方舟の意味
前回から引き続き見ていただいた方、ここから読み始めた方、いつもありがとうございます(*´ω`*)
今回で18章が終わり、最終盤となる19章に次回から入ります。この19章がこれまでの中で最も難しい部分であり、あんまり自信もありませんが物語完走を目指してがんばります(´・ω・`)
次回の更新は来週月曜日30日22時となっております。次回もご覧いただければ幸いです!
「保険って?」
「それを話す前に、もう一つ確認したいことがあります。25年前の事件で、魔天コミュニティではどのような対応がなされましたか?」
アイザックの言葉に、キャノンは疑問符を浮かべながら、素直に25年前の事件について語り始める。
「実は、あの事件で魔天コミュニティが行った対応は、行方不明になった魔天の捜索を行っているだけだった。指揮を担当したのはメルディス側だったと言われている」
「言われている? あの事件に二家は関わっていないのですか?」
「うん……元々、僕ら二家は国家存亡の危機に関してのみ動くことが決められている。25年前については、あくまでも魔天コミュニティ内での危機ではなかったことから、僕らが受けたのは方向だけだ。だけど、その時から露骨にベヴァリッジの態度はおかしくなっていた。それは多分、行方不明になっていた魔天の中で唯一、グルベルトの無事が確認されなかったからだと思う」
「なるほど……それなら、その事件に魔天コミュニティが、もっと言えばトゥール派がどこまで関わっていたのかも、わからないですよね?」
「明確にはわからない。だけど、二家の中では話題になっていた。あの誘拐事件には、トゥール派が少なからず関わっているのではないか、ということが言われていたんだ。だけど、相手がコミュニティ内でも地位の高いブース家、今のトゥールトップであるイルシュル・ブースが所属している連中だったから、こっちとしても明確な理由なしに叩くことはできなかった」
「つまり、ブース家が今回の事件に関わった可能性がある、っていうことですか?」
「恐らくね……」
キャノンは概要程度の情報しか知らず、申し訳無さそうに頭を下げると、それを見たアイザックは大きくかぶり振る。
「いえ、問題はその先です。イルシュルの父親であるアダムスは、もしかしたらその後行方不明になっていたり……しませんか?」
「……どうしてそれを知ってるんだ?」
アイザックの言葉に、キャノンは驚愕の表情を浮かべながら当時の状況を話し出す。
「確かに、イルシュルの父親であるアダムス・ブースは、その後すぐに行方不明になっている。当時、アダムスはトゥールの役職から退いてすぐだったから、謀反とか噂になったけど、もしかしたら25年前の事件が原因だったのかもっていう説が濃厚だった。少なくとも、僕ら二家の間ではね」
「僕も、その線で考えています。僕はあの事件で、トゥール派からかなり圧力を受けていました。あの事件には、後ろ盾としてトゥール派が確実に絡んでいたはずです。あの事件で、こちら側に取引を仕掛けてきたのはトゥール派だった。だけど、その窓口が一点から変わっていた。もしかしたら、何かしら相手にトラブルがあったのかもしれない」
「二家はその辺について介入しているわけじゃないから、何かしらの関わりがあったのかもしれないね……」
「ここからはあくまでも完全な想像ですが、魔天コミュニティ内で、あの事件に関わっていたトゥール派と宴の中で、仲間割れが起きた。恐らくは、アダムス・ブースは何者かによって始末されているのではないのでしょうか?」
「確かに……でも、どうしてアダムスがいなくなったことを知っていたんだ?」
これを尋ねられたアイザックは、25年前の資料について言及する。
「はい、当時作られた水爆、この事件の根でもある方舟にはその資金を魔天コミュニティからいくらか援助を受けていました。その中で、アダムスは書類上何度も承認を行っていました。だけど、先程言った一点から、アダムスの名前が完全に消えました。なんでしょう、事件の収束手前に、一気にアダムスの気配がなくなったんですよね。だから、もしかしたらアダムスに何かがあったんじゃないかなって思って……」
「……なるほどね? 実際のところ、アダムスの失踪についてはコミュニティはわかっていない。彼は一体どこに行ったんだ?」
「動機についてはサッパリですが、恐らく25年前の事件に関わっているパールマンが犯人であることはほぼ間違いないでしょう。明確な根拠はないでしょうがね。そして、パールマンが狡猾でかつ、僕と同じような思考をしているのであれば、あそこにあるはずです……」
確信するような言い方に、キャノンは言いしれぬ不気味さを覚え、「あそこ?」と聞き返す。
そして、アイザックはつらつらとある場所について話し出す。
「ルイーザ地下にある方舟は、大きなコンテナと制御室の二重構造になっています。そして、制御室の鍵は発見されていない。アダムス・ブースはそこにいるはずです。恐らくは……死体になって……」
「死体だって? 随分と飛躍しているような気がするけど……」
「僕の仲間が、サイライの後継施設……というより、魔天コミュニティが投棄したエノクδを回収したリユニオンという組織の跡地で、その二重構造のものと思われる鍵を見つけています。まるで見つけてくれと言わんばかりにね」
「つまり、それがトラップだということ?」
「えぇ、リユニオンでは、方舟の制作にあたって多くの機密文章が発見されています。恐らくは、ルイーザで作られた資料のコピー、もっと警戒しているのであれば原本をまるまるそっち側に移動させて、鍵を使って方舟の制御ルームに入った途端爆発するような仕組みにしているのでしょう」
