度目に出現させていた分身にも同じことが適用されるはずである。しかし、実際にはペリドットが作り出していた分身はすべて、かなり高度な自走を行い、2体の完璧なフォーメーションを2パターンも披露していた。

 

 今の分身の使い方も相当に高度であるが、前回の形式から比べるとレベルは落ちている。

 この不信感を持ちながら、イルシュルは器用にスポアを使って椅子を分身に向かって投げつける。

 すると、例のごとく分身はそれを回避することなく、衝撃がかかった部分を急速に硬質化し、そのまま椅子を粉々に粉砕した。そしてその攻撃に合わせるようにイルシュルはフォークのように変形した右腕で硬質化している分身の頭部を吹き飛ばす。

 このとき、イルシュルの手応えは確かにあった。それは確実に頭部を吹き飛ばした手応えであり、視覚的にも分身の頭部は完全になくなっている。だが、イルシュルは手応えの奥にあるもう一つの感触にぶち当たっていた。

 その感触は、なにか硬いものに触れたような違和感だった。めり込んだ皮膚の下にある鱗のような組織に触れているような感覚だった。


 一瞬、イルシュルはこれに対して頭に疑問符を浮かべるのみだったが、すぐさまイルシュルは攻撃を回避するように身を屈めて分身から距離を取る。

 イルシュルの行動とほぼ同時、首が吹き飛んだ分身は体内に爆弾でも仕掛けられていたのではないかと思うほどの勢いで爆発し、極端に硬質化された肉片が手榴弾のように周囲を攻撃する。そして、散乱した肉塊の中から、何かが犇めきながら、分身の死体を貫くように大量の槍が射出される。


 イルシュルは間一髪これを回避することに成功するが、吹き飛んだ大量の肉片に遮られて分身を視認することができない。

 だが、それでもイルシュルは何が起きのたかを理解して、舌を打つ。

「こいつ……中にもう一体いたのか……」


 それを聞いたエンディースは、言葉の意味がよく理解できずに同じ言葉を反復する。

 対してビアーズは、その言葉の意味に気が付き、あくまでも演技を目的にしているはずのこの戦いにおいて「そこまでやるか」と笑いながら、イルシュル同様に分身を攻撃し、同じように破壊させる。


 すると、今度はイルシュル側のものとは異なり、分身の皮膚を貫いて全身から剣山のように大量の針が伸び周囲を攻撃する。

 そして、崩壊していく分身の皮膚の下から、赤褐色の皮膚をした完全な人型の怪物が出現する。その怪物は、ビアーズらも見覚えのあるものであり、一回目の二家会議のときに出現した分身の一つだった。


「これが目的だったんだろう。こっちが馬鹿正直に機械的なコイツをぶちのめせば、あの不意打ちは高い確率でこっちに命中するし、おまけにいる全員をバラつかせやすい。最低な方法だけどな」

「まさか……本当はヤツが任意のタイミングでそれをするつもりだったのか!?」

「だろうな」


 流石のビアーズでも、この方法には驚かされる。

 分身の内側に仕込んでいた本物の分身は、意思を持って「機械的な行動」を行っていたことになる。それは、ペリドットが場に出ている4体の分身の行動を完全に掌握して動かしていることを示している。

 今は一応、エノクδとは共闘状態であることから、これは強い味方でもあるが、本当にエノクδがコミュニティを潰すためにテロを行おうとしていたのであれば、なすすべなく崩壊しているだろう。それを想像するだけでもゾットさせられるが、危機を脱したわけではない状況に複雑な表情を呈すしかない。



 同時に、ベヴァリッジの首元に刃を突きつける分身も、同様にガラガラと瓦解を始め、ベヴァリッジの耳元には何かを噛み砕くような音と、気味悪く肉塊が蠢く音が聞こえてくる。

 それを聞いても、ベヴァリッジは表情一つ変えることなく、ただ黙ったままペリドットに視線をあわせ続ける。そして、なにかに気がついたように一つ話し始める。


「……やはり、貴方の目的は、私に対しての復讐ではありませんよね」

「あぁ、当然だ」

「私の考えを述べさせてください。貴方の目的は、復讐なんかじゃない。貴方にはしたいことが明確に存在している。そして、それを達成するためにはウロボロスの起動が必要不可欠……いえ、既にその必要もないのでは?」

「何が言いたい?」


 ベヴァリッジが話し始めるのと同時に、背部の分身は、今度は関節が外れるような音を鳴らした後、今までにはない異形の存在へと変貌を始める。

 一応は人の原型こそ保ってはいるものの、顔に当たる部分が大量の嚢胞状の触手に覆われていて、寄生生物のような状態になっていた。肩甲骨付近からはコウモリの羽の骨のような形状のスポアが伸び、それが何方向にも伸びしなりのある武器へと変貌する。