「なるほど……でも、どうしてそんな回りくどい方法を選んだの? いや、アイザックさんも、どうしてそんな選択肢を取る?」
「それを説明するためには、幾つかの前提が必要です。第一に、方舟という巨大な兵器の作成目標が“25年前のザイフシェフト事件の証拠隠滅”であることです。そして第二に、魔天コミュニティから遠隔起動で方舟の起動ができないことです」
この複雑な前提を聞いたキャノンは、しっくりこないという面持ちでアイザックに尋ねる。
「……う、ん?」
「簡単に説明しましょう。①の前提は、方舟を制作する過程で、どうしてもルイーザ側に協力者がいなければならないことを示しています。そして、②の前提から、“安全地帯にある魔天コミュニティから起爆を行う場合、どうしてもルイーザ付近の電波を拾って起爆するプロセスが必要である”ということを示しています。つまり、遠隔操作で起爆を行うためにはどうしてもリスクが伴い、かつベヴァリッジにバレる可能性が飛躍的に高くなる、ということです」
アイザックのこの話を聞き、キャノンは言っている意味をようやく解し、パールマンの施した非人道的なトラップを口走る。
「まさか……、遠隔操作ではなく、特定の条件を満たした場合に爆発する反応型を採用した……?」
「恐らくはそうでしょう。というより、状況的にこれが最もリスクが低く、かつ証拠隠滅に適している。何より、方舟が今まで起爆することなくルイーザが存続しているのが証拠でしょう。証拠隠滅を行うために、方舟にたどり着くように仕向けていれば、確実に疑うことなく方舟を調べるでしょう。そうした瞬間爆発すれば何もかもが灰に帰す。おまけに起爆タイミングがパールマンの意図しないところで発生するため、自身の魔天コミュニティ内での地位も保たれる。なにせ、意図していなければ、疑われることも少ないでしょうしね。要するに、パールマンは解釈としての真実を使って、ベヴァリッジを欺こうとしていたということです」
「確かに、アダムスが発見できない理由も頷ける。もし仮に死んでいるのであれば、その死体の処理をある程度考えなければいけないし、それを円滑に行う方法だったんだね……」
「ルイーザに予め行くように調整していれば、比較的簡単にこの状況を作ることができるでしょう。この手間の少なさも、この手段を使った理由だと思います」
「パールマンがここまで狡猾だったなんて……僕には分からなかった」
「キャノンさんがこれに気づかなかったも無理はないでしょう。なにせ、この事実はルイーザ側にあるトラップについて知らなければたどり着けていない事実ですし、僕らがイレギュラー的に介入がなければ気づかなかったと思います。ただし、この状況は相手も良い状況ではないでしょう。なにせこっちが、情報アドバンテージとして持っていたものを知っているのですから」
「どこまで読んで方舟なんて作ったんだよ……」
キャノンの言葉に、アイザックは無表情でパールマンという人物の恐ろしさについて話し出す。
「えぇ……パールマンという存在は、このコミュニティで最も危険な人物であることはまず間違いない。多分、パールマンはこの状況になり、普段から警戒している中で更に自らの姿を眩ませたんでしょう。本体はどこからかこっちを監視している。だからこそ、全員の協力が必要不可欠なんです」
「そして、ベヴァリッジにだけ、方舟の起動を決断させることさえできれば、あとはイレースたちがそれを説得するっていうことだよね?」
「そこに行き着けば最高ですね。それについては、それぞれのスペシャリストを信じるほかありません。そのために僕らは、できることをすることにしましょう」
「できること?」
「ここからは役割分担です。僕は予定通り二家会議に入り込み補助をします。キャノンさんには、カーティスの発見とともにできるだけ管理塔-Mの近くで待機していてほしい」
「え!? でも、カーティスがどこにいるかなんてわからない……時間が足りないよ」
「ある程度当たりはつけています。トランスニューロンで意識を転移させているのであれば、少なからず本体はこのコミュニティ内にあるはずです。それならば、その周囲であり、かつ目立たずに発見される可能性が低い場所……それは恐らく、区域-Bです」
アイザックの想定に、キャノンはお手本通りの反応を行いながら言う。
「はい!?」
「多分……というかそこしかないでしょう。最もバレにくく、かつ高精度でトランスニューロンを適用できる場所なんてそこくらいです」
「いなければどうするの!?」
「その時は仕方ないので、ビアーズさんの指示に従ってください。おそらく、彼はパールマンやベヴァリッジの意図についてとても深く理解しているはず……およそ同じ答えに到達していることは間違いない。そっちの指示で行動するほうがお利口でしょう」
「……それ以外に方法は、ないんだよね?」
「あれば、僕が知りたいですね。とりあえず、この複雑な状態で誰も懐が傷まないのはこれしかない。いいですか? お互いに目的を達成するためには、これをするしかありません。お願いします」
アイザックは平謝りのように頭を下げ、キャノンに懇願する。
すると、キャノンは困ったような表情を浮かべながら首を縦に振る。
「……そうだね、これをするしかない、僕もそれを理解しているよ。勿論、参加させてもらおう」
「ありがとうございます。早速、行動に移しましょうか」
「そうだね。僕も早速動こうか!」
「えぇ、お互い……健闘を祈ります」
キャノンとアイザックは、それぞれの目的に向かって動き始める。