 一連の変形を鏡越しに見ていたベヴァリッジは、それを見て上品な笑みを浮かべながら、更に話し出す。


「勘です。貴方の性格と一致しないような気がするんです。ウロボロスの起動が本当に、貴方たちが求める終着点であるのならば、“自分で起動”しようとするはず。恫喝で我々に起動させるような不安定な方法で行うはずがない。なんとかしてウロボロス起動までのプロセスを調べて、この場にいる全員皆殺しにして悠々と起動をする、そうじゃないんですかね?」

「……パスワードや管理者権限とか、色々あると思うけど?」

「記憶違いでしょうか? 貴方たちの大ボスのノアさんは、機械系統にも影響を与える力があったような気がするんですけど……どうなんでしょう?」

「ボスは僕だ。そこの変態の利害関係者はただのコマ……それに、ソイツにそれができているのなら僕はこんな回りくどい方法をとっていない。僕の行動自体が証拠だと思わないのか?」

「えぇ勿論です。なんとなく、貴方たちではそれくらいできそうなのに、どうして私たちのことを殺そうとしないんだろうなぁ……という疑問符が根源ですよ。これは私の思い違いでしょうか? どちらにしても、私はこちらの線をとても強く支持しています。なぜなら、貴方たちはここに来て一人も殺しを行っていない。少なくとも、この事実から、貴方たちは、我々に投棄されたから復讐に走るほど短絡ではない。貴方たちはかなり高度な組織性と計画性を持ってここで行動をしている。そして、その行動は慎重すぎるとも言える。どうにも違和感なんですよ。前半と後半では、貴方がしていたことに明らかな乖離がある。どうしてですか?」


 この話をしている最中も、ベヴァリッジの耳元では今にも首を落とそうとするけたたましい関節音が響いている。

 それでも、ベヴァリッジは相変わらず冷静に話し続けている。


 それを見て、ペリドットは無意識に表情を歪める。

 一連の行動は、ベヴァリッジの明らかに死を恐れていない態度を浮き彫りにするには十分すぎるものであり、「死を理解した笑み」と形容したほうが妥当な程だった。死を理解できないのでも、それを考えていないわけでもない。死について恐怖し、自分なりの答えを出したような表情だった。

 これを悟ったペリドットは、恫喝が無意味であることを理解しながら、一つ言葉を投げる。


「……それを答える前に、一つ聞きたい事がある」

「何でしょう?」

「アンタは死を、一切恐れていないのか? 僕が一つ間違えばアンタは死ぬ。それなのに、なぜ悠長に話を続ける事ができる?」

「……だって、殺す気なんてないでしょう? それに、“間違えれば”、なんですよね?」

「勘違いするな。アンタに生きていてもらわないとウロボロスの起動は叶わない。それだけだ」

「では、一つ有意義な情報を。ウロボロスは実は、機械的な承認が必要ではありますが、それは眼球と掌紋での承認を行います。また、パスワードについても共通のものが一つ設けられているだけですので、私を殺した場合でも起動することができます」

「なぜそんなことを教える?」

「なんとなく、ですかね?」


 曖昧な回答を続けるベヴァリッジに、ペリドットは更に訝しげににらみつける。

 するとベヴァリッジは楽しそうに手を叩く。


「そんな目をしないでください。ほら、私を殺す理由が生まれましたよね? どうぞ、首を掻ききるなり、臓物を引き裂くなり、お好きにどうぞ」

「ふざけるな。ここで、はいそうですかと殺して今の情報が大嘘だったら洒落にならん」

「嘘など仰る理由がありません」

「僕に真実を告げる理由のほうがない」

「おやおや、随分と信用がありませんね」


 突然軟化したベヴァリッジの言動に、ペリドットはその真意を気取る。

 これは、明らかに相手の遅延行動である。あえて情報を投げることで、こちら側に猜疑心を与えて動向を見る、常套手段的なところはあるが、これ以上ベヴァリッジの話術に乗せられてはいい結果に終わらない。

 そう判断したペリドットは、大きな動作で立ち上がり、ベヴァリッジを睨みつけながら叫ぶ。


「これ以上の談義はお話にならないな。貴様がそれほど殺されたいのであれば、こっちも素直にそうすることにする」

「それは、私の話をある程度信用しただけるということですか?」

「勿論だ。やはり貴様にはここで死んでもらおう」


 ペリドットが声高々に総宣言すると、ベヴァリッジの後方に鎮座していた異形の怪物がゆっくりと蠢き始める。

 そして、一際大きい関節が軋む音が響き、鋭利な触手で攻撃動作に入る。

 しかし、それでもベヴァリッジは笑みを浮かべたままだった。まるですべてを受け入れるような表情であり、その顔つきがとてつもなく不気味だった。



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